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異世界で水源管理してます ~水を拡げるスローライフ~  作者: 海水
首都デリアズビービュールズ
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第五十七話 賄賂の焼きりんご

 雷鳴が轟く中、部屋を一通り見学した。ベッドがある部屋のほかに浴室、トイレ、リビングとあって、付き人用の部屋まであった。金持ちイズ金持ち。すげえの一言だ。

 風呂に関しては、水魔法が使える従業員が屋上に設置されたタンクに水を入れるべく常に待機していてお湯が少なくなると補充するらしい。重力式な給水設備なんだけどお貴族様的力技すぎて笑うしかない。


「体を綺麗にするだけなら清掃スキルで事足りちゃうんだよな」

「そうするとこの宿の従業員が困ってしまうので、お湯を使ってあげてください」


 リーリさんの言葉にチトトセさんがぺこりとお辞儀をした。

 なるほど、便利だと思ってスキルを使いまくると仕事を奪われて困る人が出るのか。不要な従業員は首になってしまうと。他人事じゃない。そりゃだめだ。

 サービスはおとなしく享受しよう。


「外にも行けない上に食事までやることもないので、ちょっとハンターギルドへ行ってこようかと思います」


 リーリさんがそんなことを言い出した。外には行けないけどギルドには行けるって、矛盾してません?


「あ、じゃああたしも行く!」

「ベッキーさんも?」

「ハンターは移動した際にその場所のギルドに顔を出す決まりになってますわ」

「あー、住民票の移動みたいなもんか」

「ジュウミンヒョウ?はわからないのですが、一応まだハンターではありますし。今日みたいな日はここのハンターも少ないでしょうから探りを入れるにはちょうど良くって」

「探りて、なにを探るんです」

「ふふ、内緒ですわ」


 リーリさんがなにやら妖艶な笑みを浮かべた。美人さんのあの笑みはヤバい、破壊力が違う。

 チトトセさんが何やらメモをしているけど、あれか、俺の見張りも兼ねてるのかな。

 やくざのお嬢様と一緒の部屋に男がいれば、そうだよな。抹殺はやめてくださいごめんなさい。

 

「濡れてもよい服に着替えますので、ちょっと浴室にいますね」

「あたしもね!」


 リーリさんとベッキーさんは浴室に消えた。着替えがどこにあるのとかいまさら聞けない。乙女の秘密とかはぐらかされるのが目に見えてるし。


「あ、俺はギルドにはいきたくないので部屋でプチコとおとなしくしてまーす」


 腕っぷしで生きている人は高圧的で怖いし、チビな俺なんか舐められまくりで小指でポイだろうしね。身体的特徴で舐められるのは慣れたけどさ、悲しいよね。

 ベッキーさんもハーフだってだけで差別を受けてたんだろうな。別に悪いことなんてしてないのに。人種の違いか文化の違いか。

 ベルギスのアレと同じことをしてるじゃん。

 なんてことを考えてたらふたりが出てきた。防具を付けた、コルキュルで見てた恰好だ。さすがにあの物騒なハンマーはどこかにしまってあるようだ。


「では行ってきますね」

「行ってくるね! お土産買ってくるね!」


 ふたりはチトトセさんと一緒にエレベーターで下に行った。ポツンと俺ひとり。あやとりでもしちゃおうかな。


「ふたりがいないうちに、ここのおすすめの場所でも聞いておこうかな」


 情報を聞き出すには対価が必要だ。よって賄賂を作らねばならない。

 だが残念なことにリーリさんが行ってしまったので魔法鞄に詰め込んだ食材は使えない。俺も魔法鞄が欲しい。大きくなくてもいいから、ちょっとした食材くらい入れたいんだよ。


