27話 見つけられない言葉
結局、ルナが探していたステラという天使の女の子は、千聖たちの滞在中に見つかることはなかった。
革命軍の敗残兵にさらわれたのであれば、向こうから何かしらのアクションはありそうなものだがそれっぽいものは特になにもなく、時が経てばたつ程、先に王都へと帰還したのではないかとの意見が強まっていった。
「ものすごくお世話になりましたー」
「いろいろとサンキューな! 楽しかったぜ」
ヘーリオス基地の前。
千聖と眠は帝国に帰投するため、ルナやフォールハウト達に別れを告げていた。
「こちらこそ、本当に何から何まで手伝って頂いて……」
「まさか、敵対していたあなた方とここまでの関係を築けるとは思っていませんでした。とても貴重な時間を、ありがとうございます。この経験は僕の中では生涯」
「フォルト、長いっす……えー、本当に行っちゃうんすね……」
あの宴会から4日。帝国の兵士たちはゆっくりと休ませてもらいつつも、寝床と食事の恩とばかりにヘーリオス基地の立て直し作業を手伝って過ごした。諸々復旧の目途が立った昨日、千聖たちよりも一足先に帝国に帰投している。
騎士団のメンバーも、徐々に自分たちの拠点へと散っていき、今残っているのはヘーリオス基地に居た騎士達を除いて、王都出身のルナとフォールハウト、それからヴィオエラ基地から来ていたルークスの三人のみだった。
「フォールハウトとルークスさんももう出発?」
「えぇ、もう出ますよ。ルークスも僕について王都まで来るそうです」
「へー、で? ルナはまだ帰らねえのか」
「はい……重症の騎士2名を王都まで運ばなければなりませんでして」
ルナが少し困ったように笑ってそう答える。
どうやら重傷者の中に2名、高度な医療技術での治療を必要とする者がいるらしく、王都アスガルドまで連れて来なければ施術できないそうだ。しかし今は運ぶ術もなく、転送魔法もさすがに王都までは届ない。かといって転送を繰り返し王都まで繋ごうにも、病人の身体がもたないだとかで実施出来ないらしい。
だから医療部隊員であるルナが残って、これから近隣の拠点に馬車の依頼を出し、その到着を待つのだとか。
ちなみに霊夢だが、彼女の状態はだいぶ落ち着いたため昨日帝都に向けて出発した帝国兵一行に運ばせている。
「眠、3人くらいまでなら背に乗せて走れる?」
「おう、余裕だな」
「それじゃあルナさんと怪我人2名を乗せて王都アスガルドに向って」
「アスガ……はぁ!?」
千聖からしれっと出されたとんでもない命令に、思わず眠は声を荒げた。
このヘーリオスにおいては手を組んだが王国と帝国の戦争はまだまだ全然終わっていない。
共闘した件については、流石にもう噂が回っていてもおかしくないが、しかしアスガルドと言えば眠たちにとって敵陣の本拠地であることに変わりはない。
さすがに、命の保証はないだろう。
「龍崇将軍ッ! さ、流石にそれは……」
「お前……それでオレ襲撃されて死んだらどうすんだよ?」
「天使乗せてれば不用意に手は出してこないでしょ」
続けてぼそりと、つーか男なら女の子くらい送れよ と独り言の様に呟いた千聖の言葉を、その場にいた全員が聞き逃さなかった。フォールハウトが隣にいるルークスに「帝国軍のブラックさが伺えますね」なんて耳打ちする。
「あ? なんか言ったか? ……オレが死んでもしらねぇからな!」
「そんなすぐやられる程弱い従者を付けた記憶はないって事で、もし死んだらおれの従者クビだから」
「あーはいはいはいはい分かりましたよ。つーか死んだら元も子もねーだろ」
あーもーっと空に向かって叫ぶ従者の頭に手を伸ばし、主人は二回なでなでと手を滑らせる。ぴたりと動きを止めて主人を睨み「どーゆーつもりだコラァ」とすごむ従者であるが、彼の尻から生えたモフモフの尻尾が左右に振られている件についても、全員見逃さなかった。間違いなく喜んでいる。
「では、運搬の準備もあるでしょうし、僕たちは一足先に王都へ向かいましょう。一応、“将軍の狗”が怪我をした騎士を運んでくるという事も王国と騎士団には伝えておいた方がよさそうですね」
「あっ! フォルトッ……王都に戻ったらステラのこと」
「えぇ、直ぐに戻っていないか探しますね」
「眠さん、将軍! ホント楽しかったっす、また! またお会いしましょう!」
「次ぎ会うときゃあ敵同士だろーが。けどまあ、またな」
フォールハウトとルークスが、ふわりと羽根を羽ばたかせて一足先に王都へと向かう。
