第九十三話 宣戦布告にて候う
また、やってしまった。
『俺に任せろ!』
なんで俺はあんな事を言ってしまったのか?
意気揚々と部屋に戻った後にふと正気に戻ってしまった。
一体俺に何が出来ると言うのか。
はぁ~穴が有ったら入りたい。
少し前の自分を叱りつけたい。
しかし、時間は戻らない。
俺はテンションが低いまま仕事に戻った。
そう言えば勝三郎が部屋にいなかったな?
どこに行ったのだろう?
次の日には市姫様が使者に返事をしていた。
そこには当然俺も同席していた。いや、させられていた。
市姫様は使者に対しておもむろに立ち上がり胸元から扇子を取り出す。
そして、ビシッと扇子を使者に向ける。
「返事は戦場にて答えよう」
何とも絵になるポーズだ。
「宜しいのですかな? 当家を敵に回すご所存か!」
「くどい!龍重では我が夫にはなり得ぬ。帰って龍重にそう伝えよ」
おお、何とも勇ましくも美しい。
それに凛とした立ち姿に強い意思のこもった瞳。
市姫様は本当に素晴らしい当主、じゃなかった。陣代だ。
周りにいた織田家家臣も満足そうな顔をしている。
それも当然か?
斎藤道三は織田家を下に見ていたのだ。
それに陣代を嫁に寄越せなんて酷い要求だ!
これは織田家を侮ると言うよりも馬鹿にしている。
そんな要求を毅然とした態度で断った市姫様を見れば少しは溜飲が下がると言うものだ。
「後悔なさいますぞ!」
使者は毎度お馴染みの捨て台詞を吐いて去っていった。
もうちょっとはひねった台詞はないのかね?
俺ならもっとこう……… 同じ台詞を吐いてるな。
そして使者が去った後に市姫様が俺を見て微笑みウインクした。
俺はあの笑顔を守る為に戦うのだと改めて思った。
こうして、織田家と斎藤家は戦争状態になった。
戦争状態になったからと言っても何か起こる訳ではない。
去年と今年は尾張も美濃も戦乱に明け暮れてまともな戦を起こせるほどの余裕はない。
せいぜい嫌がらせの類いの小規模な戦が続くくらいだ。
国境付近の村で青田刈りや焼き討ち等をするのだ。
しかし、その小規模な戦も回数を重ねると馬鹿に出来ない。
ここは一気に勝負を決める大合戦を起こすべきなのだが、今の織田家は銭が無い。
先月、松平との同盟を結んだ時に米を売り付けてやったが、それでも大規模な戦を起こすには銭が足りないのだ。
やっぱり何をやるにも銭と米が要る。
では、大規模な戦が出来ない時は何をやるべきか?
それは敵に調略をかけるのだ!
調略とは、敵方の人材の引き抜きや、有事における内応、誘降、謀反、離反などを起こさせる事だ。
特に敵方の武将を引き抜いたりするのが有効だ。
それが国人衆や土豪ならなお良い。
土地持ちである国人衆がこちらに寝返ればそれはそのまま味方の支配領域が広がり、敵のそれが縮小する。
簡単に言えば味方が増えて敵が減ると言う事だ。
ちなみに蜂須賀党がこれに当たる。
計らずも俺は美濃の有力国人衆である蜂須賀党を既に味方に付けている。
これは俺に取って大きな手柄を立てる切っ掛けになるはずだ。
いや、絶対に手柄を立てる!
小六を使って味方になってくれそうな国人衆と連絡を取る。
小六がそのまま調略をかけても良いし、俺が直接話をしに行ってもいい。
昔取った杵柄で俺の営業トークを使って味方に引きずり込んでやる。
さぁ小六。俺の為に美濃国人衆を味方に付けるのだ!
「嫌だ」
「何でだよ!」
Whats、Why、何、何故、何でだよ?
「最近藤吉と触れ合ってないし、良いように使われてる気がするのよねえ」
ギクッ。身に覚えが確かにある。
「いや~そんな事ないと思うけどなあ~」
「そんな事あるわよねえ。私一人だけだと不安だわぁ」
く、小六の奴、今までこんな事を言ったこと無かったのに。
今は屋敷に戻って作戦会議だ。
部屋には俺と小一、小六と長康が居る。
「あ、それならおいらが一緒に」「ああ!」
「何でもないです」
小一の発言を目線と声で牽制しやがった。
「まあ、大将と姉御が一緒に行くのが一番だよな」
「そうよねえ。それが一番よねえ~」
く、小六の奴。すでに長康に言い含めやがったな。
「いや、俺もそうしたい所だけどな。城での仕事が残ってるし」
これは嘘ではない。
俺には右筆としての仕事が優先されるのだ。
それも奉行としての業務が!
小六と一緒に美濃の有力国人衆を巡る旅は確かに悪くない。
いや、是非一緒に行きたい。
しかし、俺の本能がそれを拒否している。
一緒に行くのは危険だと叫んでいる。
「ねえ、一緒に行きましょうよ。それが一番効率が良いしねえ」
「おい、止めろ。引っ付くな」
「あわわ」「こんな姉御初めて見るぜ?」
小一は両手で目をふさぐが隙間が開いている。
長康は見てらんないぜ、と両手を広げている。
俺にしなだれかかる小六を引きはそうとしていると、廊下から聞き慣れた足音がしてくる。
そして、スパーンと気持ちいい音と共に戸が開かれる。
「話は聞きました。わたくしも一緒に行きますわ!」
「ちょ、長姫様?」
そこには両手を広げて戸を開けて仁王立ちする長姫が居た!
「何で姫さんが付いてくるんだい。あんたは屋敷を出られないだろうに」
すぐに立ち上がり指摘する小六。
そうだよ。小六の言う通りだ。
長姫は織田家の人質だよ。
一応、俺の預かりだけどさ。
「心配は入りませぬ。ちゃんと了解は取っていますわ」
長姫は懐から文を取り出し俺に手渡す。
『藤吉と伴に行動する限り外出を許可する』と書かれている。
嘘だろ?
「では、ご一緒に参りますわよ!おーほほほ」
「私は嫌だからね!」
もう、嫌な予感しかしない。
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