第九十二話 蝮の提案にて候う
斎藤道三からの使者がやって来た。
今回は光秀が使者ではなかった。
何だ、イケメン十兵衛ではないのか?
城の女中のがっかり感が凄かった。
やっぱり男は顔なのか?
斎藤家の使者がやって来ても俺の仕事は変わらない。
以前は俺も使者との対面に顔を出していたが今回は外された。
と言うか外して貰った。
今の俺は財政処理に加えて手柄を立てる方策を考えるのに頭が一杯であった。
斎藤家の使者と会っている時間なんて必要ない。
直ぐにでもこの書の山を処理して時間を作るのだ。
そう思って仕事をしていた。
そして、事件は起こった!
いつもの様に書の山に囲まれながら仕事をしていると耳慣れた足音が近づいて来た。
そして、いつもの様に戸がスパーンと開かれる。
俺は振り向きもせずにやって来た者に言葉をかける。
「何のようだ。勝三郎。早く閉めてくれ。風で紙が飛んでしまう」
ふ、今の俺はカッコいいよな?
どこぞのマンガに書いて有ったシーンを再現して見た。
一度言ってみたかったんだよね。このセリフ。
と俺がカッコつけていると?
「藤吉。驚くなよ!」 「驚かないからまずは落ち着け。勝三郎」
なんだ、よほど大事が有ったのか?
「どうしたんだ。そんなに慌てて? ふむ、当ててみようか? そうだなあ、斎藤から正式に同盟の打診でもしてきたか? それとも道三がとうとう死んだのか? 俺としては後者の方が嬉しいのだがな」
そうだな、斎藤道三が死んでくれたら俺としては万々歳だ!
早くあの世に退場してくれないかね。美濃の蝮は?
「どれも違うぞ。藤吉!」
「何だ違うのか。そうなると嫁取りの話か? 奇妙丸様にはまだ早いと思うが、まあ、無い話ではないな」
そうだな、奇妙丸様も数えで五歳を向かえた。
そう言う話が有ってもおかしくない、のか?
いや、いくら何でも早すぎるだろう。
「それも違う。いや、違わなくもないが。嫁取りの話は合ってる。問題は相手だ!」
「相手? 歳が合わないのか? 五、六歳の子供にまさか二十歳ぐらいの子を宛がったのか? それはいくら何でも……」
歳が合わないのはしょうがないが歳が離れすぎるのも問題だ。
でも、そんな事をあの蝮がするだろうか?
あ、それを断った理由で戦を吹っ掛けようとしてるのか。
なんて悪辣な!
「そうじゃない! 相手は『斎藤 龍重』だ!」
「な、龍重だって! いくら何でもそれはないだろう? 龍重が衆道趣味でショタコンでも、当主と当主なんてそれはないだろう」
「ショタ? 何だそれは? いやそうじゃない。こちらの相手が市姫様で、相手が龍重なんだ!」
「なにー!」
俺は立ち上がって大きな声をあげていた。
市姫様が結婚だとー!
俺には散々条件を付けておいて自分は先に結婚するだと!
許せるものか。断固抗議してやる!
俺は立ち上がった勢いそのままに市姫様が居るだろう奥の間に向かう。
「待て藤吉。どこに行く!」 「市姫様に会いに行く!」
俺は振り返る事なく市姫様の元に向かった。
勝三郎の呟きに気付くことなく。
「あいつも何だかんだで姫様が好きなんだな」
ドンドンと足音を立てて廊下を走る。
いや、走っていない。はや歩きをしている。
走ると袴が邪魔になる。
袴の裾を両手で持ち上げてはや歩きをしているのだ。
ドンドンと音を立てているのは俺の怒りを表している。
そして目当ての部屋の前に来た。
部屋の前には侍女達が居たが俺は彼女達の制止を振り切って、戸に手をかける。
そしてそのまま勢いよくスパーンと開け放つ。
部屋には市姫様と犬千代がいた。
どこかの小説の主人公よろしくラッキースケベな展開はなかった。
ちょっとだけ期待していたんだかな?
いや、それはいい。無ければ無いで別に構わない。
「市姫様。どういう事ですか!」
「藤吉。お前。私を心配して来てくれたのか? それにこんなにも早く来てくれるなんて、私は、私は……」
市姫様は俺を見て顔を赤らめ、更には目に涙を貯めている。
あ、あれ? なんか予想したのと違うぞ。
「良かったですね姫様。藤吉様は姫様の事を……」
そして市姫様に抱きつき宥める犬千代。
え、何、その芝居がかった様な反応は?
そして、二人は泣き出した!
な、なんだよ。この展開は!
二人が落ち着いた所で話を聞いてみる。
道三の使者は織田家に正式に同盟を申し込んできたようだ。
勿体ぶった言い方で長ったらしい口上で使者は話していた。
その話を市姫様は眠くなるのを必死に堪えたそうだ。
その様子は見たかったな。
普段はキリッとした姿の市姫様がこっくり、こっくりしている姿はさぞかし可愛らしかっただろう。
そして、使者が同盟の利点を話終えた所で龍重の近況を話し出す。
龍重には妻子がいたが井ノ口城が落城した時に逃げ遅れて殺されたそうだ。
その為に普段は普通に振る舞っているが一人になると妻子を想い涙していると。
その話の後に道三からの提案を使者が伝える。
同盟関係をより強固な物にするために両家で婚姻を結んではどうかと話を持ってきたのだ。
最初は奇妙丸様との婚姻を持ち出したが奇妙丸様が幼い事で信光様と平手のじい様がやんわりと断りを入れた。
『今すぐの婚姻は無理であろうから、五年後くらいにまた話をしては?』
すると使者は、それならば『市姫様では、如何であろうか?』とふざけた話を持ち出したのだ。
最初に奇妙丸様の話を持ってきたのは断られる事が分かっていたからだ。
その後に妥協して市姫様を貰おうではないかとの上から目線の話をした。
道三からすると二度は断れまいとの計算を感じる。
それにこれを断れば戦を吹っ掛けられるかもしれない。
そして使者は『市姫様の美貌をもってすれば傷ついた龍重様の心を癒す事が出来ましょう』と宣ったのだ!
龍重の傷心なんて全然気にもしないがこれを断るとまた風聞が良くない。
市姫様は当然即答を控えた。
使者には後日返事をするとして帰らせた。
話を聞き終えた俺は市姫様を見た。
彼女は突然の婚姻の話に動転していた。
まさか陣代である自分に婚姻話が持ち上がるとは思ってもいなかったのだ。
そして涙目に成りながら話すその姿を見て俺は決心した。
市姫様が嫌がる婚姻等、俺が潰してやる!
道三がなんだ! 蝮がなんだ!
俺が本気を出せば斎藤家なんて敵じゃないからな!
「姫様。ご安心下さい。この藤吉が必ず姫様をお守り致します」
「本当か? 藤吉。本当に私は嫁に行かなくてもいいのか?」
「もちろんです。すべてこの藤吉にお任せあれ」
俺は市姫様の手を取って宣言していた。
よし、やるぞ。 蝮を相手に美濃取りだ!
ふふふ、見ていろ道三。俺は必ず美濃を取って市姫様の婚姻話そのものを無くしてやるぞ。
ふふ、ふふふ、ふはははー
俺はやる気に満ちて部屋を後にした。
「上手く行きましたね。姫様」
「うむ、平手の言った通りであった。これで藤吉は私の物だ。ふふふ」
市姫様と犬千代の二人は悪い笑みを浮かべていた。
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