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第181話『片鱗』

 全体に何か妙な空気が漂う。

 優香は何とも言えない場の変化に眉を動かした。


「……妙な空気」


 涼やかな顔は普段通りに冷たく、そして美しい。

 何をしても絵になる美人。

 普段は柔和な雰囲気を漂わせる美少女は常になく張りつめたモノを纏っていた。


「栞ちゃん」

「は、はい。そろそろ攻めますか?」


 突然の声かけに驚いた声を出す後輩に優香は優しく微笑む。

 胸中に沸き起こったざらつく感覚を押さえつけて、余裕のある態度を見せてみる。

 あまり他者の機微に敏くはないが、優香もこの程度の事は出来るようになっていた。

 上に立つものが無意味に取り乱すことはマイナスでしかない。

 激動の1年間で学んだ教訓である。

 能力もそうであるが、強さを発揮するための土台の重要さは彼女の相棒が存分に示していることであった。

 誰よりも近くで見てきた自負が、彼女の中にある。


「はい、攻めますよ。ただ、栞ちゃんはどちらかと言うと防御を意識してください」

「へ? は、はい……。防御、ですか」

「ごめんなさい。戸惑うのはわかるんですが、あまり詳しく説明できるようなものじゃないです」

「わ、わかりました! なんとか、やってみます」

「ありがとう。攻めは任せてください。私の2つ名にかけて、やってみせますよ」


 後輩の狼狽した様子により深い微笑みを返す。

 いつもよりも落ち着いた静かな心で優香は戦場を見据える。

 最近は圧倒的な魔力と共にあるのが常だったため、非常に新鮮な感覚であった。

 技と積み重ねてきた経験でなんとかする。

 当たり前のことであるが、才能・・を封じられたと確信した状態で行うのは優香にとっては未知の経験だったのだ。

 いつも意識の何処かに引っ掛かっていた感覚。

 姉に劣る才能・・という枷が今はない。

 真実、優香は自分が築きあげたものだけで敵と戦うしかないのだ。

 何とも不安で――何と、素晴らしいことであろうか。

 胸中に浮かぶ背反の感情に、優香は皮肉げな笑みを作る。


「少し、複雑な心境ですが……負けてはあげません。お礼の意味も込めて、全霊で叩き潰します。それが、私に出来ることでしょうから」


 健輔たちと積み上げた全てで相手に勝利する。

 得難い経験を与えてくれた強敵。

 腹立たしい相手であるが、同時に九条優香は感謝していた。

 溢れる想いを刃に乗せて、世界で2番目に強い少女が動き出す。

 かつてないほどのフラットな精神状態。

 健輔と前にいる時と同じ、一切の緊張感を持たない精神。

 最良の状態である精神に肉体が引き摺られ、最高のパフォーマンスとなって敵の前へと立ち塞がる。


「行きましょうか。如何なる敵も砕けば同じです」

「やれるだけ、やってみます!」

「はい、お願いします」


 『正義の炎』は多少の想定違いはあれど、大きく計画からはずれていない形で試合をここまで運んできた。

 健輔の想定以上の強さは確かに脅威であるが、それすらも想定していたという意味では驚きには値しない。

 しかし、ここに全く想定していなかった可能性がいる。

 弱体化させることで、結果的に普段よりも強くなってしまう可能性がある魔導師がいるなど、アメリアだけでなく全員にとって意識にすらないことなのだ。

 意識外からの奇襲。

 奇しくも『正義の炎』が最大の警戒を向けていた行為。

 やるのならば健輔だろうと思われていた事、同じことを九条優香が行う。

 世界ランク第2位の本領――いや、九条優香の真実の実力を正確に表す言葉はこちらの方が正しいだろう。

 九条桜香に近い領域の才能を持ちながら、誰よりも佐藤健輔の影響を受けている者。

 最悪の融合が1年以上の時を経て、ついに姿を現す。






「クソ、黙って見ていてはくれないか」


 アメリアの苦境は既に伝わっている。

 可能ならば隠しておきたかった奥の手を使う決断。

 そのためにも、正義の炎は戦力を一気に集中させて突撃する必要があった。

 可能な限り相手側の戦力を削り、後の全てをエースに託す。

 あまりにもシンプル過ぎる戦略であるが、これこそが彼らの第2プランである。

 

