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18話 決着


「おれが隙を作るから、ルナさん……いける?」

「……はい、やります!」


 最小限の言葉で理解してくれたルナは、深く腰を落としてすぐに動ける姿勢を作る。合わせて千聖ちあきも身構えた。


 絶対に一回で終わらせる。そう心に決めて、千聖は再びじんへと挑んでいった。

 作るのは確実な隙。チャンスは一回。

 必ず、ルナはその一回を掴んでくれる。


 真正面から突っ込んでいったが、迅の視線がしっかり自分に食いついていることを確認し、途中から迅の左側に回りこむような進路へと変更した。

 迅は半身を隠すように置いていた盾を持ち上げ、一度右に引いて勢いをつけてから、左脇腹を狙い突っ込んでくる千聖目掛けて思い切りフルスイングする。


 突きの姿勢で間合いに飛び込んだ千聖だったが、真横から迫り来る盾の勢いに押され、反射的に突きから受けの体勢に入っていた。

 この短剣で盾を受けるのは無理がある。

 頭では理解しているが、身体が勝手に動いていた。案の定、短剣そのものが耐久値の限界をむかえる前に、力負けした千聖の手から弾かれ飛んでいく。

 間も無くして、力一杯振られた盾は容赦無く千聖の身体に直撃した。


「ぐぁッ」


 まともに盾を受けた左半身から聞こえるのはメキッという嫌な音。

 そのまま迅は盾を振り切り、千聖は迅の背後に吹き飛ばされていった。

 一瞬だが思考すら消えかかるほどの衝撃に、すぐに痛いなんて感覚は追いついてこない。しかし、手放しかけた思考を取り返した瞬間、千聖の頭に浮かんだ言葉は“勝った”の一言だった。


