50話 謁見:その言葉、せめてオブラートに包んでほしかった
13時丁度。
「ヘルヘイム帝国の将軍様がお見えになりました」
先方から連絡があった通りの時間に、使いの者の声が響く。
「あなた、どうしましょう」
今、王間にいるのはアスガルド王とその王妃の2人きり。
「う~ん、時間通りに来たね。ユキはまだ……?」
「えぇ、見つからなくて……もう一度捜して来るわ。あんまりお待たせしても申し訳ありませんから、彼には入ってもらいましょう」
青い顔で玉座の後ろにある隠し扉へと姿を消す王妃。王はふぅっと軽く息を吐いた。隠し扉が完全に閉まったのを確認してから、ドアの向こうで将軍の到着を知らせてくれた者へ声をかける。
「通してくれ」
王間の重たいドアが開く音がした。
程なくして姿を現した来客は暗い色の軍服に身を包み、赤いマントを靡かせながら、王間の入り口から玉座まで真っ直ぐ引かれた紅いカーペットの上を歩いてくる。
その姿に思わず魅入ってしまった。
身に着けている赤色のマントは、赤い髪を持つ彼らの王──恐夜王を象徴し、軍服に所々入っている金の装飾は位の高さを表していると聞く。
他国の王を前にしてもまったく臆する事なく、威風堂々としている様はまさしく“将軍”。
男から見ても格好いいと言えた。
左胸には、彼がこれまでに残してきた功績を示す様々な勲章が付けられている。が、不意にそれに混じって王都の入国許可証がぶら下がっているのが目に止まり、その真面目さに思わず吹き出してしまった。
笑われた本人は、笑われた事に気付いているらしくムッとした表情だ。
「直接はこれが初めましてだね。俺がアスガルド国王のギンだ。神と呼ぶ者もいるけど、ギンでもアスガルド王でも、何でも好きに呼んでくれていいから」
一度笑ってしまったせいか真面目を繕ったところで、どうも苦い顔をされる。
「笑ったのわかってっからな……」なんてボソッと本当に小さな声で愚痴を零しながら将軍は、慣れた様子で跪いて挨拶をする。
「帝都ヘルヘイムから参りました、龍崇千聖です。拝謁をお許し頂き光栄に存じます」
そのよく通る声とキチッとした格好、姿勢につられ、思わずギンも姿勢を正した。
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「この度はアスガルド王女とのご婚約のお話、有難うございます」
「いやいや、良く承諾してくれたね。嬉しいよ」
真っ白に輝いているようなこの空間の奥に、アスガルド王──世界の神がいる。
千聖の位置からアスガルド王までの距離は結構あるが、全面大理石を思わせるこの王間では声が良く響く為、会話には困らなかった。
想像以上に、というよりまさかここまで一国の王がフランクとは思わず、一瞬本当にこの男が王なのか疑った程だ。
しかしまぁ、着ている服の装飾からして彼が王で間違いなさそうである。
それにしても今日は自分の妻になる予定のお姫様とも顔を合わせる予定なのだが、どう見たって王しかいない。
「ヘルヘイムの王は元気かい?」
「はい」
到着した時間が早いなんて事はない。
むしろこちらは定刻通りだ。
「そっか……それは、いいことだ」
正直言って、自分の相手となるお姫様がどんな娘か気にならない訳ではない。というか気になりすぎて仕方がない千聖は、視線だけ泳がせて姫らしき人物の姿を探す。が、どこにも見当たらない。流石にキョロキョロするのはマナー違反だろうし、落ち着きがなくて格好悪いから、あくまで視線だけでの捜索を続ける。
「あの……俺が言えた事でもないんだけど、いきなり敵国の王族と婚約なんて君は嫌ではないのかい?」
声を掛けられてさらっと視線を王に戻せば、先程から何となく歯切れの悪い王の様子に、次第に千聖も違和感を抱き始める。
「我が王の望みとあらば、他意などございません」
「さすがだね……うん、さすがだ。あー……それにしてもあれだね、君は、モテるだろう? 顔が……その、あ、髪型とかも、今時の子って感じだ」
