第173話『切望』
中継の映像を見て、彼らは例外なく表情を硬くした。
描かれるのは圧倒的な戦況。
否、その程度では生温い。
蹂躙としか言いようがない光景が戦場のあらゆる場所で繰り広げられている。
右翼では獰猛の笑みを浮かべた女性が。
中央では嫋やかなまま、真っ直ぐに直進する少女が。
そして、左翼では『虹』を纏う男が。
全く別々の方法で敵を潰していく。脇にいるメンバーの錬度も高く、個々で動いているのに全体がリンクしているのが見て取れた。
「これは……」
「なんと……」
隣の仲間たちの呻き声も素通りしてしまうほどの衝撃。
相手の錬度は先だって彼らが粉砕した相手と大差はないだろう。
強くはないが特別弱くもない。
中庸、ようは常識的なレベルの存在である。
彼らも苦戦などしなかったのだから、格上が苦戦するはずもない。
全ては理解していた。
理解した上で、彼らは強く挑発したのだ。
そうでないとこの先は戦えないとわかっていたから。
「ふん、予想通りに予想以上の実力か。やはり最上位は狂っているな」
バックスにしてチームの参謀たる者の声には憎悪とも思えるレベルの念が籠っていた。
仕方がないことであろう。
必殺の策を気合で覆す王者がいたのだ。
如何なる計算も無意味とする超越者がまだ存在している。
この事実を憂いない知恵者は存在するはずがなかった。
仮にこのような存在を歓迎する知性派がいるとしたら、それらも負けず劣らずの領域にいるアホだというのは言うまでもない。
「中核は疑いようもなく3人のエースか。確か、右翼にいるのが現在のリーダーで」
「藤田葵。先代と比べると戦果は大人しいが、実力ではそこまでの差はないだろう。ジャンルが違うゆえに単純な比較は意味がないが」
「1番安定して強いというの特徴だろうな。いつでも最高のコンディションで来る敵だろうさ」
「それだけじゃないよ。仮にアメリアと1対1にしても、意味がないかもしれない。結局近づいたらこの人の距離だから……」
特筆すべき強さがない。
ただごく普通に圧倒的な格闘戦能力を備えている。
世界ランク第5位。
よくも悪くも普通のランクだが、葵は特徴的な能力を保持していない。
ただただ近接戦闘能力のみを評価してこの場所にいるのだ。
チームが破格の活躍をしたという理由もあるが、戦闘能力としては己の技量しか持たぬ彼女が決勝戦で桜香相手に時間稼ぎを出来たという点でもはや普通ではない。
穴が空くかと思うほどに見て研究した決勝戦の映像において、この女性だけは『相手よりも強くなる』という対策にならない対策しか見つからなかった。
何かを潰せば大きく実力が下がるというポイントが存在していない。
「何を封じたところで最大級の近接戦闘能力は欠片も揺るがない。1番の安全策は遠距離から叩くことだが……」
「どこまで通用するかな。先代との関係性を考えたら、そっちの対応経験なんか腐るほどあると思うし」
「自分のわかりやすい弱点ぐらいは何かしらの対策があるか。破壊系とも真っ向勝負できた時点で普通の対抗策じゃあ、食い破られるな」
先代が真由美だったのだ。
言うまでもなく遠距離攻撃への耐性も高い。
彼らもいろいろと備えているが、その対抗策の基準がアメリカにおける最高の後衛だった女帝を後衛としてならば凌駕していた魔導師を超えているなどとは口が裂けても言えない。
「そして、何よりも最悪なのはこっちだ」
「ああ、我らがエースとの相性が最悪だ。……奥の手を使っても、不利は否めないな」
「……ええ、そうね」
中央を攻める蒼い光。
纏う魔力光の輝きが圧倒的な質と量を感じさせる。
正面からの力技でアメリアの固有能力を潰せるだけの魔力量。
端的に言って怪物である。
かつて『クロックミラージュ』が総力を結集してなんとか成したことをたった1人で、しかも容易く成すのだ。
どのような言葉も相手を形容するのに足りない。
忘れてはいけないことであるが、アレクシスは運が良かったとはいえ1年目にして最上位のランクまで駆けあがっている。
世界大会ではただ只管に運が悪かったが弱くないのだ。
――悲しいことに、彼が弱く見えてしまうほどに強い者たちがいたことが若き挑戦者の現実なのだが。
洒落にならないのは僅差とはいえ彼に敗れた者たちであろう。
諦めてなどいないし、いくらでも立ち上がるつもりだが紙一重の重さを知っているのが敗者たる存在である。
