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藤吉郎になりて候う 〜異説太閤紀~  作者: 巻神様の下僕
第三章 蝮と海道一の弓取り

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第六十七話 桶狭間の退き口

 追い詰められた!


 と思うのは早計だった。

 確かに山頂まで登りきり疲れ果てているのは確か。

 しかし、四方を囲まれている訳ではない。

 逃げ出す方法は幾つかある。


 それを知る事が出来たのは蜂須賀党の面々のお陰だ。

 彼らが義元の行方を四方に探してくれたお陰で、この桶狭間山を下る道を幾つか見つける事が出来た。

 一つは俺達が登って来た道だ。

 その道は今川勢が少しずつ登ってきている。教吉の鳴海勢が立ちはだかって居るが数を減らしている。

 それほど長くは持たないだろう。


 残る道は二つだ。

 一つは東海道に繋がる道ともう一つは大高道に出る道だ。


 俺達の取るべき選択肢は三つ。


 一つ、このまま駆け下りて今川勢を打ち破り義元の首を取る!


 これは無理だ。

 源平の『源 義経』よろしく逆落としでも出来ればいいがこの山道はとても緩やかで、勢いよく駆け下りる事は出来ない。

 勢いをつける事が出来なければ今の俺達では数に勝る今川勢を打ち破る事は出来ない。

 或いは行けるかと思ったがそんな一か八かの賭けは出来ない。

 生き残る事を優先したいからな。


 二つ、東海道に出る道を下りる。


 これは追撃を受けるが比較的楽に今川勢を撒けるだろう。

 東海道に出て一旦体制を立て直し間道を出て来る今川勢と戦う。

 悪くない策だ。

 しかし、この策の欠点は桶狭間山に居た兵が東海道に出る間道で伏兵をしていなければだが?

 伏兵が有った場合は挟まれて最悪全滅という事も。


 三つ目は、大高道に出る。


 これは東海道と同じリスクがある。

 こちらも悪くすれば全滅だ。

 だがメリットは大高道に出て今川勢の背後に回る事が出来る。

 そうすれば敵の最後尾には当初の目標である物資を運ぶ部隊と出くわす可能性が高い。


 さて、どの選択肢を選ぶか? 時間はない!


「藤吉。このままでは」


 若干青ざめた表情をしている勝三郎。

 勝三郎でもそんな顔をするんだな。


「大将! 殺るんならとことん付き合うぜ!」


 こっちは興奮しているのか顔を真っ赤にしている長康。

 俺は二人にさっき考えた三つの選択肢を告げる。


「逃げるか、戦って死ぬか、か?」


「大将は決めてるんだろ」


 勝三郎は迷っているが、長康は俺に従う覚悟なのか俺の返答を待っている。


「勝三郎、どうする?」


「俺はこの状況を作り出した責任がある。戦うなら先陣を、退くなら殿(最後に残る)を務める!」


「そうじゃなくて、どれを選ぶか聞いたんだ! お前が大将なんだぞ!」


「大将か? それなら俺は大将の器じゃない。皆を死地に」


「勝三郎!」


 俺は勝三郎の顔を殴った!

 勝三郎は殴られて尻餅をついた。

 その顔は驚きを見せていた。


「何をメソメソと言い訳してやがる! 覚悟を決めろ! みんなお前の指示を待ってるんだ!」


「藤吉」 「ほら」


 俺は勝三郎に手を差し出し起き上がらせる。


「すまん。藤吉」


「いいさ。俺も手が痛かった。お前、顔が硬いのな」


 俺と勝三郎、それに周りに居た兵達は皆笑った。


「藤吉。お前が決めてくれ。頼む!」


「いいのか?」


「俺はさっき間違えた。つぎはお前に任せる。無責任だがな」


「間違っても恨むなよ」


「安心しろ。間違えたら皆であの世行きだ。恨みようがない」


「違いない」


 また俺達は笑った。


「よし分かった。俺の選択は…… 」



 俺達は陣幕の布を槍に巻き付け火を着けた!


 輿にも火を着けそれを襲い掛かって来た今川勢に投げつける!

 今川勢は密集していたので逃げることも出来ずに火の着いた槍や輿に巻き込まれた。

 逃げ惑う今川勢。

 今ならこの間隙をついて逃げ出せる。


「教吉殿! 退きますぞ!」


「何を言われる。今なら今川の軍を割って義元の首を!」


「直ぐに態勢を立て直します。突っ込んでも犬死にするだけです。今は退いて下さい!」


「うぬ、ここまで来て」


「まだ、負けてません。急いで!」


「分かった。殿は?」


「この藤吉にお任せあれ!」


「しかし、いや、すまん。頼む!」


 教吉殿の鳴海勢は半数近くが動けなくなっていた。

 可哀想だが、助けてやる事は出来ない。

 今は目の前の今川勢を相手にしないといけない。


「大将! 槍のお代わりはどうする?」


「後ろに投げつけろ! 向かってくるのは殴れ!」


「おおよ! 聞いたか野郎ども!」


「「「おおお!」」」


 蜂須賀党は本当に頼りになる。

 そして熱田衆も負けじと張り合っている。

 後ろの連中が退くまで何とか堪えないとな。


 頂上には陣幕と輿ぐらいしかなかったが、所々で戦った場所には今川勢が残した武具が残っていた。

 これを拾って今川の奴らに投げつけている。


 今川勢の悲鳴と兵を叱咤する将の声が響く。

 出来ればその将に攻撃を集中して討ち取りたいが、そんな余力はない。

 向かってくる今川勢を打ち払うので精一杯だ。

 体の疲労も溜まっていたがここは我慢のしどころだ。


「大将! そろそろ俺達も退こうぜ。囲まれちまう!」


 気づけば徐々にではあるが囲まれ始めていた。

 目の前の事に集中しすぎていた。

 しかし長康は優秀だな。

 護衛に付けてくれた小六に感謝だ。


「大将! 本当にヤバくなる前に退こうや。大将が死んじまったら俺ら姉さんに殺されちまう!」


 ……流石だ小六。


「よし、俺達も退くぞ! あれを使え!」


「「「おお!」」」


 一番大きな布に火を着けてそれを今川勢に被せる。

 それを合図に一目散に逃げる!

 後ろを振り返ることなくひたすら走る。


 こういうのを火事場のくそ力と言うのかな?


 自分でも驚くほど体が動いてくれた。


 俺達が向かう退き口は………



 ※※※※※※※


「治部様。敵が逃げます。追撃に移ります」


「ほっときなさいな」


「しかし!」


「和尚が言っていたわ。追い詰めると噛まれるって。今もそうじゃない」


「負傷者は多けれど、軽傷です」


「罠は一つではないでしょ。それよりもあれだけやったのに半分も減らせないなんてね」


「も、申し訳」


「次はないわ」


 義元の冷たい目が側近達を貫く。


「池田 勝三郎ね。こちらに突っ込んで来るかと思ったけれど、中々に冷静ね」


「治部様?」


「追撃は不要よ。どうせ兵達は逃げ散ってしまうでしょうし。脅威にはならないわ」


「は、仰るとおりに」


「鳴海につく前に休息を」


「は、直ぐに準備を!」


「はぁ、つまらないわ。もっと楽しませてくると思ったのに」


「治部様?」


「何でもないわ」



 …………本当につまらない。



 義元にとってこの戦は遊びに過ぎないようだ。


お読み頂きありがとうございます。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。


応援よろしくお願いします。


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