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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム ~Next Generation~  作者: 天川守
第4章後編『ドキドキが止まらない』
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第118話『脈動』

 純粋なバックス系魔導師で戦闘能力が高い者は存在しない。

 この言葉は真実であると同時にある間違いを含んでいる。

 頭に付くべき言葉――『現役』には存在しない、が抜けているからだ。

 バックスを手段として割り切った魔導師ならばともかくとして、純粋なバックスは通常の戦闘魔導師のように才能だけでは片づけきれない問題が多く、結果として天才であっても強くなれる領域が定まっていた。

 いくら天才であってもあくまでも効率のよく経験値を取得できる、というのが大半の天才の実態である。

 余程の例外以外は現実という名のルールに従う部分があるのは疑う余地もなかった。

 何よりも規格外、怪物と呼ばれるのは感性の申し子であり、論理の結晶体たるバックスには合わないのだ。

 戦闘魔導師すらも上回る最強のバックス。

 その領域に至るには飽くなき探求心と時間こそが不可欠であり、学生生活程度では埋められない。

 前者はともかくとして、後者が絶望的なまでに不足していた。

 ――だからこそ、時間を重ねたバックスは怖い。

 特に彼女、メアリー・クラプトンほどの年月の積み重ねがある場合には最大級の警戒が必要であった。

 魔導師でありながら、ある意味で通常の戦闘魔導師のルールから逸脱した存在。

 魔導を知り尽くしている、という言葉が真実であると彼女の実力は教えてくれるからだ。

 もっとも、そんな偉大なバックスである彼女も働く社会人の1人である。

 大人の事情には逆らえないという現実に押し負けることもあった。

 どれほど強くとも彼女はまだ若手である。

 現場に駆り出される立場なのはどうしようもなかった。


「ふむ、順調なようですね」

「皆が皆、努力家で助かってるわぁ。先生、なんて言われてるけど、ほとんどは彼らの努力の賜物よ」

「努力だけでは足りないからこそ、彼らは感謝しているんですよ。あなたの才能が、彼らの才能を引き出す。良く出来た循環だと思います」


 パッと見に大きな変化はないが、1つ1つの動作に着目すれば違いがわかる。

 充実した雰囲気、根付いた自信。

 強さへの手応えを得ているのだろう。

 短時間観察しただけでわかるほどに、チームが沸き立っている。


「流石はトップチームですね。一部のチームには気構えからやることになって、結構苦労しているところもあるみたいですが」

「地力で世界にいける、って言うのはやっぱり強みよねぇ」


 結果的に昨年度では最弱の存在になってしまったが、アルマダの下に無数のチームがあることを考えれば彼らは決して弱くはない。

 クロックミラージュの、より言うならばアレクシスが運悪く勝ちを拾ってしまったことが全ての始まりなのだ。

 様々な要因で敗者になったが、現時点での地力が昨年度から低下していないだけでも安定感のあるチームだと言うのがよくわかる。

 マリアの言葉は謙遜に過ぎるが、アルマダの努力もまた本物であった。


「それで、お願いしていたことは大丈夫そうかしら?」

「問題ありませんよ。私は特定チームのコーチという訳じゃありませんからね。全部のチームを巡るのは流石に辛いのですが、まぁ……コネということで優先はします」

「ありがとう~。これで、少しは弱点を埋められるわぁ」

「バックスの育成には時間が掛かりますからね。それに一廉を超えるとなると中々に労力がいる」


 バックスが抱える問題点は多々あれど、全てを解決することが出来る人材が1人だけいる。

 優秀な魔導師が優秀な教師になれるとは限らないが、凡人から最強の一角に至ったメアリーはその辺りの機微は完璧であった。

 相手のレベルに合わせた教導程度はお手の物である。

 何せ、彼女は実践しながら時間を掛けて成長したバックスなのだ。

 これからのバックス系魔導師がぶつかるであろう問題点の全てをその身で体感していた。

 学問としての魔導を極めているからこそ、彼女の教えては極めて普遍的なものとなる。


「本当にありがとう~。それにしても、ふふっ、変わらずメアリーちゃんは努力家よね~。それが強くになるための秘訣かしら?」

「マリア、その言い方は正しくないですよ。強い、というのは現役に送る言葉です。私はあくまでも研究者です。生半な相手には勝てますが、まあ、戦場の機微には疎いですから、ランカーとは普通にいい勝負になると思いますよ」


