第180話『強者の在り方』
「上手くいった……!」
美咲は周囲の風景と同化した状態で、小さな笑みを浮かべた。
圭吾が敵チーム迎撃のために展開した術式。
これこそが彼女がこの大会のために準備していた切り札の1つである。
『複層術式』と美咲が名付けたこの技術は健輔のために使っていた技術を他のメンバーにも転用した自信作であった。
「おお、凄い、凄い! 圭吾くんがまるでパワー型みたいな戦いが出来てるよ」
「これが、複層術式ですか」
「流石は美咲ちゃん。あの面倒くさい万能系の面倒を見ていたのは伊達じゃないね」
「ありがとうございます。でも、まだまだですよ」
施した改良自体はそこまで複雑なものではない。
術式を構成する要素をブロックとしていくつかに分類する。
基本的には『制御』『性質』『威力』の3つに分割しており、この3要素を組み合わせて1つの術式と成すのだが、このブロック化が大きな意味を持っているのだ。
先ほどの場合だと、『制御』を圭吾が、『性質』『威力』に関してはササラの魔力が使用されている。
つまり、得意分野を術式レベルで分業させているのだ。
ササラはスペックのみならばランカーにも至れそうなレベルであるが、本人の前衛適性の問題もあり、成長が遅い。
成長の遅さはそのままスペックを発揮する機会が失われてしまうことにも繋がっており悪循環へと陥りかねない危険性があった。
それを補うための技術が『複層術式』である。
大本の発想は健輔のシャドーモードであり、シャドーモードの効果である『魔力の共有化による強化』という部分を術式限定で再現したのだ。
「大体は想定通りだね。負荷もほとんどない。タイミングも練習した時と同じようにいけてるね」
「圭吾くんには頑張ってもらいましたから」
試合環境の変化に合わせて、バックス側も対応を求められている。
『戦うバックス』の台頭とそれに合わせたチーム作りなどはまさに典型的な対応の仕方であろう。
正義の炎は真っ当な手段で今大会へと見事に適応していた。
それに対してクォークオブフェイトは激変する環境に大きな対策はしていない。
葵の方針もあったが、最大も理由は彼らこそが環境を形作る側であるというのが大きな理由であろうか。
彼らクォークオブフェイトやアマテラスを倒すために今の魔導競技は動いているのだ。
他のチームが進めているような対策は彼らには不要である。
彼らが征くのは、前人未到の境地。最先端を突っ走る。
「美咲ちゃんのおかげでベテラン勢も戦力化できるのは大きいね。今はまだ圭吾くんを核にしないといけないけど、本戦までには和哉や真希にもマスターして貰わないとね」
「術式ですから後衛限定の強化になりそうなのが申し訳ないですけど……」
「前衛は昔からあんまり環境の影響を受けないからね。あそこは自分の強さを鍛えるポジションというか、役割がシンプルだからさ」
「シンプル、ですか。その、自分にはわからないのですが」
「海斗くんは新入生だもん。今のトレンド、『万能型』っていうのしか見てないからね」
今年度の環境は昨年度までとはルールも含めて大きな変動を見せている。
香奈や美咲はその事を見越して様々な対策を考えてきた。
しかし、その対策というのは今までの――去年のようなものとは性質が違う。
クォークオブフェイトは第2位のチームであり、頂点に立っている訳ではない。
挑戦者としての側面があるのは事実であり、アマテラスに挑む立場なのは疑いようもないことであった。
――同時に、数百を超える近い魔導チームの第2位でもある、ということも忘れてはいけない。
健輔たちは既に狙われる側に立っている。
昨年度、皇帝や桜香を倒すために知恵を尽くしたように他のチームが同じ行動に移るのは当然のことなのだ。
環境とはトップの者たちが生み出し、それを撃破しようと続く者たちが形を整える。
最終的に全体を席巻するほどのものになるのかは、時々で違うが影響は間違いなく存在していた。
「万能、ですか……?」
