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幕間十五 ハンターギルドにて

 大悟から自分たちを探しているハンター仲間の話を聞いたベンジャルヒキリとリャングランダリのふたりは、行く予定はなかったギルドに向かっていた。行けばアレコレと問い詰められるので避けていたのだが仲間がいまだギルドと繋がっているので仕方なくである。

 ふたりはハンターの様相ではなく、ふつうの女の子の恰好をしていた。つまり、ちょっとお化粧をして、大悟特製のワンピースを着てのお出かけである。水色の腕輪はアクセサリーとしてばっちり機能している。

 サイズがジャストフィットで着心地は抜群でかつ仕立ても良いので上品に見えるのがリャングランダリの気に入っているポイントだ。

 ベンジャルヒキリはというと、あこがれだった青いワンピースを着て屋台で買った串焼き肉を頬張っていた。


「ベッキー、マヤとトルエを見つけたらすぐに撤退しますよ。長居は無用ですわ」

「ほうはへ!」

「しゃべるときは口の中を空にしたほうがいいですわよ」


 リャングランダリが「ダイゴさんに嫌われても知りませんよ」と付け加えるとベンジャルヒキリは残っていた肉をすべて口に入れ込み、んぐがっと飲み込んだ。


「これで、しゃべっても嫌われないね!」

「食べるなら味わって食べれば良いのに」

「嫌われたくないもん!」


 ベンジャルヒキリは小さな布を出し、口許を拭いた。どうだとばかりの笑顔をリャングランダリに向ける。


「せっかくの口紅が落ちてしまいますわ」

「ダイゴさんはいないし、それでもいいもん!」

「まったく、ベッキーったら……」


 そんな会話をしているうちにアジレラの西ギルドに到着した。

 戸のない入り口をくぐったふたりは中を見渡した。ハンターギルドにしては奇異な恰好のふたりに視線が集まる。


「おいおい、ハーフのやつがおかしな恰好してるぜ」

「酌でもしてくれんのか。ここは酒場じゃねーぜゲハハハ!」


 昼間から酒におぼれているハンターから下卑た声が飛んでくるがベンジャルヒキリとリャングランダリの耳には左から右に流れていった。この時間にギルドで屯ているのは実力のない口だけの者たちだからだ。今のふたりに雑魚で遊んでいる時間はない。


「あ、うさぎさん(ビレトンッグ)がいるよ!」

「なんだか疲れている様子ですわね」


 カウンターにはピシッとした服だが目の下に隠せない隈を作ったウサギ獣人がいた。

 大方ポーションの件でギルド長の機嫌が悪く八つ当たりでもされてるのだろうとリャングランダリは予想した。


「ベンジャルヒキリさんにリャングランダリさん! 良いときにいらしてくださいました。ギルド長が探していまして」


 長いウサギの耳をぴんと立てたビレトンッグから声がかかった。少し表情に安堵が浮かんだのは気のせいだろうか。


「おあいにくとわたしたちに用事はないのですが」

「そうつれないことを言わないでください」

「だって用事がありませんもの」


 ビレトンッグが眉尻を下げるもリャングランダリは取り付く島もない。スカートの裾を摘まんでカーテシーで返した。つまりハンターとしてここに来たわけではないということだ。


「巷にあふれているポーションの件でギルド長が話を聞きたいと仰っていて」

「あたしたちにポーションことを聞かれても、わからないよ?」

「ハンターギルドの方がわかるのではありませんか?」


 ふたりは同時に首を傾げた。

 ベンジャルヒキリは、実は本当に知らない。ヴェーデナヌリアが劣化万能薬(残念エリクサー)を元に多数のポーションを作り出しているのを知っているのは、リャングランダリとキューチャ商会のごく一部だけなのだ。

 仲間外れにしているわけではなく、危害が及ぶ可能性を考慮したうえのことだ。大悟も知らないのだから、ベンジャルヒキリが知らなくても問題はないだろうとの判断だ。


「ポーションのことなら伯母のヴェーデナヌリアに聞いてくださいまし。つい先日、左足の傷がいえて、ハンターに復帰すると言っていましたわ」


 リャングランダリの言葉に、ビレトンッグの目が大きく開かれた。


「ちょっと待ってください! 100年以上昔に1級ハンターとして単身で大森林を縦横無尽に駆け抜けていたと伝わる、あの「鎧通し」が復帰、ですか?」


 ビレトンッグは思わず大きな声を上げてしまった。その声にギルド中の視線が集まる。


「……鎧通しって、たしか200歳を超えてるババアだったよな」

「薬師をしてるって話しか知らねえけど」

「ババアがいまさら復帰?」


 ぼそぼそと話される会話が聞こえてくる。リャングランダリのこめかみがピクリと動いた。


「大森林で獲れる素材が増えてきて、また遊びに行きたくなったようですわ。昨夜から姿が見えないので、リハビリがてらに狩りにでも行ったのでしょう。そのうちギルドにも来るかと」


