第六十八話 3ベッキーのお好み焼き
争奪戦になっている鉄板にフォークを忍ばせ、お好み焼きをゲットする。肉がこんがり焼けててフォークが刺さるとカリッとした感触が伝わってくる。
やべえ、これだけでもうまそうだ。よだれが止まらんぜよ。
ふーふー息を吹きかけ、少し冷ましてからぱくっと食いつく。こんがり焼けた薄切り肉に歯が当たるとカリッと崩れて、すぐにふわっと目の生地に突入する。すでに肉汁が口にあふれてきて、うまみ成分が大爆発だ。
「……俺は人生最大のミスを犯した。くそ、ビールを持ってくればよかったぁぁぁぁ!」
という言葉を、咀嚼しながら心で叫んだ。大絶叫だ。
いろいろな肉が混ざってるはずだけど、薄くとも「俺は極上の肉だぜ、食えよ」と噛み応えで主張してくる。ソースも青のりもないけど、この肉汁と塩加減だけでマジうまい。
残ったお好み焼きを口に放り込んで次を求めて手を伸ばした。
「あつっ! うまっ! あっっつ!」
ギィちゃんはお好み焼きを皿に載せるのではなく鉄板からじかに食べてる。フォークを刺してそのまま口へ。ひと口で全部を押し込んじゃうから口の周りがベタベタだ。
「はふ、うま、うま!」
「ギィちゃん、お口が、汚くなっちゃいます、よ」
「らっへおいひふてほまははいほ」
「お口の中が、空になってから、しゃべりましょうね」
ロッカポポロさんが布切れでギィちゃんの口を拭いてあげてる。サンライハゥンがそんなふたりを見て、口もとをちょっと緩めてる。ふむ、なんとなくの関係は見て取れる。
サンライハゥンさんがリーダーなのは確実だ。でレパパトトスが身の回りとロッカポポロさんがギィちゃんのお世話係だ。ギィちゃんの稼ぎで回っていた集団だからこそなのかもしれないけど、家族だ。
「あ、ギィちゃん、無理に詰め込んじゃ、だめって」
「おいひいんははらひょーははい」
「お口が空になってから、しゃべりましょうね」
拭いても拭いても食べてるからロッカポポロさんが食べられてない。ぼやぼやしてると食べつくされちゃう。
「ロッカポポロさんも食べて食べて。ギィちゃんの口は食べ終えてから綺麗にするから」
「え、でも」
「早くしないと、なくなっちゃうよ」
「え、ほ、本当だ」
鉄板の上のお好み焼きは、すでに半分が消えていた。
ベッキーさんに加えギィちゃんも加わった腹ペ娘の食べる速度は倍速だ。プチコ用と水神様へのお供えは確保済み。水神様への感謝の気持ちを示す、唯一のものだからね。抜かりはない。
「はい食べて食べて」
木べらを使ってロッカポポロさんの皿にどさどさお好み焼きを置いていく。
「こ、こんなに」
「余ったらもったいないし、あ、サンライハゥンさんも食べてます?」
親ポジションでギィちゃんを見ていたサンライハゥンさんも巻き添えにする。
「……食べてるぞ。沢山は食べられないし、その、左手の動かし方を忘れていた」
そういいながらサンライハゥンさんは右手で持ったフォークでお好み焼きを刺して口に運んだ。
ナイフは右手で鮮やかに扱ってたから気が付かなかったけど、そうか。元に戻ったからと言ってすぐにすべてが元通りってわけじゃないよな。反省だ。思い上がってた。
やってよかったんだろうかって、考えちゃうな。なんでもかんでも治してしまえばいいってことばかりではないんだ。
「……気にするな。じきに思いだす」
サンライハゥンさんがフッと笑った。
前を向いてくれたってことでいいのかな。でも、救われた気がする。
「ダイゴさんは年上がお好みですか?」
いつの間にか背後に立っていたリーリさんが囁いてきた。おっと、チトトセさんの技を盗んだのですか?
「え、いや特には。ストライクゾーンは広めだと自認はしてるけど」
「すとらいくぞーん?」
「あー、何でもないです。許容範囲って感じな言葉です」
「なるほど、参考になりますわ」
そうつぶやいたりーりさんがすすっと離れてプチコの脇にしゃがんだ。ハグハグ食べてるプチコに水を持っていったようだ。
なんの参考なんだか。
レパパトスさんはというと、手に持った木べらを睨んでいる。お好み焼きは、食べたは食べたらしい。皿は空っぽだ。
「木べらが気になります?」
「む、いやそうでは、いや、気になるのは確かだな」
言い直したレパパトスさんは木べらを右手のひらでくるりと回転させた。
「削りだしたにしてはなめらかすぎる。何かで研磨したとしか思えぬが、砥石ではこうはならん。何で磨いた?」
ぎろりと俺を見てくる目が、コワイ。獲物を見つけたって目で、あぁ職人なんだなって。
「スキルで出したのでわからないです」
「……スキルか」
レパパトスさんは何か納得できたのか、小さく頷いた。
てか、納得しちゃうんだ。なんなんだろスキルって。まあ考えても答えなんて出っこないか。
「あー、もうないよぅ……」
「なんでなくなっちゃったんだ!」
「パフゥ……」
声のした方を見てみれば、鉄板を囲んで腹ペ娘ーずが項垂れていた。
「結構食べたと思うよ……」
いい笑顔だったし。
「あたしは、1ベッキーしか食べてないよ!
「おれもそれくらいだぞ!」
「ぱふぱふ!」
「それくらいの肉だったんだからちゃんと食べてるでしょ」
「「「えー、そんなー、ワフゥー」」」
三重奏をしてもダメです。これからが本題なのに。
「さて、お腹がくちくなったところでお話があります」
「ようやくか」
えぇ、ようやくですよサンライハゥンさん。
「調理中に皆さんの様子も見れましたので」
「そんなことだろうと思った。で、どうすれば?」
「働いてもらおうかと」
俺のこと長予想通りだったんだろう、サンライハゥンさんが小さくため息をついた。
「働くったって、あたしらはここじゃは働けない。あたしもハンターには戻れない」
「わ、わたしも、ここは、無理です……コワイ」
「俺は、まぁ、いずれえぇけど、やれねことはねえ」
「おれは、おれは……」
4人とも厳しい顔になってしまった。聞いた限りだと、故意ではないにせよ人を殺めてしまっていたり事故でけがをさせてしまっていたりと、社会的にいられない立場だってのは知ってる。
じゃあここでなければいいんじゃ?
通信、また映像を持ち歩くこともできなければ人相なんて確認しょうがないし、事故なども知ることはないだろうし。遠くまで追いかけ来るかって問題はあるけど、そこまではなさそうなんだよね。浅知恵かもしれないけどさ。
「別な街でちょっと手伝ってもらおうかなと思ってます。もちろん、できる仕事でね」
「そうは言っても、たぶんあたしらは出るときに捕まる」
サンライハゥンさんがロッカポポロさんに視線をやると、彼女はヒッと息をのんで下を向いてしまった。話にあった執事が今も探していれば、当然出る人間をチェックはするだろうけど。そこまでやるかは別として、正面からここを出るつもりはまったくない。
「門から出なければ、捕まらないでしょ」
「門から出なくて、どうやって出るんだ。壁を登って飛び降りるのか?」
サンライハゥンさんが腕を組んでフンスと息を吐く。普通はそう思うよね。
ごめんね、今の俺って普通じゃないんだ。
「もちろんそんなのはなしで。こんな感じかな」
建物の壁が大きな音を立てて崩れて、そこに鉄の扉が現れた。




