第171話『静かなる前哨戦』
9月末。
多くの魔導師が待ち望んでいたものがついに発表される。
己のチームが参加するブロックと、そこに名を刻まれたチームたち。
次の戦いへ手を伸ばす権利を手に入れるため、打ち倒すべき敵の姿がわかる時がやってきたのだ。
「楽しそうな顔や緊張した顔、みんながいろいろな表情を見せているってことは今日の用件はわかってるみたいね」
「ついに選抜戦の組み合わせが発表された。結論から言えば、我々は第43ブロックとなる。これだけじゃあ、肝心なことは何もわからんがな」
「今年の参加総数はおよそ600チームぐらいらしいから結構後半な感じじゃないかな」
1ブロックの平均は7チーム。
上位2チームが世界大会予選へと駒を進めることになる。
かつての国内大会に比べれば試合数は大きく減っているが、質の面では大きな向上を見せていた。
この方式だと未知の強敵とぶつかる可能性は高くなる。
本当の実力を持たないチームならば上位陣でもあっさりと消えてしまうことであろう。
無論、クォークオブフェイトも例外ではない。
「全体の規模とかは置いておいて、話を進めるわ。勝ち上がる条件は以前も言った通り全部勝てばいいわ。負けた時のことは私たちにはどうでもいい」
「語弊があるのは承知で言うけど、こんな場所で躓く訳にはいかないよ。勝つために全力を尽くす。後の試合のことはその時に考えればいいからね」
「能力を隠すだの、対抗策を気にするだのは必要ないということだ。己の最善を尽くして勝利しろ。1度だけの奇襲など元より当てにするような競技ではない」
葵たちの物言いに共感を覚えるが、進まない話に苛立ちを感じている男がいた。
心の中で湧き出す闘志のままに笑顔を作る存在。
隣の少女の心配そうな表情を完璧にスルーする魔導バカ。
クォークオブフェイトが誇るエースの1人にして、最強のエースキラーが先輩の長い話を断ち切るかのように声を上げた。
「葵さん。話が長い。簡潔に言ってください」
「あらあら。はいはい、わかりましたよ。端的に言うわ。今回のブロックの中でハッキリと警戒すべきとわかっているチームは1チームだけよ」
「正確には1チームしか詳しくはわからない、なんだけどね。国内はともかくとして海外勢は情報が足りないからね。有名どころは大丈夫なんだけど、そっちは分かり切っている脅威だからあんまり意味ないしね」
香奈は苦笑してから情報を全員に送った。
各々が手元のデバイスに視線を送ると、直ぐに全員が理解の色を示す。
1チームだけ、彼らでも名前を知っているチームが刻まれていた。
つまりは魔導競技において世界的な知名度を持つチームがいる。
「国内のチームの大半は詳細を知っているわ。強くても負けるとは思わない。でも、外国のチームはそうも言ってられないわ」
「未知である、というのはそれなりに脅威だ。昨年度の俺たちがそうであったようにな」
国内のチーム以外で名前を知っていて脅威を覚える。
つまるところ、世界クラスの知名度があった――もしくはあるチームとなれば必然として満たす条件は決まっていく。
世界大会に過去出場したか、もしくはランカーを抱えているか。
今回の敵は『過去』にそのどちらをも満たしたチームであった。
奇しくも昨年度に躍進した健輔たちとは掠らなかった強豪にしてランカーの片割れ。
「――『正義の炎』。決して弱いチームじゃないわよ。心していきましょう。とりあえずは、このチームを主敵に据えて当たっていくわ」
旧世界ランキング10位。
『裁きの天秤』を抱えるチームにして、ある意味では健輔の兄弟子などに当たる存在。
早くも激突することになったことに獰猛な笑みを作る。
「メアリーさんに師事した者。……はは、いいね。やっぱり大会は最高だな」
ランカーを擁したチームと最初からぶつかる可能性がある。
これだけでも最高なのに、まだ未知の敵もいるかもしれないのだ。
おまけに勝ち進めば進むほどに密度は上がっていく。
昨年度の雪辱などやることも山盛りで健輔のテンションが天井知らずに上がっていた。
「他のチームにも警戒すべき部分はあるわ。集められるデータは全力でバックス陣に収集してもらうわ。私たちがやるべきことはシンプルよ」
