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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム ~Next Generation~  作者: 天川守
第4章後編『ドキドキが止まらない』
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第128話『未完の大器』

 瞳が染まる。髪が染まる。オーラが染まる。

 九条桜香を形成する全てが塗り替えられていく。

 統一系の力は全てを無理矢理統合した力。

 彼女の才能を以ってしても、最適化に数ヶ月を必要とした。

 そう――全ては過去形。

 今の九条桜香は真実の意味で自己の力を扱える。


「モード展開」

『アマテラス』


 これこそが真実の太陽。

 真里を油断ならない敵と認めたからこそ、この場で曝け出す。

 次の健輔との戦いまで隠すのもありだが、こちらの方がもっと楽しくなる。

 直感に従って行動であったが、間違いないだろう。

 真里の瞳に宿る輝きは恐怖でも、驚きでもなく、歓喜である。

 健輔と同じように敵の更なる飛躍に彼女は喜んでいた。

 1つ上の段階に至った太陽に粉砕される最初の1人。

 自らの役得に身体が沸騰する。


「出力、臨界突破。パワーループ」

『承認』


 解除されたリミッターを更に解除する。

 無限に続く円環が彼女に絶大な力を与え、更なる高みへと導く。

 統一系を、更に上昇した力の全てを、かつてのように手中に収めている。

 虹色に統一された輝きは混沌から秩序への移行を示す。

 統一系の状態を普通の段階にまで引き摺り降ろした。この事が持つ意味を真里は正確に理解することが出来る。


「ふ、ふふふ、ははは、ハハハハハッはははは! 素敵ですわ。――なんて、美しい」


 真里は陶酔したかのように、いや、実際に酔っているのだろう。

 叩き付けられる魔力の本流は真里が把握している全ての系統を同時に発現している。

 統一系を手に入れて、完全なる制御を可能とした段階で桜香は既存の魔導を全て操れる存在となった。

 万能系よりも更に万能。力の枷も存在せず、全てのリミットスキルを十全に扱った上で融合も果たす。

 おまけとばかりに適合した統一系は彼女の身体に一切の負荷を与えない。 

 ただ在るだけで無限に強くなる。これこそが、九条桜香であった。


「もはや、物理だの、魔力だのは無意味ですか」


 常態で纏う魔力光が物理事象さえも遮る障壁域の力となっている。

 『魔力掌握』。

 魔力がどんな状態かも素早く判断できる能力が真里に桜香の本当の力を教えてくれていた。あまりにも差があって彼女でも笑いたくなる。

 勝てる要素が微塵も見当たらない。

 論理的に考えれば正しいのは降伏であり抵抗ではないのだろう。

 真里の優秀な頭脳は答えを導き出している。


「でも、相手は人間。必ず穴がある」


 絶望をするだけした後はどうするかを考える。

 既に状況は最悪。後は上に上がるだけなので気は楽であった。

 全てが通用しないかもしれないが、逆に言えばただそれだけなのだ。

 試すことを辞める理由にはならない。

 『敵』であり、『憧れ』だと定めた。理由はそれだけあれば他には何もいらない。


「完全で、不完全な方。限りない才能に、喝采を!」

「――面白い子です。世界大会は、共に戦いましょう」


 正面から賛辞。

 真里という存在をしっかりと認識した上で桜香は彼女を絶賛した。

 自らに届かない力で、未熟な部分もある。

 しかし、それらを補うだけの意味もあった。

 不屈の意志を携えた真里を桜香は誇りに思っている。

 彼女が己を敬うのならば、相応しい姿を見せよう。


「この身は最強の魔導師、世の頂点に立つ輝き。括目せよ」

『術式発動』

「フレア・バスター!!」


 虹色の輝きが魔導機に集い、全てを飲み込む光となる。

 天に放たれた光は無数の星となり、天から降り注いだ。

 細かい術式を用いずに意思だけで戦術魔導陣を凌駕する術を編み出す。

 全てを極限点で扱える彼女だけの必殺技。


「く、くくく……こんなの、どうしろと言うのよ」


 満面の笑みで真里は光に飲み込まれる。

 天を覆う七色は虹となり、残酷なまでの力と美しさを備えていた。

 たったの一撃。

 桜香が本気になった瞬間に真里という才能は潰えた。

 これこそが最強の証。頂点の力である。


「たとえ、誰であろうとも才能で私は超えられない。この身こそが、魔導の極点だ」


 驕り高ぶった言葉のように聞こえるが不思議と反発を覚える者はいなかった。

 誰しもが認める覇者。

 この最強に勝てると思うバカだけが今年の大会に挑む権利がある。

 昨年度の王者は揺るぎなかったように王者の系譜は王者たるだけの理由があった。


「次はあなたの番です。――亜希」

「っぁ……わ、私は……」


 真里を落として、生き残ったのはたった1人。

 所詮は全てが前座。

 今までのアマテラスとこれからのアマテラスを問う本当の分岐点は此処である。

 七色の極光が、輝きを失った友に問う。


「さあ、どうしますか?」


 無様に背中を向けて、走り去るのか。

 それとも――


「私と、戦いますか」


 ――対等であろうと、心だけは抗うのか。

 第3選択肢は亜希には見えず、記されたのは0か1の2択しかない。

 身体は震えており戦意は既にない。

 頂点の前には余分な装飾など意味をなさないのだ。

 神々しく、荒々しい力に亜希は震えるしか出来ない。


「さあ、どちらにしますか」


 桜香は淡々と言葉を重ねる。

 自らの意思を見せず、ただ暴力として在り方を問う。

 冷たい友の姿に心が凍えるも、亜希は必死に考えた。

 何をしたいのか。どうしたいのか。

 答えは出てこないが確かなことが1つだけある。


「私は――」


 最後の通告を前にして、二宮亜希は静か答えを述べるのだった。






「ふん、最初からそうしておけばいいのに。回りくどい人だよ」

「健輔さん?」


 健輔が普段は見せない悪態を吐く。

 地上から優香と共に戦いを見守っていた男は当たり前の結末に至ることを酷く残念に思っていた。

 この世界でただ1人第3選択肢を選べる男。

 諦めるのでも、抗うのでもなく、超えることを選択した存在は亜希の姿勢に非常に冷ややかであった。

 亜希に才能がないと蔑んでいるのではない。

 むしろ、たった1つしか正答がないことを悩んでいるのに苛立っていたのだ。

 