 マリアの言葉に生真面目に返す。

 能力的には恐るべきものがあるが、メアリーからすると過大評価でしかなかった。

 初見ならば現役の最強格にも圧勝できるだろうが、1度でも能力を見られてしまえば対策ぐらいはされるだろう。

 自らの特性など、自分自身がよくわかっていた。

 バックスを極めている、ということはバックスの弱点がそのまま拡大した形になる。

 

「何せ、事前の準備が全てです。臨機応変もあるにはありますけど、そちらはむしろ戦闘系の魔導師の部類でしょう」

「準備を破られると難しいかしら~」

「ええ、学生の方々が力を発揮できないのもいろいろな意味で準備の時間が足りないことですからね」


 魔導の根幹を成すがゆえに弱点もハッキリしている。

 魔導陣などが良い例であろう。

 短時間で運用できるように武雄が改良を施していたが、時間を短縮した結果として本来持ち得る絶大な力がスポイルされてしまっていた。

 誰でも扱えるものから手間を抜いてしまったゆえの弱体化である。

 それでも十分に強力なのは間違いないが、天上のランカーたちには通じないレベルに墜ちてしまった。


「バックス系の魔導師は詰め込みべきことが多い。勉学、という分類の強さですからね。仕方のない事だと思いますよ。学生の間に研究と実践、全てをこなすのは不可能です」

「本当に、勿体ないわよね」

「研究者は付け焼刃の知識では意味がないですからね。知識を生きたものにするのは中々に難しいことです。戦闘ばかりに傾倒した教育もそれはそれで問題でしょう。

「兵士を育ててる訳ではないもの~。今の状態はバランスがいいとは思うわぁ」

「同意しましょう」


 メアリーの現役時代は特に記すことがない普通の学生であった。

 彼女が頭角を現すのは10年単位で時間が経ってからである。

 時間という残酷で優しい神様と共に歩んできた果てに彼女はいた。

 最強のバックス、魔法使いと彼女を呼ぶ人は多く、今の能力には自負もある。

 最強なのかは別の問題だが、プライドと言うものは確かに存在していた。


「でも、それなりに思うところはあるのでしょう? 自分も一応、、面倒を見ているチームがあるって言ってたじゃない~」

「否定はしないですが、戦いたい訳じゃないですよ。魔導の実践環境としてより良いものを提案するには体感する必要がありますからね」


 メアリーがコーチをしている理由は他のウィザードとは理由が異なる。

 まだ見ぬ強敵との出会いを求めている連中と違って、彼女はプロ化に向けた課題などを洗い出す必要がある立場であった。

 現場主義という訳でもないが何も知らないで提案するのは違うと考えて、職責を超えない範囲で全力を尽くしている。

 マリアに対する協力や今後各チームに回ってある術式を配布するなど多岐渡る活動が予定されていた。

 

