第六十話 砂クジラ
馬車?に揺られて20分ほど。大通りから繋がる外壁にある出入口わきに、物見の塔があり、そこに着いた。コンクリートの打ち継ぎが目立つ壁には階段があり、壁の上から物見の塔に行けるようだ。高さは20メートルほどだろうか。結構高い。
観光の名所なのか、人が多い。上に繋がる広い階段は人で埋め尽くされていて、通勤時間帯のターミナル駅みたいだ。一応上り下りで階段は別になっていて、混雑緩和の手立てはされているようだ。
馬車置き場があるのでそこに止めて歩いていく。チトトセさんは馬車の番で残るとのことだ。
「砂クジラの突撃からも、デリアズビービュールズを守った城壁なんだって!」
ベッキーさんが興奮気味に説明してくれる。確かに分厚そうなコンクリートの壁だ。出入り口から見える壁の厚みは、3メートルくらいはありそうな感じだ。かつての防空壕とかその辺よりも固いかも。今の建物は薄いから比較できないのんだよね。
「わ、早く行こうよ!」
ベッキーさんが手を引っ張って急かしてくる。ベッキーさんはデリアズビービュールズに行きたいって言ってたし、すごい楽しみなんだろうなあ。
プチコを落とさないようにしながらもベッキーさんに引きずられて階段に続く行列に並んだ。
「んー、すごい人だ。ブラック設計屋の仕事してた時を思い出すなぁ。満員電車揺られて、混雑する駅を周りと同じペースで歩いて……ん、あの頃を思い出すのはやめよう」
「マンインデンチャ、ですか?」
「混雑する、エキ?」
ふたりに同時に俺を見てきた。んー、電車とかの交通インフラはなさそうだしね。内燃機関がないと巨大な動力を得られなくて、重くて輸送力のある物を動かせないんだろう。でも飛竜とかいるから、単体での移動はものすごく発達してそう。
あれ、大きな馬車を速い速度で引ける生物がいたら大量輸送とかも可能なのでは?
というか魔法鞄がたくさんあれば飛竜で大量輸送可能?
もしかしたら、発達していないのではなく違う方向に発達しているから俺が理解できないだけなのか?
コンクリートの建造物が当たり前にあるんだし、文明度が低いわけではないんだろう。ただ、そこまでの便利さを求めていないから、現状で必要十分なのかも。
情報の伝達が飛竜などの手段でカバーできるとしたら、人はそこまであくせく動かなくても問題はない?
いわゆる昭和の時代はスマホもなくって相手が捕まらないからって理由が通用してたんだって聞くし、ここもそんな感じなのかも。
「ダイゴさん、大丈夫?」
「みゅ?」
ベッキーさんが不安そうな顔で俺を見ていた。考え事をしてたけど無意識に階段は登ってたらしい。社畜の習性だな。
「ちょっと考え事をね」
「その割には足取りがしっかりしていましたわ」
「日頃の鍛錬のおかげです」
「無意識で、階段を昇っちゃう鍛錬?」
う、なんだか社畜仕草をチクチク指摘されてる気が。今までは意識を手放して何となく生きてるってことだったんだろうか。ちょっと考えちゃうな。
いや、ここではそれを忘れろってことなんだ。そうに違いない。
前を向けば、もう壁の上で。そこは、写真で見た中国の万里の長城のような道がぐるっっっっと都市のビルを囲っているのが視界に入った。外は砂塵が舞う荒野。中はビルがひしめく都市。
外からの強い風に体を持ってかれそうになる。飛ばされた砂が顔に当たって痛いけど、おかげで目が覚めた。
「しゃー、のぼったぜ! せっかく来たんだから楽しまないと!」
壁の上は、落ちないように腰壁があり、人が歩ける道幅は2メートルほど。すれ違うのに苦労するほどではないけど余裕はない。仕切りはないものの中央を境に右側通行で人が歩いてる。
「おおお!」
「きたぞ! 砂クジラだ!」
「ハンターが吹き飛ばされたぞ!」
人込みから叫び声が上がる。つられて荒野に目を向ける。
巨大な、それこそ旅客機よりでかい、マッコウクジラに似た薄茶色のクジラが胸ビレを広げて宙に舞っている瞬間だった。
「GWOOOO!!」
空気を震わせた雄たけびに俺の体が殴りつけられた。俺を含めた周囲の人も踏ん張ってるけど、幾人かは尻もちをついてる。
クジラは砂地に吸い込まれるように下降し、バカでかい砂の王冠を作って姿を消した。
「なんじゃありゃぁぁぁ!」
ちょとマテ、でかすぎるだろ。シロナガスクジラでも30メートルそこらしかなかったはず。あれは100メートルを超えてたぞ!
