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21話 裏切る覚悟

 千聖(ちあき)は、足元に舞い落ちた羽根を拾い上げる。


 持ち上げて、どんどん小さくなる眠の後姿と並べて眺めた。

 だいぶ先に進んだ彼の姿は、この羽根とだいたい同じ大きさになっている。

 きっと眠がこちらを振り返ったところで、自分が羽根と眠を比べているかなんて、わからないだろう。


 羽根を掴む力を緩めれば、横を吹き抜ける風がそれを攫っていく。舞い上がった羽根は空の雲と同化して、いつのまにか見失ってしまった。


 彼は──何も感じなかったのだろうか、気付いていないのか?

 しかし、狼の聴覚と嗅覚を持つ彼が気が付かないとは考えにくい。爆音による耳鳴りや、砂埃で気が付けなかった?

 いや、知らないふりをするのが得意な奴だから、きっと気付いてはいたんだろう。面倒ごとには関わりたがらない性分だから、スルーしたのかもしれない。


 千聖は、ゆっくりとした動作で振り返る。

 大きな岩がゴロゴロと転がる戦場。

 迅と戦闘していた頃の面影は、先ほどの爆破によって全くなくなってしまっていた。


 獣化した眠が覆いかぶさってくれたから無事でいられたが、そうでなかったら良くて大怪我、最悪死んでいた可能性も十分にある。

 目の前の光景を改めて眺めて恐ろしくなってきた。

 アイツに感謝しなくては。今度、上質な骨付き肉でも買ってやろう。


 すっかり自然におびえる千聖であったが、ここに残ったのは岩による圧死に晒された恐怖を痛感するためでも、自らの従者に改めて感謝するためでもない。

 視線だけを動かし、一際大きな岩の塊を捉える。

 これこそが、ここに一人残った理由だ。


 一人残ったといっても、実際ここに居るのは千聖一人ではない。

 耳を澄ませば、荒い息遣いが聞こえてくる。


「大丈夫……大丈夫……なんとかするからっ」


 微かに声が聞こえてくるのは岩の向こうから。

 震えるような少女の声だ。

 千聖は静かに回り込んで、岩の裏を覗き込む。


 横たわるのは爆発を引き起こした本人でもある革命軍の青年。

 道連れにして死ぬつもりだと言ってたが、どうやら自分だけが岩の餌食になってしまったようだ。それでもまだ浅く呼吸を繰り返す青年の傍らには、ひざをつき、救おうと必死に治癒魔法を展開している少女の姿があった。

 白い騎士団の団服に身を包むその天使の左腕には、ルナと同じ医療部隊であることを示す腕章。

 赤色の前髪から覗く青い瞳からは、ぽろぽろと涙がこぼれている。

 少女は冷静さを失っているのか、千聖からみても適切とは思えない治療を続けていた。

 医療部隊なのに?とも思うが、よく医者は身内の手術ができないなんて話も聞く、なんとなくその気持ちはわかる気がする。

 今目の前にいる二人は、部外者である千聖がみても明らかに身内と判断できた。


「全体の出血量が多い。特に右足の損傷が激しそうだ。まずはそこを止血しないとダメじゃないか?」


 あまりにも必死だったのか、声を掛けるまで少女は千聖の存在に気が付いてなかったらしい。肩を大きく振るわせて小さく悲鳴を上げたかと思えば、真っ白な団服が血に染まることも厭わず、少女は庇うように青年の身体を抱きしめる。

 死すらも覚悟したような表情で、全力で怯える彼女の横に、千聖は腰を下ろした。


「この足はもう無理だと思う」


 青年の右足首から先は岩の下にある。どんな状態か目視はできないが、岩の隙間から広がる血だまりの大きさから、もう原型はとどめていないだろう。魔法で岩を壊して救出してもいいが、どのみち使い物にならない足なら、切断してしまった方がはやそうだ。


「確実に助けたいなら、足を切断して傷口を焼いて塞ぐのが早い」

「……その通り、です」


 千聖の意見を聞いて少し冷静になったようで、少女は抱きしめていた青年の身体をそっと地面に横たえた。涙を袖で拭い、まっすぐに千聖の瞳を見つめる。


「貴方がここに残ったのは何故ですか? この人を始末するためなのでは?」

「単純に気になったから。なんで天使がここにいるのかなって」


 岩の隙間を覗き込んで足の状態を確認しながら、千聖はここに残ったそのわけを語る。


「岩が崩れて下敷きになる瞬間、空に君の姿を見つけた。ここに敵の本陣があるって話は作戦会議室でしかしてないんだ。ここに来れるってことは、特別な事情があるんだなと思ったから」


