第111話 レンドリースと西の魔女、その1
白海からのソビエトへのレンドリース輸送ルートが閉ざされた今、ソビエトは新しい物資輸送ルートを必要としていた。アメリカ政府上層部に入り込んだソビエト協力者から次のような代替ルートの提案があった。
「同志スターリン、アメリカから『レンドリース物資を上海から陸揚げし西安まで鉄道輸送し、途中陸路輸送してシベリア鉄道のセルジオポル-セメイ-ノヴォシビルスクと運ぶ輸送ルートではどうか』という打診がきています」
スターリンは不機嫌そうな視線を向けながら答えた。
「日本人は大丈夫なのか? 彼奴ら弱いくせに小賢しい……特に空軍は注意が必要だ」
「ご心配には及びません。今回、アメリカが義勇空軍を派遣して輸送ルートを守らせるようです。我々は何の苦労もなく結果だけ手に入れる事ができます」
男はさもそれが自分の手柄のようにスターリンに話したが、彼はそれが気に入らないというようにイライラを募らせて言った。
「君はバカかね? なぜ、その兵力を我々にところに寄越さないのかとスパイに伝えろ!」
もちろん、アメリカは自分のところの都合に合わせて合衆国義勇軍を送っているので『寄越せ』と言われて送るはずはないのだが……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その、アメリカ側の都合に合わせた、中国国民党総裁夫人の宋 美齢が抗日戦への援助を求める(つまりはルーズベルト大統領の経済政策失敗から対外政策へ国民の目を向けさせる)キャンペーンのアメリカ全土の巡回演説が開始された。
この世界では日華事変は起こっておらず、南京での戦闘もないにもかかわらず、彼女は日本軍が国際世論に隠れて中国大陸で戦闘行為を行い中国国民に暴虐を働いていると発言。これに対抗するためルーズベルト大統領は世界平和の意識の高い思考でアメリカ合衆国義勇軍を用意し中国情勢に好影響をもたらしてくれたと喧伝した。しかし彼女は記者会見で『義勇軍は具体的にどのような戦闘に参加しているのか』を聞かれ、西域に輸送する物資輸送の保護作戦の件について口を滑らせてしまった。
当然のことながら、これは公開情報から重要情報を調べ出している英国諜報部に目を付けられ、アメリカのソビエト向けレンドリース輸送ルートが中国西域ルートに変更された事実が発覚する……そしてこれが、暫く前からMI6と極秘に共同作戦を行っていた菊機関を通じて日本に伝えられた。
「中国西域からレンドリース物資の輸送か……ソビエト軍のシベリアの戦力に組み込まれると不味い状況になるな」
陸軍参謀本部の石原総参謀長は苦虫を噛んだ表情でつぶやいた。
先の戦車戦に勝利したとはいえ、かなりの戦力を消耗してしまった日本軍は虎の子の残存戦車戦力はまとめてひとつで運用させる位しかなく、これをソビエト軍と対峙させる形でイルクーツクに集結させている。他の地域は、神威などによる分散地域拠点防御で精々、ゲリラ的な戦闘を鎮圧する程度の戦力だ。もしソビエト軍が再建された戦車軍団で、そこを攻撃してきたら支えきれるものではない……震星や鶚の航空戦力ではソビエト軍を圧倒しているとはいえ、航空戦力はどうしても天候に左右されてしまう。
そしてこの地域の鉱物資源は、これからの日本の国力を高めていくための重要なものとなってきた……もちろんソビエトがモスクワ攻防戦を差置いて、手に入れた戦力を日本の攻撃に使うことはあまり考えられないが、可能性は潰しておいた方がいいのは確かだ。
「しかし、敵国向け物資とはいえ他国の領土で攻撃するのは……」
「逆に陸揚げする前に南シナ海で臨検するのはどうだ?」
「それも、ソビエト向けではないと強弁されると難しいでしょう……」
数々の意見が出された結果、明らかにソビエト向け物資と判断できる西域奥、できればソ連領に入ってから狙うという事になった……当然ながら航空兵力による攻撃になるが、機種的に該当する九九式襲撃機では航続距離が不足する事と敵戦闘機が迎撃に来た場合に弱いため一式戦、隼を使用することになった。
隼を擁する飛行第31戦隊から急遽分遣された特別襲撃分隊がモンゴル最西部に分隊基地を設営し、「辻斬り」と称する輸送経路と思わしき山道を不定期に飛び、索敵を行う作戦を開始した。最初はまぐれ当たりだったが次第に癖を見つけ、まとまった機数で襲撃が行われるようになると輸送阻止の成果が上がるようになっていった……当然のことながら敵も黙って見過ごしている訳はなく、合衆国義勇軍が輸送部隊を警護するようになった。しかしアメリカの想定とは異なり日本軍は中国領内での戦闘を行うのを避けたので、彼らとの空戦はごく稀にしか起こらなかった……一方で西から来るソビエト防空守備隊のYak1に対しては日本の特別襲撃隊は長い飛行距離と爆装した状態で遭遇戦となるため不利な戦いを強いられた。
