第203話『撃ち合わせ』
「クレアちゃんなんというか、面倒臭いよね」
「真由美、久しぶりにプライベートで会う友人に対する言葉がそれってどうなのかしら」
うふふ、あはは、と笑い合う2人はにこやかに会話をしているよう見えるが、実体は一方通行である。
プレッシャーを撒き散らして、周囲を威圧する様はかつてのランカーにして、遠距離系魔導師の雄たるとは思えない。
「うわ、真由美さんが挑発に乗ってる」
「あの2人もライバルと言えばライバルだからね。自然とそうなるのさ」
「そういうものですか、アレンさん」
「そういうものだよ、健輔くん」
健輔からすれば、あのように年相応の真由美を見たことがほとんどなかった。
だからどうだ、と言う訳ではないが、非常にレアな光景であると同時に、自らの師がどれだけ気を遣ってくれていたのかがわかってしまう。
どれほどの実績を上げて、どれほど強くなろうとも、恐らくこの関係性に終わりはない。
超えたとしても、また実感する時が来てしまうのだ。
この人には、勝てない。
「人生って大変ですよね。必ず、勝てないなと思うような人がいる」
「競技では不敗を誇っても、生きる上では仕方がないさ。勝利、なんていうわかりやすい決着は人生にはあまりない」
「そうかもしれないですね」
『騎士』アレン・べレスフォード。
『境界の白』佐藤健輔。
接点というものはあまり多くない2人であるが、挑むために技を鍛え上げる部分はよく似ていた。
穏やかであるが負けず嫌いであるアレンに、穏やかさなど微塵ない極度の負けず嫌いの健輔が妙な共感を抱く程度には、2人の仲は悪くない。
「不思議だな。あまり話はしてこなかったが、なんとも居心地が良い」
「同感です。おまけに、戦った時も凄く、楽しそうだ」
物騒な笑みにアレンは苦笑で応じる。
常に臨戦態勢。
常在戦場の心を体現する魔導師に、技量における極点は苦笑いをするしかなかった。
血は疼くし、気持ちは沸き立つが、理性的なのが『騎士』なのだ。
感情を爆発させて、勝利をもぎ取るタイプではない。
日常の中で積み重ねた塵を山にするのが、騎士の強さの源なのだ。
「評価は嬉しいが、どうだろうね。僕との戦いは、覚醒と覚醒のぶつかり合いのような派手さはないかな」
順当に勝ち、評判通りに負ける。
数多のランカーの中で、『騎士』ほどわかりやすい強さはない。
彼らは純粋な技量で評価される魔導師たち。
逆を言えば、力だけあっても『騎士』とが言い難いのだ。
他の称号とは異なる法則下に、この2つ名は存在している。
「なるほど。よかったら、1度どうですか?」
「そうだね。君とは、真剣に語り合うべきだろう」
苦笑、しかし、戦意の横溢は隠せるものではない。
初対面ではない。とはいえ、よく知っている訳でもない。
健輔にとって、今回の歓迎会はそういった相手を知るためのものである。
因縁だの、宿命だのは別に不要であるが、かと言って、全くの初見ではそれはそれで楽しみが減ってしまう。
別段、強者は知り合いであるべきだ、と言う考えではないのだ。
『裁きの天秤』との戦いのような、あまり縁がないのも、それはそれで乙である。
「じゃあ、運動がてら」
「そうさせてもらおうか。夜まではまだ時間はある」
文化祭は3日間。
今日は、その前日であり、前夜祭がある。
歓迎会は文化祭期間と重ねて行われており、客人たちは思い思いに過ごすだろう。
到着を祝うためのこの広場への集合と夜にある食事会、後は最終日の催しを除けば、各人の自由行動がメインとなる。
つまるところ、一同に会するチャンスはあまり多くなく、夜までに既に目星をつけているようなものとの対話は終らせておきたい。
「こっちです」
「ありがとう」
言葉は少なく。身体は瞬時に切り替えて。
技巧と技巧。
共に技に分類される強者は、お互いについて、深く語り合うことにする。
歓迎のための場で、ド派手な花火が来場者たちを出迎える。
突発的なイベントは流れるように、自然に始まるのだった。
佐藤健輔の強みは多岐に渡る。
最強のエースキラー。
万能系を超越せし、真なる万能。
呼び方は様々であれど、彼に対して讃えられる言葉は、全てが『万能』という部分に集約していた。
魔導にはどうしようもない程の得手と不得手がある。
出力に悩む者、制御に悩む者、構成に悩む者。
自らの適性に合わない才能に、嘆いた者は多く、そして、それを解決できた者はいない。
言い方は悪いが、大抵の魔導師は妥協するしかないのだ。
努力を重ねたところで、1を100にするのと、0を1にするのでは労力の桁が違う。
あるものを改善するのは、左程難しくない。
センスがある者ならば、あっさりとものにするだろう。
しかし、新しい概念を、力を、技術をモノにするのは次元が違う規模の話になる。
魔導においては、それが顕著であり、才能によって、強さが決まると言う面は現前たる事実として存在していた。
「参るッ!」
