第五十二話 雨乞いの儀式で強襲
すったもんだした朝だけど先生と教皇様が起きてきた。なぜか嬉しそうな教皇様とちょっとげっそりした先生が連れ立って部屋から出てきた。何があったのかは聞かない。それが大人ってもんでしょ。
「あ、ちょっと相談があるので朝食でもとりながら話を聞いてくれませんか?」
ふたりにテーブルについてもらった。朝食はみなと同じパンと目玉焼き。目玉焼きには何をかけるのか論争を避けるべく、塩一択にした。
先生が座ると、教皇様は椅子を持ってすぐ傍に座った。うむ、突っ込まないぞ。
パンと目玉焼きと味噌汁という妙ちくりんな組み合わせの朝食が始まった。
「……というわけなので、デリアズビービュールズに行きたいんですよ」
狐っ子のふたりに襲われそうとかは言わないけど、水神様の鱗を井戸に入れながらいろいろ見て歩きたいなって事を訴えてみた。噛まずに言えた俺えらい。
「わたしも。そろそろ戻らないととは思っていましたので」
教皇様は先生をチラ見した。先生がほっとした顔をしたけど、気のせいだろうか。
「そうですね、先日あの不心得者のふたりを送り返したのでデリアズビービュールズの教会は大騒ぎでしょうから、わたしが一緒に行ってさらに混乱しているすきに街に行かれてはどうでしょうか」
教皇様が提案してきた。
うん、首都は見てみたいんだよね。もちろん人間のままだと怖い目にも会いそうだから変化の指輪はつけるけども。
交易都市のアジレラでもお店はいろいろあったんだから首都ならもっとあるだろうし。
あ、でもここに戻るには教会に行かないとだめなのか。それはネックだな。
「デリアズビービュールズからアジレラに戻られるなら、途中に村がいくつかあるので、そこの井戸に水神様の鱗を入れてくだされば、民が大変助かると思います」
先生からそうお願いされた。教皇様も顔が真剣だ。おてては先生の腕に絡まっているようですが。
「竜車だと5日ってリーリさんには聞いたから、歩くと倍として10日か。村に寄るともう少し時間がかかりそうだ」
「ダイゴ殿は暗算もできるのですね」
先生も教皇様も感心した顔になった。小学生で習う内容なんだけど、こっちには義務教育とかはなさそうだし、だからなのかな。
時間があれば教会の子供たちに九九くらい教えるのは良いかも。なんなら九九表でも作ればいいのか。後で倉庫の板を使って作っておこう。
「デリアズビービュールズに行くとして、あのふたりは如何されます? できればお供をさせていただけるとベッキーも喜びます」
「そういえば、ベッキーさんはデリアズビービュールズに行ってみたかったって言ってたなぁ」
「護衛としても是非お願いしたく」
先生が深く頭を下げてしまった。ふたりにはついてきてもらわないと俺だけじゃ右も左もわからないし、なによりリーリさんの魔法鞄がないと俺が死ぬ。
「ふたりには護衛の依頼をしますよ。で、先生にはコルキュルをお願いしたくて」
友達の狐っ子には仇敵扱いを受けちゃったけど、頼めば行けるでしょ。たぶん。ダメならぶちことふたり旅なだけだ。
「コルキュルはこちらから面倒を見させてほしいとお願いしたいくらいです。水神様のご加護がある安全な場所ですし、子供たちもいろいろなことができるので喜びます」
「あっと、家にあるのはあまり触ってほしくないので、扉を使うだけにはしてほしいのですけど」
「えぇ、扉から扉への通過点として利用させていただきます。あと、許されるならば水神様への祈りの許可をいただきたく」
「それはわたしも許可をいただきたく」
先生と教皇様からじっと見つめられた。
「その辺はお任せします。というか俺にその権限はないのですが」
苦笑いしかできない。だって信仰に関しては俺が触れるべき問題ではないし、まして権限なんて。ねぇ。
「ところでダイゴ殿、いつ行かれますか?」
「行くにも用意があるので、明日行ければと考えてます」
食材とかは大量に持ったほうがいいな。10日も歩くんじゃそれなりに入れておかないと。
「では、先触れの手紙を入れておきましょうか。エラン君、誰宛が一番効きそうですかね」
お、教皇様がエラン君呼びで固定されてる。先生に何があった!?
