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第六十七話 共同作業によるやる気発掘作戦

「何を言うのかと思ったら、調理? 食べるものなんてここにはない」


 サンライハゥンさんの冷めた声が刺さる。残る大人ふたりも無言だ。

 スリで生計を立てているようなら備蓄なんてあるはずないのはわかってる。でも、人間はおなかが満たされると本能が危機を脱したと判断して落ち着けるんだよ。たぶんね。


「食材はすべてこちらで用意します。リーリさん、何でもいいんで肉とキャベツと小麦を全部出してください」

「承知しましましたわ」


 リーリさんが腰袋からどんどん食材を出していく。肉は皿の上に、小麦なんかは袋ごとだ。

 作り置き? 痛んじゃうからそんなもんはないよ。

 食べたくなったら作るんだ。


「く、くいものだ……」


 ギィちゃんがぼそっとつぶやいた。ぐぅーという可愛いお腹の音も複数聞こえる。

 はいそこ、ベッキーさんは指をくわえない。


「出てこいでっかいボウル!」


 テーブルの上にどすーんと金属製のボウルが落ちてきた。俺が腕で丸を書きたくらいはでかい。

 ざわついたのを感じたけどここはスルーで。

 すかさず大量の小麦粉と少しの塩を投入、これまた大量の水で溶かしていく。水はもちろん水袋の水だ。

 ボウルの上にキャベツを持っていけばザザザッとみじん切りになる。キャベツには清掃スキルをかけて綺麗にしてあるのでご安心。消化が良いように、でもがっつり食感が味わえるような大きさがいいな。


