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第六十四話 スラム街

 すごい力で腰袋を引っ張られ、砂煙を挙げながら引きずられていく。かかとで抗おうとしたけど話にならないし靴が壊れそうだからすぐにやめた。荷物みたいに運ばれてる俺。運ばれてるというか、俺ごとひったくられてる。


「おおちょ、とま、ってぇぇぇ!!」


 人混みを吹き飛ばす勢いで、俺を引っ張るなにかは驀進していく。


「リーリ!」

「わかってます。風よ!」


 遠くでふたりの声が聞こえた。周囲は、ボロボロのあばら家が連なる、あからさまにスラム街ってわかる景色に変わってた。ちょ、だいぶ連れ去られた?

 ふたりから離れちゃうとヤバくない? 俺て弱いし!

 

「ぱふぅ」


 俺の腕の中でプチコがあくびをして、舌を出してはふはふ言ってる。

 ちょっとこの状況であくびですかプチコさん余裕ですね!


「いやー、景色が流れていくって、前にも見たような……あ、ぶちこに咥えられた時だ」


 なんかまったりしちゃったなー。

 俺の右腕にはプチコがいるんだよね。舌を出してはふはふ言ってるから、まだ問題ないんだと思う。ヤバかったらでかくなってるんじゃないかな。


「ん。何か飛んできた」


 飛んできた何かが俺の左腕に止まった。ペンダントみたいだって、あ、これ、前にリーリさんが見せてくれた風の神様関係のものだ。

 GPS機能でもついてるのかな。

 なーんてのん気に考えてたら急停止してゴロンと地面に転がされた。


「イテテテ腰から落ちたぁ! 妙齢の腰は時限爆弾なんだぞ! おっとプチコは、無事だね」


 背中から転がったからプチコはお腹の上にいる。舌を出してはふはふしてるから何ともない様子。


「おいおっさん、死にたくなかったら金出しな!」

「うん?」


 上から声がかかったので顔を向ければ、少年って感じの獣人が俺を見下ろしてた。周囲に人は見えない。単独犯?


「ぶちこ、ゴー」


 手放した瞬間、いつもの大きさに戻ったぶちこは、その獣人の少年をパクっと咥えた。


「え、なに、ちょっと、え?」


 突然のことに少年がフリーズした。

 ぶちこは顔を上に振って彼をぽいっと放り投げ、落ちてきたところをまたパクっと咥えた。それを何回か繰り返してたらその少年が泣き出した。


「助けて、謝るから、助けてぇぇこわいよぉぉぉぉきゃぁぁぁぁぁ」


 ぶちこに甘噛みされてる少年は涙をボロボロこぼしていた。ちょっとやりすぎたか。でも俺が誘拐されてヤバかったわけだし、仕方なし。


『ダイゴ様』


 ローザさんがぶちこの影からにゅるっと現れた。おっと、なんだか神出鬼没杉ませんか?

 まぁローザさんは人間ではなさそうだし、何でもありなのかな。


「ちょっと、襲われて攫われてました」

『……そのようですね。ぶちこちゃんがいたので大事になる前にこうなるとは予想しておりましたが』

「はやく、はやく助けてぇぇぇぇ」


 またも空に放り投げられた少年が泣き叫んでいた。ローザさんは無表情で少年を見てる。そろそろお仕置きも終えないと、トラウマになっちゃいそうだ。


「訳だけは聞こうかなーって思ってます。あんなところでお金を見せてた俺が悪いっちゃ悪いので」

『慈悲は、かける相手を選んだほうが良いかと』

「んー、理由なんて貧困しかないでしょうけど、それでもね」


 あの子は、どう見ても小学生くらいなんだよね。そんな歳でこんなことをしてるってのは、ちょっとね。

 周囲の建物は崩れそうなものもあって、貧民街が一目瞭然だ。彼がやろうとしたのスリだったんだろうけど、腰袋が強固に結ばれてたから俺ごと強盗に変わったんだろうなぁ。

 いやー落ち着きすぎでしょ俺と思うけど、いままで色々あったから常識という感覚が麻痺してる部分はあるに違いない。

 ぶちこにローザさんがいるって安心感が強いからかも。


「ダイゴさん!」


 砂煙を引き連れて、ベッキーさんが飛んできた。足で地面を削りながら、俺の目の前で止まった。遠くには弓を持ったリーリさんの姿もある。


「もしかして、弓で飛ばされて来た?」

「ごべんなさい、あたし、()()()、やっちゃった! もう離れないって決めたのに!」


 唇をかんで泣きそうな顔のベッキーさん。なんだろう、俺が攫われたからだろうか。

 いや、悪いのはいま遊ばれてる彼だし。ベッキーさんが護衛みたいなことしてくれてるのは善意からだし。謝るのは違うんじゃないかなとは思う。


「まぁ俺は無事だし、連れ去った犯人はアレだから」


 背後で泣き叫んでいる少年を親指でさし、ベッキーさんの頭を撫でた。でもベッキーさんが俺のローブを掴んで離さない。


『ダイゴ様はお人好しすぎです』

「ん、そうもはっきり言われるともにょるけど反論できない。平和ボケが入ってる人種だから、俺の特性だと思ってください」


 ひとはそう簡単に性格が変えられないのよ、悲しいかな。俺のお人好しのおかげで助かっている人がいるってのは間違いないんだ。いつまでも犠牲になるつもりはないけど、お互い様な部分はあるんじゃないかな。


「はぁはぁ、追いつきました」


 息をは切らせたリーリさんが追いついた。目の前まで来て、俺の体をペタペタ触り始めた。


「腰を打ったけど、怪我とかはないから」

「腰は一大事ですわ!」


 なんて言った後にリーリさんは自分の腰袋からポーションを出してきた。青くて透明で綺麗なポーションだ。これがこの世界のポーションてやつか。俺の薬草がこれになるのか。綺麗だから飾っておきたいくらいだ。

 でもね。


「怪我は自分で治せるから」

「はっ……そうでした。気が動転してしまいました……」


 見るからにしゅんとしたリーリさん。むぅ、なにがこのふたりをここまでさせるのか。命を救ったことなのかなぁ。救ったのは俺のスキルかもしれないけと、それはそもそも水神様の物だしなー。


『誰かいますね。それも複数』


 ローザさんが壊れかけの建物を見ている。コンクリート製だろうけどひび割れと欠けが多くて、大きな地震が来たら崩れてしまいそうな老朽化具合だ。


「出てきなさい。さもないと建物ごとがれきで埋めて差し上げますよ」


 リーリさんが弓を構えて静かに警告した。目がガチで、ちょっとコワイ。


「……悪いんだけど、その子を返してくれないかな」


 女性が建物から手を挙げて出てきた。へたくそなかけつぎが目立つ、色もはっきりわからないぼろいスカートで、茶色くすすけた長い髪の女性だ。顔の皺からすると、俺よりも上。左手の肘から先がない。

 長い髪が顔の半分くらいを隠してるけど、肌も汚れていて衛生状態がよくないのがわかる。


「あなたの子供ですか?」


 リーリさんの警戒する声が響く。


「いや違う。ただ、世話はしている」

「この少年は、ひったくりを失敗した挙句人攫いもしました」

「仕方ないだろう。でないと生きていけない。あと、そいつは女の子だ」


 思わず、ぶちこが咥えている少年を見た。


「お、おれはおとこきゃぁぁぁ」


 ぶちこがまた空に放り投げた。

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