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第206話『環境』

 空を飛ぶのではなく、水上を駆ける。

 足元に魔力を集中させて、極小の地面とすることで可能にする技。

 この競技・・においては必須とされる技能なのだが、全体に影響力を行使する飛行とは違って、微細なコントロールが要求される技だった。


『マスター、後方です』

「おっ、了解」


 陽炎からの忠告に従って、背後を振り向き、誘導弾を放つ。

 タイミングは適当であるが、優秀な相棒が声を掛けたタイミングから大きくずれていなければ問題ないと判断していた。


「流石だな」

『お褒めに預かり、光栄です』


 相棒の予告通り、水中から競り上がってきたに先ほどの魔力弾が直撃する。

 同時に健輔が身に付けていた腕輪に数値が加算された。

 この競技における勝敗を決めるポイントの1つにして、いくつかの制限を掛けてくる拘束具に視線を落として、今後の進行について思考する。


「中々に難しいな。ここで十分と切り上げるか、それとも」

『先に進むか、でしょうか?』

「ああ、なんというか力技ではどうにもさせてくれない辺りにこの競技に性格が見える。多分、優香やクラウディアも相応に苦労しているだろうさ」

『マスターほどの汎用性をお持ちでないと、苦労しそうではありますね。能力的にはマスターに実に向いている競技だと思います』


 相棒からの素直な賛辞に照れくそうに口元を緩める。

 陽炎が抱いた感想は健輔が抱いたものとほぼ同一であったが、他者からも言われるとやはり嬉しさが異なっていた。

 データには厳しい相棒からの評価であるならば猶のことである。


「お前は本当に最高の相棒だよ。まあ、俺から加えると嫌いではないし、向いているが」

『性格的には、もう少し激しいのが好み、でしょうか?』

「なんだ、わかってたのか。付け加えるのも無くなったな」


 あらゆる環境に適応できる健輔の能力はこの競技、かつてはレース形式と言われていたものを原型とした次年度の総合魔導競技の求めるものを完璧に満たしていた。

 現在、主流である魔導競技を戦闘型と称するならば、対になる新しい分野の競技『自由型魔導競技』。

 異なる視点の競技を体感することで、既存に新しい風を吹き込ませる。

 何処にいても常に戦闘のことを考えている男は、そんなつもりで参加した競技に思いの外、心を奪われてしまっていることに苦笑した。


「万能性はそれだけで武器になる、か。自覚はしていたつもりなんだけど。やっぱり、まだまだ認識が甘い部分があるか」

『同意します。万能性を押し潰す強さというものも、非常に稀有な存在ですが、それすらも如何にかするのが、万能性と言えるでしょう』


 戦いをやめるつもりは毛頭ないが、向き不向きについてはもう少し真剣に考えてみよう。

 この場所に至った経緯を想起しつつ、心の中にしっかりとメモをする健輔なのであった。






 天祥学園の学園祭。

 一般向けに開かれる魔導のイベントとしては国内最大級である。

 魔導の有用性と危険性。

 双方をアピールするための場として、10年に渡り最前線を駆け抜けている。

 健輔が魔導に最初に出会った場所であり、今も重要な転換点となった。

 彼に限らず、日本国内においては多くの学生が最初に魔導を知る場となっているこのイベント。

 学生の出し物だけではなく、公式、つまりは政府機関などの出し物も普通に存在している。エキシビジョンマッチを筆頭に、学生向けとは別次元のクオリティで魔導のアピールを進めていた。

 学生たちの出し物が身近な魔導、もしくは一般の方々が想像する魔導ならば公式側は先端性と利便性、そして広報に力を入れたものとなっている。

 基本的には国もしくは、公的機関が関与しているので、堅いイメージを拭うことはできないが、全部が全部、堅いイメージのものばかりではなく、非常にわかりやすい出し物もいくつかは存在していた。

