第七十六話 炭酸水でフィーバー
俺が途方に暮れているとベッキーさんとリーリさんが戻ってきた。ベッキーさんは芋を食べながらだけど、あれはサツマイモだ。少し焦げてるから焼き芋だな。
芋の村なんだから他にもあるだろうけど、サツマイモは甘いからお菓子感覚で食べちゃえるんだよな。食べすぎはやばいけど。
「たっだいまー!」
「お店を渡り歩いて迷惑にならない程度に買い占めてきました」
「お芋おいしいの!」
「ダイゴさんが調理してくださるまで待てばいいのに」
「ダイゴさんの作った料理は別腹だもん!」
いつものふたりが元気に帰ってきたので良しとしよう。
早速実験のお手伝いを依頼する。
「わ、楽しそうだね!」
ベッキーさんが乗り気である。未知の作業とかだから興味深いんだろう。その気持ちよくわかる。
ということで、水を半分入れた瓶を用意する。炭酸が逃げると炭酸水にならないんじゃ?ということで金属製の蓋も探した。
「わたしはワインからブランデーを作っていますわ!」
リーリさんはお酒の魔力に囚われてしまったようだ。まぁ美味しかったしね。その気持ちもわかる。
「じゃあベッキーさん、この石に魔力を込めて瓶に入れてください」
「よーし、やっちゃうぞー!」
ベッキーさんが瓶に石を入れるとすぐに泡が出てきた。ぼこぼこすごい勢いで水があふれてくるから急いで蓋をした。
「ここだと蓋をとった時に床が濡れるな」
急いで表に出て地面に瓶を置く。ボコボコ激しく泡立っててるのか蓋を叩く音がすごい。ドライアイスを水に入れたらこうなるナーって思い出したよ。
と油断してたら蓋が噴き上げられた。
「まじか」
「しっかり押さえてないと、だめだね!」
てとてととベッキーさんが歩いて蓋を取りに行き、そのまま瓶に蓋をして手を置いて押さえた。
ボココココとドラムロールよろしく泡が蓋を叩いてるけどベッキーさんは余裕な顔をしてる。さすがの怪力。俺なら飛ばされてるかも。
「どれくらい押さえてればいい?」
「あーーー、わからないけど、とりあえず5分で」
「わかったー!」
いちにいさんと数を数え始め、300までカウントが終わる。いまだボコボコ音が凄い。
「よし、蓋をとってみようか」
「できてるかなー?」
ベッキーさんがよいせと蓋を取ると、バシュっと弾ける音が響く。
「わ、びっくりした!」
音は炭酸飲料を開けた時の音だ。しかも抜けてない音だよ。恐る恐る水に手を突っ込み石を掴むと、ボコボコが止まった。はい、魔力がない俺です。
「良い感じでしゅわしゅわしてるから成功かも」
瓶の中にはシュワシュワする液体。見た目は問題なさそうだけど。
「飲んでいい?」
「ちょっと待って、ベッキーさんに何かあると嫌だから俺が飲むよ」
「ダイゴさんに何かあったらもっと大問題だよ! あたしが飲む!」
とベッキーさんは瓶を持ち上げてそのまま口をつけて飲んでしまった。あーもう、ベッキーさんはベッキーさんだなぁ。
ゴク、ゴクとベッキーさんの喉がなり、飲み終えてプハーっとした。
「味はしないけどエールのキツイやつみたい!」
「体は、なんともない?」
「んー特にゲフッ」
「……大丈夫、なのかな?」
俺には判断することができない。何かあれば治すことはできるんだろうけど。
「俺も飲んでみよう。確かレモンと砂糖はあったはず」
魔法鞄から取り出して、砂糖を少しと入れ絞ったレモンを別なカップにいれた。瓶から液体を注いでかき混ぜる。んー、レモンの香り。
エイっとひと口飲んでみる。
「……うん、分量をミスったレスカだ。でも、さっぱりして美味しい」
「あたしも飲むー!」
俺のカップがベッキーさんに奪われゴクゴク飲まれた。
「酸っぱいけど、シュワシュワとよくあうね! 美味しい!」
にぱっと笑顔のベッキーさん。分量は試していけばいい感じのがわかるかな。
炭酸水ができるとハイボールができるし、果物の搾り汁で甘い炭酸飲料もできそう。
「よし、成功としよう!」
「やった!」
ベッキーさんに両手をあげてもらってハイタッチを決めた。
「……わたしにはそれはないのですか?」
いつの間にかジト目のリーリさんが隣に立ってた。ワインの蒸留は終わったんだろうか。
片方だけに何かはダメだって学んだ俺は素直にリーリさんともハイタッチを決める。これで機嫌も治るはず。
「ブランデーが、たくさんできました」
「たくさんというと、どれくらい?」
「大樽ひとつ分ですわ」
ぼやぽやと花が咲きそうな笑顔のリーリさん。
「……えっと、大樽とは?」
「先ほどのが小樽で、それの30倍です」
「あーーー、作りすぎでは?」
そんなに飲むの?
