第五十三話 雷の洗礼
デリアズビービュールズの水の教会は、アジレラで見た教会とは比べ物にならないくらい豪華だった。屋根にはステンドグラスのようなカラフルなガラス板がずらりと並び、壁には彫刻がびっしり彫られている。明かりはランプみたいなものが壁にずらりと並んでいて、かなり明るい。
俺が飛び出しても注目されることはなく、教会内は大混乱だ。
「助けて、助けて!」
「雨だ、雨が降ってきたぞ!」
「ぎゃーこわいー!」
走り回ったりしゃがみこんで頭を抱える人を避けるほうが大変だ。
雷鳴が轟く中、俺は雷には動じないので教会内を眺めながら歩く。といってもどこに行って良いのか不明だからこそ、内部を観察してるんだけど。
俺が出た扉は、ちょうど水神様の立派な像がある真下だ。ちなみに豪華な祭壇があって、ちょうど扉は隠れる感じな位置にある。
「豪華だねぇ」
「わぷぅ」
「ぶちこもそう思う?」
宗教ってどうしてこう豪華にするんだろう。威厳があった方がより信仰してもらえるとかあるのかな。それにしても雨が降ったってのに水神様に感謝する言葉が聞こえてこないことに腹が立つ。ここって水神様を祀る教会だよなぁ。
「ダイゴさん、どこに行きましょう」
リーリさんが俺のすぐそばに立ってる。いつもより距離が近いのは、やっぱり雷が怖いからだろうか。
ベッキーさんも同じくだ。俺のローブを掴んで少し不安げな顔をしている。
教皇様は混乱する人たちを見て苦い顔をしている。思わず声をかけた。
「大混乱ですね、教皇様」
「……ダイゴ殿は、怖くはないのですか?」
「うーん、俺の国では雷はよくあるので、うるさいなーくらいです。それにこれは、水神様が起こしてるんですよ? 危ないわけないですよ」
俺の言葉に教皇様が目を大きく開いた。
「そうです! これは水神様のお力です。それが、我らに危害を加えるなど、考えられません!」
大柄な熊獣人の教皇様が、長い笏をカツンと床に打ち付けた。3つの蒼い炎が彼女の周りに浮かぶ。
「これは水神様のお心なるぞ! 信仰心を無くし、権威に走った者への咎であるぞ!」
教皇様が吠えた。
先生にしがみついていた姿はどこへ行ったのか。威厳しかない姿に、これこそが本来の彼女なんだと思い知る。
3つの蒼炎を従えた水色のローブの教皇様は、すさまじい程に神々しかった。
「ダイゴ殿、あの入り口を出て右にまっすぐ行くと中庭に出られます。そこからは太い通路が外に繋がっています」
青白く輝き仁王立ちする教皇様が長い笏で指示してくれた。
「私はこの愚か者たちに水神様のお力を思い知らせねばなりません」
教皇様がゴキリと首の骨を鳴らした。
やべえ、この人もパワーイズパワーな人だ。
「じゃ、俺たちは行きます」
「ダイゴ殿にはお礼を申し上げるための言葉が見つかりません、ありがとうございます。では、また」
にこりと微笑み返してくれた教皇様に軽く手を振って駆けた。
教皇様の言う通り、入り口を出て右に走る。石造りの廊下にあるガラス窓からは雷光と叩きつける雨が見える。ドザザザと豪雨の音も聞こえる。
「ひゃぁぁ……怖いよぅ」
雷が光るたびに肩を縮めるベッキーさんの右手をつかむ。驚いた顔のベッキーさんが見上げてきた。
「建物内部は安全だから」
「……でも、外に出るんでしょ?」
「あー。その時は、走りましょう!」
豪雨の中だけど、走るしかないな。
「わたしの手は空いてるままでしょうか?」
目の前にリーリさんが手を差し出してきた。左手はベッキーさん、右手はプチコを抱えてる。空きはない。
「えっと、後でもよろしくて?」
「……期待していますわ」
にこやかにほほ笑むリーリさん。あの、怖いんですがそれは。
ともあれ、人気が消えた廊下を早足で進めば、外が見えた。緑が見えるから、草が生えてるんだろう。水神様の教会だし、当然だ。
「雨を突っ切ります」
ローブのフードを被る。ベッキーさんは木の盾を。リーリさんは弓を出した。どこにあったのかとか聞いても答えてくれいから聞かないけど。
豪雨で視界が白く曇っている中庭に駆け出した。当然だけど誰もいない。みな建物の中に避難してるんだろう。
「イテテ、意外と痛いなこの雨」
ダダダダと頭を打ち付ける雨が痛い。顔にも当たってこれも痛い。
ベッキーさんは盾を傘代わりにしてるけど身体はびしょぬれだ。何もないリーリさんはもっとずぶぬれだ。濡れて透けるのと体のラインがもろに出るので目のやり場に困る。
「何かくるな」
外に繋がる道を歩いていると水しぶきを上げて何かが走ってくるのが見えた。
「貴様らは、アシレラにいた不審な奴ら!」
「先日は油断しただけだ! 成敗してくれる!」
どうやら教皇様と一緒にいた鎧男らしい。こんな時に鬱陶しい。
「風よ、あれらの足を縛って!」
リーリさんが手を伸ばして何やら呟いた。
ひゅっと雨を吹き飛ばしながらナニカが鎧男の足に飛んでいき、彼らの足をもつらせた。ドザザザっと水しぶきをあげながら鎧男はヘッドスライディングした。
「く、何が起きた!」
「目に水が入った! 目が、目が!」
ベッキーさんが俺の手を放し、あいつらに走った。
「ダイゴさんの、邪魔!」
ベッキーさんが右足で鎧男ふたりを蹴り上げた。
「「ウグワー!」」
鎧男は雨しぶきを裂きながら中庭の端に飛んで行き、2度3度バウンドして動かなくなった。
「え、わ、ぎゃっ!」
蹴り上げたベッキーさんもバランスを崩してスッテンコロリで尻もちをついた。
「ベッキー、力みすぎですわ」
「あははは、転んじゃた!」
リーリさんが手を差し出し、ベッキーさんを引き起こす。ふたりはいいコンビなんだなと再確認。
「変なのが増える前に、行っちゃおう!」
ベッキーさんに左手を取られた。あれ、もう怯えてないならいらないでしょ。
「宿は当てがありますが、まずは一族の商会へ行きましょう」
リーリさんが先導をするのか、前を歩き始めた。
「一族の商会って?」
「オババの義理の弟が商会の頭取をしてるんです。そこでお勧めの宿を聞こうかと」
「え、リーリさんてやっぱりお嬢――」
「雨がすごくって聞こえませんわ!」
リーリさんが駆け出してしまった。しゃーない、あと追いかけて、教会の敷地を出た。