 その中の1つに堅いイメージの名前であるが、健輔も心を惹かれるものがあり、次の見学場所として選ばれたのだった。

 それこそが、次年度の魔導競技『自由型魔導競技』の体感施設である。


「へぇ、これは凄いな」

「水上コースですか、レース形式ともまた異なる形式なんですね」

「ある意味では飛行よりも難しい制御なのに。あの状態で速度を競い、更に障害物を排除する必要もある。学生向けの難易度とは思えない……」


 健輔はあまりレース形式の魔導に思い入れはないが、人気や一般的な知名度でいえば、こちらの方式の魔導競技も負けてはいない。

 むしろ、一見すると殺し合いにしか見えない通常の魔導競技よりも一般受けは良い方だった。


「クラウディアさんにはそう言う風に見える?」

「圭吾さんは違う、と?」

「そうだね……。まあ、見てもわからないから体感した方が早いとも思うけど」


 含み笑いしながら、圭吾はクラウディアに提案する。

 一見したところの印象で言えば、健輔もクラウディアと大差はない。

 自由型と名付けられたかつてのレース形式から発展した魔導競技は、見る限りにおいてはかなりの難易度を誇るように見える。

 コースは全域、水上コースとなり、3つのチェックポイントには多種多様な妨害、ミッションなどが設定されていた。

 勝敗を決めるポイントは3つあり、1つはゴールの速度、2つ目はコース中に獲得したポイント、最後は各ミッションのクリア状況。

 3つの内、2つで相手に勝利すれば勝ちとなるルールは、かつてのレース形式と似たものを感じさせる。

 ミッション内容の全容についてはわからないが、現在確認できるものだけでも、特定ターゲットの破壊や、珍しいものだと、特定の術式を発動したままゴールに辿り着くなど、と戦闘に関係ないものも含めて、一貫性などは微塵もないラインナップであった。

 クラウディアが感じた通り、錬度の低い魔導師はほとんどクリアできないだろう。


「俺も同じ意見だけど、お前さんは違うと?」

「うん。戦闘型とはいい意味で差別化できていると思うよ。最後に錬度がモノをいうのは仕方ないとしても、それだけだと芸がないしね」

「基本能力以外にも重要な要素がある、か。ふーん、前よりもちょっと気になるかな」

「健輔にはちょうどいいかもね。万能、という言葉の重荷を体感できるでしょ」

「軽いと思ったことはないんだが」

「わかってるよ、そんなことはね。君は、戦闘における万能の重要性と、より言えば利点を誰よりも理解しているさ。戦闘に、おいてはね」


 言葉の意味をそのまま受け取るのならば、他に何かしらの意味があるのだろう。

 健輔はエスパーではないので、言外に籠められた意味はわからない。

 わからないが、圭吾がわざわざ口に出した意味を悟らないほどに鈍感でもなかった。


「つまりは、俺はこの競技に参加して、万能の意味を体感した方がいい?」

「そうだと思うよ。わざわざ競技を分けたのには、いろいろな意味があるのは間違いないからね」

「ふむ……わかった。じゃあ。1回、やってみますか」


 元々、興味はあったのだ。

 無料で体感できる上に、時間も余っている。


「悪いが、クラウたちも付き合ってもらえるか?」

「勿論。私も興味がありますから」

「同意します。圭吾くんの理由も気になりますから」

「僕が気付いたのは、1番、この分割の恩恵を受けるからってだけだからね。特化型というのは居場所がないと無用の長物というやつなのさ」


 おどけたように言う親友に少しだけ闇を感じるが、あえて健輔は無視する。

 自虐して、それで満足できる程度の不満ならば抱えていればいい。

 収まらないのならば、相応の場所で何かするだろうと信頼していた。


「お前のそういう無駄に卑下するところ、俺は好きじゃないぞ」

「わかってるさ。ちなみに、健輔の無駄に自信満々なところ、僕は嫌いじゃないよ」

「はっ、言ってろ」


 最後に言葉を交わして、後は語るまでもないだろう。

 実際に体感した健輔は、圭吾が言いたかったことを理解して戻ることになる。

 居場所が必要な特化型との差、万能の万能たる由縁を確かに噛み締めながら。






 意味深に健輔を嗾けた圭吾であったが、嗾けた理由は大したものではない。

 万能である――この事に対しての認識範囲を戦闘以外に向けて欲しいと思っただけである。今でも有効活用しているが、やはり軸にあるのは戦闘であり、他の部分はあくまでもおまけとなっていた。

