47話 わかりやすい愛の象徴
「ふえッッッくしょい!」
「変なくしゃみだな」
「んー……風邪かなぁ……」
昼下がりの繁華街。
適当なファストフード店で食事を済ませた千聖と眠は、本日の目的地目指して溢れかえる人混みの中をかき分け進んでいた。夏休みの時期だけあって人の数が尋常ではない。お互いを見失わないように気を付けながらも、千聖は見慣れない看板ばかりが並ぶ街並みを物珍しそうに見渡していた。この街にはよく遊びに来るのだが、いつも行く場所は決まっている。だから、少しでもいつものルートから外れると未知の世界が広がっているのだ。
「んー……指輪なんて選んだことが無いからどれがいいか分かんないよね」
「お前って変なところ律儀ってーか……」
「とりあえず一軒目、入ってみよう」
今回、目的地としているのはジュエリーショップだ。
アスガルド嬢との婚約が決まり、ご挨拶の日程まで確定したものの、ふと手ぶらで行くのもなんだか色気が無いなと悩んでしまった。相手側が提案してきた政略結婚とはいえ、先方への愛嬌は必要だろう。ちょっとした手土産くらいはあった方がいいと、そう思ったのだ。
とはいえ菓子折──はなんだか違う。
花束も、実際は迷惑とか何かの記事でやっていた気がする。
悩んで悩んで考えあぐねた結果、結婚といえば指輪だという当たり前とも言える結論に至った千聖は、さっそく帝国にあるジュエリーショップを何軒か巡ったのだが、どれもこれもセンスがないものばかりだった。
やっぱりこういったものも、魔界の方が繊細で綺麗な作りをしている。
ただ、こうして来てみていつも思うのだが、やっぱりこの世界は相場がおかしい。
指輪に限らず、大体の物が帝国では魔界の三分の一の値段で手に入れることができるというのに……。
「好みも顔も分からんから選ぶ基準がねぇなぁ……完全に千聖のセンス問われんぞ」
「とりあえず一番高いのでいけば間違いないかな?」
「……それだけはやめとけ。マジでやっべーの出てくるよ」
丁度そんな事を話しながら入店した千聖の目に飛び込んできたのは、レジの近くに並べられた二つのガラスケースである。たくさんの商品が輝く中で、そのガラスケースの中身は一際存在感を放っていた。
大体の商品は大きなガラスケースに複数並べられている中で、そのガラスケースの中にはそれぞれ一つの商品しか入っていない。高級そうな布をしつらえた土台の上には不恰好なほどに大粒の宝石をくっつけた指輪が一つと、その隣のガラスの中には、おそらくネックレスだろうが一般的な女性が付けている姿を生まれてこのかた見たことがないくらい、存在感も表面積も大きく、その面積の大半をダイヤモンドで形作っているような、アクセサリーというよりは“首元の装備品”と表現した方が的確と思えるような代物が飾られている。
「あー、確かにテレビで手袋付けた人が慎重に扱うよーなやつ出されても困るかも」
千聖は、それらから目を逸らさずに言った。
「うわあのネックレスなんて特にひでぇな。どっかの文明の壁画に描かれてる人が付けてるやつみてーじゃん」
眠の感想を聞けば、確かにどこかでこんなのを付けてる何かを見た覚えがあると感じていたが、それはテレビで映っていた壁画だったかと納得する反面、店の中でそれを言うのは失礼だからせめて外出てから言ってくれ。と冷静に千聖は焦った。
店員に聞こえていたらさすがに申し訳ない。
「つかお前さ、サイズ知ってんの?」
「知らないからそこはおれの理想の細さでいこうと思う。合わなかったら直しに行くよ」
事もなげにそんなことを言い放ち、口元に人差し指の第二関節あたりをあてて、いかにも“悩んでます”風に品定めを始める千聖。
あまりの適当さに、今度は眠が言葉を失った。
基本的に“何とかなる”のスタンスで生きてる眠ですらこの発言はどうかと思う。
流石にいきなり指輪を渡してサイズが合わないなんて格好が付かないだろうし、逆に適当さが垣間見えて失礼に思われるんじゃなかろうか。
「そもそも結婚指輪と婚約指輪ってどう違うんだ……あ、ていうか結婚指輪はおれの分もないとダメだよね?」
視線をガラスケースの左から右へと滑らせ、ペアで並べられた指輪をさらっと見ては、今度は右から左へと適当に見直して行く。あまり真剣に選んでいるようには見えない。
「……おれの分なくてもいいかな?」
「婚約指輪はお前の分いらねぇな」
「流石にそれはわかるよ」
そこで一旦、2人は顔を見合わせる。
「…………は? マジで言ってんの?」
「やっぱ……必要か」
「当たり前だろ……え? ペアじゃねぇ結婚指輪渡すくらいなら婚約指輪だけ買って今度一緒に見に来れば?」
眠の提案を聞きながら千聖はケースの中に視線を戻す。
連れの真面目な提案をちゃんと聞いていたのかは微妙だが、今度こそちゃんと真剣に悩み始めたようだった。何を見てるのか気になり、眠もそれとなく一緒になって覗き込む。
どうやら今千聖が見ているのは婚約指輪と結婚指輪がセットとして売られている一帯らしい。