「俺が超えるのを選んだのは、敵だからこそだ。味方だったら、選べない選択肢になる」


 何かを選択すれば何かを失う。

 健輔が万能であろうとも日常においては出来ない事の方が多かった。

 九条桜香に正面から立ち向かったのは健輔の選択であるが、同時に他に選択肢がなかった証でもある。

 健輔は勝利を得ることで初めて桜香の視界に入る存在だった。

 最初から視界に入っていた亜希とは何もかも違う。


「隣の芝生じゃないんだから、早くぶつかっておけばよかったんだよ」

「あなたみたいに万事、決断力に優れていたら人間はもう少しマシだったんじゃないの」

「健輔を基準にしたらこの世の全てが優柔不断になるわよ」


 神妙な表情の優香は何も語らないが、美咲と葵は違う。

 健輔の苛立ちの意味を理解した上で、さっぱりと否定する。

 同意見ではあるが誰もが強くはあれないと彼女たちは知っていた。

 何より、2人は健輔の言葉が自分にも向けられているとわかっている。

 本当に苛立っているのは亜希の選択ではなく、わかり切っている道を選んでいない自分に対してなのだ。


「遅くても、回り道だらけでも決断は決断よ。褒めてあげればいいの」

「そんなもんですかね。俺には合わない考え方ですわ」

「そんなものよ。男も友達と喧嘩するには理由がいるでしょう? あの子たちもそうだったというだけの話。ええ、何事にも理由はあるものよ、健輔」


 亜希が逃げ続けて、桜香もそれを良しとした。

 お互いの妥協が避けてきた激突。

 仮に健輔の存在が影響を与えたというのならば、戦う事も時には必要だと言うことを知らしめたことだろう。

 桜香が知り、今から亜希が知る。

 結末は1つであっさりとしたものになるが、彼女たちには大きな意味があった。


「そんなものですか」

「そんなものよ。それに、あんたもわかってるでしょう? 向こうが動くんだから、こっちもそろそろ覚悟を決める必要があるわよ」

「……そうっすか」


 意味深に優香へと視線を送ってから、葵は含み笑いをした。

 小さな関係が動き出す。

 止まっていたものが変わるという1つの切っ掛けがここに生まれようとしている。

 変革に出くわす楽しさに口元を緩ませてしまうのは、彼女が生粋の賭け事好きだからであろうか。

 勝負の結末は見えている。

 それでも、過程には意味があるのだ。

 アマテラスを象徴する2人の対決に全てのものが注目する。

 太陽へ、凡人が挑む。

 勝てぬとわかっていてもやるべき時がやって来た。






 剣を構えて、立ち向かう。

 決めた後に急に身体が軽くなった。

 先ほどまでの畏れはどこにいったのか。亜希にもわからないが、これで数秒は終わりが伸びた。秒という時間でも、この会話をせっかくならば続けたい。

 1度もやったことがないからこそ不器用であるが、亜希なりの精いっぱいは示したかった。


「うわああああああああああああッ!」

「――まったく、随分待たせますね。少しヒヤヒヤしましたよ」


 桜香が安心したように息を吐く。

 親友が渾身の力で立ち向かってくる姿に見せるものではないだろうが、既に桜香にとってこの戦いは終っていた。

 立ち向かうという選択肢を選んでくれるのなら、まだやれることもやって欲しいこともいくらでもある。


「これが、私の精いっぱい!」

「わかっています。見下しはしません。ただ、在るがままに受け入れましょう」


 いつも桜香が以前よりも少し優しく微笑み、ここでようやく亜希も確信を抱けた。

 間違わずにすんだ。

 何も結果は出ていないし、これからだが亜希は望む結末を手繰り寄せていた。


「いくわよ!! 桜香ァッ!」

「ええ、来なさい。亜希」