テヘペロじゃないですわー。
「おじに飲ませてみようかと」
「まさか、店で売るつもり?」
「教会で作ればお金になりますし、美味しいので私も飲みたいですし」
「後半で欲望がダダ漏れだけど、うーん、教会の稼ぎになるならかー」
なんでも先生に丸投げは良くないんだ。西洋の修道院ではビールを生産してたって聞いたことはあるけど、ここは西洋じゃないし。
「原料のワインはおじから買ってもらえれば、お互い利がありますわ」
「あ、思い出したけど、ブランデーって、保管に失敗したワインをどうにかしたいってことから生まれた説があってさ、酸っぱくなっちゃったワインでもいいはず」
「あら、そうなのですか?」
「たぶん! まぁ酸っぱさは移らないから問題ないと思う。すごくおいしいかは不明だけど」
「……酸っぱくなって捨てるくらいなら魔道具に入れても問題ないですわね」
リーリさんがにこっとほほ笑んだ。
ベッキーさんのにぱっと笑顔とリーリさんのにこっと笑顔、どちらも甲乙つけがたし。ぜいたくな悩みだ。いや、どっちがいいとかはない。どっちもいい、だ。
間違えてはいけない。
おっと脱線した。
「ダイゴさんて、たまに動きが止まりますね」
「ちょっと、考え事をね」
危ない危ない、おかしなオッサンと思われるとツライ。すでに遅いかもって考えは捨てる。前向き思考万歳。
「また固まってたよ!」
ベッキーさんにも言われてしまった。考え事は寝るときにしよう。たぶん、すぐに寝ちゃうんだろうけど。
「売り物にならないワインを原料として使うなら、教会で作ってもいいかな」
そうなると、野菜だけでも怪しい奴がつけてるって聞いたし防犯をどうするか。うーん、サンライハゥンさんだけだと手が足りなくなりそうだ。いっそコルキュルで生産してしまえば……あそこなら怪しげな奴がいればすぐにわかるか。ん待てよ、ブランデーってりんごからもできたよなぁ。
あ、シードルからもできるって聞きたことがあるような。コルキュルにはりんごの木もある。しかも出鱈目な期間で育ったヤバい奴が。
「てかりんごならシードルの方が飲みたいじゃん!」
「わ、びっくりした」
「ダイゴさん、また固まっておりましたよ?」
ふたりが心配そうな顔をして俺を見ている。これはいかん。
「りんごでお酒も造れるから、コルキュルで採れるりんごの一部を試しに酒にしたいなって」
「りんごから、ですか? りんごはあまり売っているものではなく、そもそも食べるものとしか認識しておりませんでしたけど」
「なるほど。お酒って、ここだとどんなのがあるんだろ」
「芋の村だと芋の酒があるよ! お芋の色をしたお酒なんだ! あっちの店で売ってた!」
「へぇ、色がついてるってことは、芋焼酎ではない酒なのか。どんな味なんだろ」
「じゃあ買ってくる!」
「あ、ちょっとベッキーったら」
べっきーさんはとてててっと行ってしまった。
ふと周りを見たらもう陽も傾いてきて、ちょっと肌寒くなってきた。
この野営広場に俺たちしかいない、貸し切り状態だ。
「そろそろ夕食の用意をしましょうかね。買ってきてもらった芋三昧にしましょう」
そしてお酒も飲むのだ。