「ちょっと待て。なんで勝手に切れていくんだ、というかなぜそれが出てきた」

「そんなスキルだからでーす」


 サンライハゥンさんの疑問ももっともなんだけど、それに対する答えがないんだよねー。だってスキルだし。水神様に聞いてください。


「小麦粉に水と刻みキャベツを入れてかき混ぜます」


 多数の疑問の視線を感じつつも両手で持つでかい木べらでボウルの中身をかき混ぜていく。えっさほいさと、なかなか大変だ。


「あ、あの、何を作るのか、わかりませんけど、その、そんなに作るのは、大変じゃ、ないです、か?」


 狸獣人のロッカポポロさんが、こわごわという感じで小さく手を挙げた。あ、ロッカポポロさんは確か元メイドだったはず。それなら。


「んー、大変かも。お手伝い、お願いできる?」

「ええええ、わ、わたしで、よろしければ……」

「焼いた後の配膳とかやってもらえると助かるかなー。多分これだと足りない人がいるから俺は作り続けると思うんだよねー」


 ベッキーさんとかぶちことか、なんならギィちゃんもモリモリ食べそうだし。ちらっとリーリさんに目配せをする。


「では、貴女はお皿を配ってくださります?」

「え、え、あ、はい」


 リーリさんが半ば強引にロッカポポロさんに平たい皿とフォークを渡している。リーリさんナイスフォローです。見ているだけよりは巻き込んで一緒に動いたほうがいいよね。

 唖然としたロッカポポロさんだけど、同じく唖然としているサンライハゥンさんらに手渡してるのはメイドとしての嗜みか。


「さて、私も手伝いますわ。何をすればよろしくて?」

「フライパンで生地を焼くので、その上に薄切り肉を載せていってください」


 俺が言葉にした瞬間、出ている肉がスライスされていく。それはもう気持ちいいくらいにすすすっと。もはや芸術の域だ。


「どのくらい載せます?」

「生地が隠れるまでぎっしりで!」

「ベッキー好みに敷き詰める感じですわね」


 リーリさんが合点承知っていう笑顔になる。ベッキーさんを単位にするのはなぜ。

 まあいいや、理解はできるし。


「鉄板かもーん! そして加熱開始」


 テーブルの大きさに近い鉄板がドーンと現れる。これを焼くならフライパンではなく鉄板がマストだ。

 木べらで生地を小分けにして鉄板に置いて、円に形を整える。直径が15センチくらいかな。ひとり分ならちょうどいい、はず。それを鉄板が埋まるくらい、30個作った。

 じゅわわっと焼ける音がすると、俺も腹が減ってきた。


「この上に載せるのですね」

「ケチらないでがっつりよろしく」

「がっつり、がっつり……」


 リーリさんが容赦なく肉を載せていく。3ベッキーという結構な量の薄切り肉がガンガン減っていくが気にしない。出し惜しみはしないぞ。

 鉄板の熱で炙られた肉から肉汁がしみだして、それが鉄板で焦がされてとてつもなく旨そうな匂いがあふれ出してきた。匂いと音だけでご飯がおかわりできるレベルだ。

 すべての生地に肉が置かれて数分、そろそろひっくり返す時間だ。


「レパパトトスさん、ひっくり返すのを手伝ってくれません?」

「オオオオオレか?」


 髭のおっちゃんがわかりやすく動揺している。右手をぐーぱーして動きのチェックをしていたのは見逃さないのだ。


「そうです。働かざる者食うべからず。俺の国に古から伝わる格言です。一緒にひっくりましょう!」

「お、おう……」


 いい感じの大きさの木べらを、ちょっと強引にレパパトトスさんに渡した。

 木べらはどこにあったって? そんなのスキルさんが出してくれたんだよ。

 まず俺が手本を見せないと。

 生地の下に木べらを滑り込ませ、手首の返しで一気に裏返す。熱せられた鉄板に肉がじかに触れ、ジュワワワと焼ける音と香ばしい匂いが漂う。

 レパパトトスさんがごくりとつばをのんだ。


「手、手首の返しでやる感じか。なるほど、オレに向いてるかもしれんな」


 レパパトトスさんの目がきらりと光った。ガラス職人ってことは器用なんだろうから、こーゆー作業って好きかなーって。俺もだけど、男ってそうでしょ?


「サンライハゥンさんは、ナイフって使えます?」

「……今度はあたしか。ハンターの端くれとして、使える」

「じゃあ、ひっくり返して焼けたやつからお好み焼きを切ってください」

「オコノミヤキ、とは、これか?」


 サンライハゥンさんが顎で今焼いているやつを示した。あぁ、何も言ってなかったっけ。


「これはお好み焼きといって、俺のいた国では、その地域ごとに特色があって、その名称で戦争が起きかねないくらい人気の料理なんですよ」

「食べ物の名前ごときで戦争? すいぶん物騒な国だな」

「いやいや平和なんですけど、平和だからこそ食にこだわる国民気質なんですよー。国民を二分するような、もっとやばい食べ物もありますから。キノコとかタケノコとか」

「……それで平和と、よく言えるな。恐ろしい国だ」


 サンライハゥンさんがぶるっと震えた。あれ、マジで恐ろしいと思ったの?

 平和ボケって言われるくらい呑気な国民なんだけど。


「あ、あたしが行ったら生きていけなさそう……」

「ベッキーさんみたいに食べ物をおいしく食べる人は、どこに行っても歓迎されますよ」

「わ、本当! 行ってみたい!」

「うーん、ちょっと遠すぎるかな」


 ベッキーさんが行くとかの前に俺が帰れるかという問題があるんだけどね。

 そんなことを言っているうちに、レパパトトスさんがお好み焼き全部をひっくり返し終えてた。どれも崩れないで、綺麗に裏返しにされてる。

 いい腕をしてる。たこ焼きでもうまくひっくり返せそうな腕前だ。たこ焼き鉄板を作ってもらおうかなぁ。

 レパパトトスさんの顔がちょっと満足げで、こちらとしても嬉しい。


「さて、ぼちぼち焼けたかな」


 いい感じで焼けたっぽいから、さっさと切ってしまおう。鉄板の過熱を弱めて保温くらいにする。


「サンライハゥンさん、ナイフですわ」


 リーリさんがナイフを手渡そうとしてる。片刃で、あまり大きくないナイフだ。持ち手と刃が同じ金属で一体になってるっぽい。まぁ木は貴重だしゴムとかなさそうだし。

 何故かリーリさんとベッキーさんの手にもナイフがある。あれか、俺がハンターだからできるでしょって言ったから対抗しちゃったのかも。


「……これでお前らを襲うとか、考えないのか?」

「口の周りによだれが出ている方が、そのようなことをするとは思えませんけれど」

「くっ……」


 リーリさんに指摘されサンライハゥンさんは腕で口元をぬぐった。サンライハゥンさんは恥ずかしそうで、ちょっと感情が戻っていた感じだ。

 流れ弾でギィちゃんも口を拭ってたのはスルーしておこう。


「じゃあ、お好み焼きを切ってってくださーい。焦げないうちに、食べきってくださいねー」


 俺の号令でハンター3人が一斉にナイフをお好み焼きに向けた。ナイフの切れ味抜群なようで、一度切り入れればスパッと分かれてる。

 大きさは、ふた口で食べきれるくらい。非常に食べやすそうで、これってハンターとしてのセンスなんだろうか。


「は、はやく、くいたい」


 ギィちゃんは限界らしい。


「じゃあ食べましょう!」


 俺がフォークを持ったら、皆の手が鉄板に伸びた。

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