第六十五話 同じ境遇
左腕がない女性に案内され、崩れそうな建物の中に入った。ぶちこがいてベッキーさんにリーリさんがいてローザさんまで入れば戦力的にはオーバーキルだろうし。なお俺は戦力外通知を自ら受け取った。
建物の中も外見同様ひび割れが凄い。外壁がそのまま中の壁で内装なんかはない。明かりは皿に載った燃える石だけ。壁に映る影が巨大で不気味さを醸し出してる。
テーブルなんてあるわけもなく、コンクリートの床に座ってる。左腕のない女性のほかにもいるらしいけど体調が悪いとか怖いとかで出てこない。
俺の左にはベッキーさん、右にはリーリさん、膝の上には小さいくなったプチコ、背後にはローザさんという鉄壁の布陣。特に背後からはすさまじい冷気を感じる。
正面には正座した少年、もとい少女。その横に片腕の女性。女性は珍しく人族のようだ。
「……おれはギィ。もっと長ったらしい名前だったみたいだけどもう忘れた。悪かったな」
ふてくされ気味の少女が口を尖らせている。ギィなんて女の子らしくない感じだけど愛称なんだろう。ぼさぼさですすけた茶色の髪だと性別はわからないけど少年を装っていたのは身を守るためだったろうし、名前もマッチしてる。いまも見ている限り生意気な少年だ。
「あたしはサンライハゥン。腕をなくすまではハンターだった。いろいろあって、今はこうして身をやつしている。同じような身の上があとふたり、奥にいる」
左手のない女性、サンライハゥンさんが淡々と語った。もう感情が抜けてしまっているみたいだ。
その姿が過去の俺に重なって、目に入れるのが辛い。
「ギィちゃんは、なぜここに?」
「ちゃんなんていらねー。おれは、気がついたらここにいたんだ。でサン姉に育ててもらった」
ギィちゃんは歯を見せて威嚇してきた。犬歯が尖った系の獣人らしい。耳が三角だから犬か狼か。
「あたし達は色々やって、表に出られない身でね、まあ生きるためになんでもやったよ。盗みなんか真っ先に手を染めた。こんな体でも買う奇特なやつもいた」
サンライハゥンさんは、淡々と言葉を吐いていく。話を聞いていたベッキーさんの顔色がだんだん悪くなっていた。ハンターを辞めざるを得なかった後のことを、自分に当てはめたのかもしれない。もしくは教会で孤児として育った過去がフラッシュバックしているのかも。
ベッキーさんの手をそっと握った。
「なるほどスリが生業になってしまうわけだ」
「そうしないと生きていけないからね」
スラム街な時点でわかり切ってたことだけど。ギィちゃんでは体を売るなんてできないし、もしかしたらサンライハゥンさんが止めてたのかもしれない。
「ギィちゃんに狙われたのは、俺の落ち度もあるからまぁ責めないけど」
道端で大金を見せちゃったのは、俺の不注意だよ。日本での感覚だった。
「ダイゴさん、それは甘いですわ」
「リーリさんはそう言うと思ったよ」
真面目なリーリさんのことだし、そう感じるのは理解できる。
「俺はね、この人たちがいる境遇は酷いってわかるし、抜け出したいって思ってるのもわかるし、でもこの境遇だからこそ抜け出せないってのもわかっちゃうんだ。俺も似た境遇にいたから」
俺がいたブラック設計屋と変わらないんだよね。ひどい環境だってのはわかってるんだけど、そこから抜け出すビジョンが見えないんだ。
ブラック設計屋を辞めて、どこに行く?
何をする?
俺は、何をできる?
生きていけるのか?
酷い環境から逃げ出すことはできるけど、その先が見えなかったから、踏ん切りがつかなかった。
身体と精神が疲弊し切ってて考えられない生きる屍だったのもある。
救いの手があれば、決断できた。
……かどうかはわからないけど、少なくとも選択肢には入れたと思う。
「俺は、体を壊してそこから放り出された。そして、また歩かなきゃって時に、水神様に拾われた。だからね、今度は俺が歩けるような杖を用意できないかなって」
俺の独り言のようなボソボソ声が、壊れかけの建物に消えていった。
リーリさんは目を開いてショックを受けた顔をしている。ベッキーさんは固まって動かない。
「体を壊して放り投げられただけ、だろ?」
サンライハゥンさんの冷たい言葉が刺さる。多分彼女はもっと酷い目にあってたんだろう。俺の想像ができないくらいの。
「まあその通りではあるんだけどね。俺のいた国はえらく平和なんだけど一度落ちると這い上がれない社会でね。酷いとこだとわかってたけど今いる場所を確保するのに精一杯だったんだよ。そこから落ちるとと底なし沼だから」
「良かったじゃないか」
サンライハゥンさんが俺を見ていた。見ていると言うか睨むと言うか。憎悪らしきものが垣間見える気がする。
俺は視線を逃さず真っ向受け止める。
「運が良かったんだ。だからこの運を次に渡そうかと」
「半端な救いは却って酷だ」
「そうだね。でも、半端でなければ良いでしょう?」
俺は立ち上がってサンライハゥンさんの左腕を取った。まともに食べられないからか、骨と皮しかない。肌もカサカサで、汚れも相まってザラついている。
近寄ったことで彼女の訝しげで濁った瞳がよく見える。
「おまえサン姉になにすもがががが」
飛びかかろうとしたギィちゃんを、ベッキーさんが確保してくれた。ナイスアシスト。
「大丈夫。悪いことは、何もないよ!」
ぺかーって笑顔のベッキーさんを見たギィちゃんは「おまえもバカなんじゃねーの」と口悪く罵るも、ベッキーさんの怪力には勝てないようだ。
「まずは無くなった手からですね」
手当と念じると、俺が触れている肘あたりで無くなっている左腕が青く光り、無くなった腕の先が静かに伸びていく。
ゆっくりだけど確実に左手が生まれていく。
俺もだけど、サンライハゥンさんも、ギィちゃんも声を出せないでいる。
体感で30秒かな、サンライハゥンさんの左腕が指先までできあがった。
「はい、ひとつ目の救いね」
「あ、な、そんな、ことが……」
目を限界まで開いて自分の左手を見つめるサンライハゥンさん。目の前で腕を治したからか、彼女は口を開けたまま動かない。まぁ、そりゃそうだ。俺だって動けないよこんなの。
「はぁぁ? なんて腕が生えるんだよ! おかしいだろ!」
ギィちゃんが暴れてる。ベッキーさんがガッチリホールドしてるからご安心だけど。
「これができちゃうんだよねー。ついでに身体も綺麗にしちゃおう」
清掃と念じると、ギィたゃんとサンライハゥン体が光り、薄汚れていた肌から汚れが消え去った。
「な、なんなんだよお前!」
「あ、名乗ってなかったね、佐藤大悟っていうんだ」
「サ、サトウゥ、ダイゴ?」
「佐藤、大悟。佐藤が名字で大悟が名前だからね!」
「サトウ?」
「イエス、佐藤!!」
「イエスサトウってのか!」
「違うそうじゃない!」
まったく、と思いつつもギィちゃんの頭に触れ手当てと念じる。
「お、なんだ、足が痛いのが消えたぞ?」
ギィちゃんが自分の足をペシペシと叩いてる。俺を引っ張りながら走って無理をしてたんだろし、そもそも盗みのために身体を犠牲にしてたんだろう。
「あとふたり隠れてるんだっけ? その人たちの具合が悪いところも治しちゃおうか」
半端は良くないんだ。やるなら徹底的にやるぞ。




