第七十一話 そのようなシチュエーションでは使用しません
切腹まがいな騒ぎがあった翌日。美味しい朝食をいただいて、緊張の面持ちなチトトセさんが部屋にいるわけです。
今日はメイド服ではなく半そでだ。着やせするタイプだったようで、すごく、ボリューミーです。
もちろんそんなナイズバディな女性とふたりきりなはずはなく、邪な気などなくても見張り番なのかリーリさんとベッキーさんがいるわけです。ご安心度が高い。
「ということで、チトトセさんにはモデルさんになってもらいます!」
「は、はぁ。こんなことでよろしいのでしょうか」
「いいんです!」
俺ひとりがぱちぱちと拍手をする。寂しくなんかないぞ。
昨日購入した魔法鞄から布をバンバン取り出して広げていく。色は紺色と深緑と灰色で、落ち着いてる感じが部屋着にはとてもいい。
「さて取り出しましたは昨日おとな買いした大森林産の布です」
「大森林産なんて……聞いていないのですが」
「まぁ伸縮性がある珍しい布と思ってください。動きやすくっていいですよ」
布の一枚を取って両手で伸ばしたりして見せた。布の主流は砂羊の生地でとても丈夫なんだけどあまり伸び縮しない織り方なんだ。タオルみたいな感じで、伸びそうだけど伸びない感じ。
「さっそく作るんですけど、その前に測量でーす。チトトセさん、両手が肩と水平になるまで腕を上げてください。あーそうですそうです。その場でくるっと回って背中を見せてください」
「あ、あれ、あたしもやった!」
「ワンピースを強請ったときに、同じことをしましたね」
俺の背後でふたりが何やら話をしている。このポーズが割と測りやすいんだ。
胸部装甲がご立派ですねとは言わないけど、あの大きさは考慮しないと前後で裾が合わなくなるな。
「……わたしも肉をたくさん食べるべきでしょうか?」
「あたしは、食べるのを控えたほうが……」
「ふたりはそのままで十分可愛いのでそのままでいてくださいねー」
あらぬ方向に行きそうだから釘を刺しておこう。
で、俺の作りたいのは甚平なわけで。えっと、右前だけど女性もだっけ?
てか、この土地で男女の着付けの違いとか考えても意味なくね?
ということで、男女とも右前で決まりです。異論は認めるけど決定は覆りません。
「ウエストがこれくらいで、ズボンは膝上くらいにして、上着は……75のE?を許容できるくらいにゆったりめと」
頭のメモに書いていくとともに布に指をあてて形を抜いていく。デカいな、などとは思わないようにする。ベッキーさんはHだったなとかも思わない。
「Eとはなんですの?」
う、この声はリーリさんだな。答えにくい質問を投げてくるのはリーリさんしかいない。
「えっと……区分、ですかね」
「わたしでは、なにになるのでしょう」
「あーっと……b……Cですね」
「ふーん、そうなのですね」
嫌な汗が止まらない。
リーリさんは美貌があるんだから。天は何物も賜りませんよ?
なんて軽く言おうものなら俺は夜までには砂に埋まっているだろう。クワバラクワバラ。
刺さる視線を感じつつも布を縫い合わせていく。といっても俺は指でなぞるだけで勝手に糸で縫われていくんだけど。チトトセさんが俺の手元をじっと見つめてるけど、参考になるようなものはありませんよ?
「ほー、一刺しを大き目に縫って、で半分戻ってって感じで、緩く縫ってるのか。これだと生地の伸びを邪魔しないのか。よくできてるなぁ」
などと感心しながら縫うこと10分ほど。作った服を裏返したら甚平の上下のセット完成だ。
ウエストは紐で縛るタイプで、膝丈で控えめに。上着は半そでお尻が隠れるくらいまでの丈にした。温泉旅館だと浴衣だったりするんだけどまったりしたいときは甚平が楽なのよね。下半身もはだけないし。
「よし、試作完成! 甚平1号だ」
テーブルの上に広げてチトトセさんに見せる。
「わ、上下別れた服なんだね!」
「随分と、胸の部分がだぶついておるようですが……」
「こ、これを、着れば良いのでしょうか? 何も起きないです、よね?」
三者三様な感想だ。
「えぇ、動きやすくて楽だと思いますよ。あ、着替えるなら隣の部屋で」
チトトセさんは足取りも重く隣の部屋に消えた。
リーリさん、胸を押さえて難しい顔をしないでください。
ベッキーさんは、もっとだぶつかせないとだめですよね。
えぇ、わかってます。どうぜ自分たちのもつくれっていうんでしょ?
作らせていただきますとも。
数分後、チトトセさんが隣の部屋から出てきた。猫耳和服の破壊力が俺を襲うって感じで、一部性癖な方は萌えてしまいそうだ。
インナーとして半袖は着たままにしてもらっているので谷間が見えてしまうかもしれない胸元もご安心!
