第七十五話 蒸留でイェーイ
野営、というと怒られそうなレベルの部屋ができたことで夕食までは自由時間だ。隠れて作業ができる部屋をゲットできたので、ちょっと試したいことをするつもりだ。
「リーリさん、エールとワインって在庫あります?」
「……どちらもありますが、どの程度必要なのでしょう」
「お試しなので、ジョッキにあればいいかなー」
「では、瓶で出しますね」
リーリさんがテーブルの上に金属の瓶を出してくれた。だいたい2リットルかなって大きさだ。大森林産のフラスコと出来上がり用の金属製カップを魔法鞄から出しておく。
「わ、何をするの?」
興味津々な顔のベッキーさんが向かいに座った。ぶちこも隣でお尻を床につけてお座りしている。
「大森林産のガラスのフラスコが蒸留の魔道具だったからエールとワインを蒸留してみようかなって」
「蒸留というと、火酒のことでしょうか?」
「その呼び名は知らないけど、できてからのお楽しみかな」
「美味しいといいな!」
「ベッキーはそればかりですわ」
「だってー」
といういつものコンビの会話を聞きつつ準備をしていく。ガラスのフラスコの上から材料となる液体を入れて、フラスコの下方横にある取り出し管から蒸留されたものが出てくる仕組みの様子。魔道具なので物理法則は通用しない。どうしてこうなるんだろうって俺が考えても無駄だ。
フラスコをテーブルの端において、取り出し管には金属製のカップを配置する。もちろん椅子を使って高さの調整はする。
「さーてどうなるかな」
フラスコの入れ口からエールを入れていく。フラスコ自体は手のひらに乗っかるくらいの大きさしかないんだけど、エールを注いでもあふれる気配はない。というか、フラスコの中は空のままでエール2リットルをすべて注いでしまった。フラスコは静かで音も振動も熱も発しない。
「もしかしたら、魔力がないダイゴさんでは動かせないのかも」
「えぇぇぇ……確かに、調理用の石の時も俺だと火が出なかったけどさぁ」
俺じゃ使えないってこと?
まじかよ、すげーショックだ。
「で、では代わりにわたしがやってみますわ」
リーリさんが申し出てくれた。俺があからさまに落ち込んでたからなんだろう。面倒かけてばかりで申し訳ない。
リーリさんがフラスコに触ると、シュゴーと音がして湯気が出てきた。
火もないのに加熱されているようだけど、触っても熱くないらしい。
「何がどうなってるんだか理解不能だ」
「……大森林産の魔道具を理解するのは砂クジラが明日どこに現れるのかを考えるに等しいと言われておりますわ」
「意味がないってことだね!」
そんな慣用句もあるんだ。
「お、取り出し管から液体が出てきた」
管から透明な液体が出てきて金属製のカップに落ちていく。ちょろちょろだけど、カップくらいじゃすぐに満杯になっちゃいそうだ。
「空の瓶ですわ」
リーリさんがどこぞから取り出してカップの代わりにおいてくれた。大きさは、エールが入っていた瓶と同じだ。念のために清掃スキルで綺麗にしておく。
「酒精が強そうな香りがします」
リーリさんがカップの匂いを嗅いでいる。
「理論上はウィスキーだしね」
「ういすきー、ですか?」
「ういすきー?ってなに?」
ベッキーさんとリーリさんがそろって首をかしげた。
「詳しいことは俺も知らないんだけど、穀物の酒を蒸留するとできる、アルコールの強い酒って感じ」
「ちょっと飲んでもよろしいですか?」
リーリさんがなんだかわくわくしてる。あれ、リーリさんて酒好きだったっけって、あ、呑みすぎで寝ぼけたまま肌着で家に来ちゃったこともあったっけ。
「良いけど、一気に飲むとのどが痛くなるよ」
「え、そうなのですか……」
俺が脅したからかリーリーさんはカップに口をつけて少し傾けて液体を舐めた。
「ッ!?」
リーリさんの長い耳がビクンと揺れた。蒸留したてだからアルコールはかなり濃いはずなんだよね。
「の、のどが焼けるようですわ……でもエールの雑味がまったくなくなっていて、美味しいです」
「ちょっと俺も舐めてみよう……うが、濃い、けど、飲んだことがあるウイスキーくらいだな」
「あたしも! あ、美味しい!」
透明とはいえ、ウイスキーの味はした。濃さも市販品よりはキツイかなってくらいだった。
ウイスキーは樽で熟成させて色とまろやかさが出るってのは聞いたことがあったけど、透明なウイスキーでもまろやかさは十分に感じた。これも魔道具の力なんだろうか。
「炭酸水で薄めてハイボールとして飲むか、これをもとにリキュールを作るか。いろいろ試せそう」
「タンサンスイとはなんですの?」
「炭酸を水に溶かしたものなんだけど、エールの泡の強い版かな。オババさんが好んで呑んでる家にあるビールみたいにしゅわしゅわってする奴の水バージョンで味は特にないんだけど、レモンとかを入れると爽やかな感じの飲み物になるよ」
「わ、それも美味しそう!」
ベッキーさんの目がギラリと光った。
あれ、ベッキーさんもお酒には目がない感じ?
