第三十八話 お留守番にて候う
おお、麗しの夢の都『京都』に遂にたどり着いた。
眼下に広がる光景に俺は目を奪われ…… 無かった。
京都は予想以上に広く町並みも整えられていたが、活気が無かった。
これまでの道中で近江の六角氏が支配していた町並みよりも人の往来が少ない。
清洲や井ノ口の方が人も多く感じたし、活気に溢れていた。
京都は総じて元気がないように感じる。
さてそんな京都の町並みの中から一つの宿を取りそこを拠点に活動を始める。
史実ではこの時『将軍 足利 義輝』は京にはいない。
『三好 長慶』に京を奪われ六角氏に身を寄せていたはず?
俺もよく覚えていないがとにかくこの時期に将軍様は京に居なかったのだ。
史実では!
しかしこの世界の京では将軍様が居る。
将軍様だけじゃない。
道中の噂で知ったのだが、なんと『長尾 景虎』も居るのだ。
たしか俺の記憶が確かなら景虎は川中島で『武田 晴信』と戦ってるはずだ。
しかも、雪国である越後からこの時期に上洛するなんて信じられない。
でも、その信じられない事が現実だ。
今はその現実を直視しよう。
とにかく長尾景虎と織田市がこの京にはからずも一緒に居るのだ。
これが織田市じゃなくて、信長ならと思わなくもないが仕方ない。
しかし、長尾景虎後の『上杉 謙信』だ。
自分で毘沙門天の化身と言ったり、家臣達から謀叛されまくったり、当主でいるのが嫌になって高野山に家出したりした人物だ。
待て、列挙した事が事実なら謙信は大層な困ったちゃんじゃないのか?
でも、それを補って余りある魅力的な人物だ。
出来れば遠目でもいいのでこの目で見てみたい。
史実では秀吉は景虎と会うことなんてないからな。
一目見てみたいよな、本当に。
だがそんな妄想をしている暇はない。
とにかく急いで用事を済ませてさっさと尾張に帰らないと行けない。
斎藤と今川が尾張を狙っているのだから。
まずは将軍様に会って次いでに朝廷に寄進する。
将軍様が今住んでいるのは斯波武衛邸だ。
そう、なんと尾張守護職の斯波氏の邸宅を接収しているのだ。
可哀想な斯波氏。
京の住まいは将軍に取られ支配国の尾張を織田氏に取られた。
これも戦国の世の成せる業。
良かったよ俺。
勝ち組の織田氏に仕えられて。
でもな、この世界は史実とは違った流れに成っているからこの先の保障なんて無いんだよ。
だから織田氏が勝ち組になるかどうかも分からない。
安心なんてないんだ。
そしてその安心を得る為の努力はしなくてはならない。
その為の守護職の獲得と朝廷への寄進だ。
将軍様のアポイントを取るのは勝三郎がやっている。
そして将軍様とのアポイントは直ぐに取れた。
結構暇してるのかな将軍様は?
将軍様との面会が取れた段階で朝廷への寄進を行う。
仲介者は以前『織田 信秀』が会った事のある公家で『山科 言継』だ。
この山科言継という公家は朝廷のお使いで各地を放浪して有力な人物に寄進を頼みまくった人物だ。
それにこの人、色々と芸達者な人物で蹴鞠や和歌は勿論、漢方薬やその他薬の生成、双六等の趣味も嗜んでいる。
そんな山科言継は尾張に出向いた時に織田家を訪問し、蹴鞠と和歌を伝授している。
その時の相手をしたのが平手のじい様だ。
今回のお供の中には平手のじい様の息子『平手 久秀』が来ている。
その久秀が平手のじい様の書状を持って山科卿と会っている。
そして俺は、何もしていない。
いや、何もしていない訳じゃない。
将軍様への銀二千貫分の献上と山科卿に朝廷への寄進金千貫分を納品するのに立ち会った。
しかしそれだけだ。
将軍様の拝謁には同行出来ず、かといって山科卿にも会えず。
ただ宿で皆の帰りを待つだけ。
利久は和歌の造詣が深いこともあって山科卿と会っている。
そしてあの内蔵助は護衛として市姫様に同行して将軍様と会っている。
犬千代も勿論市姫様と一緒だ。
俺は一人手持ちぶさただ。
他の近習達は俺に留守番をさせてさっさと京の町に繰り出していった。
一人ボーッと宿の二階から町を見ている。
こんなはずじゃなかったのに!
「じゃあ藤吉行ってくる。帰ったら町を見て回ろうぜ」
「すみません藤吉殿。戻ったら買い物にお付き合いしますから」
「おう筆書き。お前は留守番がお似合いだ。はははは」
利久と犬千代は優しい言葉をかけてくれたが、内蔵助め!
こいつとはどこかで決着を付けてやるぞ!
「藤吉。すまんが留守を頼む」
「すまんな藤吉。お前しか留守を頼めんのだ」
市姫様と勝三郎からも留守を頼まれたがこれってやっぱりいじめなのか?
何で俺だけ留守番なんだよ。
はぁ~、俺も京の町を見て回りたいのに。
母様と朝日にお土産を買ってやりたいけど、その時間はないよな?
多分皆が帰って来るのは夕刻を過ぎる。
その後だと流れ的に酒屋に向かうか、宿で酒を飲むか。
あっ酒を飲む一択じゃないか!
くそ、別に留守番なんてしなくても良いよな。
勝手に宿を抜け出すか?
でもな、ばれたらどんな目にあうか分からないしな。
はぁ~。
ため息しか出ないよ。
ふと視線を通りに移すと、一人の女性が複数の男に囲まれているのが見えた。
多分、女性だよな?
その人は小袖姿に頭から薄衣を被っている。
明らかに嫌がる女性。
強引に女性の腕を取る男達。
これはヤバいのでは!
俺は急いでその場所に向かう。
留守番がどうのこうのは考えなかった。
ただ急ぐ、女性の元へ。
あ、これってどこかで。
そんな考えが頭をよぎるが直ぐに取り払う。
宿を飛び出し事件現場に急行し、声をかける。
「ま、まひぇ」
うわ、噛んじまった。
かっこ悪~。
「なんだ~こいつ」
凄んで見せる男達。
数は三人。
俺よりは小さい。
ふっ、これなら勝てる。
そう思った俺が前に一歩踏み出すと。
「あででで、こいつ」
あれ?
「この、抵抗する。いだだだ」
おい!
「くそ、行くぞ」
あれ~。
男達は女性の強かな反撃にあって撤退していった。
俺の出番は?
固まる俺に女性が語りかける。
「助かったぞ。そなたが声をかけて注意を引いてくれたから何とかなった。礼を言う」
お、おう。
役に立ったみたいだ。
「いえいえ。何も出来ずに申し訳ない」
俺は謙虚に挨拶をする。
「ふむ。今時珍しいご仁だな」
そう言って薄衣を外して俺に笑顔を向ける女性。
改めて見るに美少女だ。
色白で日に焼けた後がない真っ白な肌が見えた。
この世界に来てから美少女に会う事が多いな。
「あ、私は木下 藤吉と言います」
なんかナンパしてるみたいだな。
「ああ、すまん。名を名乗ってなかったな。私は『長尾 龍千代』と言う。よろしく藤吉殿」
『長尾 龍千代』?
えっと、誰ですか?
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