第119話 Entwicklung計画とタフ・ネゴシエーション
ある日の午後アルベルト・シュペーア軍需相のところに、その人物がやってきた。
「お久しぶりです、日本の種子島です。以前、戦車の装甲材のことでお話しさせて頂きました」
ああ、そういえば前に日本が開発したセラミックをドイツで生産する話を放ったままだな。彼はそれを思い出し、少しバツの悪い思いをしながら握手を交わした。
「……というわけで、日本はティーガーⅠ戦車の生産は行わず、パンター戦車の生産を続けたいのです。それとティーガーⅡの生産性と機動性を高めたものにする為に開発に協力したいのですが」
その人物は装甲材の話の履行を催促する為に来たのではないとわかり、気が楽になったシューペアは、そういえば前の時にも気楽な世間話のような感じだったと思いながら、ティーガーⅠ戦車の生産について考えてみた。
この男の言うとおりイギリスでティーガーⅠの生産ができるなら日本が行わなくても、それほど生産量の落ち込みはないだろう……それにティーガーⅡは、そう遠くなく立ち上がる予定で、どのみちティーガーⅠの生産はそこで修了する予定だ……それよりティーガーⅡの開発への関与の方が問題だな。同盟国の高官の依頼を無碍に扱うわけにはいかないが、さすがに私の一存では難しい……そう思っていたところを向こうから言葉がつがれてきた。
「兵器局6課のクニープカンプ博士に紹介して頂けませんか……彼は今、戦闘車両の規格統一の仕事をしていると聞きました。軍需生産の同盟国間の調整の話なら貴方からご紹介を頂いても特に問題ないと思いますが如何でしょう……日本の技術を使えるようにすることで新しい戦闘車両の規格も、より良いものに出来るはずです。例えばセラミック装甲を採用するなど」
たしかにそういう話なら軍需相として紹介を行うのにやぶさかではない、というか仲介すべき職務だ……先年、ドイツと日本とイギリスは兵器開発で協力し合う条約をむすんでいるしな、と考えていると駄目押しに
「そしてこれがティーガーⅡに採用されるなら、私がこちらに来た目的も果たせるというものです」
と纏めた。
なかなか上手い話の進め方をするなと思いつつ内容を、もう一度頭の中で整理してみる……なるほど、この人物の意見を取り入れるかどうかは規格を決めるクニープカンプ博士の仕事で、そっちに任せてしまうべき事だ。私から紹介することも条約に沿ったことで何の問題ない。
そう結論を下した彼は、種子島氏をクニープカンプ博士に紹介することにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
H・E・クニープカンプ博士は、ドイツ陸軍兵器局第6課の技師長で半軌道車、挟み込み式転輪、トーションバー懸架などの新機軸の導入を行ってきたドイツAFV(装甲戦闘車両)技術の中心人物だ。今はEntwicklung計画(通称Eシリーズ計画)という軍需生産の潜在力を高める為、自動車産業が生産参加しやすくなるようにする計画を進めている。装甲車両を重さと用途で6種類に分けて、それぞれを規格化し設計を統一化しようというものである。
「日本の種子島中将がお見えです」
何日か前、シュペーア軍需相を通して紹介してもらった人物が会いに来た。Eシリーズ計画に日本の戦車技術を使えるようにしたいとかいう話らしい。
「なるほど。セラミック複合装甲というのは基材の上に装着するのですか……それは我々の想定しているものと異なりますね」
博士は、話を穏やかに受けつつ、しかしパンターやティーガーのような新しいやり方は生産の簡易化の為、装甲材で直接車体を作る方式で、車体基材に装甲材を組み付けるⅣ号戦車のような古いやり方はEシリーズでは採用すべきでないと心の中で思っていた。
しかしこの種子島という男は
「この方式は成形炸薬弾と呼ばれるモンロー/ノイマン効果を利用した対戦車兵器用の防御に効果的です。この対戦車兵器は今後ますます広まって行きますので、今から対処できるようにするべきだと思いますが?」
と言ってきた……HEAT弾? この男は何の話をしているのだ。
「HEAT弾というものは寡聞にして存じ上げていませんが、どんなものですか?」
