第95話『始まりはよろしくから』
試合終了後、各々チームは割り当てられた宿舎に帰還した。
疲れを癒す、というのもそうだが反省会のためにも情報を纏める必要がある。
各チームの参謀陣は休みなしで作業を急いでいる中、やることのないメンツは各々好きなように時間を過ごしていた。
彼らクォークオブフェイトの3名も例外ではない。
仲良くロビーのソファーに沈み込んでいる。
「久しぶりの自爆は……辛いわー」
「自爆出来ただけマシじゃないかなぁ……。僕とかこの試合で良いところなしだよ。全く、嘉人くんの方が頑張ってるじゃないか」
「いやぁ……先輩たちの教えが良かっただけですよ。は、はは……」
魂が抜けたように乾いた笑みを嘉人は浮かべる。
「おうおう、燃え尽きてますなぁ」
「思い出すねぇ……」
ここまでレベルが高くはなかったが、健輔たちも初めての戦いは消耗したものである。
呼び起こされる記憶は1年前なのに既に数年経ったように感じた。
密度の濃い日々はそれだけ多くの思い出を蓄積させている。
「しかし、あれだなー。正面からだと、ここまでキツイか」
「バックスもまだまだ慣れていないこの状況でこれだと、本番はもっとしんどいだろうね。戦術的な動きはシューティングスターズくらいしかしてないのに」
「新しいルールというのは面倒臭いもんだ」
「自分は試合に慣れるのに精いっぱいっす……」
体力配分、魔力の運用といった部分にまで気を配らないといけない。
昨年度よりも健輔たちの実力も向上していたが、求められている役割は去年の比ではなかった。
特に健輔は自分のポジションの重要さを再確認している。
あっさりと自爆を選択してしまったがあれは間違いだったと痛感していた。
最高のタイミングで、最良の選択だとは思うが、あれで実質的に勝利が無くなってしまったのだ。
自省するべき部分ではあるだろう。
「思った以上に俺が抜けると今のチームは脆いな」
「そりゃね。君、ランカーだし、格上キラーだからね。桜香さんも何だかんだで、君がいる間はそれなりに自重してたからね」
自覚しているつもりでも認識の相違は生まれる。
健輔が思う重要度と圭吾が思う重要度にズレがあるのは当然であった。
「後は……まあ、去年よりも尖ってるからね。僕たち自体がさ」
「特化しているのは自覚があったけど足りなかったか」
「戦力として換算するのが難しい人もいるからねぇ」
健輔は尖っているように見えて能力的にはバランスがいい。
流石の万能系と言うべきなのだが、問題はバランスの良い人材が彼以外には優香くらいしか見当たらないことだろう。
結果、2人への負担は増大する。
健輔が桜香との戦いの前に消耗をしていたのは、チームの構造的な欠陥が大きな理由であった。
「隆志さん、妃里さんはスタンダードな魔導師だったからね。真由美さんを加えた時の安定感は今と比べ物にならないよ」
「葵さんも強いけど、あの人の強さは単体での強さだからな。距離を取られると、戦力としては価値が半減する」
「戦局を逆転させるには厳しいよね。……多分、わかってるんだろうけど九条さんにもこの事実は重く圧し掛かるだろうね」
アマテラスに注力出来なかった、というのが直接的な原因だが桜香1人に粉砕された事実は変わらない。
優香では桜香に勝てず、他の大勢の魔導師と同じようにしかならなかった。
美咲の奮闘を加えても多少傷を与えたぐらいではいけない。
優香は最大戦力なのだ。
求められる役割はかつての真由美であり、桜香のポジションだった。
格上キラーの健輔と、安定したエースの優香の2枚看板がクォークオブフェイトの強さの根源である。
ここが崩れてしまえば、チーム全体が崩れ去ってしまう。
葵が頑張って補強していたが、彼女は特化した前衛だからこそフォローできる部分に限界がある。
