第六十六話 脛に傷があるということ
残りの隠れているふたりは隣の部屋にいたようで、正気に戻ったサンライハゥンさんが呼んだら素直に来た。どうも元ハンターで荒事にも強いサンライハゥンさんがこの集団のリーダーで、彼らからの支持はあついようだ。というか、サンライハゥンさんしか導けるのがいなかったというのが正解かもしれない。
「まずは治してしまって、話はそれからにしよう」
出てきたのは狸獣人の若い女性とドワーフのひげもじゃおっさんだ。
手当と清掃スキルで身ぎれいにした後、身の上をちょっとだけ聞いた。言いたくないことは言わない約束でね。俺だって、水神様に言いたくないことはある。
サンライハゥンさんは、31歳人族で元2級ハンターだけど左腕を亡くし引退した後に人攫いに襲われた際に間違って周囲にいた人を殺めてしまったらしく、ハンターには戻れないとのこと。ギルドの規律で前科者はハンターにはなれないんだとか。厳しいんだねハンターって。
疾風のスキル持ちで武器は槍だそう。元2級と聞いたベッキーさんとリーリさんの目は尊敬のまなざしに変わっていた。ギィちゃんが自慢げに胸を反らせていたけど、君じゃないでしょ。
狸獣人はロッカポポロさんという名で24歳女性。商家につかえるメイドだったけど悪い執事に騙されて手籠めにされそうになったところを逃げた際に追っ手を突き飛ばしたら岩に頭を打って殺してしまったようで、その商家からの追手が怖くて表には出られないとのこと。特にスキルはない、普通の獣人さんのよう。
目隠れ髪な彼女は気弱そうにうつむいてばかりで、なんだか保護欲にかられそうだ。
ドワーフのおっさんはレパパトトスさんで33歳男性。大きなガラス工房のガラス職人だったけど、魔道具である炉を暴走させてしまい、同僚のガラス職人仲間多数を死に至らしめてしまった。自らも大やけどで右腕が動かなくなり、責任を取る形で工房を追放された。利き腕の右腕が動かせないために職につけず、食い詰めた挙句サンライハゥンさんの案内でここにきたと。ここでは動かせる左腕のみで家の補修をしていたようだ。
ギィちゃんは犬の獣人だったようで、身体強化のスキル持ちだ。なるほど、だから俺を引っ張って走ることができたってわけか。しっぽは巻きしっぽだった。柴犬か。
身体強化は万能だけど怪力などの特化型のスキルには劣るらしい。単純な力比べではベッキーさんにかなわないとのこと。器用貧乏っぽくて、なんか俺みたいだな。
数年前、ここに捨てられていたところをサンライハゥンさんが拾ったとのこと。現在10歳で、あれ、ィヤナース君の妹のオーリヒェィちゃんと同い年かな?
色々ある人ばかりで、人生色々なんて言葉で片づけちゃいけない人ばかりだった。俺なんか生ぬるい部類じゃん。
この人らはデリアズビービュールズだと問題があってまともな職には就けないっぽい。だからと言ってここで放り投げるわけにはいかない。やるって言っちゃったもん。
「訳ありばかりだ」
サンライハゥンさんが俺を見てくる。どうだできるかお前に、と言わんばかりだ。
「確かに訳ありばかりですね。でも、生きていく方法はありますよ?」
「治療したから体でも売るのか? 片腕のあたしの体でも買うもの好きはいる。でもレパパトトスは売れない」
「あー、体を売ることから離れましょう。あと、働く場所はここだけじゃないですし。で、とりあえずなんですけど、飯でも食べませんか?」
攫われたおかげで昼食を食べ損ねてるんだよね、俺たち。ベッキーさんもプチコもおとなしくはしてるけどお腹の虫の音が聞こえてくるんだ。もう悲鳴に近い。
「あいにくだが、ここに食べるものはない。スリに失敗した」
サンライハゥンさんは自嘲的な笑みを浮かべるけど、まぁそこは俺のでたらめスキルがあるので食材さえあれば。
「ダイゴさん、なににします?」
リーリさんはすかさず腰袋を開いてスタンバイした。
「さすがリーリさん、言わないでも理解してくれてる」
「わたしもお腹がすきましたので」
ふふっと笑うリーリさん。ベッキーさんが「あたしも!」と手を挙げると「お前らに緊張感とかないのかよ!」とギィちゃんが騒ぎ出す。サンライハゥンさんらおとな3人は惚け顔だ。プチコがぱふぅとひと吠えした。なかなかのカオス。
「俺のいた国には、腹が減っては戦ができぬという格言があってね。まずはお腹を満たさないと何事も始まらないって、すごーくありがたい言葉なんですよ」
「そんな言葉は聞いたこともない。が、理解はできる。腹が減ってたら狩りはうまくいかない」
「そうそう、うまくいかないからね! リーリさん、肉ってどれくらいあります?」
「そうですわね……ベッキー3人分、3ベッキーはありますわ」
3ベッキーという言葉に、そのベッキーさんが困惑の顔をした。
「えー、それだけー? お代わりできないよ!」
「ベッキーが満足する量が3人分ということですわ。1ベッキーは普通の人の3倍ですわよ?」
「わ、なら安心だ!」
何だその単位は。
まあいいや。食材は十分あるってことね。
「今まであまり食べられてこなかった体にいきなり硬いものだとびっくりするから、肉は徹底的に軟らかくスープとして煮ちゃうかな」
「では、テーブルを出しますわ」
リーリさんが両手を挙げると、そこには俺が作ったテーブルが現れた。ベッキーさんの周りにはいつの間にやら椅子が7個並んでいた。それって、屋敷の椅子だよね?
「毎度思うんですけど、それって腰袋に入ってるの?」
「乙女の秘密ですわ」
「秘密だよ!」
ふたりがニコっとほほ笑む。うーん、追及するなってことなんだろうか。
「では、私は食事は不要ですので、先方に行って話をしてまいります」
ローザさんがぺこりとをお辞儀をして、霧のように消えた。
うん、ローザさんにはばれてるようだ。というか俺の考えなんてお見通しなんだろう。
「……あれはなんだ?」
唖然とした顔のサンライハゥンさんが、ローザさんが消えた後を見てつぶやいた。
「水神様と近しい方、でしょうか」
「ぶちこちゃんを、可愛いって言ってた!」
あの、リーリさんとベッキーさんの発言に交わる点がないのですが。
「……そこのふたりもそうだが、お前らは何者だ?」
サンライハゥンさんの言葉に場が奇妙な空気になってしまった。ギィちゃんですら表情が硬い。
うーん、よろしくはない。よし。
「……深く考えても答えはないと思うので、調理に入りましょ」
こんな空気はぶった切るに限る。俺が道化師になればいいだけだ。




