第四十八話 織田 三郎五郎 信広
長男なのに、三郎で五郎?
『織田 三郎五郎 信広』
庶子では有るが織田信秀の長男であった。
彼は第二次小豆坂の合戦に参加、その後三河安祥城の城主になり二度の今川家の侵攻を受ける。
二度目の侵攻の時に生け捕りにあい『松平 竹千代』と人質交換をされて尾張に帰って来た。
俺の記憶とこの世界の信広は同じのようだ。
その後、こっちの信広は古渡城を与えられた。
この辺は俺の記憶にはない。
それに古渡城は確か廃城になっていたはずだ。
俺が知っている信広は信長の兄弟をまとめて一門筆頭のようになっていた。
そして長島一向一揆の戦いで亡くなっている。
おまけとして信長に謀叛しているが直接戦ったかどうか諸説あるらしい。
だが、こっちの信広は信長に謀叛をしていない。
それどころか積極的に市姫様に協力している。
先の浮野の戦いでも信光様の軍勢に兵を出している。
自身は清洲で城代を勤めていた。
頼りになるお兄さんだ。
俺は道空殿に信広様と連絡を取ってもらった。
俺は信広様を何度か見たことは有るが、直接面識が有るわけではない。
まして今の俺は無職だ。
そんな人物が一城の主においそれと出会えない。
そこで道空殿に俺が勝三郎の指示で動いている事にしてもらった。
勝三郎には悪いが俺と勝三郎では信用度が違う。
それに勝三郎なら事後承諾でも許してくれるだろう。
察しのいい勝三郎だから分かってくれるはずだ。
二日ほどして向こうから会いたいとの連絡が来た。
俺は小六と一緒に古渡まで出向く事にした。
小一と寧々はお留守番だ。
小一には俺に代わってやっておいてもらいたい事がある。
一日かけて古渡城に着いた。
ゆっくり向かったのには訳がある。
この辺りの地形を把握する為だ。
しかしこの古渡の城はお粗末だな。
堀と物見櫓が有るが門は冠木門だ。
まあ、大体どこの城も門は冠木門か。
それに城と言っても天守閣が有るわけじゃない。
御殿と呼ばれる屋敷が本丸扱いだ。
屋敷の回りを掘って空堀とし堀った土で土塁を築き板塀で囲み櫓を立てる。
これが普通の城だ。
古渡城は普通の城だった。
そしてさして広くない部屋で俺と小六は織田信広に対面した。
見た限りだと信広は三十過ぎ。
顔はまあまあ良いな。
少し目付きがきつい。
中肉中背だ。
太過ぎず痩せすぎず。
ただ、信広の顔に笑顔はない。
俺は道空殿に信広に当てた手紙には『信行の謀叛許すまじ』と書いた。
俺が許すまじと言っている訳じゃない。
勝三郎が言っているんだ。
俺は動けない勝三郎の代わりに信広と会うのだ。
「お前達が、勝三郎の使者か?」
「はっ」
俺は一礼する。
「勝三郎の話は分かる。分かるが信行は叔父の代わりをしているに過ぎない。私が動く理由にはならない」
信広の言は分かる。
だが、何としても信広に動いてもらわないといけない。
「発言をお許し願えましょうか?」
「その方、名は?」
「木下 藤吉と申します。こちらは蜂須賀小六です」
小六は俺より後ろに控えている。
「木下? 確か市の右筆にそのよう名があったな」
「わたくしがそうです」
「おう、お主がそうか! 市が珍しく人を誉めていたので覚えておる。そうか、お主がな」
お、これは好感触。
市姫様グッジョブです。
「信広様。信行様、いえ信行は奇妙丸様を人質に尾張の国を壟断しております。何とぞ我らにお力を。伏してお頼み申します」
俺は両手を前に着き頭を下げる。
「信行がそのような事をするであろうか? 私には信じられん」
あれ? 信広は信行を信じているのか。
俺は頭を上げて反論する。
「信行はすでに事を成しています。それに彼は勝手に関所を作っています。これは国の織田家の政策に反します」
「う、うむむ」
少し考えているな?
ここは畳み掛けよう。
「このまま信行が尾張を治めても尾張の民の生活は良くなりません。逆に苦しくなるでしょう。早くとも三月後にはそれをお分かり頂けるでしょう」
「三月とな? 何故はっきりとそのように言える!」
「事実を申し上げております。必ず三月後にはそうなります」
「道空の文にも同様の事が書かれていたな。詳しく述べてみよ」
信広は真剣な眼で俺を見ている。
しかし、道空さんは道空さんで手紙書いていたのね?
俺は簡単に分かりやすく説明した。
関所を作る。
今まで自由に行き来出来たのが出来なくなる。
物も人も銭も時間も失われる。
そんな場所に人は集まるのか?
集まる訳がない。
おそらく次々と関所は作られて行く。
短期的に関所からの収入が入るが長期的に見るとその収入は先細る。
まして隣国の美濃は国内の関所をほとんど廃止している。
このままだと尾張から美濃に人と物が移ってしまう。
そして尾張の経済は銭の流れは停滞してしまう。
銭の力で台頭して来た織田家は銭が回らなければ力を失うのだ。
と噛み砕いて説明したがどうだろうか?
信広はうんうん頷きながら聞いていたが、顔は分かっていない顔だった。
回りの家臣達もちんぷんかんぷんな感じだ。
小六は理解している。
彼女は蜂須賀党を率いて材木業を営んでいたので、銭の使い方をよく知っている。
しかし、武士は違う。
武士は奪うだけだ。
民を守る訳ではない。
民が差し出す税を守っているのだ。
だから、税がどうのこうの、経済がどうのこうの言っても分からない。
目先の事しか考えていないのだ。
先の事を考えているなら戦国の世はとっくの昔に終わっている。
普通の武士には理解出来ないだろう。
正直困った。
やり方を間違えた。
ついつい熱が入って話をしてしまった。
もっと簡単に直接的な言い方にしよう。
「つまりですね。民からの税が減ったり商人が来なくなったりするんですよ」
これなら分かるかな?
「何、税が減るのか?」
「商人が来なくなるだと。どうしてだ?」
家臣達は分かってくれたのかな。
騒ぎだした。
しかし、肝心の信広は眼を閉じて考えこんでいるようだ。
「信広様?」
「三月後だ」
信広様は眼を見開き俺を見る。
「は?」
「三月後にその方が言った通りならば、我は立とう」
「おお、ありが」
「ただし、三月後にそうならなかったらその方を信行に突き出す。よいな」
「ははー」
条件付きで何とかなった。
三月後に信広の協力を得られるがその間も準備しないといけない。
三月後、年が代わる。
弘治四年がやって来て直ぐに永緑元年になる。
そして、遅くともその六ヶ月後には今川がやって来るのだ。
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