「まあ、最大の問題は」
「個々の伸び悩み、だろう? 俺も落ち着きはしたがまだまだ目標には届いてないしな」
「君はまだいいけど、僕とかは結構マズイね。技量は上がったけど肝心の部分、能力の成長が鈍化してるよ」
「俺も去年に比べれば落ちてるよ。そこは仕方がないだろう?」
「0を70にするのと、70を100にするのは労力が違うからね。理解はしているさ。ただ、納得は難しいものさ」
急激に成長してきた去年に比べれば健輔の成長は鈍化している。
桜香のように成長のペースが落ちるどころか上昇する方がおかしいのだ。
健輔は真っ当な速度で前に進んでいる。
しかし、こういうものはどうしても比較してしまうものだった。
圭吾も隣にいる友人と常に比較をされる立場である。
「健輔と比べられる身にもなって欲しいね」
「おいおい、だったら桜香さんと比べられる俺のことも労われよ」
軽口を飛ばし合う。
お互いに比較は無意味だとわかっているが、わかりやすい物差しを使ってしまう。
圭吾にとっては健輔こそが手近なランカーであり目標に近い。
対する健輔の比較対象は上位のランカーたちであり、優香であり桜香であった。
どちらが上なのかは関係ないが、掛かる重圧は健輔の方が上だろう。
「先輩もやっぱり、悩みとかがあるんですね」
「当たり前だ。どんな超人だと思ってる」
「超人というか、バカだとは思ってました」
「流石、嘉人君。大正解だよ」
圭吾が拍手するのを、小突いてから嘉人をジト目で見つめる。
「良い度胸してるな」
「今回のでいろいろと弾けた感じはあります。こう、我慢とかってよくないな、と」
「爽やかにサムズアップしているところ悪いが、お前は合宿中に特別メニューを受けて貰うわ」
「えっ……」
健輔は市場に出される家畜を見るような優しい瞳で嘉人に告げる。
後輩が弾けたのは祝福してやりたいが、先輩への敬意は忘れていい訳ではない。
リスクとリターンの計算はしっかりとやれるのが、合理的な魔導師である。
健輔もその辺りはしっかりとやっていた。
きちんと計算した上で無視しているのが健輔なだけで、やることはやっているのだ。
勿論、無視した分のリスクは自分で負っている。
「ま、いい勉強にはなっただろう? 振り切ったからといって、なんでも上手くいくわけじゃない」
「言う相手が悪かったね。別に健輔も怒ってないけど、まあ挑発したならちゃんと受け止めようか」
意識がふわふわとしているところの失言だったが、嘉人は自分が地獄への道へ運ばれていることをなんとなく察した。
このままだと凄いことになる。
「え、えーと、そのじょ、冗談って言うのは?」
「無理」
「僕らも痛い目は見てるからね。いや、もうそんな時期なのか。桐嶋さんが1番乗りだとすると、君は3番目くらいかな」
「すくすくと成長してくれて嬉しい限りだ。よろこべ、世界最強の魔導師との特訓を用意しておこう」
健輔が頼めば桜香は快く承諾してくれるだろう。
しかも、これ以上ないほどに燃え上がるに違いない。
気付けば舗装されている地獄への道。
嘉人は正気に戻った頭で言い訳を考えるが、
「諦めろ。ここがお前のゴールだ」
「ご愁傷様」
「お、鬼ーーーーッ!」
無残に断ち切られて、涙声で叫びを上げる。
受け継がれる伝統。
ある意味で以前よりも遥かに悪化した先輩からの思いやりを受けて、後輩は随喜の涙を流すのであった。
メンバーが休んでるいる中、首脳陣は集まって今後の予定に付いて話し合う。
議題は言うまでもなく各チームの課題についてであった。
「まずはここで全体の意見を交換。持ち帰ってチームで検討後、再度摺り合わせ。あんまり時間もないから、ここでは手短にいこうか」
最年長メンバーの中でも社交性に富んだ真由美が司会を行う。
