第45話『動き出す強者たち』
6月。
合宿から1ヶ月の時間を経て、新入生たちもこの学園に大分馴染んでくるこの時期。
昨年までならば、系統判定の結果通知などのイベントに気を取られていた時期なのだが、今年はまったく違う発表に全ての注目を持っていかれていた。
新ルールに合わせた新しい体制の発表。
魔導師たちにとって決して見逃すことの出来ない知らせが学園を振るわせていた。
「国内大会の廃止……! マジかよ」
「ええ、さっき香奈さんから連絡が来たわ。合わせて正式なルールの通達も行われたみたよ。ガラッと変わってかなり大変みたい」
昨年度まで行われていた国内大会。
世界大会への登竜門となっていた大会の廃止決定は大きな衝撃を与えていた。
ルールの変化から何かはあるだろうと思っていた者たちからしても、急激すぎる変化である。
「美咲ちゃん、今わかることだけでも教えて欲しいかな」
放課後のミーティングの開始が何故か伸びてしまい、暇つぶしに食堂で集まっていたのが功を奏したのか此処には3年生以外の全員が揃っていた。
優香の総意を代表する言葉に美咲は頷く。
「国内大会は廃止。変わりに、新しく世界大会選出戦として再編。各魔導校をランダムにブロック編成し、上位3チームまでを出場枠として設定する」
「おいおい、マジか、マジか!!」
変な方向へとテンションが突き抜ける男を無視して、美咲は重要なことを並べていく。
「現時点ではまだ振り分けとかの発表はないわ。このブロックを勝ち抜いた上位3チームで今度は世界大会予選を行い、そこでも新しく組み分けを行い、さらに上位3チームを選出。最終的には全12チームほどで世界大会本戦を開催する、らしいわ」
「これは、なんとも凄いことになるよ。バトル回数は昨年の総当たりの方が多いかもしれないけど、未知のチームとの戦いが一気に増えることになる」
「最初から世界クラスのチームと当たるのもあり得ます、よね?」
「それだよ、それ! いいね、全く違う文化との激突はかなりの刺激になるぜ! スケジュール的にも余裕が出来るし、これってそういうことだよな!」
飛び出す意見は全てが正しいが、1人だけ明らかに認識に齟齬がある。
約1名のテンションをそのまま全員が見なかったことにして、美咲の方へと視線を集めた。
最も情報を分析することに長けている女性は彼女である。
誰もが彼女の見解を必要としていた。
「今までのセオリーが変わる。……私も正直なところ、驚く側だからあまり大したことは言えないんだけど」
慎重に言葉を選ぶ。
既に美咲の言葉はチームの言葉なのだ。
この場に居る者は1人を除いて真剣に耳を傾けていた。
「ランカークラスのチームでも、特化型は厳しくなると思うわ。今はまだルールの詳細がわからないからあれだけど、合宿から分かったことだけでもチームとしては完成度を高めることを望まれていると思う」
特化型のチームで勝利は掴めても、継続した勝ち星は難しい。
上層部、というべきなのかはともかく大人たちは個性を重視した上でチームとして調和した形へと運ぼうとしているのだろう。
この時期での発表も意味があると考えられた。
開催時期がさほど変わらないと考えれば、まだ3ヶ月あるのだ。
魔導師が成長するには十分すぎるだけの時間があった。
「個性を伸ばして、かつチームとして調和させる。しかし、ランダム選出のため以前のように狙って労力を集中させるのは難しい」
「戦術、戦略、全てを駆使しろ。上位チームは下位からの対策などを乗り越えろ。お互いにいろいろと負荷をかけようとしている、と私は思うわ」
「最高だな!」
はしゃぎすぎる健輔に美咲が冷たい一瞥を送り、追加の情報を出す。
「ああ、後は私たちに関係ないけどポイント制とかも付くみたいよ」
「ポイント制?」
「ええ、これはチームのふるい落としも兼ねてるんだと思う。学園の審査基準を満たしていない場合は選出戦への出場を認めない、とのことよ」
「なるほど。無秩序に参加チームが増えるのを抑制するみたいだ」
「というか、ある程度のレベルはないと参加する資格なしって判断したんだろうよ。国内大会はあまりにも一方的な試合も多かったからな」
チームとしての成績などを加味して活動から2年目のチームで進歩が見られない場合は出場を止められる。
余程サボっていない限りは大した問題ではないし、結成1年目のチームにも関係ないため健輔たちは左程興味を持たなかった。
しかし、この情報1つを見てもこの先に物凄い嵐が待っているのは確定である。
急激に上昇する魔導という世界を更に上に押し上げるつもりなのだ。
このメッセージを受け取った魔導バカ軍団が何をしようとするかなど簡単に想像が出来る。
「ゴーサインは出たみたいだな」
「健輔は本当に嬉しそうだね。……新人諸君、頑張ってくれたまえ」
「た、高島先輩、諦めないでくださいよ……」
嘉人の悲痛な叫びは虚空へと消える。