俺の特技がさく裂してるからか、体にフィットしすぎてて胸とおしりが非常に強調されてしまっている。魅惑度は某ファミレスの制服よりもドーン!である。
「チトトセさん、着心地はどうです?」
「あの、これで人前は恥ずかしいです。これが、髪を切るよりもつらい罰なのですね……」
「着心地を聞きたかったんだけど」
チトトセさんは胸とお腹を押さえている。胸が強調されすぎるのはダメなんだろうなぁ。男の視線も気にするだろうし。
俺が着るには問題ないけど、ふたり、特にベッキーさんが着るのはちょっと問題か。胸がデカすぎて視線がそこに吸い込まれちゃいそうだ。その点では俺もやばい。
「娼館だと受け入れられそうな服ですね。素肌に直接着ると脱がせやすくてお客様も喜びそうですし」
「生々しい感想は違う場で、って違う。いやね、それが目的で作ったわけではなく、これも俺の住んでる国では昔からある服なので。暑い時期に着るとことが多い服です」
「そうなのですか? ダイゴ様のお国はそんな破廉恥なお国柄なのですか?」
「昔の風俗史を紐解くと割と夜這いが当たりまえで男女一緒にふろに入ってる絵とかもあるのは確かだけどいやそうじゃなくって!」
チトトセさんばかりでなくリーリさんからも疑いの眼差しが。誤解だー。
「でも、確かに生地が伸びるので座りやすそうですし、体の動きを阻害しないので給仕などの作業もしやすそうです」
破廉恥でなければ宿の裏での作業にはよいかもしれませんね、とチトトセさんが評してくれた。
うむ、動きやすさ重視だからね。
「あと、生地的に濡れても乾きが早いと思うから洗濯しても乾くのが早いと思うよー」
「……湯殿で使用すれば女性と一緒に入れると。なおのこと娼館にはもってこいですね」
「どうしてもそっちに行きたいのね……それを言うなら、これを着て水槽で遊べますよ。海とか川で泳ぐ用の服というか着るものもあるしね」
「水槽で泳ぐなど、なんという贅沢……ッ! いえ、使えるアイディアです! これが長袖で露出を抑えたデザインであれば、貴族や富裕層が飛びつきそうですね」
俺を懐疑の目でしか見ていなかったチトトセさんの瞳が光った。あれは商人の目だ。
「父上には後で許可を取るとして……ダイゴ様、この生地で作った服を売ってはいただけませんか?」
チトトセさんがぐいぐい近づいてくる。ちょっと落ち着いてステイしましょう。
「えー、今着ているのはチトトセさんに差し上げますけど、そもそもは俺が着るために作ろうとしてるので、手持ちの生地は全部使っちゃうつもりですよ?」
「むむむ、それは残念です。先ほどこれが大森林産と仰いましたね。ということは、ハンターギルドに素材の依頼をかければ取得も可能で、しかも当宿にしかない服となれば売りになるのは間違いないですね。傘下に娼館もありますしそちらでも人気になりそうです」
「……夫婦や恋人限定で一緒にふろにはいる混浴とかもありますよ。俺は残念ながら経験はありませんが!」
「夫婦限定は良いかもしれませんね。燃え上ってお世継ぎが増えるとなれば当宿の顧客が増えるるでしょうし……ハッ!」
忍び寄ってきたチトトセさんに、俺の手が取られた。
「ダイゴ様、ちょうどよいので、湯殿で試しましょう! これは、これは絶対に流行ります! 脂ぎった金持ちがこぞってやりたがるでしょう!」
さらっとひどいことを混ぜ込んだチトトセさんが吠えている。チトトセさんて、仲居さんというよりは商人っぽいんだけど、これも修行の一環とかなのかな。
「その役目はわたしですわ」
俺の手がリーリさんに奪われた。俺の手は景品か何かですか?
というかリーリさんにはまだ作ってませんよ?
「生地とかデザインとか縫い方とかは好きにしていいと思いますけど、これは自分のために作っただけなので用途外はお任せします」
どう使うかはお好きにって感じで。
「使ってもよろしいので?」
「どうぞどうぞ」
獲物を狙う猫の目で俺を見てくるのは怖いのですよ。
大森林産の特殊な生地なんだし、1着くらい出たところでだれも気にしないだろうし、なんなら誰かが大森林に行って素材をとってくるかもしれないし。
まぁ、大ごとにはならないでしょ。
「というわけで、リーリさんとベッキーさんの分を数着作ったら先日かった壊れた道具の修理をしようかと。それはそうとリーリさん、俺の手はいつまで捕獲されているのでしょうか?」
俺の手は報酬か何かですか?