よって、非才たる身であるアレンからすれば、佐藤健輔は凄まじいとしか表現できない。
万能系はその名に反して、枷の多い系統だ。
中途半端な万能さが却って、極めることを難しくしてしまう。
エキスパートになるには、半端ではない労力を必要とするのだ。
結果、様々な手法を組み合わせて、その道の専門家に食らいつくことになる。
いれば便利で、小器用な系統。
これが本来の万能系であり――、
「こちらこそ、いきますよ!」
「ぐぅ!!」
――佐藤健輔にのみ、当て嵌まらない事実であった。
アレンの系統は身体系に収束系。
白兵戦に特化した在り方をしている。
非力、と表現したが、それは白兵戦においては当て嵌まらない。
剛力と、繊細な技を両立させる欧州最強の近接魔導師。
両手で構えた魔導機から放たれる斬撃は並みの魔導師を容易く両断する代物だ。
「なんという出力だろうか。太陽を思い出すよ」
事実、彼の脳裏には昨年度にぶつかった怪物が思い浮かんでいた。
力量を見切る力は十分にあるが、その彼をしても戦慄するしかない。
万能性を極めた果て。
魔導師にとっては聖域とも言える場所を、縦横無尽に蹂躙してしまう在り方に。
「君の怖いところだね。万能であるがゆえに、一瞬たりとも同じステータスであるタイミングがない」
「簡単に合わせておいて、よく言いますよ」
「こちらはそれしか取り柄がない。この技以外は、凡夫の領域さ」
ステータスを変動させる万能性。
戦術、より言うならば装備すらも可変する柔軟性。
そして、それらを統合可能なセンスに不断の努力。
ランカーに駆け上がるのも当然である、と『騎士』は改めての納得を示した。
「ふっぅッ!」
空戦なしの地上での剣戟。
ある意味では演武のようなものであるが、培ったものは容易に見えてくる。
特出した要素は当然あるが、それ以上にそれらを武器として使いこなすための鍛錬こそが最大の武器だろう。
かつて敗れた太陽のように、新生に等しい奇跡ではなく、肉体に刻まれた軌跡こそがこの魔導師の強さだと無言で理解する。
「君との戦いは、実に楽しそうだ」
「奇遇ですね。同じ思いです」
言うなれば異なる専門であるが、似たような職に就く者たち。
健輔に対しての評価はある意味でそっくりそのまま『騎士』へも返る。
その事を、対峙する健輔は痛感していた。
「魔力の移動がほぼ感知できない」
見事な制御は、1年前と比較しても更なる上達を見せている。
収束系――つまりは魔力を集め、高める系統を持っているのに、外部に放出される魔力が一切、存在していない。
昨年度はまだ淡いながらも漏れが存在していたが、今では完全に遮断されていた。
夏の時の戦いよりも、全てが洗練されている。
「始動の感知が、かなり厳しいですね」
「僕なりの反省だよ。地力というのは大事だが、僕は何処までいこうとも力の存在ではない。技で、あの頂点に勝つには、半端が1番よろしくないだろう?」
罠を使うならば、徹底して。
策を用いるのならば、相手の力すらも利用して。
仲間を捨てる覚悟で、初めて『不滅の太陽』は落とせる。
背負うモノが何もなかったからこそ故の、全面闘争。
全てを使って、健輔は1度勝利を掴んだ。
――しかし、既に背負うモノがあるアレンでは同じことは出来ない。
欧州における最強の一角。
他の魔導師の、彼に敗れた者たちのためにも、安易な手段はとれない。
「――だからこそ、君のように極めるべきだと思っただけさ」
「ははは、いや、思っていたよりも熱い、いや、負けず嫌いですね」
「表に出さないだけだよ。そもそも、競技の世界にいるような人間は須らく負けず嫌いなものさ。相手を讃える笑顔の裏で、次は必ず勝利を誓う」
無論、アレンも同じである。
今年こそは、と燃える機運に嘘はない。最初に不滅を撃ち落とした敬意を胸に、いつか来たる戦いを楽しみにしている。
「手合せ、ありがとう」
「いえ、こちらこそ」
本当に少しの間の剣戟。
合宿のそれよりも、遥かな成長を感じられる。
直感に過ぎないが、健輔はアレンには秘策があると読んでいた。
直接的な対象は十中八九、桜香であろうが、1人にしか通用しない秘策などに時間を費やす人間には見えない。
健輔がそうであるように、己を上の領域に至らせるための技であろう。
「本当に、よい機会を貰ったと思います」
「お互い様さ。君に、どうやって勝利すればいいのか、イメージさえもわかないからね」
アレンは決して、健輔を甘くみない。
極めた万能性は他の系統を圧するだけの特別さと、その領域に至った努力を併せ持つ。
両翼が揃った強さの恐ろしさなど、説くほどのものではない。
当然のように、強者の証なのだ。
剣戟からあの熱い握手はもしもの未来のために。
『騎士』と『境界の白』は、ぶつかり合う日を切に望み合っていた。
「あれま、随分と仲良くなってますな」
「ふん、あなたの後輩君、また一段と厄介になったわね」