後輩の様子など欠片も気にしないで健輔は激闘の予感に胸を震わせるのだった。
頂点、最強、究極、王者。
言い方はなんでも構わないがその言葉に共通している点が1つある。
ナンバー1であること、何よりも優れていると他者から認定される言葉の数々。
この形容詞を使われる魔導師、というのは歴代まで紐解けば幾人も存在する。
その時代における最強、今代ならば桜香を指し示すように時の流れと共に意味とは大きく変化してきた。
称号もまた同じである。
例えば女神。
かつてのフィーネを示す言葉であるが、これも今の欧州では別の人物を示すようになっているし他ならぬ天祥学園の『太陽』もこの法則からは外れない。
しかし、伝統の称号にも関わらずある人物を指し示すことで固定されてしまったものがある。
この先、幾人の魔導師が現れようとも、彼こそが最強の王者。
アメリカの魔導界の帝王だと誰もが認める怪物。
『皇帝』クリストファー・ビアス、その人である。
「ふっ、見事な弾幕だな」
アメリカ校に特有の広大過ぎるフィールド。
見渡す限り一面の荒野で王者が腕を組んで大地を睥睨していた。
彼の前には無限兵団が空の全てを覆う圧倒的な流星群と対峙している。
砲撃魔導の極致。
彼の経験から鑑みてもこれを超えると断言できる後衛は、2名しか存在していない。
「次代は育っている、か。俺には向いていないと思ったが、意外と教師の才もあったのだろうか。中々に楽しいものだな」
兵団を殲滅し、流星の一部がクリストファーに迫る。
戦闘の最中に呑気なことだが、かつての頂点はかなり感心していた。
先ほど彼が内心で思い浮かべた2名の面影を強く感じさせるこの敵は、ある意味で両名に劣っているが、ある意味では両名を凌駕しているのだ。
連射力――こちらは見事だが、『女帝』には及ばない。
あの最高の後衛には3年間相対したのだ。
人を見る目などに自信はない彼でも確信を持って言うことが出来た。
そして、威力。
こちらも彼が知る最強の後衛には及ばない。
世界大会の準決勝で戦った際の破壊力。
極限レベルの戦いだったからこそ、彼の魂に焼き付いている。
これだけ並べれば眼前の敵は大したことのないように聞こえるだろう。
しかし、ある前提条件を入れ替えると一瞬で相手は脅威の存在へと生まれ変わる。
「威力では女帝を超えて、連射力では凶星を超える。貴様は、総合力では両者を超えようとしているな」
両名が相手に負けていると認めていた分野でこの敵は2人を超えようとしていた。
悠然と佇む皇帝は迫る光に薄く笑う。
「姉妹揃って、俺を実に楽しませてくれる。不肖の我が後継とは出来が違うな」
言葉からこれ以上ないほどの賛美の声。
実際に彼は感嘆しているし、相手を認めている。
発せられる雰囲気は限りなく友好的なものだ。
負の要素など欠片も存在していない、にも関わらずまるで黙れと言わんばかりに攻撃は激しくなった。
この敵手は知っているのだ。
皇帝、と言う魔導師が如何なる存在でどのような脅威なのかということを、正しく理解している。
「勘も良い。実に楽しみな逸材だ。我が軍団に、加えるのに不足はない」
魔導機を構えることもせずに迫る攻撃に向けて片手を突き出す。
何かに指示を出すように空間を指し示した時に異常は起きた。
迫る黄色の流星群とまったく同じ流星群が突如として現れたのである。
そう、彼が――『皇帝』が認めるということはこういう事態を招く。
汝ほどの勇士、我が軍勢に相応しい。
全ての力を思い描き、必ず一翼として扱おう。
彼の意思は相手を全力で肯定している。
しかし、敵にはこれ以上ないほどの死刑宣告なのだ。
これこそが彼を――クリストファー・ビアスを最強の魔導師に押し上げた無敵の軍勢である。
創造系の一点特化。
特別な才能はない。
特殊な経験を経ている訳でもない。
彼はどこにでもいるごく普通の中流家庭で生まれてこの学園へとやってきた。
王者の胸に宿っていたのは、決して消えることのない熱量だけだ。
彼はその熱量だけで、頂点に君臨し続けた怪物である。
桜香が強いのには理由があり、フィーネが強いのにも裏付けがあった。
この男――『皇帝』クリストファー・ビアスだけ何も存在しない。
彼はただ、彼であるだけで最強に至ったのである。
あの桜香すらも抑えきった強烈なまでの精神。
健輔に敗北を喫したことで変わる部分など存在しない。
勝てなかったことに慙愧の念はあれど、囚われることも、ましてや目を逸らすこともなかった。
やり方は変わらない。
ただ、今まで以上の圧倒的な念を戦いに籠めるだけだった。
素晴らしい、ならばもっと夢を磨き上げよう――こう言ってしまうのが皇帝である。
彼はそれだけで現実を夢で超えてしまう。
「さて、軍勢だけでは芸もない。あの男のような多芸さを俺も身に付けないとな。まさか、俺に出来ないはずがないだろう」
兵団を指揮しつつ、黄金を見纏う。
全ての魔導師は進化する。
