第142話『強さの高み』
アレンの救援に向かっていた龍輝が見たのは『騎士』の本気である。
決闘。
騎士にとって最大級の意味を持つ2つ目の固有能力。
龍輝も尊敬する魔導師が本気を出さねばならない程に相手の力に脅威を感じている。
1対1を承認したあのフィールドでは2人以外は一切の助力を封じられてしまう。
魔導機である陽炎はともかくとして美咲の援護がない状況での対峙は健輔には致命的な状況のはずなのだ。
そんな常識をあっさりと投げ捨てて、正面からの対決に応じる。
龍輝から見ても非合理的な在り方だが――彼には眩しく見えた。
器用貧乏のままの龍輝に対して、既に健輔は上位ランカーにも力負けしない領域にいる。
「どこまでも、先をいくな……!」
握り締めた拳に力を籠める。
救援は無意味になった。次にやるべきことは全体に貢献することであろう。
アレンが勝つか負けるかはわからないが、相手は最強クラスの『キラー』でもあるのだ。
備えを怠るつもりはなかった。
――だからこそ、ここで下がることだけは出来ないのだ。
「ここで出てくるかっ」
真っ直ぐに向かってくる『蒼』の輝き。
最後の怪物が進撃してきている。
勝てるかどうかはともかくとして、迎え撃つことだけはやらないといけない。
龍輝にとっては譲れない正念場であった。
今の自分がどれだけ出来るかを知るために立ち向かうしかない。
「超えていくぞ、『ヒーロー』」
『ああ、わかってるよ。僕に任せて欲しい、龍輝』
チームメンバーが組み上げた新たなる魔導機を携えて、龍輝は最強の『蒼』を迎え撃つ。
この戦いに決死の覚悟で挑む男。
正秀院龍輝は決して凡百の魔導師ではない。
万能系を正当に使いこなしているのは間違いなく健輔ではなく彼の方であろう。
しかし、正当だからこそこの相手は最強の敵だった。
万能の無力さ、怪物との戦いの意味を彼は知ることになる。
「『夢幻の蒼』! 相手を願うぞッ!」
「――魔導戦隊。雪風、速攻でいきます」
『了解です!』
健輔対アレンの脇で行われる激突。
小さくとも意味のある激突が決闘の脇で静かに幕を開くのだった。
「加速、強化、制御!!」
『3重統合――術式展開『トライアングルバースト』!!』
魔力を加速させて、強化し、制御する。
要素を抽出して特化させたものを混ぜ合わせてより高みへと手を伸ばす。
健輔だからこそ出来る技であるが、発想元には皇帝と桜香がいる。
系統を融合させる桜香と敵の力を我が物とする皇帝。
2人に勝利し、敗北した健輔にしか出来ない技。
1つの魔力に複数の性質を与える。
言葉にすればそれだけであるが、普通は2系統しか持てない魔導師の中でそれを超えるだけの数を発動させるのは脅威だった。
組み合わせれる数が増えるほどに隙がなくなるのが万能系である。
噴き上がる魔力も上位ランカーに相応しい威容となれば、もはや万能というよりも全能域の魔導師と言うべきであった。
「退けない――! 僕の道は、この先にあるッッ!!」
アリスの『貫通』に対してアレンは『切断』。
結果はどちらも守りを超える最強の一撃。
アリスにはまだ余剰の効果があり、それ故の固有能力。
当然のことであるが、アレンの固有能力『騎士の誓い』にも複数の効果がある。
エースとして持つべき絶対の攻撃は序の口。
彼の固有能力は発動条件が定められている代わりにいくつもの強力な力を授けてくれていた。
「全て、斬り捨ててみせるッ!!」
「やってみろ、騎士ッ!」
今までも攻撃に対して前のめりな姿勢。
わかりやすいと言えばわかりやすい相手に健輔は笑った。
合宿で得た力を試したい、というのは健輔にもある感情だが些か以上に分かりやすい。
アレンの『切断』が魔力による防御、もしくは能力による結界を突き崩す能力だと簡単にわかってしまった。
物理的なものまで含めて文字通り『切断』する能力は強力すぎるしルールにも抵触する可能性を考えれば妥当と言えば妥当である。
「らしくないな。ああ、らしくない。そんな力押しで、なんとか出来ると思うなよッ!」
如何なる能力であろうが条件があればどうとでもしてみせる。
ましてや、どうにもならない力と対峙するのは慣れていた。
今更、驚くにも値しない。
慣れたスタイルを選択して、真っ当に力押しに対抗する。
すなわち、パワーにパワーであった。
「双剣、それが君のメインスタイルかいっ」
「ああ、しっくりと来るんでな!」
「やはりか。見事な錬度だよッ!」
魔力で突破できないのならば物理で正面から抜く。
仮に桜香がここにいても同じ選択をするであろう。
健輔が桜香に似ているのか、もしくは桜香が健輔に寄っているのか。
どちらが正しいのかはわからないが、この一戦はアレンにとって様々な意味を持つ戦いとなっていた。
