第四十五話 フレンチトースト
にこやかにキツイことをいうなぁ。偉い人は怖い。
「まぁまぁ、せっかくの機会ですので、エランドヴィリリアング様も教皇としてではなく水神様のいち信徒としていろいろお話ができれば、この子らも喜びます」
先生がィヤナース君たち孤児4人を見た。教皇という偉い人が来ているからか、ちょっと顔がこわばってるように見える。ベッキーとリーリさんも俺の両側にいるけど動作が硬い。
ごめんよ、偉い人すぎてわからない世界だから俺は平常運転なんだ。
「そうそう、ダイゴ殿は今日は何用で当教会へ?」
「ちょと先生に相談がありまして。えっと、お土産というかおやつを作ろうかと思っていたのですが。すぐにできるものなので、それを食べながらでもいいですかね」
「わ、何を作るの!」
「フレンチトーストっていう、しっとり甘いパン、かな」
「俺、一緒に作りたい」
ィヤナース君が元気に手を挙げ、そしておずおずと妹のオーリヒェィちゃんも手を挙げた。
先生が教皇様に「如何しましょう」的な視線をやると教皇様はにっこり頷いた。待ってもらえるみたいだ。
「じゃあ手早く作りましょう。フライパンはある?」
「持ってくる!」
ィヤナース君が真新しい棚に向かって走って、フライパンを持って帰ってきた。あの棚も寄付でもらったものだろうな。
「まずは手を綺麗にしよう。大事なことだからね」
清掃スキルで俺とふたりの手を綺麗にする。ぴかっと光るのでわかりやすい。
「……ダイゴ殿、今のは」
教皇様が目をぱちくりしている。
「清掃というスキルで、すごい便利です」
「清掃、スキル……そのようなスキルが?」
教皇様が考えこんじゃった。何か変なことをいったかな、俺。
まあいい、さっさと作らないと。
「まずはこのボウルに卵と牛乳と砂糖を入れてかき混ぜる。できる?」
目の前にポンと金属のボウルが出てくる。
「やってみる!」
「おにーちゃんがんばって!」
ィヤナース君がかしゃかしゃかき混ぜるのを、オーリヒェィちゃんが応援している。まぁこれもありか。まだらがなくなればオッケーだ。
これくらいでいい?とィヤナース君が見せてくる。
「上出来だ。で。これに薄く切ったパンを浸すと」
丸パンを取り出して、手のひらに載せるとしゅぱぱぱっと程よい厚みにスライスされた。手で持てるちょうどいいサイズだ。
「ほぇ」と教皇様があられもない声を上げた。
「これはその、調理スキルです。まぁ俺のは特殊らしいのでその辺はお気になさらずに……」
俺の指示に従ってィヤナース君とオーリヒェィちゃんがボウルの中にパンを浸していく。俺は焼く用意だな。
フライパンにバターを載せ着火と唱え弱火で溶かす。実は俺が出した調理器具以外も温められるらしい。万能すぎでしょ調理スキルさん。
「浸したパンはフライパンの上に置いていって。乗り切らないのは俺のフライパンで焼くからこっちで」
俺の前にポンと1メートル四方の巨大なフライパンが現れた。教皇様はもう無言だ。
ィヤナース君が持ってきたフライパンには子供たちの分しか入らなかった。残りは全部俺の方で焼く。
「弱火で5分くらい焼いたらひっくり返して反対側も焼く。ゆっくりじんわり焼くとおいしくなるらしい」
「そうなんだ、おぼえとこ」
ィヤナース君はじっとフライパンを見つめている。パンは音もなく静かに焼けていく。
教会に甘い匂いが漂い始めた。
「うーいい匂い。お腹がすいちゃうよ!」
食いしん坊なベッキーさんが騒ぎ始めた。子供たちもそわそわしてフライパンを見てる。
「そろそろ裏返そうか」
「えっと、こうかな」
ィヤナース君がフライ返し的な器具で苦労しながらひっくり返していく。ふわふわな黄色い表面に少しの焦げ目。旨そうだ。
同じくらいの時間焼いて、もう一度ひっくり返す。
「良い感じで焦げ目もできたし、これで完成!」
「やった!」
ィヤナース君はガッツポーズだ。
教会にあった皿を綺麗にして、フレンチトーストを載せていく。みなわくわくした目をしてる。
「念のため皆さんの手も綺麗にします」
清掃スキルを使う前に声だけかけた。いきなり手が光ったら驚くかもしれないしね。
「あ、水神様の神棚を忘れてきた」
「それならこちらに」
リーリさんが魔法鞄から神棚を取り出した。開いたテーブルに載せ、水神様の分を置く。
先生と教皇様の視線が神棚に注がれてる。若干、教皇様の顔が引きつっているようにも見えるけど気のせいでしょ。
「ではいただきましょう」
「「「水神様の恵みに感謝いたします」」」
「神の恵みに感謝を」
「いただきます」
感謝の言葉は人それぞれ。では食べよう。
「あっまーい!」
「しっとりでふわふわですのね。おいしいですわ」
「おいしー!」
「うっま!」
「硬くなったパンでも、できるかなぁ」
「子供たちの作ったものはいつでもおいしいのですねぇ」
「よくわかりますわ、先生」
子供は手づかみで、大人はフォークで。皆が絶賛するくらいおいしい。俺も久しぶりに食べた気がする。子供の時は、母がよく作ってくれたな。
「おいしかったー!」
「もうなくなっちゃった……」
「もっとたべたーい!」
「食材はありふれたものですが、このような上品な甘いお菓子になるのですね。本部でも作ってもらうかしら」
子供たちは食べたりないようだけどおやつだからさ。それにィヤナース君が作れるようになるし。
ふーっと一息ついたところで本題に入ろう。子供たちは関係ないから、外で遊んでもらう。
「えっと、そろそろ本題に入りたいのですが。先生はもちろん、エランドヴィリリアングさんにも関係あることなのです」
「あら、わたしもですか?」
教皇様の表情がパッと明るくなった。すごい迷惑をおかけするので申し訳ないんですけど。
「えっと私事で申し訳ないのですが、いま俺が住んでいるのが聖なる山って呼ばれるところなんですけど、そことデリーリアの首都の水の教会とが扉でつながっちゃったっぽくてですね。開けるのも失礼というか迷惑でしょうし、どうしたものかと相談をしたくってですね……」
「聖なる山!?」「扉でつながる!?」
先生と教皇様が声を裏返してフリーズしてしまった。
「失礼かと思ったのですが聞き耳を立てたところ扉の向こうから「教皇様」とか「不在の時に」と声が聞こえてですね。たぶん水の教会だと思うんですけど……」
「それが起きたのは、わたしがダイゴさんにこの大陸について、その時はデリアズビービュールズについて説明をしていた頃ですわ」
「リーリさんに、ここからすごい遠いって聞いて、扉でつながっちゃえば楽なのになーって思ったら扉ができてしまって」
俺の目の前で先生と教皇様は表情をなくしてる感じだ。そりゃそうだ、こんな与太話を聞かされても反応に困るよ。
「え、じゃあデリアズビービュールズにも行けちゃうてこと? あたし、行ってみたかったんだ!」
ベッキーさんがガタッと立ち上がった。