彼もまた、例外ではなく既に次の段階へと進んでいた。
「我が力、今日も刻んでやろう」
王者は不敵な笑みを浮かべる。
3強の筆頭。
魔導の世界を背負った王者はここに健在。
冠を失ったところで彼が変わる部分など皆無である。
不撓不屈の理想を掲げて、彼は若き流星たちを容赦なく捻り潰すのだった。
天から降り注ぐ、圧倒的な光の塊。
空の果て、宇宙に近い領域で1人の魔女が地上の生き物へと星を落とす。
星光の名を掲げた魔女の鉄槌。
何人も逃さぬ魔導の技が、1人の騎士へと向けられていた。
「――――断ち切る!」
明らかに彼1人で対処出来る規模の攻撃ではない。
単純な威力において相手は現役後衛の頂点。
単体で戦術魔導陣を超える威力の砲撃を素で生み出すのだ。
最強の攻撃であるこの『星光』に至っては放たれたが最後フィールド全域を包む。
これを防ぐ方法はそれほど多くない。
昨年度の国内大会での対処方法は基本的に2通りだった。
まず相手にこれを使わせない、ということ。
ラファールなどが行った手段であり、昨年度は彼も選んだ手法だ。
そして、もう1つ。
欧州に君臨した女神が行った方法がある。
放たれた後の攻撃に干渉し、正面から凌駕した。
やったことはただそれだけであるが、想像を絶するとしか言いようがない。
放たれれば終わると評された攻撃すらもかつての3強には届かなかったのだ。
ならば、彼――『ナイツオブラウンド』のリーダー、アレン・ベレスフォードはこれを超える必要がある。
迫る光の中の1つを選び、剣を携えて一切の戸惑いなく取り込む。
「ぐ、グ、がぁッ!?」
身体・収束系。
白兵戦においては無類の強さを発揮する彼の系統だが、残念なことにこの大規模すぎる攻撃には成す術がない。
わかり切っている結末、そもそもが対人戦闘能力でランカーとなった彼がこのような博打をすること自体が誤っている。
フィールドを間違えた結末は撃墜。
至極普通のことであろう。
しかし、だからこそアレンはこの攻撃を凌駕する必要があった。
「ま、まだだッ! やれる、理論上は可能な……はずなんだッ!」
知識を掻き集めて、今の自分で至れるところには全てに手を伸ばした。
技術を伸ばすなど、当たり前に過ぎることをやっているだけでは今年の大会を勝ち抜けない。
彼にはある種の確信があった。
覚醒に次ぐ、覚醒と新しいステージの戦い。
あの中で今まで通りをやっていたら絶対に勝利することが出来ない。
伝統あるチームを、勇名たる2つ名を継ぐ身として挑む前からの落第など認められるはずもなかった。
力及ばずに膝を屈することはあるだろう。
挑戦の結果、砕け散るのもあり得る。
しかし、挑まない選択肢だけはあってはならない。
誇りと矜持が、決してその選択肢を選ぶことを許さない。
現在、彼が背負うランクにもあってはならない背信である。
「――いくぞおおおおおおッ!」
彼らしからぬ熱さで、剣を握り締める。
技量は極点。
自分を過不足なく磨き上げたと断言できる。
よってこれを達成出来ないのならば、足りないのは心だけだと判断していた。
熱く灯した魂が無ければ、進めないというのならば、いくらでも熱くなってみせよう。
負けたままで終わりに出来るほど、彼は自分を諦めてなどいない。
祈りこそが魔導においては重要となる。
自らの手にあるのは勝利の剣の名を冠した最強の剣。
彼の自負と技量が、現実を侵した時、系統を用いない奇跡が舞い降りた。
「これは、や、やれたのか……」
綺麗に断たれた光の集まり。
魔力を技量のみで切り裂く。
この光景をササラが見れば驚愕で表情を固めていただろう。
彼女が手も足も出なかった長谷川友香がやったことをただ技量のみで拡大して再現している。
1つの奇跡。
しかし、彼にとってこれは始まりだった。
『ちょ、ちょっと……え、本当に!?』
呆然としているところに協力者の念話が入る。
出来ると信じてやったのだが、実際にやれてしまうと固まってしまった。
魔女の念話を受けて、アレンもようやく再起動する。
自分よりも驚くもののおかげで、彼は冷静になれた。
「ふ、ふふ、ああ、君のおかげだ。――ありがとう」
『うぅ、私のとっておきが……とっておきじゃなくなったよぅ』
「すまない、だがこの埋め合わせはしよう。貰ったものの価値は、とても大きい」
『や、約束だからね! 私だって、今年は世界に行くんだから!』
「ああ、約束だ」
掌を見つめて、天を見上げる。
快晴の空には光輝く太陽の姿があった。
昨年度の屈辱、本気を欠片も引き出せずに負けた自分に決別を告げ、彼は前へと進み出す。
「努力が、才能を凌駕する。必ず勝ってみせるぞ、不滅の太陽」
天に浮かぶ恒星に決意を吐露して、最強の『騎士』はその場を去った。
動き出す世界。
健輔たちが進むのと同じように、もしくはそれ以上に世界は加速を始めている。
夏に向けての最後の期間。
穏やかな日々の終わりは少しずつ近づいているのだった。