一緒に居た期間はそれほど長くはなかったが、いざ別れるとなると一抹の寂しさがそれぞれの胸を刺激した。ちらりと眠に視線を向ければ、彼も少しだけ寂しそうな顔をしている。
「で──千聖はどうやって帰んだよ」
視線に気が付いた眠が大袈裟にため息をつき、呆れた目で千聖を見た。
「歩いて帰るよ」
「へー、こっから帝都まで将軍一人でのんきに歩ってお散歩か」
「じゃあ走って帰る」
「そーゆー問題じゃねえ」
「あのっ龍崇将軍、眠さん、本当に……コチラは大丈夫ですので……」
「いや、王都に運んで治療するなら早い方がいいと思うよ。今移動させられるまで落ち着いたんなら、直ぐ移動させた方がいい」
「それに付いてはオレも同意だ……」
アスガルドに向かうことについては、この際賛成派だ。しかし千聖と別行動になるのに納得がいっていない。どこの国に敵国の陣地から一人で自国の城まで徒歩で帰ると言い出す将軍がいるだろうか。しかもそんなことを言いだした将軍は、左手を骨折して現在固定中だ。
敵から見れば狙ってくれと言っているようなものである。
とはいえ眠についてアスガルドに向かったとしても、将軍という立場の者がいきなりなんの約束もなしに王国を訪問するなんて、翌日の情報誌の一面を飾るくらい大事件となるのは予想できる。
眠がアスガルドに向かったのち、直ぐにヘーリオスに戻って千聖を回収し帝国に帰還する。これは時間がかかり過ぎるから手段としては選べない。
結局納得いかないがこの方法しかない。
「もー帰んのか?」
「うん、昨日他の兵士は出発してるから、おれもそう遠くないうちにかえって報告上げないといけないから」
「おぅ、わかった。マジで気ぃつけろよ」
「ありがと、心配ないよ」
心配ないと言って笑う主人の顔をみて、眠は大袈裟に息を吐いてやる。
まったくもって腑に落ちてはいないが、これ以上騒いだってなにも変わりはしないだろう。それにあまり言い過ぎても今度はルナが申し訳ないと気を落とすかもしれない。
色々と気にしすぎる彼女だから、すでにへこんでる可能性すらある。
そう警戒し、ちらっとルナの事を盗み見れば……へこんではいないようだが、何やらソワソワしている様子だった。
目の前にいるのはウチの将軍。あぁーそゆことね、なんて勝手に納得した。
「おっし、ルナ。オレは出発の準備してっから! 千聖とちゃんとお別れしとけよ」
いきなり、ぼりぼりと頭を掻きながら踵を返した眠の姿に、千聖はもう一言声を掛けておこうかと口を開く。が、言葉が出てくるよりも先にその姿は基地の中へと消えてしまった。
なんとなく、気を使われたような気がする。
「えっと……」
何か、ちゃんと挨拶をしなくちゃと思った千聖が声を出すが、まさか急にルナと二人きりになるなんて思ってもみなかった。そのためまともな言葉なんて考えてない。
何の意味も無いような音だけが、そこに残る。
何となくだが目はみれなくて、視線は自然とルナの足元に向いていた。
こんなんじゃダメだと、そう思ってもう一度適切な言葉を探っているさなか、ふと名前を呼ばれたような気がして千聖は顔を上げる。
すぐにふんわりと微笑む彼女と目があった。
「龍崇将軍、一体どのような言葉でお礼申し上げればよろしいか分からないのですが……ヘーリオスの一連につきましては、本当にありがとうございました」
「こちらこそ、騎士団と手が組めてよかった。何から何まで至れり尽くせりで逆に申し訳ないくらいだよ」
「いえ……あとで眠さんにも改めてお礼をお伝えします。それから霊夢さんにも、目覚めたらお伝え下さい」
ルナの言葉への返事を、千聖は握手で返そうと右手を差し出す。
確か、始まりも握手だった気がする。
細くて小さな手がそっと伸びて、控えめに差し出した手を取った。
「伝えておくよ」
確実に近付くお別れの瞬間に、ルナの目はどんどん涙ぐんでいく。もう何度見たかもわからない彼女のそんな表情に、千聖は思わずふっと笑った。
最初も最後も、彼女は泣いてばかりだ。
「何も死ぬわけじゃないんだし」
「ですがっ……きっともう、こうしてお話しできる立場でお会いすることは……」
「そう言えばさ、ルナさん」
半べそになって必死に訴えるルナの言葉を、千聖は遮る。
彼女には、どうしても伝えたい事があった。
思い出したと言うよりは、明確にいえばタイミングをはかっているうちに時機を逃し、半ば諦めていた事だ。
「テントの中で聞かれた質問の答え、おれまだちゃんと答えてなかったよね」
数日前に作戦開始前のテント内でした会話の続き。
まだきちんと答えていなかった、回答の続きだ。
──貴方はあの日、彼を討ったこと、後悔してますか?