「俺たちを起点にして、チームが集結する。突破は許されないな」

「攻め手なのに守りを意識しないとダメとはな。正直なところ、己の非力さを呪いたくなってるんだが、そっちはどうだ?」

「気持ちはわかるが、気を引き締めろ。力押しは封じているとはいえ、相手は最高峰のスペックの持ち主だ。俺たちとは出来が違う」

「わかってるさ」

 

 手に持つ銃を構え直して、前に出てくる優香たちを迎え撃つ。

 相手の陣で攻めている側が守りに入る。

 あまりにもおかしい状況であるが、後ろに引くことも出来ない。

 アメリア以外の撃墜は全てが許容となるのが、『正義の炎』の在り方である。

 正しい意味で鉄砲玉であり、玉砕もしっかりと勘案されていた。

 不甲斐ない自分の有り様に不満はあるが、チームの方針にケチをつけるほどに子どもではなかった。

 実力さえあればどうとでなるのだ。

 エースとまでいかずともしっかりとした実力を持てなかった努力の不足こそが最大の原因なのである。

 ケチをつけるようでは更に惨めになるだけだった。


「くる」

「防御は任せろ」

「ああ。――信じてるぜ、相棒!」


 一直線に向かってくる蒼い軌跡。


「九条、優香か」


 改めて、敵のデータを脳裏に浮かべる。

 九条優香。

 世界ランク第2位にして、あの九条桜香の妹。

 この敵を表す情報はこれだけでも危険としか言い様がないだろう。

 固有能力、戦法、そして実績。

 明らかな格上で、アメリアの力がない状態では数分の対峙すらも可能か怪しい。

 昨年度はどちらかと言えば技量型の選手であり、基本的に魔力の操作は流麗かつ力強く、おまけに繊細な制御まで可能としていた。

 固有能力も皇帝と系統が近い1級品。

 技量型だったところに、パワー型の素養がプラスされて全方位で普通に強い魔導師。

 これが事前に得ていた情報の全てである。

 ライルは試合の前日はどうやって倒すのか、もしくは倒すまでいかずともどうやって抑えるのかについて死ぬほど考えさせられた。

 しかし、いざ対峙してみるとこの少女は前評判ほどに怖くないということがなんとなくであるが理解できた。


「強い。間違いなく俺よりも。だが……」


 特級の魔導師が持つ凄味がない。

 雰囲気と言い換えてもいいが、強さ以外の何かが優香には欠如している。

 ライルも歴戦の魔導師。

 アメリカ校に所属する魔導師として、最強・・は見慣れている。

 勝てない、と思わせてくる魔導師については良く知っていた。

 優香にはそういう要素があまり感じられないのだ。

 実績から来るものと実際の実力は確かなものがあるが、絶対にどうにもならないと思わせるほどのものではなかった。


「ライル、油断するなよ。どんな形であれども、彼女は世界第2位だ」

「あ、ああ、わかってるさ。わかってる」


 相棒たるスレッドの言葉に返事をするが、内心では冒険したいという思いがあった。

 万全ならば絶対に勝てないだろう。

 しかし、今ならば今だけならば可能性があるのではないか。

 心の大半の部分は挑むということに難色を示しているが、本当に僅かな部分が挑戦を求めていた。

 諦めて、素直に仕事だけをするには目の前の餌がおいしすぎる。

 ライルも2つ名こそないが、ベテランよりは半歩ほど上の位置にいる魔導師なのだ。

 己の強さにある程度の自負はあった。

 何より1人の男として、挑戦には心が躍る。


「……ダメだな。雑念は捨てよう」


 高揚感で弾んでいた心が一気に沈静化する。

 恐ろしく都合のよい妄想をしたところで、優香が強いのは事実なのだ。

 相手の全てを理解した訳ではない。

 絶対のエース像というのも1つではないのだ。

 優香がどのような魔導師で人間なのかを見切ったと言えるほど、ライルの人物眼は確かなものではなかった。

 瞼を閉じて、グリップを強く握り締める。

 次の瞬間には雑念を捨てた戦士が1人。

 ただ仕事を完遂する。

 いつもの彼が其処にいた。


「スレッド、最初は頼む!」

「おう!」


 魔力を限界まで回して、自らの撃墜を含めた戦術を選択する。

 生き残りを捨てた決死の攻撃。

 相手のリソースを削り取るための戦いが始まった。






『フィールド効果、発動。全体回復』


 響くシステム音に大した感慨はない。

 如何にエースと戦っていようが、全体の把握に努めるのが健輔である。