 目で追わせるようなスピード。

 見せるようにとった突きの構え。

 そして分かりやすく左脇腹を狙い接近──片足を潰されて余裕のない迅が、これを誘いと気付くことはなかった。

 相手が攻撃を当てた瞬間、その一瞬こそ攻撃のチャンスだ。


 千聖を吹き飛ばす事ばかり考え大きく左に振った盾は、本来の“守る”役割をまるで果たしていない。

 盾はおろか、意識すら左側へ寄った迅の右半身は隙だらけ。

 そんなチャンスを、ルナが見逃すはずはない。


 音も立てずに生み出したナイフを、すかさず一投二投と容赦無く放った。

 空を切る刃は一切の迷いもなく、一投目は右の大腿部へ、二投目は同じく右の上腕へと吸い込まれるように深く食い込む。

 “痛み”に対して反応する隙すら与えず用意した三投目──狙ったのは左首筋。

とはいえ、厳密にいえばさらにその奥。


「お願い──」


 うめきともとれぬ声を絞り出しながら迅が首を右に傾ける。

 その結果ルナの放った三投目は微かに迅の首をぎ、薄皮を裂いただけ。

 どこにも刺さることはなく、ナイフは迅の首元を通過し後ろへ飛んでいく、が。


「──しますッ!」


 ルナの叫びと、飛んでいったナイフが何者かの手に掴まれその動きを止めたのは同時。

 殴り飛ばされたはずの千聖が、迅の真後ろで飛んできたナイフを掴みとっていた。


「うおぉぉおぉッ」


 三投目は、迅を狙ったものではなく、空中に跳び上がり迅の真後ろを取った千聖へのパスだ。


 迅の斜め上から、逆手で掴み取ったナイフをそのまま振り降ろす。

 雄叫びと共に千聖の体重を乗せたナイフは、あっさりと迅のうなじに突き刺さった。

 咳と血を同時に吐き出して、迅の重心はゆっくりと前に傾いていく。

 目の前で地に伏せようとしている男から目がらせないまま、ルナは数歩後退した。


 本当にあっけない最期。

 信じられないほど簡単に終わってしまった。

 あんなに騎士団を苦しめた男は、たった一本のナイフがうなじに突き刺さっただけで動かなくなる。


 敵味方関係なく、死が訪れる瞬間には何度も居合わせている。

 だが、誰かの命を“奪う”ことに関して言えば、直接的にかかわったのはこれが初めてだった。

 これは殺し合いの戦争。そんなことはわかりきっている。

 大勢の仲間の仇を討った。

 敵将を討った、つまりこの戦いには勝ったのだ。


 震え始める手で胸元を鷲掴み、深呼吸を試みるが、震えも荒くなる呼吸も落ち着かない。

 勝利に歓喜しているのではない。

 誰かの命を終わらせてしまったことに、今更恐怖を感じている。


「ルナさん!」


 迅が完全に倒れ込むのと同時に千聖も地面に着地し、ルナの元に駆け寄った。

 力が抜けてフラフラと倒れ込みそうになる彼女の腕をつかみ取り、その身体を支える。

 戦闘から解放されたことによる安堵あんどもあるだろうが、それ以上に彼女が怯えているのは千聖からみても明白だった。


「すみません……覚悟はしていたつもりだったのですが」

「いや、十分だよ。迅を討ったのはおれだし、そもそもおれの案だ」


 態勢を立て直して自立すると、騎士を名乗るくせに恥ずかしいです、なんて小さくこぼして力なく笑う。

 千聖から見れば、やっぱりルナは騎士などではなく、本当にただの女の子だ。

 だが、その“ただの女の子”は自らが騎士であることを望んでいる。というかそれ以前に、自分が女の子だということを忘れているようにすら見える。


「誰かを守る事がルナさんの騎士道なんだろうなって、見てて思ったんだけど」

「そう……かもしれません」

「だったらおれの目に映るルナさんは、出会った時から一貫いっかんして自分の騎士道を貫いてる立派な騎士だよ」


 騎士としての存在を望むのなら、それを尊重したい。

 感じていたままに彼女をフォローしてやれば、じぃっと千聖の瞳を見つめ続けるルナの顔が、微かに赤くなっていった。

 騎士として高揚しているのが、彼女の視線から痛いほど伝わってくる。

 彼女は落ち込みやすいものの前向きな言葉は前向きなまま受け取ってくれる、ひどく素直で単純なタイプなのだとこの1日でよく分かった。

 扱いやすいが、逆に心配になる。


 この子は将来、高確率で悪い男に引っかかるだろうな。なんて、よく分からない観点からの心配事が頭をよぎった。


「し、将軍……そういえば、あの鼻血が……」


 わかりやすく照れていたはずの女の子が、途端にその表情を変えて心配そうに千聖の顔を覗き込み、おずおずとその細く小さな手を伸ばしてきた。

 一体なんだ? と首をかしげる千聖は、鼻血と聞いてごく自然に他人事ととらえたが、伸ばされた指先はたしかにこちらに向いている。

 一瞬遅れて自分の事を言われているのだと気付き、慌てて2、3歩ルナから距離を置いた。


「あ!? おれか!」

「やはりお気付きではなかったのですね」

「いつから!?」

「殴られた時からです……」


 半ば勢いで右手の甲を鼻の下にあて、そのまま擦るように強く拭えば、生暖かい何かがヌルっとした。

 鼻血だ。鼻水が垂れていない限りは間違いない。

 どうりで口の中に鉄っぽい味が広がっていた訳だ。


 ヌルっとした右の甲を眺めれば、確かに赤い血で濡れていた。そして拭ったと同時に、いままでなんともなかった右頬のあたりが濡れたような、風を冷たく感じるというか、とにかく違和感がある。

 これは……


「あっ横に延びました!」

「……ですよね」


 拭おうとした事で逆に被害範囲を拡大させてしまったようだ。慌ててもう一度、今度は右の親指で拡大した被害地であろう右頬を拭う。


「とれた?」

「とれました……が、鼻からまだ……」

「垂れてる!?」


 もう一度拭おうとするが、これ以上下手にいじれば顔中血でペイントすることになりそうだと、寸前で思いとどまった。

 ためにし顔を下向きにしてみれば、鼻先から溢れた液体は、タッ……タッと小さな音を刻みながら地面に赤い痕跡を残していく。

 そんな光景を、ただ冷静に千聖は眺めていた。

 鼻血だ。結構凄い。

 左腕を強打した自覚はあるが、鼻なんか打っただろうか。


「すぐに止血しますので!」


 そんな発言に、驚いて顔を上げれば。

 言うが早いか、右手に握るナイフでビリビリと自らのスカートを破り出す天使がいた。

 なんの躊躇いもなしに、青色のスカートを手で縦方向に大きく引き裂いたと思えば、今度は横方向にナイフを入れて切り裂いていく。

 もともと短かったスカート丈は更に短くなり、彼女の白い太ももが、陽を浴びるその面積を増していった。


「……え?」


 他にも選択の余地はあっただろうにスカートを? と思い思わず声を上げた千聖だが、更に大きな疑問はそこではなかった。

 鼻血を止血? そう聞いて一瞬、魔法的な何かで治療されるのかと思ったが、よく考えなくても鼻血を止める魔法なんかあるのだろうか。

 そしてこの光景をみて思うのは、少なくとも魔法ではなく何か原始的な方法を取ろうとしている。

 まるで出血を止めるために出血箇所を縛ろうと、そのための布を生産しようとしているようだ。


 他に出血箇所はあっただろうかと考えるも、心当たりといえば先程強打した左腕くらい。といってもなるべく動かさないようにしているくらいで、ハタから見てどうにかなっている様には見えないはずだ。