次にやればわからないとはいえ、1度は敗北した相手を雑魚としか言いようがないほどの状況に追いやるのは意味がわからないと恐慌してもおかしくないことだった。
「右翼も中央も等しく最悪だ。その上で、左翼は」
「理不尽……」
見たこともない魔力が暴れ回る。
もはやこの言葉だけで脅威の説明は可能だった。
彼らも魔導師。
既存の魔力についてはよく知っているし、対処方法も心得ている。
如何に初見の能力でも既知の体系から大きく逸れていなければなんとか出来るだろう。
己の自負と確かな研鑽の証を信じている。
しかし、仮の話であるが何も知らない未知の魔力と遭遇するとどうなるのか。
結論は口にするまでもないだろう。
答えがノー。
彼らは天才でもなければ、怪物でもない。
常識の斜め上から襲い掛かってくるものを防ぐ術など持っていない。
健輔の能力とは既知の事象を深く把握しているほどに脅威となる。
彼をピンポイントで対策し、対抗出来るだけの能力を持っているメアリーであっても危ないバランスの戦闘を強いられるのだ。
ごく普通の魔導師では初見の不利を覆すのは難しい。
「事故か、天災か。あの能力はもうそう言う類のものだな」
「自在な系統の創造……。万能ね。いや、もうあれは全能だろ。魔導で出来ないことなんてほとんどないじゃないか」
彼らの中で万能にして最強たる者といえば『皇帝』が上がる。
太陽如き、と称したのは挑発のためであり、実際のところ九条桜香が恐ろしい存在であることはしっかりと認識している。
その上で、彼らは皇帝こそがそれよりも上だと信じているのだ。
非常に矛盾した想いであるが責められるようなものでもないだろう。
君臨し続けた王者を憧憬するのは間違いではない。だからこそ、衝撃も大きかった。
どんな分野であれ、王者を超える。
この時点で難敵を超えて伝説に名を連ねた英雄と言ってもいい。
佐藤健輔、恐るべし。
『正義の炎』のメンバーがそう思ったのは間違いではない。
「っ……。やっぱり、この人は……」
しかし、アメリアだけは些か異なる感想を抱いていた。
一見して彼だけにしか出来ない強力な異能であろう。作り上げたバトルスタイルにしても同じ瞬間がほとんど存在しないオリジナルバトルスタイル――に見せかけている。
「アメリア?」
「……皆は、誰に憧れて魔導師になった?」
「へ? え、えーと私はやっぱり女帝かな。1つ上であんなに凄い女性は見たことがなかったしね」
「男ならば皇帝だろうさ。アメリカの、少なくとも俺らの年代などは例外なく影響を受けているだろう」
「そうだよね。うん、私もハンナさんが綺麗で素敵だったから……。私は、あの人を目指した。でも、この子は……」
だから、最初は真似から始めた。
残念なことにバトルスタイルからの模倣は不可能だったため、せめて在り方ぐらいはと戦場で強く振る舞ったのが最初だっただろうか。
自信に溢れて、苛烈でなおかつ強い。
理想のエース像を真似て、今では呼吸のように纏える。
実体が秀才型で決してカリスマに優れたタイプではなくとも、雰囲気を纏うだけは可能になるまで必死に努力したのだ。
人間が学習する際に模倣から入るのは自然なことであろう。
結果としてオリジナルになるのであって、最初から完全無欠に我流などというのは非常に稀有な例である。
稀有だからこそ、大半は消え去ってしまい本物だけが残るのだ。
模倣から始めることに何の罪もなく、事実として優れたものを真似することがおかしいはずがない。
アメリアもそうだし、健輔もそうだった。
おかしくはないが両者には決定的な差異がある。
「積み重ねた執念が違う」
1つ1つは基礎の積み重ね。
系統の扱い方を徹底的に体に染み込ませて、その上で完全に理性でコントロールしている。センスという野生を研ぎ澄ませるために、只管に反復を行ったことが行動1つで容易く読み取れた。
特殊な能力で強くなった勘違いしたアメリアよりも遥かに真っ当である。
「上への渇望が違う」
鍛えに鍛えた技なのに手段の1つとして割り切っている。
自分よりも強い者など腐るほどいるし、下に油断する余裕などない。
強さを自覚していて、なのに弱さをわかっている。
自らの強さの大部分を固有能力が占めると理解していても、突破された際に上手く対処できなかったアメリアたちとは全く違う。
「相反する要素を抱えて平静としている。……この人は、崩れない」
健輔の能力は初見殺しの利を最大にするものである。