それは、褒めているのだろうか。ふと千聖は逡巡──どころか考え込んでしまい、無難な返しや適当な相づちを打つことが出来なくなる。そうして生まれた会話の間が、沈黙を生み、この空間に漂いつつある微妙な空気の濃さに拍車をかける。
それに慌てたアスガルドの王は会話を広げようとするが、結論から言えばそれは追撃にしかならなかった。
「うちの娘も喜ぶよ、あの……よく魔界で流行ってるらしい漫画ってのを読んでるみたいで……そう! ニジゲンってのに出てくる人物にいそうな容姿だね君は! ……本当、娘が好きそうだ、いやいや、良かったよ! 本当に……」
口元では笑顔を維持し続けた千聖だったが、その眉間には露骨にシワがよる。
姫はヲタクか。
いやそれはそれで別に構わない。
千聖にとっての問題は王の発言だった。
褒めてるつもりなのだろうが、どうしてだろう、嬉しくない。ニジゲンというのが2次元であるならつまり、漫画やアニメに出てきそうな見た目や格好という解釈になる。捻くれた悪意のある要約をした場合は、「お前のその格好ってコスプレみてぇだよな」と言われた事になる。お前の格好だって大概だぞ、と突っ込みたくて仕方がない。
今までで一番長い沈黙が、王間に訪れる。
流れる空気にすら音を感じるくらいの沈黙。
そんな千聖の顔面の状態を知ってか知らずか王は立ち上がり、両手を上に掲げて大袈裟なくらいの大声で急に笑いだした。
あまりにも急な笑いに、千聖の肩はびくりと震える。
表情はかえなかったが、何事かと心臓が跳ね上がった。
「いやー、今日は天気もいいし! 娘の旦那は地位も金も権力もあるイケメンだし! 最高だ!」
流石に唖然とした。
眉間のシワも口元の営業スマイルもそのままに、今度は目が大きく見開く。
自分でも今どんな顔をしているかわからないが、少なからずこの顔はイケメンとは程遠い。
「あの……」
掠れながらも絞り出した声は、次に、王から放たれた謎宣言により、掻き消されることとなった。
「嗚呼っ! 今日は実にイイ日だ!!」
こいつは、一体何を言っている。
千聖は、そろそろ何か言い返さねばと思考を回転させる。素で言いたいことならたくさんあるが、差し支えないリアクションを選択する必要があるならば、言葉の幅はかなり狭い。
それでも何か言わなければと口を開いて──
「申し訳ございません。私は地位も金も持っております。そして仰る通りイケメンです。しかしながら、国政に対して直接的な権力はございません」
咄嗟に出た言葉。
こっちも何を真面目に言ってるんだ、と我に返り流された自分が情けなくなる。
確かに地位も金も、人より持っている自覚はある。だがこの公的な場で自らをイケメンといい切る馬鹿が何処にいるのか。整っている自覚もあるがナルシストの自覚はなかった。
咄嗟に口をついて出るってことは自分はナルシストだったんだなという思考に至り……かけて、問題はそこじゃないと考え直す。
ここまでの会話の内容もおかしいが、それよりも王の態度だ。
何かに焦っているような、まるで何かを取り繕っているような。どう見ても引きつった笑顔の王には、遠くからみても脂汗が浮いているのが見える。
これは怪しい。
何となくこうなるような気もしていたが、おそらく──
「それで……姫はどちらにいらっしゃるのでしょう?」
「あぁ。そうだったね、そうそう娘ね……そう───」
ギクリ、と効果音が聞こえた気がした。
王の視線が泳ぐ。千聖はそんな王から少しも視線を逸らさない。
泳ぐ視線の先に何もないのはわかっている。
「──そのこと、なんだけど……」
ヘラヘラと笑いながら、王はつづけた。
「敵国の将軍なんかと結婚するくらいなら死んだ方がマシ! って言って……逃げたんだ」
せめてオブラートに包むとか、そのへんの配慮はないのかよ。
と言いたくなるのをなんとか飲み込んで、張り付けた笑顔のまま千聖は考える。
この先、こいつをお義父さんなんて呼べるだろうか、と。




