第130話『お姫様は我儘ですか?』
魔導師が強くなるのに必要なものは何か。
合宿という強化期間だからこそ、参加している魔導師は個々に必要なものを見極めている。魔力、戦闘技術、魔力の制御、他にも術式の開発などと上げていけば必要なものはキリがなく、更に言えば全てを極めるなど時間がいくらあっても足りない。
取捨選択が行われて、皆が上を目指すのだがランカークラスになると事情が変わってくる。極限域の戦いであるランカー内では特化型は非常に生き辛くなっていた。
戦い方、術式の洗練に加えて圧倒的な上位に対抗するのに弱点を放置することが許されなくなっているのだ。
何かしらの形で不足を補う。
必須であり、決して疎かにしてはいけない部分である。
得意分野を伸ばしてカバーするのか、もしくは新しい術式で欠点を補うのか。
手段はいろいろと存在しているが、彼女が選んだ方法は単純だった。
今までのやり方に1つ別の要素をプラスする。
見方を変える程度の工夫であるが、意外とバカには出来ない。
「面倒臭いな、アリス!」
「ふーんだ。当たらないわよ! やーい、悔しかったら当ててみなさい!」
「てめぇ……」
空を物凄い速度で飛び回る移動砲台に健輔は青筋を浮かべる。
安い挑発だとわかっているが腹は立つ。
普段は自分がやる側だからこそ、その手の効果は良く知っていた。
易々と乗る訳にはいかないが、スルーする訳にもいかない。
健輔も既にランカーなのだ。彼がバカにされることを許すと彼に負けた者たちの名誉に関わる。自分はともかくとして、他者の名誉は譲れない。
「待てや、お転婆!!」
『ちょっと、あなたが壁をしてくれないと私が困るんですが……』
『マスター、落ち着いてください。アリス様の思う壺ですよ』
「わかってるから、警戒だけしとけ! どうせ、ヴィオラもくる」
頭にきているが、何も考えてない訳ではない
敵のペアはどちらも生粋の前衛ではないのだ。
最初から尋常な取り組みになるなど期待もしていなかった。高速で移動する砲台は非常に面倒だが対応方法はいくらでもある。
万能系の万能足る力であればどうとでも出来るのだ。
「ヴィオラを引っ張りだして、アリスから主導権を奪う。やるには動くしかないだろうが!」
『仕方ないですか。私は本来、あの子とは相性が良いのですが』
「ヴィオラが妨害するから狙いが外れるんだろう? わかってるよ。そっちは援護に集中してくれ。どういう形であれ、アリスの舞台に昇る以上は気合を入れないとマズイ」
『承知しました。ご武運を』
「おうさ。女神が祈ってくれるなら、ご利益はありそうだ」
魔力の配分を変更しアリスと同じタイプに変える。
既に幾度も見ている形だけの真似と限定すればやれないことはない。
猿真似もようは使い方次第である。
『マスター、風の方に注意をしてください』
「ああ、制御は頼む」
『お任せを』
周囲の環境に干渉して、抵抗を下げつつ移動する。
アリスはこれを自らの技術と魔力の量でこなしているのだろうが、見ているよりも遥かに消耗が激しい。
健輔の出力だと普通に使えば敵の前で魔力生成が不全状態へと陥るだろう。
「芸術的なまでに頭おかしい戦法だな。緻密なように見えて力技もいいところだ」
常時出力を全開にして自らを覆う。
後はあらん限りの力で高速移動。やっていることは分かりやすいが実際に実行するには尋常ではない魔力の消費が発生する。
魔力砲台として一廉であるアリスでなければやれない戦いだった。
おそらくハンナや真由美でも可能なのだろうが、魔力の消耗から考えると微妙なラインでもある。
健輔は基本的に新しいモード、つまりは新しい術式を作って強くなってきたが、アリスはより基礎の部分に焦点を置いたのだろう。
魔力の制御は勿論のこと、細かいバトルスタイルの調整などをメインとした強化を行っている。
「タイプが違う。遣り甲斐があるけど、面倒臭いのは変わらないか」
『トラップ検知。設置型の爆弾ですね。ヴィオラ様の可能性が高いかと、マスターどうされますか?』
「放置だ、放置。どうせ、解除したら別のやつが反応するんだよ。爆発しない状態で固定しとけりゃいいだろうよ」