「これって要するにポーズなんだよ」
「ポーズ?」
指輪たちから目をそらすことはせずに発された千聖の声色は、真剣なものだった。
「政略結婚の場合って指輪をどうするべきなのかなんてわからない。おれのこれは飾りみたいなもんで、付けても付けなくてもいいんだ。挨拶の時にはこっちで指輪用意するくらい前向きだって姿勢も見せてかないとって思ってる。だから、全力で選ぶけど、結局この指輪は花束とかお菓子みたいな、お土産に近いっていうか……それに、結婚指輪はちゃんと改めて作ることになると思う」
「愛嬌も大事っつーことか……」
眠は、千聖の話を聴きながらも目の前に並べられている銀色のリングをぼんやりと眺める。
(それにしてもだ、これで姫様が膨よかな体型してたら細い指輪ってかなり嫌味になるよな……最悪破断になりかねないぞ)
この考えは、なんとなく口に出せない。
本当になんとなく、婚約相手の容姿については触れてはいけない気がして話題にするのは避けていた。姫がどんな娘なのか全く情報がない今、体系も、性格も、顔立ちも、すべてが未知の女と結婚しなければならないことについて、一番恐怖を感じているのは千聖だろうから。
それでも、少しでも姫の気を惹けるように指輪を自費で用意しようと行動できる彼は偉いと感心していた。自分なら、絶対に指輪を買ってこうなんて発想にはならない。
そもそも結婚指輪の由来は、 “円は終わりのない愛を表す”という解釈からきているらしい。
政略結婚に永遠の愛を誓う必要などあるのか疑問だが、逆に象徴となる結婚なのだからそれこそ、わかりやすい愛の形として必要なのかもしれない。
(わかりやすい形……か)
『眠は、天離のこと、なんて思ってるの?』
再生されるのは、昔、天離とした会話の記憶。
昨日夢で、再生された記憶だ。
(あいつなら、どんなものが好みだろう)
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ざっと見た感じ、惹かれるものが無い。
一軒目から見つかるとは思っていなかったが、そろそろ店を変えようか考え始めた千聖が、最後にもう一度だけ端からひとつずつしっかり見ていこうと、並べられた商品を見ていく途中、そのうちの一つに目が止まった。
真ん中に花の形を模したダイヤと、その両サイドに小さな青い宝石があしらわれた指輪。
デザインに覚えがないから、おそらく見逃していたのだろう。
真ん中のダイヤは花の形をしているが、見方を変えれば雪の結晶に見えなくもない。
それに気付いて、口角が緩やかに上がる。
帝国には、アスガルド嬢についての情報はなにもなかった。
王国で目立った活躍をしていたなら、さすがに千聖の耳にも情報が入ってくるだろうが、これまで一切話を聞いたことがないということは、これといって国政に関わる活動はしていないのだろう。そう思えば、情報が何もないのは当たり前だ。
それでも一つだけ、王国から御使いにきたルナから聞かされた情報がある。
今思えば、それだけでも知ることができて本当によかった。
「……ユキっぽい」
どんな趣味かはわからない。だが、名前に似合うものを送っても、きっと喜んでもらえるだろう。
贈る指輪が決まった事を眠に報告しようと彼の姿を探せば、何やらいつの間にか彼も、熱心にアクセサリーを選んでいる様に見えた。
そんな相手いるのかと茶化してやろうと思ったが、あまりにも真剣なその様子に千聖は見て見ぬ振りをして、遠巻きにニコニコとこちらの様子を見ていた店員に話しかけたのだった。
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「ねぇ決まった?」
「え? あ、おう」
会計を終わらせたらしい千聖に、後ろから声を掛けられ思わずぴくりと肩を揺らした眠だが、直ぐになんでもないような調子でしれっと答えた。まさかアクセサリーを選んでいることがバレてるなんて思わなかった。見つかれば茶化されると思ったからあえてこっそり眺めてたつもりなのに、あまりにもサラッと言われ、それだけで済んだことが逆に驚きだ。
「明日はよろしくね」
「……なんだよいつもの事だろ。じゃ、オレ会計済ませてくるわ」
半ば照れ隠しでそそくさとレジにいる店員の元へ向かう。
明日、天界のアスガルドに千聖を乗せて向かう予定だ。
途中、ヘルミュンデに寄ることになっている。普段から背に乗せているにも関わらず、今回珍しくわざわざよろしくねと声を掛けてきたのは、おそらくそのためだ。
天離を亡くしたあの戦以来、あの地方を通過する事はあっても、戦場跡に立ち寄った事は無かった。
眠にとっても一度訪れておきたい場所ではあるから丁度いいのだが、それにしても……。
ヘーリオス戦でルナを送って一往復。
王国からの御使いで来たルナを送って二往復目。
そして今回、千聖を乗せて三往復目。
何往復すりゃあいいんだよ、と心の中で愚痴を零す眠だった。