「うん。最近の傾向だよ。昨年度のランカーの中で、1番インパクトがあるのは誰かって考えたら、誰をモデルにしてるのかはわかるでしょう?」
「佐藤先輩……?」
「そういうことー。ああ、勘違いしちゃダメなのは、別にあの子が全ての大本って訳じゃないってことだよ。以前からそういう流れはあったけど、決定付けたのが健輔ってだけ」
「豊富な手段があれば、格上でも打破できる。この事を無名だった健輔が示したのが多いの。誰もやったことがない事に挑戦するのは怖いけど、誰かがやったことの再現に挑戦するのはそれほど怖くないでしょう?」
「な、なるほど……」
戦うバックスなどというものが流行ろうとしているのがその証左であった。
本来は後方にいるべきものを前線に出す。
本来は愚行であるが、前年度の環境を崩した男がそういう魔導師なのだから仕方がないだろう。
同じやり方は普通の魔導師には難しい以上、チーム単位で考えれば何でもで出来るように準備をするのは当然のことだった。
「3強の頃はいろいろとわかりやすい環境だったけど、今は混沌としているからね。なんでも対応できるように備えるっていうのはまあ、わからなくはないでしょう?」
「待ち受けるこちらは既に『万能』が存在している。だから、別に追い付くことを考える必要はないわ。むしろ、大事なのは引き離すこと」
そのための『複層術式』。
元ランカーとはいえ、相手も必死に追い上げている最中なのだ。
アメリアの固有能力ありきとはいえ、健輔に対応してきたのは流石であるが、他のことにまで手が回らないだろう。
緻密な計算で立てた作戦は些細な狂いで崩壊する。
本来のバックスの使命は戦場に降り立つ前に、勝敗をある程度は確定させることなのだ。
生粋のバックスとして、俄か仕込の万能に負ける訳にはいなかった。
「入念に準備したことだけに成果があってよかったです。……ちょっと、あんな感じのバックスが羨ましいのもありましたし」
「私たちも練習試合とかでは色々と頑張ってけど、結論はこれだもんね」
美咲の憂い声に香奈は苦笑で応じる。
生粋のバックスであるならば誰もが抱える気持ち。
何もしてない訳ではないが、戦場に立てないことに対する忸怩たる念も消えることはなかった。
「これだけやって、それでも戦場では何も出来ない。……やっぱり、バックスは辛いですね。少しだけ優香とかが羨ましくなります」
「それなりに戦える手段とかも用意したけど、仕方がないと言えば仕方がないからね」
わかっていることであるが、愚痴らずにはいられない。
双方の気持ちが通じ合っているからこその無駄口である。
直接的に殴り合う状況で役に立てるほどの強さが2人にはなく、海斗に関しては本当に最後の手段であった。
可能ならば最後まで秘しておきたい秘密兵器である以上、この戦いで出来るのは戦場の管制と祈ることだけである。
「私は私の全力を尽くしました。……後は、皆を信じるだけですか」
「そういうことだね。そろそろ、いい時間だし、健輔の辺りは動くと思うよ」
「そうですか。だったら、きっと勝ちますよ。私は、信じてますから」
視線を彼方に送り、美咲は静かに戦場を見据える。
正義を迎え撃つ唯我独尊。
求道を突き進む最強の万能に祈りを託して、決着の時を待つのだった。
物質化した氷の槍が戦場を舞う。
迎撃するのは魔力で出来た鞭、周囲を一掃するかのように楕円を描いて進路上の全てを粉砕する。
「ハッ――!! 温いなッ!」
空に作った見えない壁の間を駆けあがり、相手の攻撃が来たら、飛び跳ねて回避する。
四方に作った足場を自在に移動する様はとても空を奪われた魔導師には見えない。
全てを粉砕するように攻撃を繰り出すアメリアであるが、健輔の移動速度とトリッキーさに全く対応できていなかった。
過去にやったことにないバトルスタイルのはずなのに適応が早すぎる。
既に飛行術式が無い状態での戦闘に慣れている姿には戦慄を隠せなかった。
「当たれええええええええええッ!」
渾身の魔力投擲。
砲撃にも劣らぬだけの密度の一撃であるが、
「破れかぶれが通じるかよ」
