第六十九話 ただいま開拓中inコルキュル
親の顔よりも見たって言うと誇張すぎるけどたくさん見たいつもの鉄の扉。扉の上には文字があるけど俺には読めないのまで一緒。扉ごとに文字が変わってる気がするのは、たぶん気のせいじゃない。繋がってる先が書いてあるんだろうなって予想はしてる。
そして、今できたばかりの扉の上の文字は、どこかで見たことがあるものだ。
「な、なんだ、なんで扉が!?」
サンライハゥンさんがかろうじて声を発したけど、他の3人は口を開けたままだ。リーリさんとベッキーさんは慣れたもんで「あーね」って顔をしてる。
ガタンと扉から音がすると、サンライハゥンさん含めた4人が肩を揺らした。ついでに俺の心臓も激しく揺れたよ。そーゆー演出はいいから優しく開けてください。
ギギギと扉が少し開くと、ローザさんがひょっこり顔をのぞかせた。
『お待たせいたしました』
「いえ、タイミングばっちりです」
ローザさんが鉄の扉を全開にすると、向こうには快晴の空と草原と思われる景色が見えた。抜けるような青に濃い緑。俺には懐かしい景色だ。
「そ、そこは、そこに、植物? なんでだ!?」
サンライハゥンさんの口から出る言葉が意味をなしてない。
「パフゥ!!」
俺が行くよりも早くプチコが突撃していった。扉を出てすぐ曲がってしまって姿が見えなくなった。ここ数日は運動不足だったから走り回りたいんだろうなぁ。運動不足気味だったし。
「あ、ぶちこちゃんだ!」
「はっやーい」
女児ふたりの声がする。オーリヒェィちゃんとトランダルちゃんだな。
「ダイゴ殿、よういらした」
扉の脇から微笑むワッケムキンジャル先生が姿を見せた。老猫獣人の先生もお変わりない様子。
と言っても数日前まで顔を見てたけど。
「おい、ここはどこだ」
「コルキュルかな、たぶん。かつて滅んだ都市、だったよね」
「コルキュルだと?」
サンライハゥンさんが扉から飛び出した。くしゃと草を踏み、顔を左右に振って景色を確認して、立ち尽くした。
「サン姉!」
「あ、ギィちゃん、待って!」
ギィちゃんが飛び出して、ロッカポポロさんが追いかけていく。
「コルキュルって、すげえ前に滅びたって聞いてるぞ」
扉の先に広がる緑をじっと見つめるレパパトトスさんが問うてきた。
「そうですね。滅びてましたけど、先日から開拓してます」
「開拓ぅ?」
「教会の孤児たちの食い扶持を、少しでも暮らしがよくなるように稼ぐために、ですね」
「教会の孤児? 廃墟でかぁ? 話がつながらねえな」
レパパトトスさんが腕を組んだ。無意識だろうけど、右手の使い方を思い出してきたようだ。
「水神様の御導きで、我々はここを水が豊かな緑溢れる土地にすることになりまして」
ワッケムキンジャル先生がホホホと小さく笑う。
「ここで野菜でも育ててろってか?」
レパパトトスさんがジロリと睨んでくる。釜を任されていたほどの職人としての矜持がそうさせるんだろう。俺だって、ブラックだったけど仕事に誇りは持ってたよ。一応はね。
それがいきなり野菜を育てろって言われたら機嫌も悪くなる。もちろん、そう言ったらの話だけど。
「教会に不足している日常家具が沢山ありましてな」
ワッケムキンジャル先生は手でこちらへどうぞと外へ誘導してくる。しぐさが穏やかだからかレパパトトスさんも警戒せずに扉をくぐった。いきなり眩しくなって目がしょぼしょぼするけど、すぐに慣れた。
綺麗に整えられた畝には緑の濃い野菜が整然と並んでいて、教会の周りに植えたりんごの木は俺の背丈の3倍ほどになって、あろうことか真っ赤な実をつけていた。いちごも育ってるけど実はまだのよう。
だいぶおかしいけど水神様の仕業と思えば納得もでき……かねるけどね。
先に出たサンライハゥンさんたちは、やっぱり周囲を見て立ち尽くしている。ギィちゃんは孤児たちが気になるのか、遠巻きにそれを観察してる彼らを見て口をもにょらせてる。
「なんだここは……」
レパパトトスさんがわかりやすく戸惑ってる。ワッケムキンジャル先生はすすっと近寄って行った。
「廃墟の都市コルキュルですな」
「……いやそれは聞いた……確かに遠くは廃墟なんだが、ここだけどうなってるんだ?」
「水神様のご慈悲でしてな。教会裏の井戸もそうなのですが、出歩いた限りで見かけた井戸にはすべて水があふれております」
「井戸に水が……先日、デリアズビービュールズに水が降ってきた。それも水神の慈悲だと?」