 それ自体を直そうなどとは思っていない。

 健輔の自由にすればいいし、自由にしてよい範疇であろう。

 しかし、健輔のような飛び抜けた特殊性がないからこそ、必死に考えて今の状態になった圭吾からすると、健輔の限界というのが徐々に見えてきていた。


「例えばだよ、九条さん。僕たちはトリオでこの競技に挑んでいるけど、健輔と比較した場合、どちらが勝つと思う」

「普通に考えれば、人数の多いこちらですが……」

「そう、普通ならね。でも、この自由型にはこういう事が起こりえる」


 視線の先には、クラウディアが1人で孤軍奮闘している様子が見える。

 第2チェックポイントにやってきた2人は、課されたミッションを前にして、何もできず待機するという事態に陥っていた。

 求められる技能は『変換』――魔力を別の事象に置き換える力。

 魔導において、完全にできないことというのは早々に存在しない。

 ある程度は、どんな系統の力でも使用することは可能であるが、当然のように限界は存在していた。

 

「実際のところ、こちらの自由型はチームでの参戦を想定しているのでしょうね」

「誰がどのコース、ミッションを挑戦するのかも含めて、作戦が必要になるということでしょうか?」

「その辺りでしょうね。今回、僕たちが体感しているのは、ミッションポイントだけバラバラで実質的には1つのコースですけど、本来ならばいろいろと使える場所がありますから。あくまでも文化祭用のブチ体感用って、ところなんでしょう」


 ルールが公開されていないため、全ては想像にすぎない。

 圭吾の妄想で終わる可能性も十分にあるが、現実が妄想を超えることもあり得る話ではある。

 

「こういう場面が起こりえるとなると、個別の能力値よりも出来る事の手数がこちらでは重要視されるようになるだろうね」

「万能……。なるほど、何かしらの手段で万能・・であることを求められるようになる。本来、想定している枠はバックスでしょうか?」

「もしくはいろいろできるけど、出力が足りない組、とかだろうね。いや、良く出来ているよ。手段の豊富さが武器になるようになれば、テクニカル面にも注目が集まる」


 天才というのは、常人よりも優れた存在である。

 桜香、皇帝など何かしらの突き抜けた力は、凡人を圧して余りある。

 健輔が対抗するためにあらゆる手段を用いて戦いを挑まなければならないほどに彼我の差は簡単には縮まらない。

 しかし、それはら全てある前提条件があるからこそ、でもあった。

 ルールという枷があっても、戦闘型の基本的な前提条件は自分の持ち得るもので相手を倒すことである。

 天才というのを凡人にとっての災害である仮定した場合、最小限の装備で天災に立ち向かうことを余儀なくされている現状が凡人に優しくないのは言うまでもないだろう。

 

「まあ、能力を競うのだから、単純に優れている方が持て囃されるのは当然なんだけどね。ただ、全員が全員、機転を利かせて、嵐を凌げる訳ではないのも当然のことなんじゃないかな」

「健輔さんでも苦労しているのですから、それはその通りだと思います」

「下のものが努力して、上を倒すというのは綺麗な話ではあるけど、上にいる人たちは相応以上の努力したからそこにいる訳だ」


 格上を倒すというのは、それほどに難しいことである。

 違う舞台に引き摺り込むでもしなければ、不可能に近い所業なのだ。

 健輔が主導権を重視するのは、環境だけでも握っておかないと勝てる試合も勝てなくなる可能性が高いからでもあった。

 

「でも、この自由型は分かりやすい形で、力押しという選択肢が押し込められている。ッ直接的にぶつかる訳ではないからね」

「正面戦闘以外ならば、いろいろと遣り様はある、と」

「そりゃあね。言い方は悪いけど、桜香さんでも出来ないことはあるからね。才能は出来る範囲を広げてくれるけど、全てを保証してくれる訳ではないよ」


 条件的には自由型は戦闘型よりもやり易くなるだろう。

 今よりも遥かにチームとしての力、在り方が重要となる。

 もっとも、そんな変化があったところで、今のトップクラスが優秀であることにも変わりはない。

 少なくとも現時点においては、と頭につける必要があったが。


「健輔もいろいろと感じ取ってくれると良いんだけどね」

「大丈夫だと思います。この競技も、とても健輔さんに向いてますから」

「そうだね。うん、本当にそうだと思うよ」


 環境を明確に分けていることの意味。

 そして、これから生まれるであろう差。

 学校側が凡人たちに求めているものを正確に汲み取り、高島圭吾は自らの未来へと取り込んでいく。

 

「ま、健輔の意見を楽しみに待つとしよう。どちらの視点もある。今の健輔にしか見えないものは、僕も気になる」


 使えるものは何でも使おう。

 仮に、それが親友であったとしても。

 似たことを考える2人の男は離れた場所で、同じようなことを思い、意見をぶつける瞬間を楽しみにしていた。


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