「それもこの後試してみるよ」
そうこうしてると、フラスコから出る液体が止まった。空だった瓶には2割ほどたまっている。
だいぶ減ったな。
「蒸留でアルコール濃度を高くするんだから妥当なところか。じゃ次はワインで試してみよう」
ワインだとブランデーができるはずなんだけど、物理法則先生が生存できないここだとどうかな。
念のため清掃スキルでフラスコを綺麗にしてからワインを注いだ。ちなみにワインは赤ワインだ。ここには赤ワインしか存在しないらしい。
エールで一気に入れても漏れないのがわかっているので躊躇はない。どぼどぼ入れ込んでいく。そして今度はベッキーさんに触れてもらった。
「ん、出てくるのはやっぱり透明だ」
エールの時と同じように無色透明な液体が瓶にたまっていく。これを木の樽で熟成させると琥珀色になるんだから不思議なもんだ。もっとも、ここじゃ木は貴重品だから木樽なんてないんだけど。
蒸留は10分ほどで終わった。これが正規の時間なのかは知らない。
「こっちもやっぱり2割くらいしか残らないな。妥当なんだろうなぁ」
「は、早く味見を」
リーリさんがカップを手にして催促してくる。こんなにお酒が好きだったのか。瓶からカップに注ぐと、すぐに飲んでしまった。
「ん……なめらかで濃い酒精の向こうにぶどうの味わいが感じられて、非常に美味しいですわ!」
「どれどれ……けほ、確かにウイスキーとは違って、美味しいな けほ」
「まろやかで、美味しい! ごくごくいけちゃう!」
俺は咽ちゃったけど、リーリさんにもベッキーさんに絶賛された。でもベッキーさんはこれをごくごく飲んじゃダメです。
「これは、ワインを買い占めてこなければいけませんね」
「あ、あたしも行く! ついでに芋も買い占めないと!」
ギラつくハンターの目になったふたりは風のごとく部屋を出ていった。
「あー、止める間もなく行っちゃったよ……まあいいや、次の実験だ」
その前に、できたウイスキーとブランデーを小さなカップにいれてお供えする。水神様の神棚は、いまは俺が持ち歩いてるんだ。水神様が飲むのかはわからないけど、作ったものはまずお供え。
さて実験再開。
エールが入っていた瓶を清掃スキルで綺麗にして水袋から水を入れていく。半分くらいまで入れて、魔法鞄から黒い石を取り出した。
「鑑定してもらったら火消し石って出たやつ。もしかしたら炭酸水が作れるかも」
この石は炎の中に投げ込むと消えるって石なんだけど、これ二酸化炭素が出てるんじゃねって予想してる。昔の火事の時にこれを投げ込んだ消火してたのかもしれない。
で、コイツを水の中に入れて試してみようってわけ。
「うまくいくかは、神のみぞ知る」
水神様が知っているわけは、ないな。よし、実験あるべし。
水を入れた瓶の中に石を入れだが何も起きない。
あれか、これも魔力が必要なのか?
「ふたりとも、早く帰ってきてくれー」




