第11話 関東軍粛清とヨーロッパの棘
今回の後半はかなり重苦しい話になってしまったので、嫌いな方は読み飛ばしてしまっても構いません。
ようやく前に華子さんにお願いしていた『関東軍問題軍人の左遷』を行うことになった。史実でも関東軍参謀らの粛清が行われていたというのは華子さんが話してくれたとおり……ノモンハン事件が起きた後だったけど。今回はノモンハンが起こる前に対策できるのは、とても良いことだ。ついでに参謀だけでなく、他の問題人物たちもひっくるめて左遷してもらおうと思う。
具体的には陸軍三馬鹿と名高い寺内寿一、牟田口廉也、富永恭次。その他は、河辺正三、服部卓四郎……田中隆吉は、モンゴルに亡命したからもういないな。こいつらは兵を見殺しにして自分だけ逃げるとか、バカな作戦で大勢を無駄死にさせたとか、聞くだけで胸糞悪くなる連中だ。軍で左遷というと予備役編入が普通だが、それでは生ぬるい。ここはソビエトを見習って『シベリア送り!』にしたいところだけど、シベリアはこれから何年か後、主戦場になるのでダメだ。そんなふうにオレが暴走しているのを見かねたのか、華子さんはまあまあと宥めながら
「それでは、樺太送りでいかがでしょう? 皆さん屯田兵のごとく額に汗して下々の苦労を身に沁みてもらって性根を正してもらいつつ、田畑を切り開いてもらうということで(微笑)」
と言ってきた。うん……まあ、それくらいで勘弁してやろうか。
「梅津閣下より上の位の人もいますが、どうしましょうか」
と聞いてみると、
「大丈夫です、大将でも元帥でも、大元帥には勝てませんから」
と気楽におっしゃる……大元帥って天皇陛下でしょう。陛下自らって、それ詔勅じゃあないですか……そんなことをさせてはいけません。オレがビビりながら言うと
「大丈夫、大丈夫♡」
とコロコロ笑っている。おそロシア(意味不明)
陸軍大臣令で、異例の大移動が発表されたのはまもなくだった。別に詔勅が出されたわけでもないのに寺内大将が挙動不審になるほど震えていたという話が漏れてきて、華子さんにどうしたんでしょうかと聞いてみたら、『殿下のお祖父様から直々に勅諭を頂きました』と教えてくれた……お祖父様って、明治天皇(故人)! なんというか、おそロシア(二回目)
さて問題児をごっそり片付けたのは良いけれど、その後釜に誰を据えるかだなぁ。石原さんはどうだろうと華子さんに聞いてみると『あの人は頭が切れすぎて上に立つと周りが大変な事になります』と否定的だった。では板垣さんをトップに据えたらと聞いてみたら『あの人では結局、今までの繰り返しになってしまいますよ』とさらに否定的だった。
誰かいい人はいないですか、と逆に聞いてみると『少し若いですが今村均少将はいかがでしょう。この人は先を見る目があり、かつ組織を活用できるという帝国陸軍では稀有な人材です。押出しは弱いですが、むしろこれからの満州にはこういう方のほうが良いのでは?』と推薦してくれた。先の経歴をこっそり調べると、占領後のインドネシアをうまく統治して非常に評判の良かった人だ。史実でも参謀副長兼駐満州武官で赴任してくるが、今回はもっと上の地位から組織を運営してもらうことになる。華子さんに、今村さんを関東軍のトップに据える人事を発令してもらえるようにお願いして、こちらの件は一段落、という感じになった。
◇ ◇ ◇
時間はちょっと遡って……ドイツでシロちゃんにユダヤ人を救ってほしいと言われた後の話。オレは頑張ってユダヤ人問題の歴史などを調べてみた。ユダヤ人の国が滅びた後のローマ帝国の時代は、あまり迫害されることはなかったようだけど、中世に入り十字軍遠征が行われるようになるとユダヤ人への迫害が始まったようだ。
十字軍が異教徒への敵愾心を生み出した事と、遠征費用が膨大すぎてとても全ては用意できず、途中の街で略奪を繰り返すのが常態化していったため、武力で他人の財産を奪うことは、ありふれたことになっていったからではないかと思う。そして飢饉やペストなどの流行で多くの人々が厳しい生活を強いられている中で、民衆の不平不満のはけ口がユダヤ人迫害に向かい、権力者はそれを利用した。13世紀にはイギリス、フランス、15世紀にはオーストリア、スイス、スペインなど各国がユダヤ人追放を行った。一時は宗教戦争などの疲弊のためユダヤ人を優遇、歓迎して受け入れた事もあったが、その後にまた迫害、追放、あるいは他の問題の巻き添えを受けて被害を被ることが繰り返された。こうしてヨーロッパ各国は近代国家の姿に衣替えしても、底流に反ユダヤ主義の考えが残ったままとなり、現在はドイツやポーランド、チェコ、ロシアなどに比較的ユダヤ人が多い状況になっている、ということだ。