空を飛び跳ねる男に容易く打ち返される。
アメリアの魔力と同質の魔力を一瞬で形成して、投げつけられた魔力球をそっくりそのままお返ししたのだ。
万能系の素質もそうであるが、一瞬で思いつき、実行するだけの胆力も桁が違う。
わざわざそんなことをしなくても、常識的な手段でリスクなく回避できるはずなのにそれをしない。
アメリアには全く理解できない非合理的な思考。
しかし、非合理の極みであるように見えるのに非常に論理的な面もある。
読めない攻撃というのは、それだけで1つの武器となるし、何よりも思考の外からの奇襲の強さはアメリアも認めるところであった。
相反する矛盾を抱えているのに、いや、だからこそ佐藤健輔は強い。
事前の情報を補強する形で、アメリアは健輔への理解を深めていく。
この工程こそが勝利への布石。
最終的に長期戦になっても勝てると踏んだ『正義の炎』の必勝の形である。
戦い、相手を見極めるほどにアメリアの天秤は正確さを増す。
未知のヴェールを失うほどに相手は一気に危険な領域へと進んでいくのだ。
万事は全てが予定通り。
結末へ向かって加速を始めていく――はずなのだが、
「予定通りの、はずなのにっ」
アメリアには勝利への道筋が全く見えていなかった。
剥ぎ取っても、剥ぎ取っても、見えてくるのは底なしの可能性。
凄みでは皇帝には劣るが、底知れなさでは優っている。
アメリアは知らぬことであるが、九条桜香と健輔の双方を知るものは次代の頂点を争う2人にある共通点を見出していた。
双方が共に底知れない、という武器を持っていることである。
皇帝も似たような属性であるが、彼の場合は底知れなさよりも素直に強さに目が向く。
対して、桜香も健輔も強さよりも何をやっても通じないという思いを抱かせるのだ。
どれほど追い詰めても、何かしてきそうな感覚。
昨年度のランカーたちが感じた得体の知れない強さをアメリアもハッキリと感じていた。
「――ならばッ!」
相手は強い。
もはやこの認識を覆すのは難しい。
アメリアの固有能力『天秤の勅命』は彼女の認識により、釣り合いを決めてしまう。だからこそ、相手が脅威となればなるほどに対価は重くなるのだ。
どうでもよいものを捧げて、止められるような脅威と健輔は感じられない以上、当初の予定通りに進めるのは不可能だと判断するしかない。
「仲間たちを、信じるだけです!」
「何――?」
アメリアの決意の言葉に眉を顰める。
何をどのように判断したのかはわからずとも、表面から読み取れる情報があった。
先ほどまでは確かに攻め気に溢れていたはずなのに、今は戦意が急速に萎んでいる。
まるで、目的が変わったと言わんばかりの変貌。
あまりにも急激な変化に健輔の警戒レベルが1段階上昇する。
ランカーのよくわからない動作をそのままスルーするほど、温い神経を健輔はしていなかった。
何かがある。だが、それが何かまではわからない。
わからないからこそ――
「攻める」
相手からこないというのならば、落とすことを戸惑うつもりはなかった。
足に魔力を集中させて、一直線に飛ぶ。
こういう時にリスクを取れるからこそ健輔は強いエースでエースキラーなのだ。
この勝負強さだけは皇帝にも優ると断言できる。
過去、同じような大舞台でこの男の上を行けたのは世界最高の才能を持つ女傑だけ。
アメリアは彼女と比べれば、明らかに格が落ちる。
「落ちろ!!」
渾身の一撃。
威力は十分で、相手の出方を見極めるというには些か過剰の火力であった。
どうするか、と楽しそうな笑みを浮かべる健輔にアメリアは毅然と言い放つ。
「お断りですよ!」
徐々に押されている状況。
戦況は瞬く間に切り替わり、アメリアの劣勢に陥っているが、その程度のことは織り込み済みだった。
相手が強く、強大だということなどとっくの昔に知っている。
10回戦えば、10回負けてもおかしくないだけの実力の差。
しかし、だからといって、挑戦を諦める訳がないだろう。
他ならぬ眼前の相手が、そうやって上に駆け上がったのだ。
同じことが出来ないと、一体誰が決めたというのか。