 魔力を滾らせて正面から挑む。

 振るわれる剣はかつてないほどに力強く、魔力は枷を失ったかのように噴き上がる。

 鋭い一閃は亜希の生涯最高の斬撃だった。

 ランカーにも届くと信じられるほどの攻撃。

 彼女もベテランなりの矜持があり、それは確かに覚悟へ力を与えてくれた。


「っ……。あなたは、やっぱり――怪物で天才ね」


 努めて言わないようにしていた言葉を振るえる唇から吐き出す。

 友達はこんなことを言わない。

 自己に課していた制約を投げ捨てたのは、これこそが正しいと感じたからである。


「良く言われますよ。あなたには、初めてかもしれませんが」

「当たり前じゃない。言わないように、していたもの」


 亜希の魔導機は桜香に素手で受け止められている。

 何をどうしようが、この状態からの逆転はあり得ない。

 軽く桜香が刃を振るうだけで亜希は消し飛ぶ。

 全てわかっていて、それでも前に進んだ。

 刃を持ち、立ち上がった瞬間から全ては決まっていた。

 それでも立ち向かったのは、たった1つの理由があるからであった。


「ありがとう。あなたの友情に感謝を。そして――」


 亜希の覚悟も、決断の意味もわかっている。

 その上で桜香は踏み躙るのだ。

 圧倒的な強さを、最強とは彼女がいるのはこの領域なのだと示す。

 

「友と言うのならば、ここにもついてきてほしい。これは、私のたった1つの我儘です」

「……ふ、ふふっ、知っているの桜香?」

「何をですか?」


 高まる虹色は至高の魔力。

 亜希の魔力をあるだけで押し潰す。

 少しずつ光に飲まれることに少しだけ恐怖を感じるが、亜希はそれを押し殺す。

 ここから先、友達としてやることを考えればこの程度は苦痛にもならない。

 お互いが死ぬ瞬間まで、怪物の領域に付き合うことに比べたら大したことではなかった。


「あなた、結構我儘じゃない。1つだけなんて、嘘でしょう」

「あら」

 

 1本取られたと笑う。

 なんだかんだで付き合いは長い。

 お互いの気性などわかっていた。

 わかっていたからこそ、面倒臭い関係に終始したのだ。

 そして、片方が変わってしまった。

 

「男に、女友達が変えられる。なんとも、微妙な気分よ」

「すいません。恋というものは、それは素敵だったもので」

「だからよ。あなたにその顔をさせるのが、なんとも腹立たしいわ。もっと言うと、そいつに感謝することになるのが、嫌よね」


 笑顔で本音を吐露し、後は決着を付けるだけである。

 虹色は膨れ上がり、桜香は最後に真剣な瞳で亜希を見つめた。


「私は、最強です。それだけを知っていてくれたら、構わない」

「わかってるわ。……これから、やるべきことをやるわよ」

「――ありがとう。あなたが友達で、本当に良かった」


 心からの言葉に亜希は微笑み返す。


「ごめんなさい。私も、面倒な奴で」


 小さく謝罪して、虹の輝きに消し飛ばされる。

 残ったのは桜香ただ1人。

 この結末は変えられず、当然のように辿り着いた。

 それでも中身が変わったことには意味がある。

 この戦いが意味を持つのはこれからなのだ。


「私が動いた。なら、きっとあなたも清算するのでしょうね」


 アマテラスは変わる。

 本当の意味で最強のチームへと羽化を始めるだろう。ならば、その敵に抗するために何をするのかは明白だった。

 合宿の大きな区切り、太陽の新生は終わりを迎えた。

 最強の姉の変化は妹へも波及する。

 健輔と優香、そして桜香。3者の関係にも何かしらの区切りをつける時はそう遠くないのであった。


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