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第125話 Rocket Boys、その1

「糸川秀夫というのは君か?」

中島飛行機の設計部に入ったばかりの僕に、いきなり名指しで尋ねてきた人物がいた。海軍航空本部航空技術廠ジェット推進研究所所長、種子島時休中佐と書かれた名刺を示した男は、とても所長という肩書きに相応しくはなさそうな若い士官だった。

「君は今の戦闘機より速いものに興味は無いか?」


 その時、僕は入社早々陸軍の九七式戦闘機や一式戦闘機の設計に参加していたが、これらは255ノット~300ノット(470~550km/h)位でタービンジェットエンジン機なら、もっと速いという話を聞いたことがあった。

「それはタービンジェットエンジンの戦闘機ということですか?」

そりゃ誰だって思うだろう「ジェット推進研究所所長」という肩書きの男の質問だもの。僕は期待を胸に秘めながらそう答えた。


「いや……質問を変えよう。飛行機がもっと速くなったら、どうなると思う?」

この質問には面食らった。いや速くなったって飛行機は飛行機だろう……僕は答えに窮していると

「ロケットというのを聞いたことがあるか?」

と言ってきた。西欧の技術先進国ではそういう研究を進めている国もあると聞いているが、それは航空雑誌の未来予想記事のようなもので、現実としてはまだまだ先のことだと思っていた。


「君は今、航空機の空力設計を行っているが、もっと先進的な内容に挑戦してみる気はないか? それこそ日本どころか世界でも、まだ限られた最先端の研究者しかいない分野だ。自分たちが世界を切り開いていく仕事をしてみたくないか?」

僕はその頃、航空機会社の技師として軍の命令のまま設計を行っていくことに疑問を感じていたので、すぐさまその話に飛びついた。すると彼はすぐに会社の上層部に掛け合って海軍技術廠への出向を取り付けてくれた。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇


 しかし、出向先は彼のジェット推進研究所ではなく(一応、顔見せには連れて行ってくれたが、そこでは空力よりもジェットエンジン内の燃焼条件の研究に取り組んでいる真っ最中で、僕は必要とされないようだった)平塚の海軍第二火薬廠の村田技官が行っている奮進弾というものの研究にまわされた。彼は火薬が専門の「火薬の申し子」と呼ばれる男で火薬については深い考察が行われていたが、飛翔特性については砲弾の延長程度の考えしかないようだった。


 配属されてまず、僕は『今のような多種多様な形態を場当たり的に作るのではなく、数種類の開発目標を定め、同時並行的に飛翔特性、弾道制御、推進機構の研究を進められるようにするべきだ』と提案した。この当時はそれぞれの要素を別々に研究するという考えがなく、推進剤の燃焼のさせ方により飛翔特性も弾道制御も調整しようとしていたようだ……要は自分で飛んでいく砲弾のようなものだ。僕の発言に彼らは目から鱗が落ちるといった反応を示したのは痛快だった。


 結局、全体の統括および推進機構については村田技官が、飛翔特性および弾道制御については僕が担当することになった。後に弾道制御はさらに細かく分かれ種子島中佐の組織や艦政四部から技術研究所に出向した吉田少佐が担当することになった。


 当面の目標として直径20センチ、全長80センチ、重量10kg、飛翔時間3秒の一型奮進弾、直径45センチ、全長180センチ、重量200kg、飛翔時間10秒の二型奮進弾、直径60センチ、全長400センチ、重量2000kg、飛翔時間180秒の三型奮進弾の研究を進めることになった。一型については航空機に搭載する対空兵器。二型については艦載の対空または地上車両からの対地攻撃兵器。三型については艦載または地上基地からの遠距離対地攻撃兵器を想定したものだ。


 一型、二型については村田技官得意のダブルベースの固体燃料を推進剤に用い800km/h程の速度を目指したもので、航空機から発射するとさらに航空機の速度が加算された飛翔速度で飛ぶことになる。一方で、三型は固体燃料でなく液体燃料を使用して1000km/hを超えることを目標としていたが、我々にはまだ技術力が不足していて開発の足がかりが掴めないため、当面は机上の研究を進めていくことにした。


 僕は奮進弾の各要素を、前方から目標検知機シーカー、弾頭部、機動制御部、推進装置ロケットモーター、安定翼という順で配置し、さらに機体中央に制御翼、機体尾部に安定翼または噴射偏向装置を付けたものとした。航空機と違って全重量に対する燃料の割合の極端に大きい奮進弾では飛翔時間が進むにつれ重量バランスが変わっていく。例えば発射直後では機体中央であった重心が飛翔末期では前方に偏り、制御翼の効き方が変わってしまう。こういった飛翔時間全体にわたるバランスを考慮して機体を設計しなければならないのは奮進弾に固有なものだ。


 実際に飛ばしてみるのも当初は平塚近辺の海岸で行っていたが、すぐに専用の試験場が必要になり場所を探した結果、飛翔後の機体を回収しやすいなどの理由で群馬県の浅間山麓を試験場とすることになった。そして平塚と群馬を行き来する生活を続けている中、唐突に種子島さんから呼び出しを受け、次のように質問された。

「一型奮進誘導弾を制御翼なしで作れないか?」


 種子島さんによると、飛行機発射型の奮進弾は集合格納筒に何本かまとめた形で戦闘機に取り付け発射したいので翼があると格納が困難になるとのこと。しかし僕は本末転倒な話だと怒り抗議する。