リベンジの行方も、何よりもこの世界大会での自身の未来も此処に掛かっている。
感じた予感に否はなく。
アレンはここで全てを燃やし尽くす決意を固める。
「第2能力、展開!」
アレンの固有能力は2つ。
『騎士の誓い(ナイト・オブ・オーダー)』と『決闘宣言』という特殊型と創造型の能力によって成り立っている。
固有能力は発現することで、本人をより上位へと押し上げるものだが、アレンの能力も例に漏れない。
中でも『騎士の誓い』は基本は発現しても1つの効果、もしくは2つや3つあれば異常と言う中で5つもの効果を発現させている。
これは魔導の歴史の中でも最多の数であった。能力数が多い方が強い訳ではないが、出来ることが多いのというは確かな脅威であろう。
無論、無条件に5つの能力を使用できる訳ではない。
『決闘宣言』に相手の同意が必要なように、『騎士の誓い』にも同様の制約が存在していた。名が示すように『誓い』を立てる必要があるのだ。
無条件で使用できるのは『切断』のみであり、他の4つには能力の高低に応じたリスクがあった。
第2の能力の制約は、相手の能力が自身を上回っている際に発動できるというものになっている。
つまり、健輔はパワーでアレンを凌駕していた。
そこを崩すために2つ目の力はあり、効果も非常にわかりやすい。
「魔力が高まっていく? 優香のやつにも似ているが……」
『恐らくですが、収束系の能力ではないでしょうか。リミットスキルの発動と似ています』
『魔導極化』は質を高める力であるが、健輔の知るそれとは似ていて異なる。
噴き上がる魔力は赤く変色し、往時のアレンの数倍の量はあった。
技量型とは思えないほどの出力。
誰を意識しているのかは非常にわかりやすい。
「なるほど、足りない分を補うための力。あの人が余程怖いと見える」
「わかる人にはわかるかい。これが、太陽に勝つために模索した力。この決闘場の中でだけ僕の魔力は増大する。それに相応しい敵とぶつかった時だけ、という条件だけどね!」
「ふはっ!! いいね、いいねッ! 嫌いじゃない――ッ!」
アレンは技を極めた存在。
彼にパワーとスピードが加わるのならば純粋なパワーアップだとしか言いようがない。
桜香にも見劣りしないレベルの強化は、複数の性質を組み合わせているからであろう。
彼は身体系と収束系の持ち主。
高い出力を制御して強さに変えることこそが本懐である。
見事であるし、発想は至極通りに適っていた。
「――だが、力で俺を止めたいなら優香は超えてからくるんだなッ!」
「ぐぅ!?」
アレンの斬撃をそのまま反射する。
魔力のみならば攻撃を反射する系統を創造することで、相手にそういったカウンターがあると警戒させるのだ。
相手の能力に怯えることなど健輔にはあり得ない。
アレンは正統派に強くなっている。
彼の場合、バトルスタイルは既に完成系に近いのだ。
順当に基礎能力を成長させればそれだけで恐ろしい相手となるであろう。
彼の格と合わせれば、大抵の魔導師は敵ではない。
事実としてアレンは強い。
それでも、基礎能力の向上だけで勝てるほど甘い相手が敵ではなかった。
「遅いッ!」
「僕の速度を――超えてくるのかッ!?」
「違うな!! 振り回されてるぞ、そのパワーに!!」
「むぅ!!」
基礎能力だけ健輔を超えても勝利することなど不可能である。
そもそもとして健輔は格上キラー。
下手に上昇した能力が逆に足枷になってしまう。
『皇帝』ほどの質でも敗れる時は敗れるのだ。
技量型の弱点を補うために過剰に能力強化を施したことが逆に仇となっている。
固有能力に覚醒してから時間が経っていない、というのもあるだろう。
アレンの固有能力は確固たる意思の下、5つの能力と制約をイメージした上で合宿の中の厳しい練習で目覚めた。
傾向としては『戦闘異能』と同じ思想。そして、だからこそ本来の固有能力では持ち得ないデメリットも持っている。
アリスのように全てが噛み合った『戦闘異能』ならばともかくとして、本来はその役割が自らに合致しているのかわからない状態なのに無理矢理イメージで補強するのが『戦闘異能』の特徴である。
早い話、覚醒してすんなりと使いこなすには至らない。
技量の極致であるアレンでも、いや、技量型という努力の人であるアレンだからこそ易々とはいないのが実情であった。
その点、この男は似たような技量型であるが実情は異なる。
「オラオラッ! いくぞ、いくぞッ!!!!」
「手が、足りないっ!」
見たことない系統が加速度的に増えていく。
加速が出来るのならば、逆も然りとばかりに『停滞』の力がアレンの魔力を押し留めて、おまけとばかりに高まった能力を『弱体』で下げられる。