 誰よりも信頼しているからこそ、このタイミングでの発動を優香は読み切っていた。


「ぬんッ!」


 盾を構えて突撃する敵の姿に優香は目を細める。

 常に微笑みを絶やさぬ顔であるが、今はなんとも言えない妖艶さがあった。

 力が抜けたリラックス状態。

 健輔と戦っている時のように、今の優香はスッキリとしている。

 だからであろうか、敵の動きが自然と見えてきた。

 突入してくる敵をふわりと躱す。


「何!?」


 驚いている相手を後方に置き去りにして、後ろで呑気に魔導機を構えようとしている方を狙い撃つ。

 攻撃の要はこちら。

 盾を持っているのは、ただの障害に過ぎない。

 有用な遠距離攻撃を持たないゆえに速度であしらえる存在だった。


「嘘だろ!?」


 驚きながらも弾幕を展開してくる敵。

 しかし、この程度の弾幕ならばそもそもとして防ぐ意味がない。

 僅かな痛みが身体を襲うが疑似的な痛み。

 あくまでもライフへのダメージとして再現されたものなのだ。

 気にしなければ気にはならない。

 健輔がそのように言っていた。


「障壁なし、だと。舐めるなッ!」

 

 優香の泰然とした態度に何を感じたのか。

 ライルが激昂と共に数を増やすが、今度は精密さが無くなった。

 ゆったりとした態勢のまま、優香は微笑みをより深くする。

 激情は力にもなるが、同時に弱点にもなる要素。

 圧倒的な力でもあるならば別であるが、基本的に技を武器とする者にとっては良い働きをするものではなかった。

 彼女にも覚えがある。

 怒りを制御する、と言っても簡単ではない。

 長い目で見れば可能かもしれないが、瞬間的に沸騰するものまではどうしようもないのは想像に難くないだろう。

 もっとも、一瞬で鎮火してしまうと効果が低い。

 こういう時の対処方法は簡単だった。


「舐めてはいません。正当に評価していますよ。多少の無茶で、あなたには勝てます」


 嫌味ではなく、ただ正論を並べる。

 これだけで相手の怒りを誘発することは可能であった。

 相手が努めて、冷静であることを心掛けているような状況ならば猶のことである。


「ッ、それが、舐めてるんだろうがッ!」

「ふむ――」


 数を増やす魔弾。

 中々の数と隙のない配置は見事の一言。

 お手本にしたいほどに、綺麗に整っていた。

 もっとも、


「弾幕の役割は敵を近づけないこと。あなたのパターンは見えてます。大火力がないですね。それでは、片手落ちですよ?」

「ちィ!!」


 チャージをしていた大火力用の奥の手を出させるために、優香はあえて淡々と事実を指摘した。

 特攻めいた攻撃によるダメージは展開されたフィールド効果が補ってくれる。


「本来ならば後衛と連携しての形。2人ではなく、3人でやるものなのでしょう?」

「さて、どうだろうな!」


 笑顔から表情を能面を切り替える。

 健輔がとてもやり辛そうにしていたこの顔はあまり好みではないのだが、戦力として考えた場合はとても有益であった。

 普段の優香を知っている者も知らない者も妙にペースを乱す。

 健輔でさえも例外ではないのだから、初見のライルへの効果は抜群だった。

 繊細な心が必要とされるバトルスタイルで、今までしっかりと基本を守っていた男が、あまりにもあっけなく攻勢へと心が傾く。

 拙速では活かせない力の持ち主が逸った。

 これほどまでにわかりやすい隙を優香は見逃さない。

 自然と相手の攻撃間隔を読み切って、あっさりと間合いに入り込む。


「――何っ?」


 驚きというよりも、間の抜けた声をBGMにしつつ、優香は流れるように連撃を叩き込んだ。狙いは腕。

 相手のバトルスタイルが魔導機の切り替えで成り立つのは既に理解している。

 ダメージはなくとも、物理的に起点となる場所を潰されてしまえば、行動には大きな支障が出るであろう。

 仮に防げたとしても、無理矢理に防御すれば後々やり易くなる。


「ちょっ……!?」

「ライル!!」


 盾を構えて味方ごと吹き飛ばす勢いで突撃してくる影。

 果断な判断力を持っていると読んでいたが、予想の通りに来てくれたことに小さく笑みを作った。

 ここまで思い描いた通りに戦いが運んだ経験は優香にはない。

 自分が自分でないかのように、スムーズに物事が動く。

 健輔の真似をしているだけなのだが、何だか楽しくなってきていた。

 

