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第四十七話 池を作る

「すげえな、もう草原の範囲がアホみたいに広がってるじゃん」


 俺はいま、コルキュルの水の教会に来てる。眩しいふたつの太陽が緑の絨毯に柔らかな日差しを届けていた。

 見渡す限りの廃墟は逞しい雑草に覆われ、荒地だった地面は湿り気のある黒い土に変わっていた。吹き抜ける風は爽やかで春の香りすらする。教会の周りはすくすくと育ったりんごの木が、緑色の実をつけ始めていた。いちごは茎が伸びで花が咲いてる。じゃがいも畑は伸び放題でちょっと整理しないとどうなっちゃってるかわからない。

 少なくとも、教会から見える範囲はのどかな風景に取って代わられていた。


「素晴らしいですわ!」


 うふふふと怪しい笑みのリーリさんは緑のワンピースを花のように広げながらクルクル回ってる。あまり回ると色々見えちゃうので程々にしなさいね。


「すごい! すごい! どこまでも草だ!」


 ベッキーさんは俺のそばにいつつも視線は地平線に釘付けだ。手を握らなくても俺はどこにも行かないと言ってるのに左手はがっちり捕獲されている。

 ぶちこはアジレラにお留守番だ。子供たちもいるから番兵の役目もあるし。教皇様はローゼさんと聖なる山で何かすることがあるみたいで、そっちに行った。


「ここが、コルキュル、なのですか?」


 先生は目の前に広がる景色が信じられないんだろう。膝をつき、地面を優しく撫でている。


「数十年間、ずっと廃墟で、もう人が住むことはないと言われていた、コルキュルなのですか?」

「初めて来た時に比べて、人の手で造られた跡は無くなったけど、代わりに人の手では造れないもので溢れてるな」


 自然さんすげえ。


「水神様のお力です」


 先生が笑みを深めた。本当に嬉しそうな笑みだ。まだアジレラしか見てない俺でも、その気持ちはわかる。砂漠にオアシスができたら、そりゃ喜ぶよ。


「草が生えるのは良いけど、なんかもったいないな」

「……水神様は、ここ(コルキュル)を水で作り替えると仰っているようです」

「へー。でも水がたくさんあれば緑が増えてそのうち森になるかも」

「それもよいですな。アジレラの近くに豊かな森があれば、生活もまた変わりましょう」


 大森林みたいに危険な森にならなければ、木材もとれて建物も木造が増えたりして。日用品も、小さいものは木材もあるけど、だいたいが金属製なんだよ。アジレラ付近の荒れ地では金属が多くとれるしらしくて鍛冶屋も多いんだとか。樽も金物だった。ウィスキーとか色がつかないじゃん。

 木が多いってのは、豊かさの証拠だったんだな。


「そのためにはまずコルキュル全体に水を行き渡らせないと」


 井戸の跡はそこそこあるだろうから、それに片っ端から水神様の鱗を入れていこう。そうすれば、草からだけど緑の拡散も早いでしょ。


「あ、そうしたら池も欲しいかな」


 水辺があれば動物も居付くかも。さわやかな気持ちになるし、癒しの空間には必須だ。

 あ、魔物も来ちゃうか。

 そうだ、コルキュル全体に戸締りをしちゃうとか、できるのかな? 全体を知らないと範囲がわからないけと、ぶちこに乗せてもらって空から見るとか、ありかも。ちょっと怖いけど。


