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29話 王の願い


「失礼致します」

 団長に言われた通り急いで王間に向えば、既に話は回っていたようで、大きな扉の前で番をしている騎士がすんなり王間へと通してくれた。

 中に入るとすぐに、立派な王座が視界に入る。

 ルナは迷わず、王座の前まで移動した。

 ここに来るのは久しぶりだが、初めてのことではない。


「参りました」

「久しぶりだね、元気だった? 」


 玉座に腰掛けた男はルナの姿を確認するなり、にこっと人の良さそうな笑顔を作ってみせた。

 一見気の抜けたように見えるこの男こそ、世界から神と崇められているアスガルドの王である。


「ユキちゃんは元気ですか? 」

「あぁ、相変わらずのやんちゃっぷりでね、もう少しお姫様って自覚をして欲しいくらいだよー」


 腕を組みながら、自分自身の言葉にうんうんと何度も頷く王。

 王には、ルナと同い年のユキと言う名の娘がいる。

 幼い頃から王宮で育ったルナの遊び相手が(もっぱ)らユキだったせいもあり、幼少期のルナにとって王は身近な存在だった。

 成長し、騎士団に入ってからはその存在の大きさに(おそ)れ多くなり、ルナの中では遠い存在となっていたが、こうして話してみれば昔と何も変わらない。

 そのことが嬉しく思えて、自然と肩の力が抜けていく。


「ああ、そうそうそれで本題なんだけど……先日はお疲れ様。敵の手を取る、勇気ある決断だったね。すっかり話題になっているけれど、俺も英断だったと思ってる。諦めず、最後まで戦ってくれてありがとう。ただ、医療部隊の一人が帰ってこられなかった話も聞いているよ。非常に残念だったね」

「はい……」


 あの共闘作戦が開始してからの犠牲者はいない。が1名、行方不明者がいる。

王都から派遣された医療部隊の騎士、ステラが未だに帰還していなかった。

作戦終了後も、撤退するまでの数日間ずっと探し続けていたがその姿はどこにもなく、また出撃して以降、彼女をみたという者もいない。

てっきり先に撤退したものだとばかり思っていたが、ルナが王都に戻って来ても、その姿は此処になかった。


「引き続き、捜索してもらうようには言ってある」

「有難う御座います」


 連れて帰ることができなかった一人の仲間を思い、誰が見てもわかるほどにルナは落ち込む。

 なるべくネガテイブには考えないようにしていたが、こうして王に直接 "残念だった"と告げられると現実を突き付けられたような気持ちになる。

 それなりに親しくしていた人物だっただけに、ショックは大きい。


「ちょっと聞きたいんだけど、将軍が来るより前……つまり共闘の開始前に帝国兵と思われる女の子がルナをかばい続けて負傷──その後、その帝国兵を救護中、将軍の従者がルナの盾になってくれていた……て流れだったよね」

「はい、盾というよりは、ボクに逃げろと(うなが)して来ました」

「ちなみに帝国軍の将軍って、ルナとおんなじくらいの歳の髪が青い子だよね? 」

「あ、はい、そうです」


 発せられるルナの言葉に、王はわざとらしく考え込んで見せる。


「……よし、ルナ。急で申し訳ないのだけど単身で帝都ヘルヘイムへの御使(おつか)いを頼まれてくれないかい? 」

「えっ! 」


 ルナは思わず、大きな声を上げてしまった。

 帝都ヘルヘイムとは、言わずもがな帝国の本拠地だ。

 そこに単身で行くなんて、ルナにはスパイ活動以外に思いつかなかった。

 そもそも、共闘の件があったとはいえ休戦したわけではない。

 古くから戦争を続けている敵陣の本拠地にたった一人で潜入なんて、流石に命の保証なんてないだろう。

 確かに将軍からは「遊びにおいで」とは言われているが、だからと言ってこの身の安全が保障されている、なんてわけでもない。


「ヘルヘイムの恐夜王にこの手紙を届けて欲しいんだ」


 さすがに王のお願いとはいえ、二つ返事で「わかりました」なんて言えず、それでも何か返答せねばと口を開きかけたルナは、続いた王の言葉に、御使いの返答に迷っていたことなどさっぱり頭から消えてしまう。