誰も口を挟むことがないのは、このメンバーでは真由美は相応に尊敬されているからであった。
クォークオブフェイトの先代リーダーにして、砲撃魔導師の極致。
実績だけならば『皇帝』こそが相応しいのだが、彼にそんな役割を求める者は誰もいない。
そもそも出来るとも思われていなかった。
必然として真由美にお鉢が回ってくる。
「まずは、勝者のアマテラスについて。意見は事前に集約してあるけど、まあ、わかり切っているね。ここにコーチとあなただけで来たのもわかり切っていたからでしょう?」
真由美は桜香にニンマリと笑い掛ける。
尊敬する先輩の態度に桜香は苦笑しつつ、正直な思いを吐露した。
「ええ……香奈子さんにもお願いしたのですが」
「ん、中々、夢から覚めない」
既に力で殴りつけるのは幾度もやったのだ。
しかし、桜香ならば仕方ないとハードルを設けて安心されてしまうとどうにもならない。
ならば、と香奈子にもお願いしたのだが、彼女を見て奮起したのは表面上だけ、机の上での計算は上手いからか自分を騙すことに長けている。
「あの子たちは本気でダメだからね。私が抜けた理由をわかってくれた?」
「然りと。確かに嫌にもなりますか」
「優秀なのも困りものだよ。成績では上位でも、負けたくないとかそういうのを格好悪いと思ってるんだよね。優雅じゃない、みたいな」
言いながら、真由美はレオナに視線を送る。
同じ課題にヴァルキュリアも直面したし、今もしていた。
才能がありエリートコースを歩んだ者たちは失敗を過剰に恐れる。
減点方式での評価基準の悪癖が完全に露呈していた。
健輔のようにトライ&エラーをするつもりすらないのだ。
ミスは悪く、怖いもの。
そんな認識では未知の脅威が前提の戦闘で活躍出来ないのも当然だろう。
「……心理的には理解できます。名に傷がつく。そう思うと、ミスとは怖いですから」
「失敗程度で傷つくなら大したものじゃないと思いけどなー」
「凡夫には、凡夫の都合がある。姫、お前は強いが大半は弱いのだ。嘲るようなことはやめておけ」
「理解してますよーだ。たださ、才能とかに言い訳して、何が楽しいのかしら」
アリスの不満に年長者たちは苦笑した。
上手い下手関係なしに魔導を楽しんでいるアリスには真面目にやっていない者たちが歪んで見えるのだろう。
評価の為に戦わずとも結果が付いてくるアリスらしい発言ではあった。
ひどく傲慢だが、無垢で純粋である。
これがアリス・キャンベルの強さの源なのだ。
「アリス様の言はともかくとして、合宿をする以上は私たちもメリットを求めています。ヴァルキュリア、クォークオブフェイトに関しては文句はないですが」
「アマテラスとの練習は拒否させて貰いたいです。ハッキリと言えば、学ぶべきことが何もない。あの程度、そこら辺に転がっていますから」
ヴィオラの言葉を引き継ぐようにレオナが締めくくる。
桜香とならばともかくアマテラスというチームには価値がない。
言い分としては苛烈であろう。
仮にも昨年度の優勝チームに対して言う言葉ではない。
強い意思の発露に桜香も苦笑するしかないが、彼女としても否定すべき部分はなかった。
現状のアマテラスから学ぶべきことは何もない。
「凡夫には、凡夫の都合がある。そう言ったが、貴様のチームは流石にあり得んな。あれでは凡夫に失礼だ。寄生虫、とでも言うべきだろうよ」
「ハッキリと言いますね。まあ……否定はしません。承知しました。あの子たちには、別メニューで構いません」
「そうやって、あっさりと見切るから負け犬根性が身に付くんだよ。まあ、私と立夏ちゃんが根性あるのは引き抜いたからなんだけどさ」
去年はまだ3年生に戦う気概があるものがいたのだが、今は完全に腑抜けてしまっている。