そして、そんな2人を見守る視線はいくつもある。
転送施設に出迎えて、各々を宿泊施設に案内した後、ある種の自由時間であるがゆえに、身体を動かせるように広場にやってきた。
学園の施設は魔導校の学生ならば、何処の学生であろうとも利用可能で、日本の環境を堪能するためにゲストの姿はチラホラ見えている。
「厄介かー。個人的には、レオナちゃんでどうやって勝つのか、悩ましいところだよ」
「あら、随分と素直ね。女神の名を信頼してないの?」
「うーん、クレアちゃんにはわからない感覚だと思うけどね。健ちゃんは、私が育てた魔導師の中でもいろいろと変わった子だからさ」
育ての親として、面倒の性質を良く知っている。
ヴァルキュリア内にはフィーネを破った実績と共にある程度の脅威が共有されているが、まだまだ健輔の世界的な知名度は微妙なところであった。
正確に言えば、その脅威の浸透具合と言うべきか。
「皇帝とフィーネさん、桜香ちゃんを倒した。でも、あれは1人の力じゃないしね。評価はされているけど、1人の時の強さを誤認されている節はあるんだ」
「誤認、か。合宿の時の十分に強かったから、警戒はしているつもりなんだけど」
「そこが、誤認なんだよね」
「……どういうこと?」
苦笑を浮かべて、真由美はクレアに大事なことを伝えた。
「あの子を警戒している程度でどうにかなる、と思うのが既に脅威を誤認しているってことかな。ハッキリ言って、皇帝以上に対策がない魔導師だからね」
魔導師の歴史上、最大の多様性、そして発展性。
何せ、基礎スペックの底上げなどというルール外も良いところを成し遂げた男なのだ。
外から見た評価だけではわからない力がある。
「あの子がそうしたのか、それとも内なる願望が投射されたのか。単純に強い魔導師じゃないと、勝ち切れないんだよね」
「なるほど……。そう、だからこそ」
「うん、裁きの天秤が勝てなかったのも、究極的には其処に原因があると思うよ。あの能力、固有能力では最高峰だし」
警戒はしていたのだろう。
しかし、わかりやすい脅威に方と同等レベルだ。
通常の強者には桁外れに相性がよいのが、『裁きの天秤』の固有能力であるが、健輔にはまだまだ足りない。
健輔を倒したいのならば、試合の趨勢を傾ける覚悟で、絶対に潰すという意思が必要になる。事実、桜香だけがそれを成した。
「ま、つまるところ、健ちゃんを倒すには明確な情熱がいるってこと」
「そう。良い事を聞いたわ。情熱を傾けられるように、少しだけ意識しておく」
「そうしてくれると嬉しいな。サンプルはいっぱいあった方が、こっちもぶつかった時に楽になるからね」
自らが育てた脅威とぶつかるために、真由美は全精力を傾ける。
信じているし、自慢であるからこそ、一切の加減はない。
せっかく、後輩が生み出してくれた機会を活用することに戸惑いはなかった。
こうやって、小さく種を撒く活動も相応に意味が出てくるだろう。
「卒業は認めたけど、まだまだ簡単に負けてあげるつもりはないんだよね、これが」
「大概、あなたも負けず嫌いね」
呆れたように言うクレアにジト目を向けて、真由美は不服そうに頬を膨らませた。
「負けるのが好きな人なんて、いないでしょうに」
「はいはい、その通りですよ。それで、せっせと脅威の布教活動でもするの」
「それもあるけど、コーチのお仕事もするよ。せっかくの日本だしね。レオナちゃんに強くなって貰わないと、そもそも意味がないよ。勝つのは、私たちだし」
策謀など所詮は脇役。
主役はあくまでも選手たちなのだ。コーチの役割は教え、導くことにある。
戦力に換算されるよりもやらねばならぬことがあった。
「言うわね。……ふん、リベンジはあなたが育てた魔導師たちにさせて貰うわよ」
「うん、大歓迎だよ。どういう勝負でも、私は引かないからね」
健輔たちと別れる前と変わらぬ自信を滲ませて、近藤真由美は不敵に笑う。
この催しを、全て余さず活用する。
その事こそが、後輩への最大の返礼と心得ているから。
「さてと、じゃあ、クレアちゃんにはこれぐらいでいいかな。私は行くね。とりあえず、レオナちゃんと健ちゃんのデートを仕込まないといけなくてさ。あの子に火をつけるには多少は無理するつもりだから」
「光の女神に同情するわ。何、このスパルタコーチ」
クレアは口笛を吹きながら歩き去る背中に呆れたように声を浴びせる。
女神を強くするために、何やら斜め上の手段を行おうとしているらしい、かつてのライバル。ヴァルキュリアを染め上げるほどの意思力とカリスマは流石の一言しかない。
「ま、私には関係ないか。光の女神も遠距離系。距離を制する戦いに私は勝利するだけ。相手が強いなら、それはそれでありだし」
細かいことは気にしない。
豪放磊落な在り方は彼女もまた強者である証。
そして、強者は強者は知っている。
この地に集う強者たちがどんな波乱を呼び起こすのか。
健輔を含めて、誰も知らないのであった。




