幕間十七 カチコミのふたり
連続閑話ですみません
風の息吹を出たベンジャルヒキリとリャングランダリは、雨に打たれながらデリアズビービュールズの大通りを歩いていた。トカゲが雨を嫌がるのか竜車の姿もなく、通りは閑散としていて歩きやすく目的の建物も見つけやすくなっていた。
「濡れるって、気持ちいいね!」
ベンジャルヒキリは堅鋼木の盾を左手に持ち、いつもなら方々に飛び出している赤い癖毛をしんなりさせてご満悦だ。濡れることにはすっかり慣れたようで、ニコニコしながら歩いている。
「宿に帰ったら湯浴みをするかダイゴさんに服を乾かしていただかないと」
お化粧もやり直しですわね、とリャングランダリは呟いた。以前は精神的にもそんな余裕はなかったが、今はいろいろ環境が変わり女の子としての矜持も出すようになったのだ。
雷鳴はおとなしくなってきたがまだまだ暴れており、よほどの度胸がある者か命知らずなもの以外は建物の中で様子を窺うものばかりだ。
「宿で教えていただいた場所はこのあたりだと思うのですが……」
「あ、アレだね!」
ベンジャルヒキリが指さす向こうに、灰色のコンクリートに漆喰で剣や盾、鎧などが描かれた勇壮な建物が見えた。大きな酒場ほどの面積の5階建てだ。
抱えるハンターや職員の数を考えればこれでも手狭だろうが首都の土地は限られているうえに地代は高い。上に増築させるしかないがその際の仮のギルドも必要になるというジレンマがあるのだろう。
「じゃ、準備だね!」
ベンジャルヒキリは左腕の腕輪から巨大な激流の槌を取り出し肩に担いだ。リャングランダリも弓を取り出し、左手に持った。手ぶらでギルドに行くのはさすがに憚られる。何をしにきたんだと説教を受けても文句は言えない。
ふたりはずぶ濡れのままギルドへ入っていった。
ギルドの中は多数のハンターが雨宿りなのか、屯していた。
雷雨の中悠然と入ってきたふたりにぎょっとした顔をするもの、若い女ふたりをカモだと値踏みするもの、見ない顔だと不躾な視線を飛ばすもの、濡れて体に張り付いた服をみてニヤニヤするものなど、様々だった。
「カウンターがあって、椅子とテーブルがあって、アジレラと同じだね!」
「談話スペースも広いですし、2階にもありそうですわね」
「じゃあ、まずはカウンターだね!」
ふたりが向かうカウンターには、狸獣人の中年女性がひとりだけだった。悪天候が原因だろうか、手持無沙汰で頬杖をついている。
「アジレラから来た3級ハンターのリャングランダリですわ」
「あたしは3級ハンターのベンジャルヒキリ!」
「あら、見ない顔だと思ったらアジレラから来たのね。天変地異なまっただ中でおあいにく様ねぇ」
ふたりに向かう受け付けの女性は頬杖を解き、だが気怠そうに対応した。3級であることや女性ふたりであることで侮られているのは間違いない。
「えぇ、でも雨が降っているだけですから」
リャングランダリは笑みで返した。
「そうかいそうかい。ようこそデリーリアの首都デリアズビービュールズへ。で、どんな用事で来たんだい?」
彼女はベンジャルヒキリが持つ、身の丈に比べて巨大すぎるハンマーを見ていた。ここまで大きいと使いにくいだろうなという目をしている。
周囲からは「チビが何であんなもんを」「扱いきれねえから3級なんだ」という嘲りの声が聞こえる。
ベンジャルヒキリは手首の返しだけで激流の槌を振り回し、そんな声を封殺した。
「観光と、多少の実益でしょうか。ところで、いま護衛の依頼を受けていて、その方を案内をしなくてはいけないのですが、そのあたりを知るすべを教えていただきたくて。それと念のためポーションを補充したいのですが、如何程ですか?」
「観光案内はギルド併設の酒場ででも聞いておくれ。それとポーションかい? 高いよ?」
受付の女性は眉根を寄せた。3級程度のハンターが買えるほどの金を持っていると思っていない顔だ。リャングランダリは神妙な顔で頷いた。
「そうですか、こちらにはまだ流れていないのですね」
「……アジレラには安いポーションが溢れてるって話は、噂じゃないのかい?」
「あら、私のような3級でも買える値段でしたわ」
と言いつつ、リャングランダリは腰の魔法鞄からヴェーデナヌリアが作ってばらまいているポーションを取り出しカウンターに置いた。ギルド内は騒がしいが、リャングランダリの取り出すポーションに視線が集まっている。もちろん受付の女性もだ。