「私にも、意地があるッ!」
健輔の攻撃をアメリアは膜のように展開した魔力で包み込む。
反射でも、迎撃でもなくただ覆っただけの大したことのない魔力。
ここまでぶつかったアメリアのイメージにそぐわない力に健輔の中で何かが警告を発した。無意味にぶつかると痛い目にあう。
ある種の確信を抱かせる勘であったが、
「いいぞ、いいぞッ!」
そもそもここで怯む男ではない。
だからこそ、佐藤健輔は佐藤健輔なのである。
破壊系を選択しての正面からの粉砕。
真っ向からの勝負にアメリアも挑戦者として最大限の敬意を示す。
かつての皇帝と同じく、正面から挑戦者を受け止めてくれる強者。
この競技にそんな存在がいてくれることが嬉しくてたまらない。
敬意と共に、格下らしくアメリアは足掻くことに決めた。
「――飛び散りなさい、『ディープ・マジック』!!」
流動系の魔力で生み出された膜が四方に飛び散り、煙のような姿へと変貌する。
飛び散る際に掴まえられていた健輔の魔力が、本人へと流されてきたのは間違いなく意図的なものであった。
追撃を制す悪戯と、その後に展開された置き土産がアメリアを仕留めようとする健輔の動きを大きく阻害する。
「ちィ」
舌打ちをしつつも、高速で魔力を練り上げて、周囲の把握を急ぐ。
攻撃は止められて、思いも寄らぬ視界の封鎖といいように遊ばれているが、最速で対応したのは流石は健輔と言ったところであろうか。
身体の周辺に薄く障壁を展開し、身体の防護をしつつ、眼球に魔力を集中する。
同時に周囲の魔力に干渉、流動する魔力を己の制御下に置いた。
こんな状況を生み出して、相手が次に出る行動がわからぬ者は存在しないだろう。
「隙あり、です」
「やはりか!!」
探索に入るであろうタイミングを狙った奇襲。
姿なき暗殺者に今までの王道を行く姿勢はない。
こういった手段を選ばぬ感じは健輔も嫌いではなかった。
敢えて、相手の筋書きに乗って、そこから壊そうと思う程度には好みである。
「些か、素直すぎるが――」
意図的に作った隙。
あっさりと噛み付いた獲物であるが、実際のところはどうなのか。
何かこちらの期待に応えてくれる動作をしてくれることを祈って、魔力を練り上げてようとした時に、既に相手の行動が始まっていることがわかった。
「――はん、なるほどな。」
周囲の把握のために展開した浸透系の魔力が掻き消されている。
まるで、ピンポイントで浸透系のみ無効化したかのような現象。
この現象を引き起こす能力に健輔は覚えがある。
「あの固有能力か。こんな細かい使い方もできたんだな」
「魔力と魔力の交換は簡単ですから。どれほど強い魔力でも、それは質なり量なりの話です。効果自体は、基本的に想像の範疇でしょう?」
姿が見えない襲撃者。
声だけが響く空間で、あっさりと解答を示す。
返答があるとは思っていなかった。
敵の前で呑気に能力を解説する必要など皆無である。
思考に割かせる時間を失うだけの無意味な行為、と断ずるほど健輔も素直ではない。
わざわざ話したからには話すことに意味があったのだろう。
「教えてくれたのは、その戦法の変化とも連動してるからか」
「ふふ、どうでしょうか。1つだけ答えると、『勝つために』やっていることですよ」
魔力の霧が周囲を覆う。
流動する気配から相手はこれにも干渉しているのだろう。
思ったよりも使い道の広そうな相手の固有能力の評価を上昇修正しておき、健輔は陽炎を構え直した。
選択するのは双剣。
10を優に超えるバトルスタイルの中でも拳と同じほどに信頼する型の片割れ。
あらゆる戦法の変化も健輔の強みであるが、いざと言う時にに全てを託せる戦い方があるのも健輔の強みであった。
中盤戦。
激しかったエース戦が緩急の付いた駆け引きへと移行する。
このエース同士の戦いの変化が全体へと波及していく。
アメリアの行動の変化は『正義の炎』の全体の変化を誘発させる。
攻めきれない状況からの乾坤一擲。
全ての戦力を集中させた一点突破の大博打が始まる。