調べるだけで疲れてしまった。もうこれは簡単に解決できる問題じゃないよなぁ……自分たちと異なる存在への忌避感、利用して捨て去ることを繰り返す権力者、周囲に溶け込もうとしない彼らの考え方、それぞれに問題がある。社会全体に余裕があれば、そこそこのところで折り合いつつ一緒に生きていくことも可能だろうけど、生活が厳しい状況になってしまうと、弱いところが不満のはけ口となってしまい為政者もそれに迎合してしまいがちだ。そうなるともう悲惨な状況が発生してしまう。
結局、自分たちの国がないことが、そういった状況で悲惨な事態を防げない根本的原因なんだろうけど……いまさら何処かに自分たちの国を作るっていっても、そんな土地はどこにあるのか。昔、国があった場所でさえ今は別の人達が住んでいるのだから。そして今、必要なのは、そんな長期的な解決策でなく、目の前にある危険をどうやって逃れるかという状態。
もう考えれば考えるほど、重くて辛くてどうしようもない状況しか見えない……せめて、シロちゃんの祖先の人たちのように、他の人達と融和し、ともに生きる考えの持てる人達ならよかったんだけど。
「(よう、またあんたの悪い癖が始まったみたいだから注意しに来てやったぜ)」
ふと、そんな声が頭の中に響いてきた……この声は、えーと、セッちゃん?
「(ご名答……あんた考え始めると周りが見えなくなるからなぁ)」
「それは、どうも……珍しいね、セッちゃんが話しかけてくるなんて」
どういう風の吹き回しなのか、と思ったが気持ちを切り替えたいところだったので感謝して話を続ける。
「セッちゃんは、どうしたらいいと思う?」
「…………ぶっちゃけて言えば、どうだっていいんだよ」
「はあ?」
思わず大きな声を出してしまった。どうだっていいなんてことはないだろう! 少しでも多くの人が助かる道を考えて、それを実現しようと頑張っているのに。セッちゃんは性格が歪んでいるんじゃないか、とオレはキレそうになる。が、セッちゃんは冷静にオレの様子を見ながら言った。
「あいつらが考えていることは全員が同じじゃないのは、分かってるかい?」
「えっ、みんな同じじゃないのか? まあ、細かいところは多少、差があるとしても」
「いいや……戒律と律法を厳格に守らなければいけないと言っているのもいれば、戒律だけでいい、あるいはそもそも拠り所にしている原典が違っている派閥もある。神様が用意してくれた約束の地に帰還するのが最終的な目的と思ってるやつもいれば、今、生活している場所でずっと生きていくんだと考えているやつもいる。あのさ、ユダヤ人が三人いれば五つ政党ができるって笑い話を知っているかい? そういう連中なのさ」
「……それじゃあ、ますますどうしたらいいなんて決まらないよ」
「ああ。でもあいつらはそうやって、いろいろな考えを出して、どれかひとつでもマシな考えがあれば生き残れる……そうやって生きてきたんだ」
「…………」
「あいつら自身にも、神様の意志がどうかなんてわかっていない。世の中がどうなるか、自分たちがどうなるか……何が正しいか、何が間違いかなんて、人には慮りようがないことを知っているんだ」
セッちゃんの話は、オレのユダヤ人についての考えを一新させてくれた。でも相変わらず行くべき道は見えない。
「こういう話を知っているかい……終末の時、選ばれし民が救いを得るのは、すべての異邦人が救われた後となるらしいぜ。あいつらの受難は『世界をすべて救うための生贄の燔祭』だと」
「……それは、ユダヤ人が迫害を受けるのは、世界を救うための神様の考えだって、こと?」
「ああ……もちろん、そんな考えじゃない奴もいっぱいいる。言えることは人間には神の謀を知ることは叶わない」
「……もう、どうしたらいいのか分からないよ」
オレは途方に暮れてしまった。
「いいんだよ、何をやっても。自分がやりたいと思ったことをすればいい……それ以上は誰にも強いられる筋合いはない」
そう、言い残してセッちゃんは消えてしまった。