桜香だけで優勝したと理解しているのに、自分たちに価値があると勘違いしているのだ。
全ての歪みはそこにあり、今回の戦いで優香に粉微塵に破壊された。
アマテラスのメンバーは確かにそこそこ優秀だが、それだけなのである。
桜香がいなければ世界戦どころか国内の上位にもこれない。
エースこそ不在だが、チーム自体の完成度は高いツクヨミやスサノオにもあっさりと完封されるだろう。
「……実際のところ、このまま世界大会に進めば、あなたも負ける可能性がありますよ。よろしいんですか?」
フィーネが桜香を気遣う言葉を投げる。
最強を背負うことの重荷を理解しているからこそ、頂点に立つ桜香を気遣った。
戦場でなければ女神は正しく女神なのである。
「いいか悪いか、で言えば悪いですが……」
言葉を区切ったのは桜香なりの決意の表れである。
如何なる状況、苦境でも最強は屈してはならない。
「彼らがそうである以上、私の意思は変わらない。変わるべきは私ではないのだから。無論、このまま放置するつもりもないですが、私のスタンスは同じです」
「そうですか。はぁ、あなたも大概面倒臭いですね」
「自覚はあります。でも、この強さが誇りでもありますから。易々と降ろしていいものでもないでしょう?」
桜香では変革を齎すことが出来ない。
出来ないならば、いなくても問題ないようにどこまでも強くなる。
覚悟を定めた太陽には何を言っても意味がない。
「葵、どう思います?」
「こんな勝ち筋が見えている詰まらない展開は嫌よ。そこの2チームもやりたくない、じゃなくて力を貸しなさい」
「ええー、嫌だなぁ」
「正直なところ、メリットがありません」
アリスとレオナは難色を示す。
当然と言えば当然の反応に葵はニヤリと笑った。
この女傑がこの程度で折れる可愛げなど持ち合わせているはずがない。
「言いたいことは理解したわ。メリットならあるわよ。何をしてもいいサンドバッグが志願してくれるのよ。ちょうどいいと思わない?」
「動くサンドバッグなんていらないですよ」
「あら、本当に? 恐怖だの、なんだのとリアクションを示してくれるのはちょうどいいでしょう? 1年生への練習の実験台にも使えるわよ」
桜香からのお墨付きがあるのだ。
厳しすぎて避けていた練習方法も試してしまえばいい。
根性はないが、意地はある方だろう。
この程度で辞めてくれるほどに潔い性根ならば、とっくの昔に目が覚めている。
「……ふむふむ、なるほどね。発想を変えろ、か」
「それでしたら、確かに使い道はある、か」
納得した様子の2人に葵は笑う。
最強のチームにはそれらしくなって貰った方が面白い。
そのために労を割くつもりはないが、ボコボコにするくらいはやってもいいだろう。
敵だからこそ強大であってほしい。
この想いは何も変わっていないのだ。
「同意も得られたみたいだし、詳細を詰めましょうか? みんなで、幸せになりましょうよ」
「いやー、あおちゃんの笑顔が進化してるね。凄く悪い顔をしてるよ」
こうしてアマテラスのメンバーが地獄に旅立つ事に決まる。
彼らは桜香がどれほど甘やかしてくれたのかを知ることになるだろう。
心配する必要は何もなかった。
全員が共に合宿という名の地獄へと向かう。
夏休み、という名の安息が一気に不吉な単語となっていくが、時間は変わらずに流れる。
挨拶は終わり、ここからが本番となるのだ。
「ま、合意は取れたようで何よりかな。じゃあ、皆――」
真由美が言葉を区切り、全員を見渡す。
試合でぶつかり合った彼らには絆のようなものが生まれている。
ここからが本番。
「――存分に、魔導を楽しもうか。よろしく、ね?」
合宿が本当の意味で始まる。
これから3週間ほどよろしくするメンバーとの付き合いはこうして始まったのだった。