「それは設計の単純な格納装置の方を工夫して翼があっても問題ないようにするのが普通でしょう! なぜ開発に困難を伴う奮進弾の方に変更を加えて問題を増やそうとするんですか!!」


僕の剣幕に驚いたのか、この時は種子島さんが折れて翼はそのままで良いことになった。彼は軍人には珍しく、他人の意見を聞き理屈にあった落とし所を調整する人なので、僕は何だかんだ言いながら彼のことが気に入っている。だから(理不尽なものでない限り)彼からの話は出来るだけ実現できるよう努めている。ただ僕のことを『糸川っち』と呼ぶのは止めて欲しい……親しみの持てる人物を演じようとしているのかも知れないが……


◇     ◇     ◇     ◇     ◇


「うーん、方向転換が遅すぎる」

僕は奮進弾の発射試験結果を見ながら嘆息を漏らした。これまでの試験で数キロ程先に置かれた固定目標にはかなりの精度で命中するようになっていた為、試験方法を航空機が曳航する移動目標に変えたところ命中率が1/3以下になってしまった。いろいろ原因を調べた結果、どうも制御翼による飛翔方向の調整が間に合っていないようだ……これは目標までの距離が短くなったことも大きい。通常戦闘機同士の空戦では数百から数十メートルの距離で機関銃弾を打ち合う。もちろん奮進弾はもっと遠距離から発射しても構わないが検知器の精度や敵機が検知範囲外に逃げられないような距離を考えると500メートルから1000メートル程となる。曳航目標の距離をこれに合せた結果、短時間で進路変更しなければ命中しないようになったのだ。


「おい糸川。原因は分かったか?」

全体を統括する村田技官が状況を尋ねてきた。若干、険のあるような言い方なのは、彼も彼で固体燃料の燃焼異常の撲滅と生産性の向上という課題を抱えているからだ。

「原因は、ほぼ分かりましたがどうやって解決するか……難しいところです」

すぐに思いつくのは全体の重量を軽くするか、制御翼を大きくするか、あるいは飛翔速度を落とすかだが……全体重量は初期の想定から大幅に増えて30kgになっている。主に制御装置と燃料の増加が原因だ。もし初期の想定のままだったら、こんな悩む必要もなかったかも知れない……しかしこの変更は必要だから行われたもので決定事項だ。設計者は決められた仕様を何としても実現するのが使命だと中島飛行機の時代、先輩から教え込まれた。

 制御翼面積を数倍に増やせるなら解決できるかも知れないが、発射前には本体に格納されているため、そこまで大きく出来ない(あの後、制御翼を発射後バネで展張し動作させ発射前は本体に格納できるよう改良していた)。

 飛翔速度を落とせば方向修正に使える時間は増えるが、今後出てくるであろう高速な敵機でも燃料の燃焼時間内(加速飛翔時間内)に捉えられなければならない事を考えるとそれほど遅くは出来ない……僕は問題を解決するための小さな設計変更を積み重ねていくという航空機設計者がいつも行ってきたやり方で必死に努力を続けていた。


 一方、村田技官の方もいろいろ困難な問題を解決し続けていた……奮進弾に使われる固体燃料は、爆発燃焼を起こすダブルベース推進薬と安定化剤を混ぜ合せ、脱水・加熱して可塑化した後、圧出成形機で必要な形状に成形して作る。これは村田技官が最初期に黒色無煙火薬から変更したものだ。燃料の燃焼のさせ方も最初は内側から外側に全体が燃焼する管状燃焼だったが、技官が様々な形状と条件を試した結果、端面燃焼へと改良進化させた。

 またある時、燃焼実験中に爆発事故が発生した。原因を究明した結果、成形機が小型だったため小さな固形燃料を積み重ねて使用していたが、火薬の圧着が不十分であった為、燃焼時に隙間部分で燃焼面積が急増して異常燃焼を起こした事が判明した。技官は火薬の成形について膨大な実験を繰り返し、最後に火薬の均質で大きな固体に圧縮が可能な大型圧縮成形機を開発した。この大型圧縮成形機の副次効果により固体燃料自体の生産も大幅に改善され、大量生産できるようになった。


「そうか……制御翼で航空力学的に方向を変えるより、燃焼噴射部分に噴射方向を変えるものを付ければ、もっと直接的に方向を変えることができる」

僕はある時、海外の研究資料を調べていて、そこに書かれていた噴射偏向板を採用すれば短時間で方向転換が行えるのではないかと思いついた。さっそく村田技官に相談して実験機を作ってみた。しかし最初の結果は散々だった。制御翼による航空力学的方向変更は翼が動いた後、機体の方向が変わるまで動作遅延があり、これが逆に安定的な機動遷移を実現していたが、偏向板による方向制御は直接的であるため、制御翼よりも遙かに過敏な機動を起こしてしまう。

 また実際に噴射流を偏向させる物体を付けると、粘性流体の噴流が近傍の壁に引き寄せられる現象が起こり思ったとおりの動作とならない……僕はこの辺りの特性を勉強し直しながら、ようやく噴射偏向板による制御をものにすることができ、一型奮進弾の実用化にようやく目途をつけることができたのは最初から二年以上も過ぎた頃だった。


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