負けはしないが、勝つのに非常に手間が掛かる相手。
シューティングスターズの主力に対しての健輔の感想である。
まだまだ奥の手などはあるのだろうが、現状ではそのレベルとして認識していた。
「くそ、本当に頭使わないと辛いな……」
割と本能での戦闘を好むゆえに始終頭を使うのはあまり好きではない。
事前準備は入念だがいざと言う時はアドリブ頼りの健輔らしい弱点であった。
慣れない相手、しかも敵の得意なフィールドに乗り込んでいる。
健輔が主導権を握れない。
相手が如何に面倒臭いかを端的に示していた。
「時間が掛かる、か」
お転婆な流星のお姫様。
血筋的に健輔が苦手とする要素が詰まっている相手だと今更ながらに気付く。
「ハンナさんといい、真由美さんといい、なんで砲撃の系譜は微妙にやり辛いのかね」
『マスターが正面からの殴り合いを好むからでしょう。その辺りは葵の影響ではないでしょうか』
「……ああ、うん、かもしれないな」
真由美は何もさせずに敵を吹き飛ばすとイイ感じの笑顔になる。
葵は正面から敵と殴りあって、競り勝った時にイイ感じの笑顔になる。
どちらが自分に似ているのか、と問われれば間違いなく後者であった。
なんとなくだが自分のルーツを再確認して微妙な気分になる。
「ちょっと……気を付けよう」
葵に似ているのが嫌な訳ではないが流石にあのクラスの戦闘狂ではない、と健輔は思っている。
少しは落ち着こうと健輔は誓う。
もっとも、既に遅いということを知らないのは本人だけなのであった。
「健輔様はお強いですけど、やはり万全とも言い難いですね」
「まさか泥試合をさせられるとは思わなかった……」
「そりゃあ、練習だもの。試せることは全部試すわよ」
結局のところ、健輔はアリスに負けた。
正確にはルール上で敗北したというべきであろうか。
時間制限ギリギリまで只管に逃げ続けたアリスとヴィオラ。
彼女たちを仕留められず、延々を追い掛けて孤立したレオナが2人にやられるというなんとも無様な展開となってしまった。
後は時間切れになるまで鬼ごっことかくれんぼが再開される。
圧倒的な万能性を誇るも頭を使わないと意味がないという現実はここにあった。
「機転もあるし、発想も柔軟。今回は練習っていう意識のせいで意図的に時間切れを省いていたみたいだからよかったけどね」
「ああ。……クソ、ミスった! 自分が嫌になるな」
「すいません。まさか健輔さんを引き連れたままこちらに来るとは思いもせず……」
「そこはこちらの作戦勝ち、ということで納得くださいませ。勝てない相手には勝てる方法で。戦術とはそういうものでしょう?」
ヴィオラの言に健輔も頷く。
好みで言えば正面からの戦いだが、健輔はそういった戦い方も否定はしない。むしろ、肯定する立場にいた。
弱者と強者。そういった立場を超えて、勝利を目指した際に卑怯でないのならばなんでもやればいいというのが彼のスタンスである。
ルールに違反しておらず倫理的にも問題ない。ならば、勝つために最善を尽くした2人に抱くのは感心だけである。
「戦い方そのものを工夫か。模擬戦でもそうだったが、徹底して新技術は伏せてるのか?」
「そういう訳じゃないわよ。ただ、私たちは既存のやり方だけじゃダメって思っただけよ」
「術式の開発、魔力の制御、他にもバトルスタイルの洗練。やれることは多いですが、既に先駆者が多いですからね。後追いだけではダメだと思いまして」
「考えていますね。……この辺りの発想が私たちはまだまだ弱いと痛感させられます」
シューティングスターズの強化はクォークオブフェイトと比べると非常に地味な強化に留まっている。
彼らが弱いという訳ではなく、ハッキリと目立たない部分に手を付けている、ということであった。
健輔の新モードを筆頭に新入生の強化とクォークオブフェイトはやることなすことがとにかく派手であるのに対して、シューティングスターズは戦術や全体の動き、果てにはバトルスタイルの統合などと重要だが即効性のない強化が多いのだ。
「私の方針でもあるんだけどね。まずは、どんな相手でも一定レベルで通用する武器を、って思ったのよ」
「安定というよりも保証か?」
