第五十話 ひっそり野望
夜空にはいくつか月が昇り、数多の星が輝いている。月は全部で6つあるとのことで、でも一度に見ることはできないんだとか。月は星よりもちょっと大きい程度で、俺が見てた満月にはほど遠い大きさだ。
聖なる山の池の前に敷物を広げて、ビールを片手にお月見と洒落込んでる。きゅうりとにんじんとキャベツを適当に切ったやつが肴だ。みそはあるのでそれをつけて食べる。
メンツは、俺に教皇様に先生。教皇様がフリーダムで問題ありそうなんだけど「無問題です!」と断言されたら断れない。お付きの鎧男ふたりは簀巻きにした上に飛竜に縛って強制送還の処置となった。
激おこな教皇様は強かった。大柄な熊獣人は伊達じゃない。
ベッキーさんとリーリさんは帰ってきてない。あの狐の女の子たちと食事でもしているのかも。女子会というヤツだ。
まぁそんなこんなでお月見の会は始まったのだ。
「このエールは味も濃くて、冷えていて美味しいですね」
教皇様は耳をぴくぴくさせながら、少しずつビールを飲んでいる。
「この茶色いものも、しょっぱくて野菜に合います。しかもキャベツがこんなに瑞々しい。教会の畑の採れたて野菜も美味しいですが、これはまた別格ですね。水神様に感謝せねば」
先生は目の前の池に祈りを捧げている。
「労働の後のビールは美味い!」
今日はずっと服を作ってたんだ。俺も働いたよ?
「このようなエールや野菜は、ダイゴ殿の国では当たり前なのですか?」
教皇様はにんじんを齧り、ビールで流し込んでぷはっっとした。この人、良い飲みっぷりだ。偉い立場なのに腰が低くて、会社にいたら敵に回しちゃいけない人だ。
「俺の生まれた国では、あって当たり前ですね。ただ、国はたくさんあるので、貧しい国はそうじゃないです」
「豊かな国なのですね」
教皇様はまたにんじんを齧った。教皇様は熊の獣人だけど人参が好きと。肉がつまみだったら、そっちばっかり食べてそうだけど。
「そういえば、エランドヴィリリアング猊下。先ほど精霊を賜ったとお聞きしましたが」
「先生に猊下と言われると、なんだか恥ずかしのですけど。ここには信徒おりませんので、昔のようにエラン君て呼んでくださいな」
「猊下、またそんな不敬なことを」
「エラン君です」
教皇様はぷいっと横を向いてしまった。教皇様は酒に弱いのかもしれない。まだ缶ビールの1本目なんだけど。
そして俺は何を見せられているんだ。
「わかりましたよエラン君」
肩を落として根負けした先生が望み通りに呼ぶと、教皇様が幼女のような笑みを浮かべた。
「ほーんと、教皇の座は先生の方が相応しいのに」
「エラン君、言葉遣い」
「私なんて担ぐのにちょうどよい看板みたいなものなんですから」
「エラン君、そんなことはありません」
先生が軽いため息をついた。教皇様、はっちゃけすきでは?
「いいですかエラン君。わたしは大神官の道から逃げた背信者です。本来なら水神様の御慈悲を賜る資格などないのです。教会の子らへのご配慮に、わたしはどう報いればよいのか悩むばかりですよ」
先生はカップのビールを一気にあおった。
「水神様はこう仰られておりましたよ。どんな小さな祈りでも御身には届いていると。それが力になるのだと」
教皇様の言葉に先生は目を閉じ、池に向かって深々と頭を下げた。
信仰は、俺にはよくわからないけど、生活の基盤となってる国とか見ると、人間の奥底にまで入り込んでるんだろうなって思う。
俺も、お天道様に恥じない生き方とかは思うもん。
「先生の献身的な信心は誰の目にも明らかじゃないですかー。先生だって派閥の確執が嫌でアジレラの赴任を選んだってだけですよ」
「エラン君、言葉遣いが乱れてますよ」
「乱れるのは先生の前だけですー」
教皇様がにへーって笑いながら先生に絡んでる。なんとなく教皇様の心がわかるなー。本心をさらけ出してもいい相手ってことなんだろう。
「おっと、つまみがなくなりそうなので何か作ってきますね」
なんか俺はお邪魔虫っぽいから、場から消えることにする。
ふたりは昔からの知り合いみたいだし、ふたりだけの時にしか話せないこともあるでしょ。特に教皇様は。
背後から「なくても大丈夫です」という先生の声が聞こえるけど、今の俺には聞こえないのだ。耳なし大悟なのだよ。
逃げるように家に転がり込むと、オババさんの家につながる扉から騒がしい声が聞こえてくる。
「………じゃーん! あははは!」
あぁ、あの狐子ちゃんがいるのか。ならそっちも俺はお邪魔虫だな。
リビングの椅子でまったりすることに。
静かな広い部屋に俺ひとり。ブラック設計屋で働いてる時の俺の部屋と同じだ。
こっちに来て、ぶちことあってから常に誰かが近くにいた気がするから、ボッチも懐かしい感じだ。これが普段だったんだよ。俺はたまたまここにきているだけの、旅行者というか出稼ぎなんだってことだな。
うん、家の中でおとなしく酒でも飲んでよう。コンビニゾーンに日本酒があった。湯飲み酒ならぬコップ酒だ。
日本酒は一升瓶でなんと純米吟醸だ。高い奴だこれ!
とくとくとくとコップに注いでいく。この深い音が心地よく聞こえるんだよね。一口だけ口に含む。ゆっくり飲み込んでふーっと息を吐きだす。
「のどに染みるなぁ」
よく冷えててうまい。純米独特のぬるりとした感触だけど、味わいあとに来るコクが純米酒ってところで、とても良いんだよ。
熱燗もいいけど、あれは寒い時期用だから。
酒のつまみはポテチだ。ジャガイモをスライスしてオーブンで焼くノンフライ方式でつくりながら食べてる。調理スキルさんにお任せで、薄く切って皿にのせておけばカリカリに焼きあがる。歯で噛むとカシュっと固い音がして、噛み応えも十分。食うと止まらない。市販品にも負けないぞこれ。
「明日は、首都のデリアズビービュールズってところに行ってみようかなぁ。教皇様にお願いしたら行けそうだよな」
アジレラも少ししかうろついてないけど、観光的に見れるところはなさそうなんだよねぇ。
乾燥してるからエーテルデ川周辺以外は荒地だし、街の真ん中はお金持ち用の地域で俺じゃ立ち入れないし。教会は子供たちがいて安らぐけど、入りびたりは良くないな。
なんかこう、パーっとした旅行は望んでないけど、のんびり景色を見たい欲はある。
ブラック設計屋だったときはそんな時間は取れなかったし精神的にも余裕はなかった。今やるしかないじゃん!
オババさんが毎日薬草を取りに来てポーションにしてるらしく、家のテーブルにお金が置いてあるんだ。
さらっと400万円とかおいてあったら驚くでしょが、と言いたいけど俺が知らない間に置いていくしオババさんは忙しくってなかなか顔も見れないしで文句を言いそびれてる。
「お金の心配がなくなったし、ちょっとくらいお出かけしても水神様に怒られないよね」
そうだそうしよう。