「失礼、貴国のPanzerfaustという携帯式対戦車擲弾兵器を弾頭化したものです。まだ戦車用の砲弾にはなっていませんが今後作られることでしょう」
男は微笑みながら気軽にそう答えてきた。何故これから作られるものの知識があるのだ?? 博士は混乱しながら彼の話を聞いた。
「現在、戦車砲弾は徹甲弾か榴弾くらいしかありませんが、今後は装甲を撃ち破るために色々な種類の砲弾が作られます。硬芯徹甲弾はパンターで使われていますよね。さらにはAPFSDSという侵徹力を高めることに特化した徹甲弾も考えられ、これにはソビエト戦車に多い避弾経始も意味をなしません」
クニープカンプは自分の知識が用を為さないのに愕然とした。ドイツの戦車技術は世界に誇るべきものだと自負していたがHRAT? APFSDS?? そんなものは聞いたことがない。しかし全くのでまかせを言っているようには思えない……ソビエトの避弾経始や日本のセラミック装甲などドイツ発ではない技術進歩を見た今だからこそ、もっと謙虚に新知識を取り入れるべきではないか? 彼はそう考え
「貴方の知識を是非ご教授頂けませんか? もちろん只でとは言いません……我々に出来ることでしたら種々便宜を計りますので」
彼の申し入れに、男は笑みを深めて
「もちろんです。我々は兵器技術の共有協定を結んでいますし、ドイツ戦車を日本で生産し運用することも行っています……是非、これから開発される戦車の能力を高めることに協力させて下さい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
原少将は彼のいう話が信じられなかった……わずか一、二週間でティーガーⅡ戦車の開発に参加できる目途をつけてきたというのだ。まだ仕上げが残っているとは言うが、自分にはそんな短時間で纏めあげるなど到底不可能なことだ。只々種子島中将の交渉力に頭が下がる。
「原少将には設計主任のアーウィン・アダース博士と共にティーガーⅡの装甲とエンジンの改良に取り組んでもらいます……ああ、そうか。エンジンといえばハンスさんと話をつけてなかった。そっちも話をつけてきたらお知らせしますので宜しくお願いします」
……本当に、彼が何人かいれば他には人はいらないのではないかと思う程の働きだ。
「総統閣下、先ほどグデーリアン大将から連絡があり『新型戦車の開発に日本人技術者を含めることを閣下に裁可を頂きたい』との事です」
秘書官のハイドリヒがグデーリアンの面会依頼をヒトラー総統に伝える。
「グデーリアン君がか? それは兵器局の担当官からあげられる話ではないか?」
総統は訝しく思い秘書官のハイドリヒに問いかけるが、ハイドリヒは白狐が成り済ましている存在であり、事前に種子島との打ち合わせした内容の説明を行った。
「Ⅴ号戦車の戦車委員会で装甲材料を評価した縁で将軍が労を執られているようです……総統も評価されている日本の技術武官と伺いました。確かジェット・ミーティア戦闘爆撃機を作った人物とか……今回は戦車の新技術をいろいろ持ち込んだらしく第6課と共に新型戦車開発に取り組みたいようですね」
ああ、あれを作った男か……そういえばそんな男がいたな。ヒトラーは捉えどころのない変わった男がいたことを思い出し、あれなら役に立つことをするかもしれんと考えながらグデーリアン大将が来るのを待った。
グデーリアンが総統執務室を訪ねると、用件を説明するまもなく総統が答えた。
「グデーリアン君、日本人を新型戦車の開発に加えたいとのことだな、許可するぞ。ぜひ、君の納得する新型戦車を見せてくれたまえ」
グデーリアンは狐につままれたように、訳が分からぬまま礼を言い総統の元を辞した。種子島に『総統と会って、日本人を新型戦車開発に加えて良いかだけ聞いてもらえればいいですから』と言われ、すべて事前の根回しは済ませておくとの事だったので、聞くだけならば、まあいいかと思いやってきたのだが、言葉を発する前に許可が出てしまった……彼が納得する戦車を作るという話になっているのが心配だったが。
さすが、お狐様は人間を化かすのは得意♪
エンジン開発の話は入りきらなかったので次回に続きます。