「宣伝部長さん、だったっけ? メアリーは凄いわよねぇ」

「環境整備の担当、です。微妙に意味合いの異なる言い方に変換しないでください」


 友人ののほほんとした様子に脱力する。

 あちこち飛び回っているが彼女の友人と言うべきウィザードたちは本当に扱い辛かった。

 いい意味でも悪い意味で劇物すぎる。

 1番厄介なのは年若い学生たちの無鉄砲さと違ってフレッシュさがないことである。

 大人特有の開き直りに対応するのは出来ればやりたくないことだった。


「はぁぁ……今日も残業かなぁ」

「お疲れ様、定時で帰れてるの~?」

「帰れてる訳ないじゃないですか。地球の反対側にいったりと本当にあちこちを飛び回ってます。転移が使えるからって本当に酷使してくれて……」


 魔導が趣味みたいなものなので特に困っていないが、自宅で1人猫と戯れながら新しい術式を考えたりしたかった。

 メアリーの貴重な息抜きだが、ここ最近はそれさえもやれていない。

 研究者たちは同僚であり、友人でもあるのだが魔導師の突き抜けっぷりに悩まされているおかげかメアリーへの態度が雑になっていた。

 1回、暴れればいいのだろうか。

 暗い思考に陥りそうになるが、頭を振って雑念を追い出す。

 こんな事をしに来た訳ではない。

 マリアがちゃんとやっているかの監視も目的の1つではあるが、最大の目的は報告を聞くことである。

 

「いけない、いけない。愚痴を言いに来た訳ではないです」

「ええ、チームの様子でしょう? あなたから見てどうですか」

「元々が出来のよいチームだわ。基礎はバッチリ、応用もある。惜しむは、個性が足りないことかしら」

「個性を排して強くなったチームに個性、ですか。また矛盾したことを言いますね」


 マリアの言葉に否定的なニュアンスで返答しているが、実際には信頼が籠っている。

 育成にかけて親友は間違いなく1流なのだ。

 本人の戦闘適性はほとんどないが、その分だけ他の部分は異常な領域にいる。

 才能を引き出して伸ばす。

 その部分においてマリアは桜香を容易く凌駕する才能を持っている。


「面白く育ててください。彼らが望むようにね」

「ええ、いつだって、それは変わらないわぁ」


 欧州に様々な影響を与えたが、マリアの心には善意しかない。

 可能性を見出せずに苦しむ者たちへ道を指し示しただけなのだ。

 結果的に仇になった面もあるが、少なくとも育てられた人たちは彼女に深い感謝を抱いていた。


「個性と能力の調和。……あなたの手腕、楽しみにしています」

「うーん、努力次第じゃないかしら。戦うのは、私じゃないもの」

「そこはとりあえず頷きましょうよ……」


 魔法使いたちが見守る中、古豪が雪辱に燃える。

 今度こそ、自らの威容を示すと意気込む姿は何者にも侵せない強い意思があった。

 流れに敗れたからこそ、今度は流れすらも破壊できるように自分たちを研ぎ澄ませていく。

 屈辱的な敗北。

 運命の悪戯が激動の戦いに確かな一石を投じる時はそう遠くない日の出来事となるのだった。






「これで、よし」

「あー疲れた!!」

「お疲れ様ー!」


 思い思いの言葉を口にして、放送部のメンバーが去っていく。

 天祥学年放送部。

 去年までの殺人的な忙しさはなくなったが、そこそこの忙しさは変わらず此処に存在していた。

 大会を実際の運営する立場にいるのは彼らなのである。

 彼らがいないと健輔たちは戦うことが出来ないのだ。

 

