第四十四話 空から落ちてきたもの
獣人の女性は、背が高くてがっしりしてる。顔を見た感じ俺よりも上の中年くらい。なんか俺の水色のローブと似たようなものを着ている。先生の知り合いかな。
「おや、ベッキーはおらぬのですか?」
「あー、今日はちょと別行動でして」
「貴様! ベルギスの差別主義者が神聖なる教会に何の用だ!」
「ワッケムキンジャル! 貴様はいつからやつらの手先になったのだ!」
全身鎧のふたりがなにやら俺と先生に激高している。声からすると若めな男っぽい。
俺はまぁ、黒い髪の人族っていうアレな輩に間違われるのは仕方がないとして先生は関係ない。
「ダイゴ殿に何と無礼な!」
先生も声を荒げてる。ちょっと落ち着いて。
「猊下はお下がりください。あのものは今から成敗いたしますので」
そいつは俺を指さして、腰に差してた剣を抜いた。お、きらりと光ってカッコイイ。
ってのんきなこといってる場合じゃないな。のしのし近寄ってくる。
「ふたりともおやめなさい!」
「……猊下はお下がりください」
女性が一喝したけど鎧男はいうことを聞かない。
「こんな時にあの子は! ダイゴ殿、お逃げください!」
先生が叫んだ。突然なことにィヤナース君は固まってしまっている。俺の足もガクブルでやばい。
「そこのガキ、どけぇ!」
鎧男はィヤナース君に拳を振り上げた。この子を巻き添えにするな!
「じゃまぁぁぁ!!」
「わっふぅぅぅ!!」
頭上から、よく聞いた声が降ってきた。
拳を振り上げた鎧男の前にベッキーさんがどすこいと落ちてきた。木の盾とあのハンマーを構えてる。
「なんだ貴様は!」
「えーい!」
鎧男が剣を構えるもベッキーさんが気の抜けた叫びで盾で鎧男を殴った。
「ウグワー」
ぐしゃっという破壊音で鎧男はあっけなく吹き飛ばされた。がしゃがしゃと騒がしい音をたて草に覆われた地面をごろごろ転がっていって敷地を出たあたりの荒地で止まった。
「わっふう!」
「な、なんだこのデカい犬は! 無礼だぞ!」
ドーンとぶちこがもうひとりの全身鎧の真横に落ちてきた。ぶちこが前足で鎧男をベシっと叩く。
「ウグワー」
叩かれた鎧男は錐もみしながら先の転がった鎧男に上にどさり。
すげーって見てた俺の目の前にリーリさんが落ちてきた。
「おおっと!」
「遅れてしまい申し訳ありませんわ。ィヤナースはダイゴさんの傍に」
リーリさんはィヤナース君の背を押して俺の方にやり、自分は俺の前に出てガードになった。
「といっても、わたしの出番はなさそうですけれど」
リーリさんの視線の先、重なって転がっている鎧男の近くで、ぶちこがわふわふいいながら穴を掘ってる。犬が穴掘りが好きだもんねって、ひょっとして埋めるつもり?
ベッキーさんが鎧男ふたりの胴体部分を掴んで無理やり立たせるようにして持ち上げた。あれめっちゃ重そうなんだけど、怪力スキルすごいな。
鎧男らも無反応だけど、生きてるよね?
「大丈夫ですわ、手加減はしていますので生きてます。きっと」
リーリさんからフォローが来た。フォローになってないけど。
「ダイゴさんを狙った、バツだよ!」
そういいながら鎧男らを穴に放り投げて、首だけ地面から生えてる生首状態にしてしまった。ぶちこはせっせと隙間に土を入れていってる。身動き取れなくさせるつもりらしい。
正直、ひどいとは思わない。俺、狙われたわけだし。
「あの、遅くなってごめんなさい……」
ベッキーさんが小さく萎れてちゃってる。ぶちこは埋もれた鎧男たちの傍でゴロン寝転んでる。見張りのつもりだろうか。
「オババさんに忠告されたんだけどひとりで出かけちゃった俺も悪いし、お相子ってことで。でもなんでふたりは空から降ってきたの?」
ぶちこは空を走れるから、可能性としちゃなくはないんだ。どうやってここまでってのはあるけど。
「それはね、ローザさんが来てね、一瞬で教会の真上に連れてきてくれたの!」
「あの方がいなければ危うかったですわ」
「テレポートもできるのかあの人。何でもありだな……」
まぁ、水神様の御付きな人みたいだし、それくらいはできるんでしょ。
「大丈夫、もう離れない!」
「とりあえず今は確保しておきましょう」
左手をにぱっと笑うベッキーさんに、右手を神妙な顔のリーリさんに確保され、俺は人間につかまった宇宙人状態で、教会へ連行された。なんだろう、俺の扱いが子供と同じだ。
「何事もなく、というわけではありませんが、ダイゴ殿に怪我がなくて何よりでした」
先生はちらっと埋まっている鎧男らに視線をやり、次いでベッキーさんを見た。先生の、なかなか辛辣な言葉が教会に響く。
教会は、以前と違ってテーブルとイスがいくつか置かれていて、礼拝するときに少し休んだり話ができるようになっていた。たぶん訪れる人も増えたんだろう。
これらは井戸の水を利用している宿屋や酒場などの飲食店店主らが寄付したものらしい。飲料に堪える水をただで使うのは心苦しいということのようだ。うん、ただより怖いものはない。
「教会の守護騎士が、当教会で預かっている孤児を、そしてダイゴ殿を襲うなど、あってはならない行動をしてしまい、謝罪の言葉も思い浮かびません。申し訳ありませんでした。それもこれも私の浅慮が招いたことです。水神様にもどうお詫びをしてよいのか」
俺とそっくり同じな水色のローブを着た女性はしょんぼりと項垂れている。
先生の隣に立っている彼女は、水の教会デリーリア本部の教皇だというエランドヴィリリアングさん。超絶偉い人なので様付けの方が良いと思ったんだけど、様を付けて呼んだらやめてくださいと懇願された。なぜだ。心の中では教皇様と呼ぼうそうしよう。
教皇様は熊の獣人で、頭の上の丸い耳がチャーミングだ。42歳で、どうやらワッケムキンジャル先生が本当に先生だった時の教え子でもあるらしい。先生が井戸の水が溢れだしたことを手紙で伝えたら飛竜を夜通し飛ばして来たんだとか。手紙がそんなに早く届くことも驚きだし、教皇様のフットワーク軽すぎでびっくりだ。仕事のできる人ほど腰が軽いらしいけど、まさにそれだ。
「事情はよく分からないのですが結果的に俺は無事だったのでそこまで謝られても困惑です。ただ、あの鎧な人たちはちょっと怖いので何とかしてほしいのはありますけど」
「あのふたりは幾度も問題行動を起こしているのにわたしの注意にも聞く耳を持たないので、独房代わりにあのままにしておいてください。あと、私のことは構いなく、存在しないと思って気にしないでください」
教皇様がにこやかにいい放った。