初見の脅威を知っているからこそ、逆に健輔には初見の脅威があまり強く発揮されない。
健輔も初見の能力と出会えば驚くだろう。
驚くがそれだけなのだ。
すぐさまにそれこそ身体は勝手に動いて対処しようとする。不滅の闘志は崩れない。
人柄を知らないアメリアでさえも、瞼を閉じれば容易に想像が出来た。
「超えられないものを超えることに意義を見出す。この人は、本質の部分が常に挑戦者なんだわ。いつまでも満足することがない」
自分が超えられないことなど腐るほどある。
――だから、あらゆる手段で超えてやろう。
頂点に立ったと本当の意味で自覚するまで、挑戦者のままに王者の道を征く。
「持っている要素は他の誰にでもあるのに積み重ねた結果がおかしなことになっている。強いわ、間違いなく」
万能という特性を最大に活かしているのは発想力やセンスでもない。
飽きることのない蓄積である。
何処かの段階で次のステップにいくのが自然なのに基礎を只管に極めることで全ての技を必殺の域まで近づけていく。
ここにおまけとして加わるのが抜群のセンスであり、特異な能力なのだ。
始まりは同じでも呼吸になるまで続けた健輔と外見を被っているだけのアメリアでは『格』が違う。
健輔に勝利、もしくは戦いになる者に共通するのは『執念』に負けない何かを持つ魔導師たちだけなのだ。
アメリアも魔導師の端くれとしてその事を感じ取っていた。
「ふ、ふふ……」
背筋に震えが走る。
流石は王者を撃破した男。
予想以上の成長ぶりであろう。世界大会を完全に養分にして超級のエースにしてキラーという矛盾した存在へと昇華を果たしている。
世界という舞台で成長した相手。
憧れて、見栄えだけはよくなった程度で満足していた自分とは違う。
アメリアは潤んだ瞳で敵を見据えた。
「私たちは証が欲しい。変わった、と強くなったと言えるだけの証が」
誰を倒して、何処まで行けば――何をすれば自分たちは認められるのか。
敗戦の爪痕は深い。
1年目が順風満帆だったからこそ、まさかの敗退という認識を拭えなかった。
結局のところは慢心であり、其処を認識も出来なかったからこそ負けたと理解はしている。理解して、問題は次にどうやって進めばよいのか、ということだった。
誰と戦えば、答えは出るのか。
ずっと悩んでいたが、ようやく答えが出そうである。
「まさか、いきなり本命と当たれるとは思わなかったけど、これも天命かもしれない」
対策を考えるために情報を集めた時からずっと引っ掛かっていたのだ。
直感に過ぎないがこの人物こそが打倒すべき――いや、超えたいと思える相手なのかもしれない、と。
「あの執念と戦えたら、私たちも一廉になれた。そう思ってもいいかもしれない」
「なるほど。そうだな。勝っても、負けても、やるならば尊敬できる相手がいい。誰でも出来るが、密度が違うと言えるだけの相手ならば不足はない」
「真似ばかりで中身が脆かったから。私たちは去年、方程式の通りに負けた」
「次はない。俺たちはそのために修練を積んだ。だが、今の状態では思っているだけに過ぎない」
綺麗に誂えたゆえに決壊する時は呆気なかった。
本物になるために重ねた努力。
しかし、格下を倒しても中に何かが詰まった感じはしない。
健輔が成長のために、何よりも乗り越えるという目的のために敵を欲するように彼らも自らの証を立てる機会を欲していた。
全てをぶつけて、それでも足りない相手に勝利してこそ中身の意味を証明できる。
偶々、噛み合せがよくて上にいけただけの存在ではないと世に示したいのだ。
「証のために勝利が必要だ。クォークオブフェイトはその上で最適な相手だ。様々なタイプのエースが出迎えてくれる」
「ええ。素晴らしいチームで、素敵な人たち。だからこそ、勝ちましょう。ううん、勝つだけじゃダメ。限界を超えて、更にその先を見ましょう。頂点の景色を、少しでも感じたいから。私は私で、エースになったと信じたい」
ありのままの心でぶつかろう。
きっと、相手は受け止めてくれる。
挑発の時のような不敵な顔ではなく、夢見る乙女のような顔でアメリアはその時を待つ。
お互いの重ねた歴史を、努力をぶつけ合う。
原始的で野蛮な戦闘という方式だからこそ隠し事は通じない。
この心のぶつかり合いこそが、魔導の神髄と信じるゆえに。
『裁きの天秤』アメリア・フォースエイドは切に切に、激突の瞬間を待ち侘びるのだった。