「なっちゃん~、お疲れ様」

「うん、お疲れ様」


 少し伸びた髪を纏めて、微笑む姿は去年よりも少しだけ大人びている。

 放送部による世界大会予選に向けた準備。

 彼女――紫藤菜月もまた放送部の一員としてその作業に従事していた。

 例年から大きく変わった制度に合わせて放送部の動きも変わっているが、基本的にやることは変わらない。

 天祥学園での大会運営と各チームへのサポート、そして広報が主な活動内容となっていた。


「いやーそれにしても疲れたよ。纏めるデータ多過ぎじゃないかしら」

「今年はいっぱい審判とかの依頼が来てるしね。これを捌くのも大変だわ」

「そうね~。何処のチームも気合が入ってる感じがするわね~」

「それだけ、去年の戦いが皆の印象に残ったんじゃないかな。凄く、その、学園のチームたちが頑張ったからさ」


 萌技と共に部屋に残った同級生たちと菜月は談笑する。

 菜月にとっても忘れられない決勝戦。

 地に沈んだ健輔たちの姿を今も覚えている。

 直向きに努力する姿を応援していた。

 バトル向きではないとされた力で努力するのは並大抵の苦労ではなかっただろう。

 しかし、表には何も出さずに健輔は頑張った。

 最後の最後に、負けてしまっても彼を含めてクォークオブフェイトは本当に素晴らしいチームだったのだ。

 彼らの奮闘が他のチームにも影響を与えたのだと、菜月は信じたい。


「かもしれないわね。舐めたことを言う奴もいるけど、大半はいい意味で影響を受けたんだと思うわよ」

「どこもかしこも良い感じに頑張ってるわよね」


 桜香などの才ある者だけではなくクォークオブフェイトという非才な集団がやり遂げたことが重要であった。

 傍から見ていれば天才は存在しないのがクォークオブフェイトである。

 たった1人の天才は評価の割には活躍していない。

 良かったのか悪かったのかはともかくとして、結果としてクォークオブフェイトは努力が評価されていた。

 今はないが、天空の焔という本当の意味でのダークホースの存在も大きいだろう。

 希望の光に見えるのも無理からぬことである。

 

「コーチ制度もどうなるかと思ったけど……」

「現在の模擬戦内では不死はそこまで有効ではないみたいですね。無理に突出する人とかが罠に嵌ってるみたいですよ」

「空間系の術式も進歩してるもの~。既にコーチに対しての対策も進んでいるみたいだよ~。大会に向けて審査中のものもいっぱいみたいだしね~」


 ルールの変化に伴いバックスは戦場に解き放たれた。

 トップチームではまだバックスが用いるトラップ系の術式が活躍する領域にはないが、中堅以下のチームではかなり様変わりを始めている。

 迂闊な突出は死亡フラグに他ならない。

 

「空間系は対処が難しいですもんね」


 菜月はそう言いつつ、頭の中で健輔や優香を思い浮かべる。

 健輔ならばあっさりと閉鎖空間を解除して、優香は多少強引だが空間拘束を消し飛ばす。

 なんとなくそんな光景が思い浮かぶ。

 出鱈目な強さについ笑ってしまったのは、たった数ヶ月前の激闘を懐かしく思ったからである。

 離れてから左程経っていないのに随分と昔の話に思えてしまう。


「クォークオブフェイトの皆さんみたいなことが出来るチームばかりではないですものね」

「空間系を破るなんて、普通は出来ないからねー」


 通常の魔導師のレベルで空間系の技を破るのは不可能に近い。

 規模、そして範囲において破格の性能たる『空間展開』のリミットスキルは明らかに他の系統よりも頭1つ抜き出ていた。

 魔導における最強の天敵、破壊系でも持っていないとまともに対抗するのは本来は難しい。

 しかし、それをなんとかするのがトップランカーたちである。

 固有の方法か、もしくは既存の方法だがレベルが違うのか。

 方法は各々で異なるが結末は同じであった。


「熱い戦いがまた始まるね!」

「うんうん、いろいろと変わってるから、今年は去年とはまた違う感じでワクワクするよね」

「皆、遊びじゃないんだからしっかりとしてよね?」

「わかってますって」


 誰が強いのか、誰を応援するのか、と話し出す友人たちに溜息を吐く。

 菜月が応援するの人たちは変わらない。

 今の彼らがどうなっているのかは知らないが、きっと楽しく魔導を嗜んでいるだろう。


「健輔さんたちの悲願。今度こそ、特等席で見てみてみたいな」


 後1歩のところで零れ落ちた夢が今度こそ形になるように、紫藤菜月は祈っている。

 健輔たちが最後の調整に勤しむ間も時間は平等に進む。

 まだ見ぬ敵と、味方たち。

 彼らとの再びの邂逅は、それほど遠い日の出来事ではないのだった。


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