 損傷の具合から切断位置を測りつつ、その視線を少女へと戻す。先ほどから変わらず、彼女はじぃっと千聖の事を見つめたままだった。


「最初は内通者かなんかかなって思ってた。だけど、そんなんじゃないみたいだね。この革命軍の彼は恋人?」

「……はい」

「そっか。なるほどね」


 千聖はもう一度青年へと視線を戻すと、今度は脈を測る。恋人と聞けば、先ほど青年と対峙した時に彼が語っていた内容がそれとなく意味を持ってきたような気がする。


「驚かないのですか?」

「おれその辺興味ないから」

「えっ……」

「種族がどうって話。そんなことより脈上がってるよ、早く止血しないと……君は人体の再建は可能?」

「皮膚……真皮までは。皮下組織の、血管の再建や神経の回復はできません……」

「それならこのあたりから残せばいいか」


 千聖と会話することで自分を取り戻したのか、冷静になった少女は己の団服を鷲掴みにすると、肩から先の袖の部分を破り取った。手際良く右膝に布を巻き付け、強く縛り上げる。

 止血の様子を眺めながら千聖は、やっぱり服破るとしたらそこだよね、なんて考えながら先ほどのルナの行動を思い出していた。


「意識がないのはなんでだろう。出血性ショック……てもまだそこまでの出血じゃないよね」

「それは眠らせているから。脈や呼吸の回数、血圧から出血は中等度と判断できます。すぐに止血できれば、まだ輸血は必要ないかと思われますが……あなたは……」

「おれ? B型」

「そうですか、早く止血しなくては……」


 千聖は会話の流れでなんとなく、自分の血は役に立たないのだと悟ってしまった。


「なぜ、将軍様は私に手を貸してくださるのでしょうか」

「全員生きて帰すと約束したんだ。スパイじゃないってわかったら尚更、おれは君を連れ帰らないとならないから」

「……申し訳ありませんが、騎士団には戻れません……彼をこの状態で置いてはいけませんから」


 止血するための圧迫をやめないまま、涙に濡れる瞳を千聖に向ける。


「いえ、違いますね……彼のせいじゃない。私が彼と生きたいと望んでいるんだから……」


 まるで自分に言い聞かせるかのような独り言は、彼女の中の決意を固めるための言葉のようでもあった。

 彼女の心の内が読めてしまった千聖の眉間にはしわが寄る。その顔に張り付いた不機嫌な表情を隠すことなく、ため息を零した。


「私の意志で、騎士団には、戻らない。もう彼から離れる気はありませんから……本当に、ごめんなさい」


 彼女の答えは、千聖にとって、演説の際に多く者の前で宣言したことを──ルナとの約束を──守ることができなくなる、そのことを意味している。

 それを彼女もわかっているから謝罪したのだろう。


 彼女の考えは非常に甘い。

 どうして失うことが当たり前である軍人になったんだと、疑問に思うくらいに。

 総合的に考えれば、力づくでも連れて帰るべきだろう。

 

 だけど、止める義理がないも確かだ。


「国を裏切るんだな」


 千聖はあえて試すような冷たい言葉で、一つだけ確認する。

 少女はそれでも、いや──だからこそ、はっきりと答えた。


「はい。騎士団が私を探すのなら羽根を千切ってでも隠れて、逃げ切ります。あなたが私を連れ帰るというのなら、例え四肢をもがれようと抵抗しつづけます。革命軍が私と彼を殺すというのなら……彼以外の何を失ってでも最期まで全力で戦います。世界を敵に回す覚悟です……。私は彼と、二人きりで生きていきます」


 あまりにも真っ直ぐな言葉だった。

 それを語る瞳にも、一切の迷いがない。


 世界を敵にまわす。

 二人きりで生きていく。


 それを聞いた千聖は、そうかと一言呟いて立ち上がる。

 無言で右手に大鎌を生み出す様子を、少女はただ見上げていた。何をするつもりなのか頭ではわかっているが、体も声帯も動かない。千聖の動きは一度も止まることなく、刃を青年の足に当てがって──そして、一切の容赦もなく引いた。