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レンドリース輸送部隊を守るためのソビエト防空守備隊の航空基地は、ソビエト連邦のカザフ・ソビエト社会主義共和国のセメイに置かれていた。
「カーシャ、また日本軍機が来たのか?」
「ええ」
「で、どうだった?」
「……ワタシが彼奴らを見過ごすわけがないわ」
「さすが我が隊の撃墜女王だ」
彼女はYak1の高速性を生かし狙いを定めた一撃離脱で一式戦に後ろをとらせなかった。その分、攻撃できる数はそれほど多くないが何より敵襲撃部隊は航空機同士の遭遇戦に入ると爆装を廃棄することになる。つまりその後は地上車両への攻撃は大したことはできなくなる。
「くそ、あいつには勝てん」
特別襲撃分隊の相沢分隊長は歯ぎしりをして悔しがった。敵防空守備隊が輸送車両を守るようになって以来、襲撃の成功率は著しく下がってしまったからだ……それだけならまだしも、敵のエースの駆るYak1戦闘機に何機もの隼が落とされている。このままでは存在意義が問われる状態だ……そんな彼の元に一機の二式複座戦闘機「屠龍」が送られてきた。一式戦より多少速度が速いとはいえ敵の単発戦闘機との戦闘で勝てないと評判の悪い新型複座戦闘機の飛来に、役立たずを押付けられたのかと反感を覚えたが、その機体には誘導奮進弾「雷鎚」の試作発射機が取り付けられていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カーシャは日本軍を憎んでいた。彼女の家族がドイツに派遣された日本軍の新型爆撃機により殺されたからだ。彼女の家族はウクライナのハリコフに住んでいた……ある日、数機の見慣れない飛行機が飛来し爆弾を落としていった。彼女自身はその頃、軍のパイロットとして別の場所で任務に就いていたが数日後、家族が亡くなった知らせを受け取った。彼女の家族は戦争とは関係ない生活を送っていたのに……これがまだドイツ相手なら仕方がないと思えたかも知れなかった。彼女自身がドイツとの戦争をしているとの意識があったからだ。しかし日本軍機は……なぜ、関わりのないハリコフに突然、爆弾を落としたのだ?! 彼女にとっては家族を失った負の感情を戦場に向けることが正気を保っていられる唯一の方法だった。
狂ったように出撃を志願し何度もドイツ軍機を落とし、やがて日本とソビエトが戦端を開いたと聞くと日本と戦える戦場への移動を志願した……願いはすぐには叶えられず、ようやく今回、所属する女子戦闘機連隊からセメイ防空守備隊へ移動できた。彼女は日本軍機との戦い方を研究し、低速で安易に後ろにつかず高速で一気に近づき斉射を浴びせそのまま戦闘範囲から遠ざかる一撃離脱戦法を自分で考えた……これならば彼女のYak1が一式戦に遅れをとることはない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日も彼女にとって日常となった地上輸送車両への防空任務に飛び立ち、何度も繰り返してきた日本軍機との遭遇戦に入った……いつもと違うのは見慣れない大型の敵機が含まれていたことだった。
最初は小型の日本軍機を相手にしていたが、新しいその機体が彼女のYak1に向けて接近を試みてきた……他機より高速というわけでもなく、取り立てて旋回機銃が多いわけでもない。そして空中機動も遅い……はっきり言ってカモだった。彼女は敵機の死角となる上方後部から一気に近づき斉射を浴びせるつもりだった。しかしその機体の上についている不思議な半円形の装置……見た限り旋回機銃という事でもなさそうだ……が一度だけ火を噴き、何かを打ち出した。彼女は反射的に敵機から距離をとるように方向を変え、その飛翔物も彼女のYak1から外れて飛んでいった。
「バカ、早すぎだ!」
屠龍の中では奮進弾射撃手に操縦席から声が飛ぶ。
「もう一度よく狙って、敵の後ろから撃つんだ」
カーシャがもう一度敵機の上空に戻り、二度目の攻撃を加えようとする頃には大半の敵小型機は散開してそこにはいなかった。だがあの大型機は逃げ遅れたのか、未だ攻撃しやすい場所に留まっていた……彼女は意を決すると、また高速で降下を始めた。上部の丸いものが火を吐いたら、またすぐに離脱できるよう注意しながらだ……Yak1の機銃で落とせるよう狙いを定めたところで、今度は後方から敵小型機がYak1に向けて機銃を放ってきた……大型機に注意をそそぎ過ぎて、他の敵機の接近を見逃していたらしい。
「ちっ!」
彼女は舌打ちし、機体を左に捻り攻撃位置から離れた。通常は敵機の機銃に狙われることのない真横上空に近いその位置は、しかし屠龍上部の奮進弾にとっては攻撃可能な位置だった。
「射てーっ!」
気合いと共に第二射が撃たれる。
まだ誘導機能は組み込まれていないが天狼より推進剤量の多い雷鎚は、長く尾を引いて楽々とYak1を撃墜した。
特別襲撃分隊がソビエトの撃墜女王との戦いを征した頃、イギリスで西の魔女との作戦が始められていた。