「わ、すごい! あんなに大きかったんだ!」
ベッキーさんが目をキラキラさせて叫んだ。プチコも興奮して俺の腕から落ちちゃいそうだ。
「ハンターが狩りをしているようですね。20人程でしょうか。何人か吹き飛ばされたように見えましたが」
リーリさんは驚きつつも目を凝らして見つめている。手はぎゅっと握られて、興奮しているのを我慢してるようだ。
「てか、あれを狩るの!?」
「えぇ。誰かが狩るから屋台で食べることができるのですわ」
「まじか。なにそのクレイジーハードモード!」
「砂クジラ自体はおとなしいので3級討伐対象なのですが体の大きさから多数のハンターで狩るのが通例と聞いています」
「あ、来るよ!」
ベッキーさんが叫ぶ。
砂が間欠泉のように吹き上がり、茶色の巨体が姿を現した。
アリのような黒い小さな何かが吹き飛ばされるのも見える。クジラが全身が空に現れた瞬間、複数の爆発がクジラの姿を覆った。
ドドドドと花火の百倍くらいの爆音と衝撃波が襲ってきた。
「うぉぉぉぉ。すげぇぇぇ!」
魔法だ! 攻撃魔法だ! 初めて見た!
周囲の人込みからも歓声が上がる。
「火魔法使いが複数いるようですけど、狩るには足りないようです。クジラの出現の時に吹き飛ばされてしまったのでしょうか」
リーリさんの眉根が寄っていた。
「GWOOOO!!」
砂クジラの咆哮が空を駆ける。あいつはまだ空中にいた。
「ハンターも、半分くらいは倒れちゃってる」
ベッキーさんがつぶやいた。俺にはよく見えないけど、ベッキーさんには見えるのかな。
「無断の手助けはタブーなのですが……」
リーリさんがどこからか弓を取り出した。
「おいおいエルフのねーちゃん。ここから矢を飛ばしたって届きゃしねーぞ!」
隣にいた小柄なひげもじゃおっちゃんが呆れた顔でこちらを見ている。でもリーリさんの耳には入っていない様子。
「なぁ狼のにーちゃんも言ってやんなって。連れなんだろ?」
ひげもじゃおっちゃんが俺に顔を向けてきた。狼のって、あ、今の俺は狼獣人さんだったっけ。
「今のリーリなら、問題ないよ!」
「ベッキーさん、問題ないって言ってもさ、あそこまで数キロあるよ?」
「余裕ですわ」
リーリさんはすでに矢をつがえ狙いをつけていた。矢は緑の光に覆われてて、実体はないように見えた。
砂クジラはすでに落下して地面に潜る直前だ。
「ここッ!」
リーリさんが矢を手放した瞬間、矢は緑の光となって一直線に砂クジラの体に当たり、交通事故よろしくその巨体をはね飛ばした。それでも矢は止まらず、砂を盛大に巻き散らかして、だいぶ先でおとなしくなった。
砂クジラは飛ばされた先で数回バウンドして横たわり、動かない。
「当てるだけにしたはずなのですが……ちょっと力みすぎてしまったようです」
テヘペロしたリーリさんはすでに弓を持ってなかった。魔法鞄にしまったんだろうか。
「おぉぉぉぉい何が起きた! 砂クジラがぶっ飛んだぞ!」
「何か光が飛んで行ったぞ!」
周囲がざわついてきた。
「エルフのねーちゃん、あ、あんた何者だ?」
ひげもじゃおっちゃんが慄きの顔をしている。リーリさんの行動を見ていた人らも目を丸くさせてこっちを見てる。
「えっと、しがない3級ハンター、ですわ」
リーリさんは眉尻を下げた困り笑顔で答えたが、周囲のざわつきがさらに大きくなってきた。そりゃあんなでかいクジラが跳ね飛ばされりゃねぇ。
「ダイゴさんすみませんが、ここを離れたほうがよさそうですわ」
「俺もそう思う」
俺たちは人の隙間をぬって階段を下りた。