「いつものようにやる。ただそれだけだ。――勝つぞ」
和哉の力に強く頷く。
細かいことはいろいろとあるのだろうが、そんなことは後で考えればいい。
心に秘めることはたった1つだけあれば十分なのだ。
「勝つ。……ああ、今度こそっ」
過去は変わらないが未来で塗り替えることは可能である。
倒すべき相手を倒すためにも立ち止まることはあり得ない。
見据える未来に最強の太陽を見据えて、健輔は己を奮い立たせるのだった。
健輔たちが調整のために部室を離れた後、香奈たちバックスとフィーネの4名は情報の整理を進めていた。
現状でも手に入る情報は存在しており、敵を知るためには欠かせないものとなる。
細かい情報の収集自体は美咲と海斗に任せて、香奈とフィーネは詳細を確認していく。
「うーん、あんまり聞いたことがあるチームはないなぁ。やっぱり、正義の炎が主敵かな」
「そうですね。とりあえずは問題ないと思います。過去の実績というのは大切ですから」
「でもなー。正直なところ、個人的には良い兆候とは思えないよ」
昨年度のクォークオブフェイトも実績などはなかった。
優秀な魔導師が多くいたが、逆を言えば他のチームでも同様の要素を満たせば同じことは不可能ではないということである。
香奈が強く警戒するのも当然のことだった。
新興チームが実績のあるチームのみを警戒して、新興チームに倒されるなど笑い話にもならない。
「気持ちはわかりますが、あまり気負っても仕方ないですよ。強くなったチームが抱えるジレンマのようなものです。無敗だの、最強だの、というのは重ねれば重ねるほどに重くなってしまうものですから」
「わかるんだけどさー。参謀としては、ね?」
頭脳でチームに貢献する。
己の役割を心得ているからこそ余計に気になるのだ。
フィーネも香奈の心情には理解を示すが、どうにもならないこともある。
どれほど警戒しても出てくる杭は存在していた。
「クォークオブフェイトのようなチームと完全に初見で当たる可能性を考慮するのも参謀の身としては当然でしょうが、あまり警戒しても逆に枷となりますよ」
「うーん。じゃあ、フィーネさんだったらどうする?」
「私ですか? そうですね……。きっぱりと切り替えます。葵の言い分ではないですが、力で圧倒すれば細かい理屈は後付けでもいいでしょう」
「香奈さんとしてはその結論はちょっと……」
脳筋過ぎる、と言う言葉を漏らしそうになる。
フィーネも香奈の言いたいことを察したのか、爽やかな笑みを向けた。
「それぐらいの気持ちでいい、ということです。それよりも私、香奈さんにお仕事を差し上げられると思いますよ」
「へ? 仕事?」
香奈の言葉に頷く仕草を見せると、フィーネは1つのチームの名を示す。
「ん? このチームがどうかしたの?」
「印象というか、記憶に残っているチームです。言うなれば空気感とも言いますか。昨年度の戦いの中で印象に残る。興味深いとは思いませんか?」
「ほへ? それって凄く重要だと思うんですけど! ほらぁ、やっぱり隠れたチームってあるんじゃない」
「まだ強いかどうかは決まっていないと思いますが。ただ、印象には残っていたというレベルですよ」
香奈の抗議の声にフィーネは苦笑する。
元々、彼女がこの部屋に残ったのはこの情報を伝えるためだったのだが、香奈からすると早く教えてくれと言いたいのだろう。
悶々とする時間よりもデータを集めて分析して纏める時間の方が大切なのだ。
世界大会本戦に進めば組織的なバックアップを応援団という形で受けられるかもしれないが、それまでは彼女たちが奮闘するしかない。
戦闘ではあまり役に立てない理解しているからこそ香奈は些細な事も見逃せない立場である。
「あのね、あなたは『女神』でしょう? 戦って、印象に残るって凄いことだと思うんですけど。誰にもで出来ることじゃないんだよ」
「それほどでもないと思いますけど、此処で議論したところで意味はないでしょうし、必要なことだけ伝えさせていただきます」
フィーネは1年前の記憶を回想する。
女神が率いた戦乙女たち。
最強の名に反して、辛い戦いも相応に存在していた。
何処のチームも強く、決してヴァルキュリアにとっても楽な道ではなかったのだ。
