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世界の終わり、茜色の空  作者: 美汐
The last message
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新世界よりあなたへ

「茜ー。部室先行っとくよー」


「うん。私もあともう少ししてから行くねー」


 真由に手を振って、私は再びグラウンドに向けてカメラを構えていた。レンズの向こうには、陸上部の生徒たちが練習する姿が映し出されている。


 朔が姿を消してから一週間。

 世界はいつもと変わりなく、ただ当たり前に過ぎていっていた。

 あの日、世界の崩壊は回避され、私たちの日常は私たちの元に帰ってきた。

 けれどもただひとつ、この世界には、私の知っている人が欠けてしまっていた。


 ――朔。


 記憶を取り戻した私たちは、あの世界の狭間で、お互いの存在を確かめ合った。朔がいるあの世界こそが、私や京の知る世界で。

 だからあの世界の狭間から元の世界に戻ったら、きっとまた三人で過ごせるものだと思っていた。


 けれど、そこにあったのは、朔がみんなの記憶から消えたままの、彼のいない世界のままだった。

 だけど、私と京の記憶にある朔の存在だけは、消されることはなく残っていた。

 それの意味することがなんなのかはわからないけれど、きっとこれは朔が残してくれた私たちへのプレゼントなんだと思う。


 カシャ。

 カメラのシャッターを切りながら、レンズの向こうの景色に思いを馳せる。


 カシャカシャ。

 グラウンドを走る陸上部の男の子に、朔の姿を重ねる。


 風を切る彼の背中が、一瞬の輝きを放ちながら、遠くへと走り去っていく。

 遠く。

 どこまでも光り輝きながら。


 私はカメラから顔を離し、頭上を仰ぎ見た。

 空にはいつの間にか茜色が差し、一日の終わりを告げようとしていた。




   *   *   *




 親愛なる朔へ




 今日はとても澄んだ美しい空でした。

 そんな空を見つめながらふと思い立ち、この手紙を書くことにしました。

 あなたと会えなくなってから随分経ちましたが、元気にしていますか?

 私たちはあれから再び新しい世界に降り立ち、いつもの日常を過ごしています。

 世界はもうあの三日間を繰り返したりすることなく、淡々と、新しい日々を送り出しています。

 季節は移り変わり、随分空気が肌寒く感じるようになってきました。

 あなたのいない世界はやっぱり私たちには少しもの足りなく、心の底に切ない痛みを感じますが、それでもあなたと誓った約束のために、この世界を一生懸命生きていきたいと今必死にもがきながら足掻きながら一日一日を過ごしています。

 私は相変わらずたまに目覚ましをかけ忘れて寝坊してしまったり、テストの答案を冷や冷やしながら受け取ったりしている毎日ですが、一つ新しいことを始めてみました。

 なんと、真由と一緒の写真部に入って、毎日写真を撮っているんだよ!


 教室のなにげない日常。

 穏やかな朝の光。

 道を歩く猫。

 どこまでも続く飛行機雲。

 青い海の彼方にある地平線。

 私たちの街。

 一日の終わり。

 ――茜色の空。

 みんなみんな、朔と一緒に見たことのある風景。

 朔が写真のどこにも映っていないのが不思議なくらい。


 私はこの世界のことが、大好きです。

 あの世界の終わりを経験したからこそ、今そう思えるんだと思います。

 この世界の美しさや愛おしさを、一枚一枚胸に刻み込むように、カメラのシャッターを切る。

 どこかで見ているかもしれないあなたに向けて。


 あのとき、本当だったら、私たちの記憶から朔の記憶が消えなければ世界のバグはなくならず、また世界は崩壊していたはずだと朔夜さんと鈴さんは言ってた。でも、何度消そうとしても私たちのなかからあなたの記憶は消えなかった。

 それは、もしかしたら私たちの絆が世界の終わり、というどうしようもない大きな敵に勝ったっていうことなのかもしれない。実際そんな大層なことじゃないかもしれないけどね。

 でも、奇跡だったと思う。まぎれもなく。


 私はときどき考えることがあります。

 私と京のなかの朔の記憶は、未来の技術をもってしても消せずに残ったのはなぜか。

 それはきっと、いつかどこかで会えるかもしれないあなたを覚えておくためなんじゃないかって。

 それはもしかしたら、私が死んでからずっとずっと後のことかもしれない。

 遠い遠い遙か彼方の未来のことかもしれない。


 でも、いつかまた――。

 なにかの形で。

 あなたに会えるような、そんな気がしてならない。


 そういえば今日は、あなたの誕生日だったよね。

 帰りに、京と一緒にプレゼントを買いに行こうって話をしてたんだ。

 いつかまたあなたに会うときのために。

 三人で語り合うそのときのために。


 そうそう。京がね。今度のクリスマスに私にもなにかくれるみたい。

 朔の誕生日プレゼントのことを話してたら、照れ隠しみたいに私の欲しい物も訊いてきたの。

 今さらもう照れることないのにね。


 それじゃまたね。

 あえてまたねって書いておくことにする。

 いつかあるかもしれないから。

 また会える。

 そんなときが遙か遠い未来の先にあるかもしれないから。


 大好きな朔へ。

 ありがとう。またね。

 あなたの笑顔をずっと覚えているよ。



 2016年11月吉日

                                 坂崎 茜




                                 (終) 



挿絵(By みてみん)






最後までお読みいただきありがとうございました!


※イラストは貴様二太郎様よりいただきました!

作品の夕暮れ時の雰囲気や三人の表情がイメージ通りで素敵です。


※イラストの無断転載等はお控えください。

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