「ヘルヘイム帝国の王に……手紙? 」


 ん? とルナは王に対して小首を傾げる。先日の礼でもするのだろうか。


「えぇ、と……先の共闘作戦での礼状かなにかでしょうか?」

「あ、いやいやそうではないよ。もっと重要」


 こほん、と一つ咳払いをして王は王座からその腰を上げる。

 大きく開いた天窓から射す光。王はその光の中に入って、空を見上げた。


「天使と死神、お互いの歴史が始まってからずっと闘い続けてる……そろそろ終息に向かわせないといけない」


 王の服に(ほどこ)された金銀の装飾や、彼自身の持つ銀色の頭髪が、天から射す光を反射させ眩しいほどに輝いて見える。

 その姿に惹きつけられて、ルナは光の中にいる王から視線が反らせずにいた。


「歴史書に記載がない程昔から、お互いに十分すぎるくらいの犠牲を出した。俺は、どちらかの勝敗ではなく和平という形で終わらせる方法が、今ならあると思っている」

「……それは、つまり」

「ルナに届けてもらう手紙には、俺のその想いが(つづ)ってある。ルナには両国の橋渡し役になってもらいたいんだ」


 振り返って、ふわりとした笑顔を向けられる。


「え、あの……でもっ」


 そんな大役。

 王直々に指名してもらえるのはこの上なく光栄であったが、話の重要性からしても自分なんかではなく、もっと地位のある者が(にな)うべきなのではないか。

 その方がうまく行くのではないだろうか。

 そんな事をぐるぐると考え始めたルナに感づいたのか、王は付け足す。


「今の帝国はね、恐夜王に変わってから政権を担う中枢メンバーの年齢が若いんだ。独裁政権である事は先代から変わりないんだけど、年齢層が低い分、いい意味でも悪い意味でも先代よりも柔軟に動ける国になってる。こないだの将軍の行動が何よりの証拠だよ。とはいえ将軍にその行動を起こさせたのは他の誰でもない君なんだ。帝国にとって今一番影響力があるのはルナなんだよ」


 ルナは視線だけを、王の足元に落とした。

 そんなに大層な事をした自覚はないし、自分自身にそれほどの影響力を感じたりもしていない。

 そうは思っても、こう言ってくれている王の言葉を否定できずに、返す言葉が見つからない。

 かといって和平に反対というわけではない、(むし)ろ大賛成だった。

 しかしながらその話を自分が帝国に持って行くとなると荷が重すぎて素直には喜べない。

 せっかく出来たこの和平へのチャンスは絶対無駄には出来ないから。


「それに、それだけじゃない。この世界は均衡を保つことが大事なんだ」


 独り言のように、王はそう言葉を零す。


「……きん、こう? 」

「今の帝国は正直いって長くは持たないだろう。恐夜王は確かに賢いし視野も広いし、将軍は圧倒的な力を持っている。だけどそれだけで組織としては成り立ってない。二人の存在だけで回ってるような政権だから、このままだとどちらかが倒れればそのまま政権も倒れるだろう。それでも戦争は終わるかもしれないが……それじゃ意味がないんだ。どちらかが無くなることでの平和なんかじゃない、共存し続ける世界を俺は望んでる」


 ルナだってそうでしょ?

 と、最後に付け足して、王座に戻った王はルナに手紙を手渡す。

 

「このきっかけは……俺がずっと待ってたこの機会はルナがくれた。だから俺の、この和平の願いはルナに託したい」

 王の真っ直ぐな瞳とその言葉に、ルナの心が熱くなる。

 なかなか飲み込めず口の中に留まっていた唾液をなんとか飲み込み、必死で “はい” と掠れた声で返事を返した。


(絶対、絶対……うまくやる)


 何故戦争を続けているのか、ルナはその理由を知らなかった。

 知らなかったが、たぶん、この戦いはこれから先もずっと続いていくものだろうと思って諦めていた。

 戦場へと赴くたびに誰かを失い、目の前で命が奪われていくその光景に何度涙し絶望したか。

 いつかはそれが我が身に起こる事だと、常に恐れていた。


 だけど、それが、終わるかもしれない。


 何かを失う不安から解放される希望を感じて初めて、自分がこんなにも終戦を望んでいたのだと思い知る。

 それに、王も自分と同じ望みを今までずっと持っていた、そしてそれを、大した地位もない自分に託してくれるというのだ。


「まぁ和平を始めましょう、っていっても目に見える形が必要だからね。和平の証として、うちの娘を将軍のお嫁さんにしないかって内容も手紙に書いてある」


 ふーぅ、なんてオヤジ臭い声をあげながらイスに腰掛ける王の発言で、盛り上がっていたルナの頭は一気にクールダウンする。


 え、ユキちゃんを? 将軍の、お嫁さんに?


「あ、やっぱり……あんなおてんば娘じゃダメかな。女の子としての魅力とか皆無?」

「えと、そ、そーゆー訳ではなくて……ユキちゃんはその話」

「知らない、かな? あの子は反発するだろうから、先に先方と話進めて決定しようと思ってる。申し訳ないけどね……けどまあ、歳も近いし噂にはイケメンって聞くから大丈夫でしょう」


 平和の為に、親友には黙って結婚の話を進める……それはつまり、親友を裏切る事になるのではないだろうか。

 親友を売って、望む世界を手に入れる事になるのではないだろうか。

 それでもこれは自分が忠誠を誓った王の頼みだ。

 他の誰でもない、自分に託された願いだ。


 親友か、自分が信じる王か。


「……わかりました。行って参ります」


 迷っている様に見えて最初から選ぶ方は決まっていた。

 一旦は天秤にかけたが、その重みがどちらに傾いたか。

 見ずとも答えは決まっていた。


 自分は、非常な奴なのかもしれない。


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