その中でも強さではなく、印象が残ったチーム。
彼らの名は、
「チーム『白夜』。こちらではあまり馴染のない名前だと思いますが、向こうではそれなりに名が通ったチームです」
「名が通ってるのか。……ありゃあ、私の情報収集不足かなぁ。知らないや」
「当然だと思いますよ。知る人が知る、というチームですね。立場的には賢者連合などが近しい感じではないでしょうか」
「うわ、わかりやすい。じゃあ、色物とかがいる感じかな? エースじゃないけどーみたいなさ」
「いえ、なんと言えばいいですかね……」
香奈の問いにフィーネも返答に窮す。
賢者連合を引き合いに出したのは、武雄を見た際の印象が近しく感じられたからである。
フィーネにしても非常に直感的な話であり、理屈を立てて筋を通すのが難しい。
「チームの空気が霧島武雄のように感じられる。うん、多分これが1番しっくりくる説明だと思います」
「ええー……ちょっと、香奈さんはわからないかなぁ。あの人が12人ぐらいいるとか、悪夢としか言いようがないんですけど」
「認識に齟齬はないと思いますが、私としても感覚的なものなので」
欧州の覇者。
この表現が何も間違っていないのがフィーネ・アルムスターである。
3年間に渡り、欧州の頂点として数多の魔導師を打ち倒してきたのだ。
彼女の直感が健輔や葵のそれと比較して鈍いということはないだろう。
「そっか。……ちなみにだけどさ、霧島先輩の何処と似てた? 愉快犯なところ? それとも――凝り性なところかな?」
「後者です。1つの物事を突き詰めている者たち特有の空気を感じました」
あの手の輩は伸びる。
フィーネの経験則に近いものだった。
皇帝も、騎士も、魔女も、女帝も、凶星も。
才能ではなく矜持で強さを得る者たちに共通している匂いをあの『白夜』のメンバーからは感じたのだ。
全員が全員、強い拘りを持っている。
昨年度はまだ拘りが強さには至っていなかったが、今年はどうなっているのか。
フィーネにも想像が出来ない。
何よりもフィーネにとって忘れられない魔導師が1人所属している。
強さは大したことがなく、あの時は圧勝だったが妙に嫌な感じを漂わせていた者がいるだけいたのだ。
「……後、個人的に気になった魔導師が1人いました。この子だけは覚えておいた方がいい思います」
「ふむふむ、フィーネさんが調べたんだね。国内大会も終わって、意味がないのに」
「ただ、嫌な予感があったんですよ。もし、次があるのなら、と」
切っ掛けは1人の魔導師を見た時である。
フィーネの系統とは致命的に合わないと感じる魔力の波動。
あのざらつく感覚は忘れられない。
世界大会で似たような魔導師と――赤木香奈子と戦ったからこそ余計に記憶にも残っていた。
「私がわかっていることはお伝えしますが、香奈の方でも調べてくれると助かります」
「うん、任せてよ。美咲ちゃんとかもその辺りは優秀だからね。きちんと、やれるだけのことはやれるように努力します!」
事前に警戒すべき対象を見つけられたのは僥倖である。
香奈は内心で深い感謝をフィーネに捧げた。
「他にもいるかもだけど、気になるのは2チーム」
「どちらかを蹴落として、私たちは上に行く必要がある」
「うん。頑張らないとね」
まだまだ初戦だが1つ1つの重さは昨年度の比ではない。
しっかりとその事を胸に刻み、獅山香奈は未来を描く。
彼女の戦場は戦いの前にこそ、意味を持つのだから。
「よしよし、やる気が出てきたぞ! 今日も徹夜だね!」
「しっかりと寝た方が良いパフォーマンスを発揮できますよ、と言っても聞いてはくれないんでしょうね」
なんだかんだで相性の良い2人は後輩たちの手伝いに向かう。
今はまだ日常の中。
しかし、既に空気は戦場へと変化を始めている。
祭りの準備期間は終わり、本番がやってきた。
昨年度の結末を塗り替えるため、クォークオブフェイトが進撃を開始する。
そして、動き出すのは彼らだけではない。
頂点を目指して全てのチームが動いている。
彼らのエネルギーが激突する時が刻一刻と近づいているのだった。
選抜戦スタートです。
しばらくは週1更新となりますがお付き合い下さると嬉しいです。