魔力からの干渉なのだから、魔力を高めれば抵抗できるはずだが、応用性に関しては既に世界でもナンバー1に近い存在が想定していないはずもなかった。
相手の魔力を『破壊』してから、いろいろとやればいいとばかりの傍若無人さ。
系統の切り替え範囲が既に発生した魔力にまで及んでいる。
健輔も技量型であるのは事実だが、それ以上にアドリブが強い。
恐れることを知らないのに引く時は引くという抜群の戦闘センスが能力の向上と相まって恐ろしい武器となっていた。
勢いにのったこの男は王者でも止められなかったのだ。
本筋から逸れてしまったアレンには少しばかり荷が重い。
「天に昇る……! まさに、その名の通りだな。この力は、下手な固有能力など必要としないっ」
健輔には見えないところで第3の能力も発動させる。
ある程度能動的に発動できる最後の力。
アレンが粘っているのは切断と強化、そして第3能力である『維持』まで発動しているからだった。
残りの2つがまだ発動させられない以上、ここがアレンの限界であるが明確に押されている。
ある意味で必然の状況。アレンの能力を見ればわかるのだが、彼が想定したのは桜香という敵を倒すことだ。
しかし、彼の情報は昨年度の世界大会のものが基準となる。
統一系などの情報は得ているが、やはり体感したイメージを払拭するのは難しいものがあり、結果として昨年度の桜香と近い能力を発現してしまっていた。
それだけで健輔相手には不利である。
九条桜香を仕留める事に関して、彼以上の存在などこの世にいない。
技が万全な状態である通常時の方が健輔にはやり辛かったぐらいであろう。
運がない。昨年度の組み合わせもそうであるが、招き寄せるべき運命を逃している。
向上した力が結果として、健輔の得意分野に突き刺さっていた。
「君は、越えていくのか……!!」
「当たり前だッ! 悪くない能力だけど、相手が悪かったなッ!」
単純な強さだけで健輔に勝ちたいのならば最低でも統一系を発動させた桜香には届かないといけない。
選択ミスではないが、純粋に時間が足りていなかった。
高い基礎能力を活かした力と技の融合をアレンはまだ成せていないのだ。
1歩先に進んでいた健輔に勝てない相手ではない。
溢れ出る魔力を、的確に制御して、相手が苦手のものを叩き込む。
強くなっても変わらぬ必勝の理が『騎士』に向かって放たれる。
「俺の、勝ちだッ!!!!」
強化した拳と魔力が唸りをあげる。
アリスだけは気付いていたことであるが、『戦闘異能』はこの男と頗る相性が悪い。
何故ならば安定を是とする『戦闘異能』は非常に読みやすい。
読みやすい以上、この男は必ず対応すると彼女は確信していた。だからこそ、彼女はあくまでも皇帝との連携の一環であり、エースとしての完成度を高める補助として用いたのだ。世界大会で健輔と激突しないなどという楽観はなかった。
アレンとアリスの差がそこであり、このエースでありキラーである存在の評価が甘かったからこそ、この結末は必然となる。
「僕の、守りを……」
「悪いが、貫通程度は素でやれる」
伝家の宝刀たる必殺の拳は腹へと突き刺さり、相手のライフを0へと導く。
徹頭徹尾、自らの在り方を損なわない男に付け焼刃で挑んだことが敗因だった。
努力が足りない。
技量型として必然の敗北。騎士は自らの不足を認めて、強く言い返す。
お互いに今度は敵として全霊を尽くす。
交わされる視線に否はない。
「次は、負けないっ」
「ああ、楽しみにしてるよ。あなたは本当に強かった。あまり見たことのないタイプだしな。次は、どうなるのかはわからないさ」
技量を競った相手をお互いに讃えて、敗者と勝者が決まる。
崩れ落ちる決闘場。
勝者たる健輔は落ちていくアレンを見送り次の戦場へと向かおうと外を見た。
崩れる結界から差し込むのは蒼い光。
魔導師の中でもこれほど力強い『蒼』を持つのは1人だけである。
「これは、優香か。誰だか知らんだがご愁傷様だ」
『はい。優香に勝てるパワーの持ち主など、いますのでしょうか?』
「さあな。歴代にいるかもしれんが、少なからずこの戦場にはおらんだろうよ」
光はドンドンと強くなっていく。
健輔をして味方でよかったと思わせるほどの力は桜香すらも超えていた。
優香もまた健輔の一戦から大きく成長している。
発せられる常識外れのパワーを感じて、健輔は静かに相手の冥福を祈った。
健輔の『天昇・万華鏡』でもどうにならない最強の力。
問答無用と言う言葉の意味を敵は知ることになるのだろう。
「頑張れよ。どこかの誰かさん。九条優香は強いぞ」
相棒を誇って、健輔は決闘場が崩れるのを待つ。
彼が復帰する時には優香は自由になっているのだろう、と他人事のように思いながら静かに闘志を高めるのだった。