 少女と千聖の間に、弾ける血の滴。

 切り離される、足首と胴体。


「なにをっ……!!」

「これから二人で生きていくんだろ」


 声が出たのは、全てが終わってからだった。

 驚く少女には見向きもせずに、千聖はただ青年を見つめ続けていた。たしかに切断した方がいいとは話していたが、何もいきなり切り落とす事はないだろう。一体どんなつもりで。そう問おうと千聖の姿を見上げたが、一番近くでその姿を見ていた少女は気がつく。


「おれが肩代わりしよう」


 瞳の奥に滲んだ切なさとむなしさの存在に。


「切り落とせば必ず後悔は生まれる。背負って一緒になんて生きられないだろ、こんな後悔は」


 何かの悔しさに歪む唇から、本当に小さく溢れた言葉。


 地面に膝をついた千聖は、切り落とした後を確認する。

 止血がうまくいっているのか、切断面からは噴き出すような出血はない。こぼれ落ちるような出血はあるが、容態の急変を覚悟するような出血ではない。

 これなら焼く必要もないかもしれない。


「おれはもうそろそろ行かないと。あとは大丈夫そうか?」

「はい。私で何とかします。……あの、将軍様……」

「おれの名前、千聖っていうから。君はもう騎士じゃない、おれを将軍扱いする必要もない」


 立ち上がった千聖は、軍服についた砂を払い落としながら、先ほどルナたちが消えていった方向を見据える。


「さっきも言ったけど、おれ自身は種族がどうこう、あんまり関係ないって思ってる。世界は認めてなくっても認めてくれる人はどこかにいると思うよ。精々頑張って生き残ってくれ」


 それじゃあ、と手を上げて千聖は歩き出す。

 正直、内心では「やれやれ」としか思っていなかった。

 ルナさんに何か聞かれたら、ちゃんと知らないふりできるだろうか。

 ポーカーフェイスって苦手なんだよなあ。と、そんな心配ばかりしている。


 結局自分まで彼女を裏切ることになってしまった……。

 あれだけ演説で大見栄きったが、完全達成は不可能になってしまった。


 はぁ……と一つため息を零し、足を止める。

 振り返れば、少し小さくなった少女が、青年を抱きしめながら、まだこちらを見ているようだった。

 千聖は大きく息を吸い込んで、手を口元に添える。


「そういえば! 彼の足のこと、おれにルナさんを裏切らせたこと。これ貸しね!」

「もちろんですー!」

「おれになんかあったらさ、その時は助けてね!」


「必ず! 私と彼で、貴方を助けます! 必ず!」


 遠くから聞こえた彼女の声は、少しだけ笑っているようだった。

 千聖もつられて、ちょっとだけ口角が上がる。


「急いで追いつかないと、迷子になるなんて洒落になんないぞ……」


 そんな情けない独り言をつぶやきながら、()()を追うため、千聖は地図を取り出そうと上着のポケットをまさぐり──ピタリと動きを止める。

 地図がない。ポケットに入れていたはずの地図が。

 

 あれ、ひょっとして岩場に落としてきたか?

 え、戻るの? 恥ずかしくない? でも土地勘ないし、地図ないと無理だぞ。

 だってもう、皆の姿見えないし。




 「……どうされたんですか?」


 本当に、本当におずおずと戻ってきた千聖の姿に、天使の少女は不思議そうに首を傾げる。


「あ……いや、あの……地図落としてみたいで……」

「えぇ……! ここで、ですか?」

「やばいよね、無理だよね。おれいつまで持ってたかわからないんだ」


 岩や砂が散乱する戦場を一通り見回して、バツが悪そうに襟足を掻く。

 少女も立ち上がって同じく周りを見回すがそう簡単に見つかるはずもなかった。

 

「よろしければ、私のを差し上げましょうか」

「え…よろしいのですか?」

「私には、もう必要ありませんから!」


 少女は自分の地図を差し出すと、「借り、返しちゃいましたね」なんて言って、ふふふっと笑った。





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[一言] 将軍かっこつかねえええ!!!(そこが最高ッ!)
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