 他にも鼻血同様、気が付いていないだけで身体を見直せばどこか怪我している可能性はあるが──しかし、目線が少女の太ももから離れない。


 縦に裂いたことで、スカートには深いスリットが入った状態になっている。そこから覗くのはきめ細かく透き通るように綺麗な肌。だけではない、太ももの上を這うように伸びるのは、ガーターベルト。

(生でガーターベルト見るの初めてだ……!!)

 そして、見えそうで見えない下着。

(ここまで見えないとなるとなかなか際どい下着を付けてらっしゃるのか……)


挿絵(By みてみん)


「将軍っ……お待たせしました!」


 千聖の視線の先がどこに向いているかなど全く気にも止めず距離を詰めてきたルナ。すっかり気を抜いていた千聖はウンともスンとも返せぬまま。

 気がついた時には容赦なく右の鼻になにかを突っ込まれていた。


「……え?」


 正直言って千聖自身この行為は、それこそ鼻血が出た時や風邪をひいて鼻水が止まらない時なんかによくやっている。小さく丸めたティッシュなんかを突っ込んで……。

 たしかに手っ取り早く効率的かもしれない。

 だけど、人前ではやったことがなかった。まして女の子に止血と言われて詰め込まれたことなんて一度もない。スカートを鼻に詰めるという行為に至っては絶対に一度もない。

(この子、天然?)


 ティッシュでいいのなら、パンツのポケットにハンカチと揃えて入っていたのに。こんなもののためにわざわざスカートを裂かせてしまったのかと思うと、止めずに太ももを観察してしまった自分の浅ましさが情けなくなる。

 申し訳ないなと、じぃっと彼女の手の中にある残りの布を眺めていれば、その視線に気が付いたルナが少しだけムッとした顔で詰め寄ってきた。


「問題は……左腕です!」

「え! ひだりうで……」


 千聖は左肩を後ろに引いてルナから遠ざけて、自らの左腕にちらりと視線を送る。

 たしかに痛いが、カッコつけて平静を装っていた千聖は痛いと言ってもなければ顔にすら出していない。


()()()痛いのわかるんですからね?ボクの事、甘く見ないで下さい」


 ポーカーフェイスに自信があったからこそ、鼻にスカートの切れ端を詰め込まれたこと以上に驚いた。そこはさすがに医療部隊長な肩書をもっているだけあるということらしい。


「あっ……多分折れてはない!」

「動かせますか?」

「……い、嫌です……動かしたくないです……」

「ヒビが入っているかも知れませんので、固定しましょう?」


 疑問系で言いながらも、千聖の返事を待たずして固定に使えそうな木の枝を探しに行くルナ。

 千聖を構うことで気丈に振る舞っているみたいだが、未だにその背中はどこか哀しげで、少し陰を帯びているようにも見えた。

 そんな彼女が騎士であり続ける理由は、やはり一人でも多くの存在を救いたいからだろうか、と勝手に彼女の心をかっていた千聖は、ふと気が付く。

 固定にちょうどいい枝を見つけたルナが、走って戻ってきていること。


 それから、こちらに向けられた何者かの、隠そうともしない殺気に。


「骨折の類の治療は魔法でするよりも──」

「退がれルナ!」


 急いで落ちていた短剣を右手で拾い上げ、牽制するため走ってくるルナ目掛けて投げた。

 彼女の小さな悲鳴が聞こえた瞬間、殺気を感じた方向から伸びてきた鎖が千聖の身体に当たる。

 先端に鉄球をつけた鎖は、ジャラジャラと派手な音を立てながら遠心力によってぐるぐると千聖の身体に幾重いくえにも巻きつき、一瞬にして千聖の左腕と胴体を固定した。


 右手は逃れたが──


「ぐ……ぁあぁぁっ!」


 ミシミシと音を立てて軋むそれは容赦なく千聖を縛りつけ、巻き込まれた左腕に嫌な感覚が走った。

 呼吸の仕方すら飛びかける痛みに、体重を支える両足から力が抜ける。

 膝をつきそうになるがなんとか堪え、鎖が伸びる方向へと視線を向けた。


 痛みにゆがむ視界の中でとらえたのは、迅のかたわらに立つ黒髪の青年の姿。

 格好から革命軍の兵士で間違いなさそうだ。



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