「ルナさん、あの時の答えだけど
後悔してないよ。おれは、自分の行動に後悔はしない」
手を握ったまま、しっかりとルナの瞳を見つめて千聖は答える。
結構前の話だ。
だけどあの日の感情はずっと覚えてる。
絶対に忘れはしない。
「後悔は一度だってしてない……だけど、彼のご遺体を引き渡すことができなかったのは、今でもずっと後悔してる。申し訳なかった……ずっと、貴女に謝りたかった」
あの日からずっと自分一人で抱き続けてきたこの感情は、もちろん眠だって帝国の王だって知らないだろう。
言い切ってから、千聖はルナの手を放してその場に膝をついた。そのまま呆然としているルナに対して、右手で三つ指をついた後、迷いなく頭を下げる。
「彼は敵であるおれにも敬意を払ってくれた。きっとおれが討たれた側だったなら、絶対に身体を家族の元に帰してくれたはずなんだ……貴方達、騎士が死者を弔うという行為を大切にしているのは知っている、だからおれも彼を貴女の元に帰すつもりだった。けど、叶わなかったんだ。本当に──」
“ごめんなさい”
突然、ぽつりぽつりと頭上から降ってきた雫が地面を濡らす。
続けて伝えるつもりだったその言葉は、この地で彼女に出会うよりずっと前から、彼女に伝えたかった言葉だった。
しかし雫に気を取られて、途中だった言葉が続かなくなってしまう。
そして千聖が視線を上げるよりも先に、今度はルナが地面に膝をついてしまった。
「本当は、貴方のことを少しだけ憎いと思っていました」
続けて降ってきた言葉に顔を上げてみれば、次々と涙を落とすその顔を隠すことなく、こちらを見つめるルナがいた。
「ですが貴方の演説を聞いて、憎むべきは個人ではなくこの戦争そのものだと気が付きました。皆なにか大切なモノを守るために戦っているのだから、その為に敵を討つ。そこに後悔がないのなら尚更……ボクも貴方を恨んだりはしません。だから、赦すこともありません」
「ルナさん……」
「それに……きっと貴方のその御心を知っていたのでしょう。敵将でありながらお互いを憎むことはせず、尊重し合っていた。だから全てを賭けて戦えたのだと、今になってわかりました……父の敵が、貴方でよかった……」
今回ばかりは止まりそうにないルナの涙をみて、やっぱり可愛いなと笑ってしまう千聖は、右手でそっと彼女の涙をすくい取った。
「ごめん、ありがとうね」
拭われた事に驚いて、少女はパチパチと数回瞬きをする。それによって両目からはさらにパタリと涙がこぼれ落ちるが、見開いた瞳から零れ落ちた涙はそれが最後だった。触れられた頬から伝う手の優しさに、今度は理由の分からない切なさがこみ上げる。
千聖はそのまま、ルナの手を引いて一緒に立ち上がった。
「遊びにおいで」
「はいっ……許されるなら……必ずッ」
「許されなくても。待ってるからさ」
千聖は少しだけルナと距離を詰めてから、彼女の顔を覗き込むようにして首を傾げ、ニッと笑ってみせた。
「またね」
ポンと肩を優しく叩いてから、意外にあっけなくルナに背を向け、フォールハウト達が飛び去った方向とは逆側に向かって歩き始める。
“それではまた” “お気をつけて”
相応しい言葉は考えなくても頭の中に浮かんでくる。
だけどかけたい言葉は浮かんでくるものの中にはなかった。
もう少し、そう思っても、ルナには遠ざかる背中を引き止める理由はない。
もちろん、千聖にも足を止める理由はなかった。
この時、この瞬間。
自分の抱いた気持ちに気がつく事が出来ていたのなら。
もっと違った未来になっていたかもしれない。
運命だって変えられたかも、しれないのに。
一章 『敵と味方』 完
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「あ、ねぇ! 結婚式が、もしあったとしたらね?その結婚式ちょっと待ったー!って言って私のこと攫ってくれないかな?」
──つまりこれは、俗に言う
一目惚れというやつだった──