「お借りしますね。あなたの身体」

「グぉ!? ま、まさか!? スレッドおおおおおおおおおおっ!」


 無防備になっている相手の横腹に蹴りを叩き込む。

 そのまま後方に蹴り出せば、向かってくる相手に対して即席の壁として機能する。

 無論、ここまであくまでも準備。

 本番はここからであった。

 相手の錬度から鑑みるに、ギリギリで踏み止まれるはずである。

 

「ぬぅ!! おのれ!」

「止まれええええええええええええッ!!」


 気合の籠った叫びと共になんとか踏み止まる両名。

 見事な錬度とお互いを思い合う絆に感嘆するしかない光景。

 ――しかし、戦場ではあまりにも無防備に過ぎる姿でもあった。

 敵のことを頭から追い出して、別のことに必死になる姿はある意味では滑稽としか言い表せない。

 如何に危機的状況でも忘れてはいけない相手を完璧に見失っている。

 魔導戦闘に限らず、基礎の基礎であろう。

 敵に対して常に意識を巡らせること。

 この基本を怠ったものから、脱落することになる。


「おい、スレッド。早く、立て――」


 直せ、と続けようとした言葉は、視界の端に映った蒼い輝きに吸い込まれていく。

 美しいまでの輝き。

 同じ魔力なのに何故か圧倒的な格差を感じた力が、ハッキリと2人を狙っていた。

 火力は封じたはずなのに、圧倒的火力が展開される矛盾。

 理由に思考が及ぶ前に本能が体を動かす。

 この場から速やかに動くこと。

 防御に傾注したところで意味はないと理解しているからこそ、ライルは必死に身体を動かした。

 

「――ちくしょうがッ!!」


 少しでも離れようとする身体に反して、視線は決して優香から動かない。

 如何なる手段かわからずとも大火力を展開。

 纏めてこちらを潰しかねない必殺のタイミング。

 この状況でスレッドがどのように動くかはハッキリとわかっていた。

 身を乗り出し、盾を構えて攻撃を待つ。

 不動の姿勢はライルを守るためのもので、守りを主眼とした男の誇りであった。

 友の誇りに応えるためにも、ライルがしないといけないことは明白であろう。


「クソッ!!」


 に備えて魔力を蓄える。

 非情の決断をすぐさまにやってのけるのは、積み重ねた年月の重さがあったからだった。

 双方がお互いの決断を信じている。

 麗しき友情――に何の感慨も見せず、優香は無慈悲な力を振りかざす。


「雪風」

『術式展開『蒼い閃光』』


 優香が持つ最大級の火力が展開されて、名前の通りの蒼き輝きが彼らを飲み込む。


「ウオおおおおおおおおおおおおッ!」


 障壁と共に攻撃に立ち向かう姿は勇者の如し。

 如何なる事態でも後ろを守るという強い意志に溢れていた。

 完璧で見事だった。

 故に――、


「わかりやすい」

「なっ」

「バカな……!!」

 