「そうですね、両派の中でも選りすぐりで頭の固い神官がありますので、彼らに送れば烈火のごとく怒って騒いでくれそうですね」
「騒ぎすぎるとエラン君の身にも危害がかかってしまいますよ?」
「そうなればアジレラに逃げこむ口実ができますね。水神様からお借りしている精霊がおりますし、そのようなことくらいでは危害にすらなりそうもありませんけど」
教皇様は楽しそうに笑った。
そして翌日。
事情を話したベッキーさんとリーリさんは普通に快諾してくれた。あの狐っ子ふたりは、小さいときに人族に攫われたことがあるらしく、それ以来人族を信用していないとのこと。あれだね、めぐりあわせが悪かったね。
オババさんに関しては、薬草を適当にとっていいことは伝えた。代金はリーリさんのハンター口座に入れておくとのこと。銀行みたいなシステムがあるなんて便利だ。
コンビニゾーンの食材は入れられるだけリーリさんの魔法鞄に詰めこんだ。もちろんビールもね。肉とかはデリアズビービュールズでも買えるし、観光もしたいからある程度は現地調達だ。
ぶちこはミニぶちこたるプチコになってもらう。ワンコなら咎められることもないし。
ということで、昼過ぎに準備が完了して、三和土に集合している。教皇様と俺たち3人とプチコ。先生はお見送り来ている。
俺の恰好は、変化の指輪で狼獣人になってて、水色のローブを着てる。教皇様と同じローブなのがちと不安ではあるけどこれが一張羅なので仕方なし。右手にはプチコを抱えてる。
ベッキーさんとリーリさんはいつもの生成りのズボンと長袖のシャツだ。防具類はつけてない。おかげでふたりの体形の違いがよくわかって、こちらも凸凹コンビなんだなって、不謹慎ながら思った。
「まずはわたしが雨乞いの儀式を行うので、その隙に教会から出てください」
教皇様はそう言うと、デリアズビービュールズに繋がる扉を豪快に開け放った。大柄な教皇様が扉の前に立ちはだかってるので向こうからこっちを見にくくなってるよう。こっちからは見えてるんだけどね。
扉の向こうには豪奢な服を着た数人が驚いた顔で教皇様を見ている。
「教皇! 何故そこから出てきたのです? アジレラにいたのでは?」
「ヒュトレンバルが縛られて帰ってきましたが何が起きたのですか!」
「教皇様、突飛な行動は慎んでいただかないと困りますなぁ」
うーん、教皇様を案ずる声がない気がする。普通はトップの人が帰ってきたんだからおかえりなさいくらいは言うでしょ。ブラック設計屋だって「お疲れ様」の挨拶はあったぞ。全くダメダメじゃないか。
「静粛に! 水神様の御導きで、これから雨乞いの儀式を執り行う!」
教皇様はそんな声を丸っと無視して声を張り上げ、持っている長い笏の石突を床に打ち付けた。教会内だろう空間に高い金属音が響き渡る。
「雨乞いだと?」
「気でもふれたか?」
「神官騎士を呼べ! 教皇がご乱心だ」
ざわつく声をかき消すように教皇様が続ける。
「かつて水の聖女が持ちし天水の笏をもって、これより雨を呼ぶ」
教皇様が黄金の笏を高々と掲げた。彼女の周囲に青い光が3つ浮かび上がり、円を描いて動き始めた。
「畏み畏み、禍事に苛む大地にご慈悲を賜らんことを!」
祝詞のような教皇様の言霊は、教会内に共鳴していき、その音は次第に大きくなっていく。
「空が、空が黒で覆われております!」
「なんだと、くそ、何をしたのだ!」
悲鳴のような声があがった。直後、地響きと雷鳴が轟いた。そして雨が建物を叩きつける音が聞こえ始めた。
「あ、落ちたなコレ」
雷を知っている俺はのんきなもんだがベッキーさんとリーリさんはそうではなかったようで、三和土にへたり込んでしまった。
「ななななにが起きたのですか!」
「どかーん!て、おっきな音がした! びっくりした!」
「あー、雷って気象現象だね。まぁ、心配いらないって」
「だい、じょうぶ、なの?」
「ダイゴさんがそう仰るなら……」
俺が平然としてるからかふたりの立ち直りが早かった。でも教会内はそうでないようだ。ぎらつくような雷光が部屋を満たすと直後に雷鳴と地響きの連続で阿鼻叫喚だ。
「か、かみの怒りだ!」
「教会が崩れるぞ!!」
「たすけてくれ!」
右往左往を繰り返し派手に転ぶ豪奢な服の人たち。教皇様もちょっと驚いてるようで、雷鳴のたびに肩がびくっと動いてる。
「さて、この混乱の隙に行っちゃおうかね」
俺は扉から飛び出した。