「うーん、宿の厨房で売ってもらうとか可能かなぁ」


 営業妨害って言われちゃいそうだけど。

 そんなこんなでチトトセさんが戻ってきた。湯飲みらしきカップと果物が載ったお盆をもって。かなり大きなりんごだね。まだ切ってないあたりチトトセさんが切るんだろう。


「このようなものしかありませんが、お茶でも如何でしょう」

「果物ってすごい貴重なんじゃないの? 十分すぎるでしょ」

「お気遣いありがとうございます」


 チトトセさんがぺこりとお辞儀する。

 いや気づかいじゃないんだけどな。

 りんごか。ちょっと賄賂を作ろうかな。


「あの、バターと砂糖ってもらえたりしません?」

「……何にご使用なのでしょう」


 チトトセさんは表情を変えないけど、怪しんでるぞって気配は感じる。


「そのりんごでちょっとわ……調理を」


 賄賂と言いそうになったけどこらえた。


「少々お待ちください」


 チトトセさんがエレベータ脇により、壁をリズムよく叩き始めた。


「いま、厨房からバターと砂糖を持ってこさせますので少々お待ちください」


 少しすると壁だと思っていたところが静かに開いて、にゅっと皿が突き出てきた。

 チトトセさんがひとことふたこと言うと壁は閉じられた。やっぱ忍者屋敷だろここ。


「お持ちしました」

「ありがとう、ございます。ちなみのその壁は……」

「当宿の機密でございます」

「ア、ハイ」


 これは答えてもらえないやつだ。

 おとなしくチトトセさんからお盆と皿を受け取る。確かにバターと砂糖が載せられてる。割とたくさん。


「じゃこのテーブルを借ります」


 念のため断っておく。チトトセさんからの「何するつもりだコイツ」ってオーラが凄いけどスルーしよう。

 リンゴを手のひらに載せると、りんごの芯と種がくりぬかれてスポーンと飛び出してお盆に落ちた。


「ふぇ? あぃぇ、失礼いたしました」


 チトトセさんの可愛らしい間の抜けた声をゲットです。心のメモリーにはばっちり録音しました。

 リンゴにできた隙間にバターと砂糖を入れお盆の載せ、加熱と念じる。

 お盆の周囲が熱くなり、皮がちょっと皺っとなる。ふつふつ煮立つようにバターと砂糖の混合汁が溢れてきた。

 甘い匂いが漂い始めて、プチコが落ち着かなくうろうろし始めた。

 そうだね、君も腹ペ()食いしん坊属性持ちだったね。


「りんごの皮が破れて縮んできたら焼きりんごの出来上がり」


 皮が破れたところから加熱されてバターと砂糖が浸み込んだ果肉が見える。鼻に入り込む甘い匂いと目に飛び込んでくる甘そうな映像がダブルパンチで俺を襲ってくる。

 お盆がチーンとなったので調理完了だ。

 チトトセさんが口を開けて固まってるけど、しょうがない。


「半分食べます?」

「……はっ! わ、(わたくし)にですか?」


 チトトセさんがフリーズから戻ってきた。


「チトトセさんしかいないでしょ。ちょっとデリアズビービュールズのおススメの店とかを聞きたくてですね」

「……なるほど、これは取引なのですね。えぇ、歓楽街でも()()()までご紹介できますよ」

「いや、そっちじゃなくて」

「稚児ドワーフから齢150歳越えの熟女エルフまで、ご希望通りのお店をご紹介可能です」

「あの、俺の話を聞いてます?」


 なんだろう、ここの世界の人らって俺の話を聞いてくれないよね。

 そっちに興味はあるけど、それは今じゃない。


「デリアズビービュールズならではの食べ物とか特産品とかを知りたいんですー。あ、りんごを切りたいのでナイフか何かあります?」

「ナイフならここに」


 チトトセさんが手を開くと、そこにはひと振りの大きなナイフがあった。やっぱりこの人クノイチでしょ。

 ナイフを借りてりんごを3等分した。熱々だから気を付けたさ。

 賄賂的にチトトセさんのを大きくしようかと思ったけどおススメがあらぬ方向へ行ってしまいそうだからやめた。


「お皿が足りないので、お盆から取ってください」

「……串でよろしければここに」


 チトトセさんの手には3本の串があった。どこに隠し持ってたのこの人。

 ありがたく串をいただいて、焼きりんごに刺す。抵抗もなくすっと入っていく。良く焼けてる証拠だ。

 まずはひと口。


「うむ、うまっ!」


 かじった瞬間に甘みがぐわって広がって、バターの濃さが覆い被さってくる。りんごの酸味と甘さが合い絡まって非常にジュージーだ。口に残る後味もくどくなくて最高だ。

 普通のりんごも美味しいけど、焼いたりんごもイイゾ!

 添えられたお茶の渋さが甘さをクリーンにしてくれて、なお良い。

 小さいプチコの口に焼きりんごを持っていくと、アチアチしながらも目がトロンと蕩けてる。


「ぉぉぉぉぉおいしゅうございますぅぅう!」


 チトトセさんも食べたようで、顔全体が蕩けてる。周囲に花を咲かせてる幸せそうな笑みだ。

 賄賂は大成功。俺もチトトセさんも大満足だ。

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