「池ですか? そこから溢れる水はどこに行くのでしょう」

「うーん、どうしよう。池の底から土の中に流れるかなーとは思うんですけど」


 ま、やってみてダメなら池を無くせば良いかな。


「穴を掘るならぶちこだけど、遊びに行っちゃったからなぁ」

「え、穴を()()()いいの?」


 俺の左手を握ったままのベッキーさんが目を輝かせてこっちを向いた。なんか嬉しそうだ。


「貸してもらったこのハンマーでドーンとやっちゃえば、大きな穴も作れるよ! きっと!」


 ベッキーさんはどこからともなくあの巨大なハンマー取り出して左手に持ってた。


「どこから出したのそれ」

「ないしょ! で、ダイゴさん、どの辺に作るの?」


 笑顔のベッキーさんにうまく誤魔化されてしまった。仕方ない、いつかゲットしよう。

 池は、教会のすぐ脇は避けたい。


「そうだね、コルキュルと外の境目とかに作ろうか」

「じゃ、あの辺かな」


 ベッキーさんがハンマーで指し示したのは、教会から50メートルほど離れた、石の壁があったらしき残骸が残る場所だ。多分あそこが街を守る壁だったんだろう。水の境界は西の端っこにあるって話だし。


「あそこならば、教会からも見えてよさげですな」


 先生も納得のようで、目を細めてる。


「よーし、やっちゃうぞー!」


 俺の手を離したベッキーさんの気の抜けた気合いを入れた。途端に草と戯れていたリーリさんが我に返ってこっちに来た。


「あやうく巻き込まれるところでした」


 ふぅと息と吐くリーリさん。コンビを組んでるだけあって意思の疎通が早い。


「えっと、たぶん、こう!」


 ベッキーさんが巨大なハンマーを天にかざすと柄の先にある大きな水晶がまばゆく輝いた。


「えーい!」


 気の抜けた叫び声とともにベッキーさんがてこてこと駆けていく。なんか和んでしまう。


「やー!」


 ベッキーさんがハンマーを地面に振り下ろすと、ドゴーンという衝撃とともに巨大な水柱が立った。 濛々と立ち込める土煙でベッキーさんが隠れてしまった。


「わー、水が降ってきたー!」


 立ち込めた土煙の向こうでベッキーさんが叫んでる。

 土煙が消えると、そこには直径30メートルほどのクレーターが出来上がっていて、その底にベッキーさんがずぶぬれで立っていた。ベッキーさんの頭が見えてるから、深さはそこまでではないっぽい。市民プールよりも全然浅い。


「ふぇぇぇ」


 びしょ濡れのベッキーさんが困り顔だ。


「……考えなしにやるからですわ」

「ベッキーも変わらないですねぇ」


 ふたりとも、となかなか辛らつだ。

 風邪をひいてもあれだし、洗濯スキルで乾かそう。小走りでベッキーさんがいるクレーターに向かった。濡れた赤い髪をぶるぶるしながらベッキーさんがクレーターから出てきた。


「こうなるとは思わなかったぁ」

「はい、これで乾いたでしょ」


 スキルで乾かしてあげると、癖のある赤い毛が暴れだした。髪を手でぎゅーっと押さえてもすぐに暴れだす。


「ふぇぇ、リーリみたいなサラサラの髪がよかったよぅ」


 ベッキーさんが嘆いてるけど、俺には美容スキルはないんだ。あれば切ることはできるんだろうけど。アジレラにそんなものがあれば、ベッキーさんが行ってるだろうから、ないんだろうな。

 ともあれ、池はできた。あとは水神様の鱗を入れて水を張るだけだ。やってみないとわからないし、ということで鱗をクレーターの一番深いところにポイっと投げる。

 鱗が地面についた途端、ゴボボボと水が噴き出してきた。派手に行くのかと思ったけどそうでもなかった。


「水神様のお慈悲です」


 先生が隣に立っていて、祈りのポーズで噴き出す水を見つめている。

 水は噴き出すけどその分土に染み込むようでなかなかたまっていかない。


「たまらないね」

「水神様のお力ですわ。土に染み込む限度を超えたらたまりますわ」

「焦らずゆるりと待ちましょう」


 ベッキーさんは不安げだけどリーリさんと先生は達観している。まぁ俺もその内にたまるでしょ、としか思ってない。


「さて、休憩がてらにおやつでも食べますか。子供たちもこっちに呼んで……あ、あの鎧男たちはどうしよう」


 埋めっぱなしだけど、まあいいか。

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