第102話 ルーズベルト大統領と悪徳資本主義アメリカ
アメリカの民主党は建国の偉人の一人であるトーマス・ジェファーソンが創設した民主共和党に遡る。当初は州権論を標榜し連邦主義の強い国民共和党と対抗したが、奴隷制問題で党内が北部派と南部派に分裂(この結果共和党のリンカーンが大統領に当選した)し党勢が下り坂になり、南北戦争後再統一でも長期の停滞を抜けることはできず長らく共和党政権に対する半永久的野党だった。しかし長期間で蔓延した拝金主義や政治腐敗(いわゆるGilded Age)への反発が強まり、進歩主義へ人々の期待が集まるとそれをテコにして再浮上の切っ掛けをつかんだ。
1920年代の世界大恐慌を背景に党の基盤を都市大衆勢力に移行させた民主党は躍進していき1932年にフランクリン・ルーズベルトが第32代大統領に当選する。彼はニューディール(新規まき直し)政策を目玉に掲げ、個人的付き合いのある新聞王や数々の人脈を動員し、共和党のフーバーを徹底的に批判する戦略で勝利したのだった。
大統領当選後はテネシー渓谷開発公社、民間植林治水隊、公共工事局、公共事業促進局、社会保障局、連邦住宅局など矢継ぎ早に公共事業団体を設立し失業者対策を行い、労働者の地位向上、社会保障の充実を目指した政策で一時的に景気の回復が見られたが、大恐慌を終わらせる程には至らず大統領2期目に合わせたように景気後退期に入ってしまった。
第2期の1年目には改革の失敗や労働争議の頻発、景気後退さらに民主党内の保守派が共和党員と超党派でニューディール阻止グループが結成されたりするほど、ルーズベルトの指導力は低下して棄てられた指導者となっていった。それを跳ね返すため、彼は従来の中立・不干渉の外交政策(モンロー主義)から180°方針を転換し、国民の目を海外に向けさせるため、世界の政府間の平和のためアメリカが先頭に立って大掃除をする準備ができているという演説を行った。
しかしこの演説は「アメリカを戦争の恐怖のハリケーンの中心に変えた」と報じられ「もしアメリカが中国に肩入れすれば、その結果はひとりソビエトの勝利に終わるだろう」との警告記事が新聞に書かれた。挑発的なこの演説はアメリカ国内で非難を受け、6つの平和主義団体が非難声明を出し労働者同盟は「アメリカの労働者はヨーロッパ、アジアの戦争に介入することを欲しない」と決議を行い、アメリカを参戦させないための請願に2500万人の署名を求める運動が始まった。
「大統領閣下、お呼びと伺いましたが」
「ああ……これを見たかね」
ルーズベルトは執務室に財務長官のヘンリー・モーゲンソーを呼びつけて新聞を見せた。
「アメリカ一国主義を掲げる旧老達の御用新聞ですか……世界は既に変わっていると言うのに」
「そうは言うが、批判派の勢いはまだ強い。君の意見を入れて演説を行ったのは失敗だったようだ」
「おっしゃいますが、大統領こそ乗り気で演説内容を事前の打ち合わせより過激なものに変えられたではないですか……いえ身内同士、批判しあっても仕方ありません。前向きに対処法を考えましょう」
ルーズベルトは重々しくうなずくと対応策を財務長官に任せた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルーズベルトの母方のデラノ家は古くから中国利権を持ち、阿片を中国に売り代わりに中国人奴隷を苦力としてアメリカの鉄道建設や重労働に酷使して巨利を得た一族だった。もっとも当時のアメリカにはこのような悪徳資本家に溢れており、けっして特異な存在ではなかった。
母親っ子のルーズベルトは異常なまでに中国びいきで、チャーチルをして「中国狂い」と言わせるほどの偏見の持ち主だった。ニューヨークタイムスの記者は「隔離声明以来、ルーズベルト大統領は日本の敵意を煽り、枢軸側へ追いやるためにあらゆる手段を駆使した」と言っている。また当時の駐米ドイツ大使は「演説は当時大統領を悩ませていた黒人問題から大衆の注意をそらせるための意図を持つ」と分析して本国に伝えていた。
その一方で彼は共産主義に対しては危機感を持たずスターリンとも親交を持ち続けていた。当時のアメリカ政府執行部には300人以上のソビエトスパイが入り込んでいたと言われている。モーゲンソー財務長官の下で働くハリー・ホワイト財務次官もその一人だった。
「ホワイト君、大統領が先日の演説に対する世論の反発におかんむりだ。早急に対策を考える必要がある」
「モーゲンソー長官、了解しました。その件は私の方で考えておきます……別件ですがソビエトからレンドリース物資を増やすように矢の催促を受けています。こちらのほうが危急の問題と思われます」
「……しかしそれはソビエトが白海ルートをドイツに叩かれたのが問題なのだろう。冬が過ぎてもっと奥の港が使えるようになるか別のルートを用意するのが筋だ」
「東は日本軍に占領され、南はイギリスの地中海駐留軍が目を光らせているので難しいですね……あと考えられるのは中国奥地からの陸路くらいでしょうか」
「うむ。産業界は輸出額が増えるレンドリースについては賛成してくれている。輸送の問題が解決すればいくらでも増やすことができるだろう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「大統領、この案件にサインをお願いします」
例によってモーゲンソー財務長官が大統領執務室を訪れ、直々にサインを求めた。
「退役軍人による中国支援義勇軍『フライング・タイガース』への武器供与?」
「はい、閣下と親交の深い宗 美齢婦人の顧問をしているMr.ドナルドから国民党軍への航空兵力支援の依頼を受けている件で、アメリカ軍ではなく退役軍人による支援を行いたいと思います」
「これならばアメリカ軍の派兵ではないと反対派へ主張できるということか……構わんが、なぜ今、戦力を増やすのかね? 日本軍との紛争は起こっていないのだろう」
「ひとつは中国国内の共産党軍との勢力争いです……ですが一方で中国上空の制空権を確保し、ソビエトへの支援ルートを日本に攻撃させないためでもあります」
「……国民党と共産党、双方に恩を売るというわけか。他には?」
悪くはないが長官、自らが動くような案件でもない……そう思ったルーズベルトは裏にある意図をモーゲンソーに問い質した。
「……先日、大統領の言われた世論対策のため、宗婦人をアメリカに呼んでキャンペーンを行う計画です。中国の門戸開放の必要性を伝え、大統領の政策の賛助を訴えて貰う予定です」
「なるほど……悪くないな」
ルーズベルトは書類にペンを走らせると、わずかに薄ら笑いを浮かべた。