「……綺麗なポーションだね。透き通って向こうが見えるねぇ」
女性は腰をかがめ、ポーションに視線を合わせた。彼女は興味津々といった顔をしている。
「効果は普段のポーションと変わらないくらいですわ」
「ふーん、これが売られちまうとギルドとしては商売あがったりだねぇ」
「アジレラでは闇市でこれを売っているのでギルドは大変な様子でしたわ」
「はー、だろうねぇ。ハンターが無事に帰ってくるようになるのは嬉しいけど、あたしはお給金が下がりそうで怖いわー」
「そのうちこちらでも売り出すのではないでしょうか。各所に支店を持っている商会が売っていますので」
カウンターで交わされる会話を聞こうと、いつの間にかギルド内は静まり返っていた。
「おー、怖い怖い。薬草の供給が増えたって話は聞かないけど、どこかから流れてきてるんだろうねぇ。おっとアジレラといえば、100年前の1級ハンターの鎧通しが復帰したって聞いたけど?」
「大森林で暴れまわって、貴重な素材をギルドに流しているという話は聞きましたわ。恐れ多くて本人にお目にかかってはおりませんけど」
リャングランダリはしれっと嘘をつく。
「長命なエルフだってもう婆な歳だろ? 噂を聞いた時は信じられなかったけど、本当なんだろうねぇ……」
受付の女性がため息をついて腰をトントンした。年齢の話をして、自らが中年だと思い出したようだ。
「リーリ、酒場にいこうよ! おなかすいた!」
お腹を抑えたベンジャルヒキリが訴えてくるのでリャングランダリは「では酒場に行ってみますね」とぺこりと頭を下げた。ベンジャルヒキリのは演技ではある。半分以上は素だが。
ギルドに来た目的はポーションの広まり具合と観光におすすめの場所を聞くことである。もう用事は済んだも同然だ。酒場で食べるのはベンジャルヒキリの予定で、リャングランダリはエールでも飲めれば程度だ。
ギルド併設の様場は建物の隣にあるので一度出なければならない。だが出口にはガラの悪そうなハンターたちが道を塞いでいた。
「おっとお嬢ちゃんら、その珍しいポーションを見せてくれないかい?」
ナイフを片手に話しかけてくる、若い獣人のハンターが4人。仲間だろう獣人が背後に回り込んで退路をなくした。リャングランダリは、いやらしそうな笑みの彼らを一瞥してため息をついた。
「揉め事は外でやってくんな!」
受付の女性から怒鳴り声が飛んできた。守るつもりはさらさらないようだ。リャングランダリがベンジャルヒキリに視線をやると、彼女はにっと笑った。
激流の槌を腕輪にしまったベンジャルヒキリが振り返り、退路を断った獣人の足を掴む。ぶんと横に振り回せば、その獣人は簡単に転んだ。
「外だって! じゃあ行こう!」
「な、なにすぶへらっやめっ、ちょ……」
ベンジャルヒキリはそのまま獣人を少し引きずって外に放り投げた。ばっしゃぁぁんと水しぶきを上げて獣人は道路を滑っていく。
「テメエらなにすっぐぁぁ!」
リャングランダリが腰を落とし、地を這う回し蹴りで残った3人の足を払った。が、力を入れすぎたのか足が折れてしまった。
「あら申し訳ありません。手加減したのですが」
「いでぇぇぇ!」
「あしが、俺のあしが!」
「ぎゃぁぁ!」
痛みで転げまわるならず者たちをしり目にベンジャルヒキリは彼らを表に投げ始めた。むんずと掴んではポイっと投げ捨てる。折れた足の激痛で喚く獣人たちの悲鳴は雨音にかき消されてしまう。
「ちょうどよい機会ですわ、このポーションの効き目をご覧になってくださいませ」
リャングランダリは魔法鞄から先ほどのポーションを取り出し転げ回る3人にだばだばとかけた。
ピカっと青く光ると、彼らは悲鳴をやめた。折れてあらぬ方に曲がっていた足はまっすぐに治っている。
「な、治った?」
「マジかよ!」
「よかったね、治って!」
激流の槌を手に持ったベンジャルヒキリが彼らの前に立った。
「どんな怪我でも、治っちゃうよ!」
ベンジャルヒキリは巨大なハンマーを掲げ、ニンマリとした。
「や、やべえ、逃げろ!」
「まて、俺を置いて行くな!」
「助けてくれー!」
獣人3人は、気を失っている仲間を置き去りに雷雨の中を駆けて行った。