「あ、それは教皇様が雨乞いをしたので雷雨になったんですよ」
話に割って入らせてもらった。雷は聞いたことがない人には災害としか感じられないだろうし。
「ほぅ、エラン君が、雨乞いを」
「教皇ぅ?」
「えぇ、俺の目の前でやってました。それも水神様の意思ってことです」
説明すると長くなって目的が違っちゃいそうだから話の向きを変えさせてもらう。
「はい!ってことで、ここでお手伝いをお願いしたいんです! あ、もちろんお給金は出しますし、ある程度資金がたまったらアジレラで働いてもらっても構わないのでー」
手をパンと叩いて一気に説明してしまう。ギィちゃんは孤児たちを見て、ロッカポポロさんは子供たちと先生と教会を見ている。サンライハゥンさんは、そんなふたりを確認し、そして俺を見てきた。
「手伝いって、あたしは何をすればいいんだ? ギィはまぁ子供らと同じことをすればいいだろうし、ロッカポポロは世話係として家事の手伝いでもすればいいだろうが」
サンライハゥンさんが不満げな、でもちょっと不安を感じさせる顔になった。
自分の役割が見当たらないことが心配なんだろうか。大人の手は先生しかないし、人手はいくらあっても足りないと思うんだけど。
「ここの作物は育ちが早く、種をまいて数日で収穫できます。もちろん人のいないコルキュルでは売れないのでアジレラに戻って、教会に寄付をくださっていた宿などに卸しております。水神様のお力が籠っているのか、収穫した野菜がとても評判が良いのですが、それを狙ってくる不届き者の影も見るようになりまして、子供らの身が心配で仕方がないのです」
「え、ちょっと待って先生。そんなことになってるの?」
「はい、ここで育った野菜を食べると不思議と体の調子が良くなるのです。私の体の節々の痛みも無くなりました」
「いやそうじゃなくって、強盗みたいなのに狙われてるって」
ちょっと想定外なんだけど、てか俺が浅はかだっただけか。
「……貧困は何処にでもあるんだ。そいつらも生活が懸かってるんだろ」
サンライハゥンさんが吐き捨てるようにつぶやいた。
「我々の力が及ばず申し訳ありません」
「いやいや、先生が謝ることじゃないでしょ」
「ここの開拓が進めば必然的に人手が足りなくなるので、その時には左様な方に助力をとは思っているのですが」
先生の顔が渋くなってしまった。救いの手を差し伸べたいけど、まだ教会も経済的には安定してないんだ。今の開拓が順調にいけば余裕が出てきて人手を追加することも可能なんだけど、それには時間がかかるんだ。
「こういうと傲慢だって思われちゃうけど、俺のこのよくわからないスキルがあれば大怪我した人とか病気の人も治せちゃうんだろうし、食べるものに困っている人にも何かを渡すことができるんだろうけど、でも俺の体はひとつだし同時にやれることだってそんなにない。そもそもこのスキルだって水神様の依頼のためにあるんだし。でもできることはしたいし」
便利なスキルがあったって何でもかんでもできるわけじゃない。
俺は聖人でもないし。何より、無理したツケが職を失ったってことに繋がっちゃったわけで、無理をするつもりもない。
「だからね、俺に関わっちゃった人くらいは何とかならないかなって感じなんだよね」
「それが運って言いたいのか?」
「まぁそうだね。運が良かったのか悪かったのかは別として、ね」
俺と関わってしまったのは、不運かもしれない。それは諦めてください。
「なるほど。それまであたしが守ってりゃいいのか? でも、あたしだけじゃないが、払う金はあるのか」
「お金は俺が払いますよ。見張ってて欲しいのが俺にもあるんで。あ、ロッカポポロさんには俺の家の管理もお願いしたいんだ。レパパトトスさんには倉庫に眠ってる材料で色々作ってほしいものが」
「なんだ、他にもあるのか?」
サンライハゥンさんがちょっと笑ってる。
「色々ありますよ、楽な仕事なんてないんですから。うーん、住み込みで3食の食事もつけてだと、どれくらいが妥当なんだろ?」
「……至れり尽くせりで逆に怖いぞ」
「怖くないですよー、ちょっと不思議な場所で、水神様が住んでたりもしますけどー」
「……やっぱりやめていいか?」
サンライハゥンさんの頬が引きつってきた。
「いやー、ここに来ちゃったからもう遅いですねー」
俺は渾身の営業スマイルをした。




