60話 想定外の遭遇
『戦争の理由を解明しよう』と話し合った翌日。
昼過ぎに、ルナと眠は街のファミレスで落ち合った。
テーブルの上に並ぶのは、フライドポテトとドリンクバーからとってきた飲み物、それから互いに持ち寄ったメモ帳だ。
メモ帳にはそれぞれの世界で歴史に残っている出来事や、闘いの名などが書き記されている。それらをお互いに確認しあって、歴史に相違がないかを照らし合わせていた。
「とりあえず、まずは各世界の歴史を見直そうっつーことで……オレがメモってきたこれは、帝国兵に対する教育用の資料からだ」
「ボクも、騎士の研修に使用している教材からメモしてきました。……ですが」
ルナはそこで口を閉ざすと、テーブルに片ひじをついて頭を抱えた。
食事の時間帯から外れた店内は人影もまばらで、二人が座るテーブルの周辺に客はいない。
店内に流れる有線は、一昨年くらいに流行った記憶のある洋楽。遠くのテーブルに座る客の声と、食器が鳴らす高い音なんかが、いい具合に洋楽と交じってひとつのBGMとなっていた。
「んー、両世界の歴史で特段差異はない、かぁ……。各戦について解釈の違いも、ほとんど見受けられませんでした……」
「つーことはぁー」
手にしたシャープペンシルをカチカチ鳴らすルナに向かって、眠はビシっと右手に持つポールペンの先を向ける。どこかムッとした表情で視線だけを向ける、そんな彼女の今日のヘアスタイルはシンプルなポニーテールだ。
「天界と下界の歴史を照らし合わせたところで、何のヒントもねえっつーこった」
やっぱなーっと声を上げながら、眠は身体を伸ばしソファーに深く座りなおした。
ルナは黙々と、自らのメモと眠が書いてきたメモを何度も見比べている。
一生懸命な彼女には申し訳ないが、眠が思うに今日持ち寄った情報から、これ以上の収穫はない。同じことについて考え続けて煮詰まるのも疲れるし、天界と下界の歴史からヒントを探すのは、今日はもうやめにしたいところだ。
他にも、ルナが協力してくれている今のうちに、研究したいことは山ほどあるし。
「ま、基本的に双方の歴史に相違はないってわかっただけでも収穫だ。こんなこと、オレらじゃないと確かめられなかったしな。戦争の理由については、今日はこれくらいにしておこうぜ」
「……そうしましょうッ」
ぽんっと手を叩いてにっこりと笑ったルナは、ペンをテーブルに置き、メロンソーダの入ったコップに手を伸ばす。空いた片手でパタパタと首元に風を送りながら、それにしてもあっついですねぇなんて他愛のないコメントをして、ストローを咥える。
「ルナ、今日も髪型違うんだな」
「あっついので、まとめちゃいました。眠さんも今日はいつもと違ってますね。ええと、そーゆー前髪を上げるヘアスタイル、ハングアップって言うんでしたっけ……!」
「違ぇな、アップバングだ。ハングアップってのは──」
「それにしても眠さん……」
名称なんてどうでもいい、とでもいうかのようにそう切り返して、おもむろにメロンソーダをストローで吸い上げ始めるルナさん。きっと千聖が相手なら話を最後まで聞いたうえで、「えっそうなんですか! 覚えておきます!」くらい言いそうなものだ。
自分と千聖で態度が若干違うのはそれとして、“それにしても” に続く言葉は一体なんなのか、身構えながら眠は軽く毛先を指でいじる。
自分の名を呼ぶ声が普段よりも低かった気がして、なんとなく褒められるわけではないだろうなと悟った。
「より不良感が増しましたね。お煙草も……吸われているようですし……」
「え……ダメか」
「だめですよ! まだ未成年ですよね!? 魔界の成人は20歳からですよ!」
「いや、帝国の成人って15だし……」
「郷に入っては郷に従え、です!」
予想よりも面倒くさい方向に話が流れてしまっている。