 周囲に聞こえるように、リャングランダリには珍しく大きな声を出した。唯一の肉親をバカにされてはさすがにお淑やかではいられない。だがベンジャルヒキリが心配そうな顔をした。


「やりすぎちゃうと、出禁だよ」


 ベンジャルヒキリがぼそっとつぶやくと、リャングランダリの長い耳がピクンと跳ねた。そしてちらっと入口を見る。


「……そうですわね。あとは本人にお任せしますわ」

「おや、なんだいリーリがいるじゃないか。今日は狐っ子を見つけに出たんじゃないのかい?」


 ギルドの入り口に姿を現したのは、身体の要所要所に黒い金属製の鎧をつけた、長い金髪を一本のおさげにまとめた、巨躯のおばあちゃん(ヴェーデナヌリア)だった。

 返り血なのか生成りの服が赤でまだらになっている。ギルド内は静まり返ってしまった。ビレトンッグも長い耳を限界まで立てて凝固している。

 ヴェーデナヌリアは大きな布の袋を肩に担ぎ、のっしのっしとカウンターに向かって歩いてきた。


「何十年ぶりかねぇ、ここに来たのは。まぁ綺麗になったもんだね」


 ヴェーデナヌリアはベンジャルヒキリとリャングランダリに軽く手を挙げたあと、カウンターに大きな袋をドスンとのせた。


「大森林で魔石を獲ってきた。勘定しておくれ」

「ハ、ハイ!」

「100年前とは魔獣も変わってて、アタシが知らないのが多くってねぇ。どれが需要があるかわからないから見つけたやつ全部狩ってきたのさ」


 フハハハと悪者笑いをするヴェーデナヌリア。ビレトンッグは顔を引きつらせつつも袋の中身を検分している。


「オババさん、どんなのがいたの?」

「おや、ベッキーも行きたいのかい? そうさね、首が7以上ある火を噴く蛇とか、腕が6本ある赤い熊みたいなヤツとか、昔じゃ見たことがない面白そうなヤツが多かったねぇ」


 ヴェーデナヌリアはその時を思い出したのか笑みを浮かべた。


「オババ、それはパイロヒュドラとレッドデモンベアでしょう。確か、1級討伐対象だったはずですわ」

「あれがかい? 一回殴ったら動かなくなっちまったんだけどねぇ。昔よりも魔獣の等級評定が緩いんじゃないのかい?」


 ヴェーデナヌリアは首をゴキゴキと鳴らした。

 リャングランダリは、あのポーションを飲んだのとダイゴさんの料理のせいだと確信していたが無言を通した。余計なことは言わないに限る。


「あの、ヴェーデナヌリア様、魔石も大きく量も多いので、別室で鑑定してもよろしいでしょうか?」


 ビレトンッグは恐る恐る声をかけた。サポートなのだろう獣人の女性が彼の後ろに控えているが、尻尾がしぼんでしまっている。ヴェーデナヌリアが無意識に放つ威圧がすごいのだ。


「あぁ、そうしておくれ。ついでに、うちの姪っ子に何の用があったのかも教えてほしいんだけどねぇ。ギルト長も交えて、ね」


 ヴェーデナヌリアがバチコンとウインクすると、うさぎさん(ビレトンッグ)は「もももちろんです!」と震えあがった。


「マヤとトルエがいないようなので、わたしたちはお暇させていただきますわ」

「ビレトンッグさん、頑張って!」


 リャングランダリが静かに礼を、ベンジャルヒキリが純朴な笑顔で手を振って、ふたりはギルドを後にした。


「ギルドにはいませんでしたね」

「そーだねー。いるとしたら、お酒?」

「コルキュルの依頼がなくなって暇でしょうし、そうかもしれませんね」

「じゃあ、かるーく食べよっか!」

「ベッキーの軽くは私の倍近いでしょう。帰ったらダイゴさんの美味しい食事があるのですよ?」

「大丈夫! ダイゴさんの食事は別腹だもん!」


 ニパっと笑うベンジャルヒキリが足を速め出した。


「まったくもう」


 ぼやきつつも後を追うリャングランダリだった。

 

 結局、ふたりがマヤとトルエを見つけたのは、食事で入った酒場だったとさ。

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