 スレッドがいる方角からまだ攻撃は続いている。

 砲撃魔導は放ったから終わり、というものではない。

 特に優香の魔力斬撃は魔力を籠めて範囲を拡大した斬撃で『薙ぎ払う』技である。

 1度放てば、方向転換は身体と共にしなければならない。

 物理現象を無視した意味のわからない事態。

 九条優香が2人存在でもしない限り起こりえない事態に彼らは全く対応できず、


「あなたたちのエースの弱点を1つ見つけました。能力を完全に封印・・している訳じゃないんですね。あくまでも、釣り合いを持たせて相殺しているだけ」


 基本的にあり得ないことであるが、後から釣り合いが壊れるようなことが起こるのならば、アメリアの能力発動後でも自らの能力が使える可能性はある。

 たとえば、使っている本人すらも自分の能力についての理解が浅く、戦いながらようやく理解した場合などはピッタリと当て嵌まるだろう。

 もしくは瞬間的に出力を大きく向上させる力なども、アメリアの認識速度を超えていれば能力を突破することは不可能ではない。


「普通に考えれば、相手に常に干渉して、一切の能力を発揮させないなど、あり得ない。そんな能力は姉さんでも持ち得ないでしょう」


 桜香が持ち得ないのだから人類は持てない。

 自らの姉を信じる気持ちに嘘はなかった。


「穴があるのならば、突破は可能となるはずです。私の力は、夢を見る力ですから」


 九条優香の能力は理想を夢見る力。

 理想は常に現実の上をいく夢のようなもので、だからこそ現実に降りた時には今よりも進んだ姿となる。

 より良い自分になるために、九条優香のこの能力を抱いた。

 コツは掴んだ。

 アメリアの封印は超えることが出来る。

 絶対の自信と、確信を持って、優香は敵に宣告した。


「では、終わりです。ここからは、私も全力ですから。絶対に、あなたたちを逃がさない」


 勝利の言葉。

 優香はエースとして、自らがようやく殻を破り始めたことを自覚した。

 まだまだ未熟であるが、未熟なままではない。

 充足感を胸に全力で攻撃を放った。

 2撃目の全開攻撃。

 必勝のタイミング、だからこそ次があるだろうと敵に視線を移して、意外な表情に虚を突かれる。


「――は、そうだな。俺たちは終わりだ」

「む」

 

 別に相手を絶望させたかった訳ではないが、思いも寄らぬ反応に優香も困る。

 怒るでも、諦める感じでもない。

 まるで、ここからが本番・・だと言わんばかりの態度。

 2人の撃墜が、いや、撃墜という行為こそに意味があるのだと、敗者は勝ち誇ったかのように笑っていた。


「こんなあっさりと……いや、それこそが俺の奢りか」

 

 心の中にあった確かな驕りに自嘲する。

 まだまだ未熟な己に喜びと苛立ちを感じるが、今は本題ではない。

 意外な展開に戸惑う美少女へ次の流れを押し付ける。


「……俺の侮りは謝罪する。お前さんは、姉にも負けない凄い魔導師だ。でもな――」


 俺たちのエースも劣らず凄いエースだ、と誇らしくライルは宣言し、前後からの光に飲まれて消えていった。

 釈然としない終わり。

 自らが何かの引き金を引いた感触は優香にはあまり馴染のない感覚だった。

 何故か自信満々に堕ちていった敵。

 言い知れぬ感覚に頭脳が全力回転を始める。


「……釣り合い、認識。……まさか、いえ、でも、だとしたら」


 視線を健輔がいるであろう方向に動かす。

 繋がる線。

 撃墜することが勝利への引き金になると言わんばかりの態度。

 つまり、アメリアの固有能力の本領はここから発揮されるということだとしたら。


「健輔さんっ」


 己の翼とも言える男の名を呼ぶ。

 誰よりも強くなり、誰よりも先に行く人だと信じている。

 信じているからこそ、優香の胸には同じだけの不安が去来していた。

 健輔は強いが不敗でもなければ、無敵でもない。

 優香は誰よりもそのことを知っていた。

 もし、優香が想像する展開になるのだとすると、非常に厄介なことになる。


「っ、いえ、今は……。栞ちゃん、あなたは朔夜ちゃんの方へ行ってください。このの準備を始めます」

「は、はいッ! わかりました!」

「私は健輔さんのところへいきます。どんな結果でも意味があるでしょう」


 ようやくの撃墜。

 確かに勝利に近づいたはずなのに妙に重たい空気が戦場を覆う。

 エース対決からざわつき出した中盤戦。

 大きな流れが2人の魔導師の戦いに集約していく。

 戦場に響き渡る正義の声。

 天秤の涼やかな声が、戦いの趨勢を大きく動かす。


『我が同朋の終わりに、等しい裁きを。汝ら、罪あり――!』


 固有能力、深層展開。

 非常に面倒な気質の歴代最凶の能力が解き放たれた――。


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