早急にこの話を終わらせて別の話題へ移行したいところだが、適当にハイなんて返事をしてしまえば、目の前で吸う度に何か言われるようになるかもしれない……。ルナとは長い付き合いになりそうだし、それは避けたい。何も返事をせずに話題を変えるのも感じ悪ぃしな、と考えながらポテトを口運んでみる。当たり前だが、芋を食ったところでベストな答えは何も浮かばなかった。
そのままもう一口分、とポテトの皿に手を伸ばしたところで、テーブルのわきを通りかかった人影が、不意にその足を止める様子が視界に入る。
一体なんだ? と立ち止まったその人物に視線を向ける眠とルナ。
視界に映るのは深緑色の生地にチェック柄が入った短いスカート、白いシャツに胸元には赤色の派手なリボン。胸のリボンは規定外であるが、これは眠の通う学校の制服だ。
目の前に立つ少女は、綺麗な金髪に括り付けた赤い髪飾りを揺らしながら、歯を見せて笑った。
「やっぱり炎先輩じゃん!」
風華舞──派手な見た目のこのギャルは、間違いなく眠の後輩だ。
ただ、この時間はまだ、千聖と同じく学校で補習を受けているはずである。不良と言われる彼女のことだから制服のままサボっている可能性は十分にあり得るが……。それにしてもなんて挨拶を返そうかと考えるうちに、少女の影にもう一人、男子学生がいることに気が付いた。
ここに居るはずのないその姿に、一瞬見間違えかと思ったが……眠は腕を組んで「はーん?」なんて声を出しながら、怪しげな視線をそいつに向ける。
「補習サボって元カノとデートとは、こりゃ一体どーゆーコトっすかね、千聖くん?」
言ってやれば、そいつは舞よりも一歩前に出て、はぁとため息をつく。
「臨時の職員会議があるとかで時短になったんだよ。つーかいちいちさ、元カノとかそーゆーこと言うのやめろよ」
千聖は眠から目を逸らさずにそう文句を垂れる。
おそらく眠の向かいに座る少女が誰なのか、気が付いていない。
一方で、その少女から息をのむ音が聞こえて、眠はにやりと口角を吊り上げる。
「先輩、デート中?」
「いんや、そーゆーわけじゃねぇよ。座りたいならそこ、どーぞ」
「おい舞……連れの人に申し訳ないから。おれらはあっちの席に行くよ」
「いーじゃんいーじゃん、課題、手伝てもらおーよ」
席を勧める眠に、すっかりその気になっている舞は千聖の静止も聞かず、一切の遠慮なくパーティーインする。ちゃっかり眠の隣に納まった舞を見て、千聖は少し迷って諦めたのか、連れの人の隣に座ろうと移動した。そして、丁寧にあいさつをする。
「すみません、本当……迷惑だったら言ってください。すぐにコイツ連れて席移動するんで」
「別にいいよな? ルナ」
「えっ……は、はいッ! 大丈夫です!」
わざとはっきり名前を呼べば、ルナは顔を真っ赤にしながら頷き、千聖は座りかけの中腰姿勢のまま、フリーズした。
二人の様子に、眠は堪えきれずクックと肩を揺らして笑い始める。
「千聖、気が付つくのおせぇッて!」
「え、待って……えっ、ルナ?」
「あ……えと……その、こんにちは、千聖くん」
「とりあえずその変な姿勢やめて座れよ」
眠の言葉に促され、おずおずとぎこちない動きでルナの隣に腰を下ろす千聖。
微妙な距離をとった位置に座るその様子に、なんとなく舞も何かを察したらしい。
ルナも急に正しい姿勢のままうつむき、動かなくなってしまった。髪で顔は隠れてしまっているが、ちらりと見えるうなじは真っ赤だ。
「千聖も知り合いの子なの?」
「知り合いっていうか……なんていうか、説明が難しいんだけど……」
このテーブル全体を何とも言えない空気が包み込む。眠だけがにやついているが、テーブルの角から視線を動かせない千聖と、俯いているルナはそれに気が付いていない。
「急に乱入しちゃってごめんね? あたしはこの二人の後輩。舞って呼んで」
「は、はい!……ルナと、申しますッ」
「ルナね、よろしくーッ」
女の子同士で挨拶を交わしているその陰で、眠が千聖に「ドリンクバー、2名追加でいいよな?」なんて確認をとりながら店員を呼ぶベルを鳴らした。