「そういうこと。私の戦い方もそうだけど、皇帝っていう規格外にどうやって勝つのか、というのを目標にしてるわ」
「皇帝に勝つ?」
「そ、要はチームとして皇帝クラスの相手にぶつかった時に必要なものは何かっていうのを探っているのよ。個人の強化なんて普通のことだしね。弱いなりにプラスαはいるでしょ?」
健輔の新モードの目標に桜香が設定されているようにチーム全体としてシューティングスターズは『皇帝』を目標に定めていた。
王者をどうすれば倒せるのか。日々の模擬戦の中で考えたアリスたちなりの答えが現在の形に繋がっている。
道はまだ半ばで成果はまだあまり出ていないが、苦難の道のりを選んだ理由がそこにあった。
「なるほど……そういうことか。皇帝はあれだもんな、完全なオールマイティだもんな」
「でしょ? 個人レベルで考えていると最低でも5年はいるかなぁ。私は自分に自信あるけど、1対1では勝てないし」
「割り切るな。俺は割り切れなかったけど……」
「割り切れるから、私の能力は普通なんだと思うよ。どっちが上とか、そういう話じゃないけどね」
割り切れたアリスと割り切れない健輔。
個人での勝利を念頭に置いている健輔は強くなるほどにチームとの連携が難しくなる。
個性を高める方式のデメリットであるが、デメリット分の益は得ていた。
あるいは個人である健輔とチームを背負うアリスの立場の違いとも言えるかもしれない。
博打でもなんでも出来る健輔とリーダーとして生き残りを考えなくてはいけないアリスではどうしても前提条件が異なる。
「個人レベルの戦力差がそのまま戦略にも跳ね返る。現状の魔導の難しいところですわ」
「諦める訳じゃないんだよ? ただ、姉さんが残してくれたチームをなんとか活用したかったしね。なんでも合理的にじゃ楽しくないからさ」
「そっか。まあ、確かになんでも自分が強くなる、が答えじゃ詰まらないか」
「そそ! 違うことをするチームが1つくらいはあってもいいでしょ。失敗しても、それはそれで一頻り泣いてから再挑戦するだけよ」
アリスにも魔導を極める素質がある。
全てを注ぎ込めば確実に、とまではいかなくても下位ランカーで収まる器ではないことは間違いない。
その上でアリスは別の道を選んだのだ。
合理的ではないが、その道で強くなれない訳でもない。未知に挑んだ気概は健輔にも非常に好ましい気質だった。
仮の話であるが、クォークオブフェイト以外のチームを選べと言われればシューティングスターズを選びたくなるくらいには魅力的なリーダーである。
「王者が常識の主ならば、多少は非常識になるしかないか」
「戦術と戦略。勿論、実力は前提としてあるものだけどね。私は私の挑戦として、やってみたかったんだ」
「私はアリス様の目的に夢を乗せただけですが」
「どっちにしろ博打好きだな」
「おろ、健輔がそんなことを言うの?」
ニヤリと笑う笑顔はお互いに理解している証。
アリスが挑んだ苦難とは別の苦難に挑む男を彼女なりに応援していた。
いつか戦い、雌雄を決するからこそ、その日まで壮健であれ。
魔導師が持つ敵に対する『情』をアリスもしっかりと持っていた。
「最強と、1対1。これもロマンでしょう。美咲とかも、優香とかも抜きでってなるとね」
「むっ……」
明るく笑う声はただ別のロマンに挑む者への応援が籠っている。
お姫様はお転婆だが、バカではないのだ。
どの道も等しく困難だと理解していた。その上で、1番を競うことが楽しいのだ。
仮に負けたとしても、挑戦した結果だけは必ず残る。
「応援してるわよ? ま、お互いに頑張りましょうね」
「だな……。ああ、俺もやらないといけないことがたくさんある」
「ふふっ、そうね。私もそれは一緒よ。だから、今は協力しましょうか。いつか戦う、その時までね」
「ああ、その時まで。よろしくな」
良き隣人、というべきだろうか。
仲間というほど近くもなく、宿命というほど結びついてもいない。
それでも互いに思うところはある。
不思議な関係の中、2人は己を高めていく。
最大の仲間との関係に思うところがあるからこそ外から自分を見つめ直す。
地味だが重要な健輔の戦いは静かに進行しているのであった。




