第五十四話 大雨の歩き方
ドドドと滝のような土砂降りの首都を歩く。歩くといっても土砂降りすぎて視界が悪いうえにフードもかぶってる。正直観光とかできる状態じゃない。
周りの建物もみんな灰色になっちゃってるし、水が降ってきたって大喜びで外を駆け回ってる人たちがいるしで、早く落ち着いた場所で服を乾かしたい。
「水の教会はやっぱりデリアズビービュールズの西にあるので、商会へは少々歩きます」
傘の代わりになるようなものを持たないリーリさんはずぶ濡れで案内してくれてる。湿った金髪をかき上げてふうと息を吐いてる。雨は慣れないというか初めてだろうし、戸惑ってるのは感じられる。
プチコは興味津々で雨と空と雷を見てはクンクン臭いをかいでるけど、何か匂いがするのかな。
雨の臭いってペトリコールっていうんだけど、、どっかの学者が「長く乾燥した天気の後の、最初の雨にともなう心地よい土のにおい」言ってたのを何かの記事で見た記憶がある。
ブラック設計屋だけど、ネットニュースを見る時間くらいはあるのさ。
「雨は嬉しいけど、楽しめないね」
盾を頭の上に載せたベッキーさんは複雑な顔をしてる。水神様の気が晴れたら空も晴れるでしょ。
「そういえば、ダイゴさんの結界は砂も防いでいたのですが、この雨も防げるのでしょうか?」
リーリさんがそんなことを言ってきた。
「砂を防いだ?」
「コルキュルからアジレラに向かうときに野営した場所で、ダイゴさんが張った結界は風に乗った砂を防いでました」
「あ、そうだったね!」
リーリさんの説明にベッキーさんも納得した顔だ。戸締りは、たしか効果範囲が任意の空間だった気がする。とすると、頭の上に傘状に戸締りすれば雨も筆げちゃったりする?
「試してみるかな」
ちょうど頭の上、リーリさんよりも高いあたりに俺を中心に2メートルの傘状の空間を設定して戸締りと念してみた。
「わ、雨が弾かれて外に流れていくよ!」
「……ダイゴさんは、本当に何でもありですわね」
透明な傘があるみたいに雨を防いでる。すげえって言葉がこぼれたよ。
「これなら濡れないね!」
「そうですわね」
二人が俺のすぐわきに立ってる。確かに濡れないけどちょっと近くはありませんか?
「もう少し大きくするかな」
「いえ、この大きさで十分ですわ」
「だねー!」
即座に却下された。なぜだ。
「それよりも、商会に急ぎましょう」
右手でおとなしくしているプチコがリーリさんにとられ、その代わりに右手がしっかりホールドされた。左手はベッキーさんに逮捕されてる。
「……雨が降ってるし、迷子にならない努力もするから、手を確保しなくても大丈夫なのでは?」
「前例があるので、却下ですわ」
「先生から教えてもらった言葉に、後悔先に立たずって言葉があるんだ!」
「ア、ハイ……」
だめだ、勝てない。
腕力に訴えられても勝てないし、おとなしく言うことを聞くか。
でもずぶ濡れはよくない。風邪をひくかもだし、清掃スキルで水気を飛ばす。
「わ、服も髪も乾いた!」
「ダイゴさん、ありがとうございます」
服が乾いてふっくらしたおかげで体のラインがまるわかり状態から脱した。俺の目のやりどころにも困らなくなった。プチコもふわっふわなわんこに戻ってパフパフご機嫌だ。
人気が少なくなった大通りをひた歩く。主だった店は戸を閉じてしまっていて中を見れないし、飲食店らしき店には雨宿りの人らがぎゅうぎゅうだ。皆心配そうな顔で外を見ている。雨の中を歩いている俺たちに「お前ら危険だぞ」と声をかけてくる人もいた。
雨という気象現象を知らない上に雷なんてもっと知らないだろうし、不安でいっぱいなんだろうな。
そんなこんなで、左カーブな感じの大通りを歩いていく。多分、デリアズビービュールズの外周部なんだろうなって。なんとなくだけど、首都の中心部に行政機関とかがあって、その周囲にはお金持ちが住んでて、その周りにはやっと普通の人が住んでるとかなんじゃないかな。
で、今いる外周部はっていうと、貧困街とかありそうなんだよね。まさにそんな感じのあばら家的な建物の脇を通ってる。見るからに見すぼらしい服の子供たちを見ると心が痛む。俺が何をしてあげられるわけじゃないけど。
「あ、井戸があれば水神様の鱗を入れていけばいいのか」
井戸は、大通りにはない。たいてい裏通りとか建物の陰にある。竜車が衝突して壊れたら大変だしね。
「あからさまに何かを投げ入れると怪しまれるので、わたしの風魔法で運びますわ」
と提案されたのでリーリさんに鱗をいくつか渡すと、彼女は手のひらにそれを乗せた。
「風よ、このあたりにある井戸にこれを置いてきて」
呪文なのかナニカを唱えると、鱗はがふわっと浮き上がり、雨の中しゅっと飛んで消えた。
「すごい便利なんだけど、俺も使えないかなぁ」
魔力がないとは知ってるけど、魔法を使ってみたいんだよ。だって浪漫だよ?
「ダイゴさんは魔力がないので……」
「やっぱり?」
「適正はあるとは思うのですが魔力がないと魔法で精霊に意思を伝えられないので」
「え、魔法って、精霊が関係してるの?」
魔法って、魔力を消費してドカーンとかじゃないの?
「魔法は、精霊の力を借りる形で発動します。その意思伝達に使用するのが魔力で、魔力は精霊にとって食糧でもあるのです」
「ふむふむ、というと、おやつをあげるから手伝ってって感じなのか」
「ふふ、そうですわね」
リーリさんが愉快そうに笑うと、ベッキーさんが「あたしもおやつをもらえればバーンと働いちゃうよ!」と続ける。
ぐっと力こぶを作って力説する姿に、本当にやりそうだなと感じた。
オババさんもおやつで釣れるかも?
「……何か甘いお菓子を常に魔法鞄に入れておこうかな」
「あら、何を作るのですか?」
「わ、おいしいやつ?」
「ふたりとも、食いつきが良すぎるんだけど」
割と使える手なのかもしれない。
そんな不埒なことを考えていると、どうやら目的の商会についたらしい。
目の前の建物は、1階部分が解放されている、よく見かけたタイプ建物だけど雷が鳴ってるし大雨出して金属の板でふさがれてる。でも人が入れる隙間は確保されてる。店自体はやってる様子。
「わたしが先に行きますわ」
プチコを俺に預けたリーリさんが隙間から中に入っていた。戸締りを消して俺も後に続く。中は暗く、ランプらしきものもあるけど絶対数が足りてない。こんな事態は想定してないだろうし。
避難しているのか客なのかは不明だけど人は多い。獣人さんはぐっしょり濡れて尻尾も耳が垂れ下がって元気ない感じ。ハクシュンって音も聞こえる。
「商会の方はいらっしゃるかしら?」
リーリさんは奥へ行っているようで、離れた場所から声が聞こえた。
「何のご用で……お嬢!??」
「ちょっと所用がありまして」
「頭取呼びますので、少々お待ちください! 親父! お嬢がいらっしゃいましたぁぁ!!」
雷鳴よりも大きな野太い叫び声が店にこだました。




